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Re: 黒夜叉伝記 〜必殺技募集中〜 ( No.73 )
日時: 2010/08/04 17:52
名前: るりぃ (ID: w4zhaU6v)

Scene16『蜃気楼×人形』

じゃり、と砂を踏む音がして彼女の意識は覚醒した。
なんとなく起き上がったのは、自分の命を取る者を見ておきたかったのか、単なる習慣的なものなのかは分からない。
……ただ、鉄臭い匂いが鼻についた。
自分の前に現れるのは、獣か良くて野盗だろうと思っていたのに、目の前にいたのは黒衣を纏った、けれど一つ一つの所作が優雅に見える赤髪赤目の男だった。

「そこのガキ、こんなところで何をしている?」

「……それはこっちの台詞だ。」

こんな真夜中に貴様みたいなのがほっつき歩いている理由が思いつかないのだが。
そう言えば、男は面白いものを見たというように笑った。

「俺は仕事だ。真夜中の方が都合のいい、な。暗闇に乗じて色々とすることがある。」

そういうお前は捨てられたか。
ニタリと口角を上げた男は、特に感慨もなさそうに問うた。
事実だったし、そう言われてもさして不快感はなかったから、彼女もこくりと頷いた。
単に喉が乾いていたから声を出すのが億劫だっただけというのもあるが。
だが、何の感情も写さずに頷いたのが面白かったのか、男はへぇ、と呟いて、彼女の目線まで腰を屈めた。

「捨てられたことを何とも思ってねェみたいだな。俺が何の仕事をしてきたのか分かってて、ビビりもしねェ。





……欲しくなったな。」

一緒に来るか?
その問いに、彼女はぼんやりと男を眺め、こくりと無表情に頷く。
どうせ、ここにいても居場所はないからな。
そんな子どもらしからぬ答えに男は満足そうに笑った。

「まるで人形だな。——…ますます気に入った。お前、見所があるかもしれんぞ。」

くつりと笑って、男は座り込んでいる彼女に手を差し出した。
それを拒みつつ、彼女は緩慢な動作で立ち上がる。

「…私はこれからなにをすればいい?」

「そうだな、まずは身体を鍛える。そのあとで技術だな。……全てを捨てる覚悟は出来ているか?」

問われた言葉に彼女は、無表情な顔に凄絶な嘲り笑いを浮かべた。
『壊れた人形』がようやく映した、感情らしい感情だ。

「覚悟? 何も持たない私に何を捨てる覚悟がいるというのだ? 私は何一つ……私自身すらないというのに。」

「………それもそうだな。」

お前は人形なんだからな。
歪んだ微笑を受けて、彼女も笑う。
本当に、自分を表すのにぴったりな言葉だ。
ただ一時だけ、必要とされ、飽きたら捨てられる。そのことに何の感情もない、表情すら偽りの、人形。
嗤ってみせれば、男は何かを言い掛けて、ひとつだけ問い掛けた。

「だが人形にも名くらいあるだろう。お前、名はなんという?」

今さら、そんなことを聞かれるとは思わなかった。
いや、自分に名があることを忘れていたのかもしれない。だって、今まで誰も呼ぶことはなかった。
聞かれたことに戸惑いつつ、彼女はゆっくりと口を開く。

「…レイカ…。」

この国には珍しい、紅い色の瞳をした彼女は、綺麗すぎるくらいの笑みでよろしくと言った。

To be contineu…