ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 黒夜叉伝記 〜必殺技募集中〜 ( No.80 )
日時: 2010/09/12 08:56
名前: るりぃ ◆wh4261y8c6 (ID: lc..8kIC)

Scene21『主』

初めて会った自分の主は、まだ幼い、子どもとしか言えない年下の少女で、当初冷嘉は面食らった。
だが、鍛錬の中でみえる彼女の潜在能力に、多少はあった不満は消えて、代わりに忠誠とも呼べる感情が生まれた。
『烏魔蓮』は自分が主と呼ぶに相応しいと思うようになった。
それは、冷嘉が里を出てから半年も経たずに生まれたものだ。

「冷嘉姉ー、今日は裏山の一本杉まで競争しようッ!」

「競争…。蓮様、私は忍ですよ? 単なるかけっこでしたら、勝負にならな——」

「言い訳は無用! バシッと勝負!!」

そう言って駆け出した主に、冷嘉はやれやれと肩を竦め、木の上に飛び移った。
このくらいならまだマシな方だ。蓮嬢から蓮様へと呼び方が変わったときから、すでに諦めている。
一本杉の根元に腰を落ち着け、走ってくる主を待つ冷嘉は、ふと前に自分に命じていた人物のことを思い出した。

蓮様も結構忍使いが荒いが、頭領の比ではないな…

頭領は、生死を彷徨った末に目覚めた自分に容赦なく次の仕事を与えたり、九州から戻ったと思えば東北へ行けと命じたり。

……まだ蓮様の方がマシだ。

くっ、と喉を鳴らしたところに、ようやく息を切らせた蓮がたどり着いた。

「お疲れさまです。前よりかは早く着きましたね。」

「むぅ、今日こそはと思ったんだけどなぁ…。これじゃいつまで経ってもお父さんに認めてもらえないよ。」

もっと強くなるために鍛練だよ、冷嘉姉!
そう叫んで、蓮は冷嘉が手渡した竹筒を一気に飲み干し、両の拳を握った。
突進してくる主にぎょっとし、生と死と隣り合わせの日々を過ごしながらも、冷嘉はこの日常が嫌いではなかった。
嫌いではない、のだが。
なぜか、数年前に別れたはずの頭領の顔が、言葉が消えない。
最後に言い掛けた言葉。
本当はなんと続くはずだったのか、冷嘉には今でも分からない。

「冷嘉姉、どうしたの? 身が入ってないよ。」

「蓮様が働かせ過ぎるから疲れたんですよ。」

適当な言葉ではぐらかして、ふと空を見上げる。途端に冷嘉は顔をしかめた。
突き抜けるような青空に似合わない、黒衣の使者は不吉な予感しかもたらさなかった。
使者は戦が始まることを告げると、たちまち他へ伝令に走り、言伝を受けた蓮はすぐさま支度に取り掛かった。

「冷嘉、九州の支部へ行って戦況を確かめてきて。そのあと東北の組織に偽情報を——」

さらさらと淀みなく出てくる任務に苦笑しながら、冷嘉は首肯で応じた。
忍使いが荒いのは、今さらだ。

雨の匂いがする…。結構ひどそうだな。

雨はすべての痕跡を隠してくれるから、密偵をするにはちょうどよいのだが、ずぶ濡れになるから後が面倒なのだ。
敵方の警備を二、三昏倒させて、撹乱をさせるために城に潜入した。
情報操作はお手のもので、あっさりと終わった。
否、終わった、と思った。
拍子抜けするほど簡単に済んだことを訝しむこともなく、冷嘉はさっさと撤退しようと動いた。

それが、誤りだった。

ぐるりと囲む敵兵に思わず舌打ちする。どこからわいて出てくるのか、相手は倒しても殺しても、減るどころか増える一方だ。

どこで謀られた…!?

偽の情報を流したときは、確かに上手くいっていた。
内部分裂を促したのに、今目の前にいるのは、いがみ合わせたところの兵たちだ。
さすがの冷嘉も数には勝てなくて、ふいを突かれて脇腹を槍がかすった。
血が吹き出し、痛みに気を取られている隙に、さらに凶器が迫ってくる。

ああ、これは死ぬかな。

体勢を整える間もなく攻められて、辛うじて避けるしか出来ない。
このままでは血と体力が奪われていくだけなのだが、助けが来る確率は皆無だ。
眼前にせまる凶刃に、冷嘉はゆっくりと瞳を閉じた。

To be contineud…