ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 機械騎士 —knight— ( No.16 )
- 日時: 2010/08/11 07:54
- 名前: right ◆TVSoYACRC2 (ID: zuIQnuvt)
第二話[異変]前編
通路を五十メートルぐらい歩くと、奥から二番目のドアだろうか、その前に黒い物体が丸まって置かれていた。よくよく考えると自分の部屋の前だ。ちなみに自分の部屋は格納庫に近く、すぐ自分の目の前にはパイロット待機室があり、『もしも』の時にはかなり便利だ。といっても、あまりというかまったく『もしも』の時が来た事がない。訓練ぐらいしかないな。
自分の部屋のドアの前に黒い物体があるのだ。
しかし、視界がぼやけて見にくい。一体、何なんだろうか。友幸はあまり視力が良くなく常にコンタクトを付けているが、先程の杉村中佐との戦闘中か、それとも颯太に背中を叩かれたときに落としてしまったのだろうか、遠くにあるものがぼやけて見える。黒い物体は目を細めて見ると毛むくじゃらで、触ったら柔らかそうに見えた。
恐る恐るドアに近づく。
途端、その真っ黒で毛むくじゃらのモノが動いた。正確に言うと、立ち上がった、というべきだろう。そして振り向く。瞳はエメラルドのように澄んだ緑色で、とがった耳と長いひげがある。
猫だ。
黒い猫は、友幸を数秒見つめると、向こうから音もなく忍者のように素早く歩いてきて、足に擦り寄って来た。のどをぐるぐると鳴らしながら。この懐き具合といい、この緑色の目といい、この猫は間違いない、『シンヤ』だ。自分の部屋で飼っている黒猫だ。この横浜基地内のアイドル的存在。上司たちも飼育を認めている。今朝から基地の中を散歩して、女性クルーたちに可愛がられていていなかったが、いつの間にか帰ってきていたみたいだ。
彼は足に擦り寄っているシンヤを片手で抱き上げ、自室の前に行き、入り口の前に立った。この基地のパイロットたちの部屋は音声パスワード式でロックされている。登録した声と言葉でしか開かないのだ。
彼はドアノブの三十センチ上にある小さな穴に口を近づけ、「ドアロック解除」と呟くと、ドアから、鍵が開くような音と共に「ロック解除シマシタ」という女性の機械的な声が聞こえてきた。その途端、ドアが左にスライドし、シンヤと友幸は部屋へと入る。
友幸の部屋はほとんど何もなく、暗い。電気をつけると、彼の部屋の内部が良くわかるほど明るくなった。
彼の部屋には、ドアを北とすると南側、窓側にはデスクと椅子、東側には枕とベット、西側にはクローゼットがある。デスクの引き出しにはシンヤのキャットフードと報告用の何も書かれていない書類、パソコンぐらいしか入っていない。デスクの上は家族の写真が入った、写真立てのみ。クローゼットの中身は軍服が二着と私服が三着。中身が空きすぎて、逆に困っている。
シンヤをベットの上に降ろし、クローゼットの中にある軍服を取り出した。軍服は、襟、袖、ポケット、チャック部分が黒で、残りは白色。ズボンも白だ。左の胸ポケットには少尉の証の階級バッチが付けられていた。小さな銅の翼の形をしている。ついでにブーツも取り出す。膝下十センチぐらいまでの長さの黒色のブーツだ。基地内を歩くにはこの軍服が必須で、たとえ軍の関係者やクルーでもこの軍服を着ていなければ基地内に入ることができない。今、その軍服に着替えようとしているところだ。
彼はパイロットスーツの前にあるチャックを下まで下ろし、脱ぐ。そして上から順に着ていき、そしてベットに腰を掛けながらブーツを履く。履き終えて、シンヤの頭を優しく、壊れ物を扱うように撫でてやると、「にゃー」と猫撫で声を上げる。
「腹減ったか?」
シンヤに向けて聞くように呟いた。ベットから立ち上がり、デスクの一番下の引き出しを開け、皿とキャットフードを出す。キャットフードを見てか、シンヤはベットから軽々飛び降り、床に置かれた赤い皿の前に座る。その皿にころころと丸い茶色のキャットフードを注ぐ。注ぎ終わると、シンヤはがっつくように食べ始める。
その時。
『第一前衛部隊の杉村中佐、雨崎少尉、第二後衛部隊の春野少将、紅蓮大尉、以上の四名は至急作戦参謀室へお集まりください』
そんな女性の声が天井にある小さなスピーカーから流れた。
——至急、か……何かあったのだろうか。
「お前は餌でも食べて待っとけよ」
そうシンヤに言って、彼はシンヤを部屋に残し、自室を出る。作戦参謀室はここをずっと右に真っ直ぐ行く必要がある。さっき自分が通った格納庫の出入り口の前を通るわけだ。真っ直ぐ行った、その突き当たりにある地下へと繋がるエレベーターに乗り、地下三階まで行き、エレベーターから降りて二つ目の左にある曲がり角を曲がると、大きなドアが現れる、そこだ。そこに作戦参謀室はある。
そこを目指して友幸はずっと右の奥にあるエレベーターの方を向く。至急というのだから、きっと重要なことだろう。急がなければ。
彼は、走り出した。
続く