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Re: 黄昏の魔導師 ( No.15 )
日時: 2010/08/14 15:43
名前: 九蛍 ◆WpSnIpcg.c (ID: cRxReSbI)

   第二話 「無題」

 奏でる猿と書いて、『奏猿(そうえん)』。
 それは生き物でもなければ化け物でもない。
 細菌と幽霊を足して二で割ったような怪異。
 有害。
 社会崩壊を引き起こしてもなんら不思議ではない、そんな存在。
 実態は、ない。
 故に、『存在』というのは概念的におかしな点もあるが、それでどうというのだ。

 ワタシの親友は、そんな変なののせいで行方不明だというのに。

   ***

 ワタシこと荘野麻生(そうのまい)は、英語が苦手だったりする。
 それでも、なぜか愚痴るときは英語になったりする。


「Blame it!(クソ、いまいましい)」
 ワタシは毒づいた。とりあえず何か言わないと耐えられなかったのだ。
「え、ちょ、それ何語? ってゆうか放して頼むから!?」
 ……親友を助ける可能性が、こんな頼りないやつだということに。
 男子としては結構小柄。前髪が長くて目が殆ど隠れている。
 自分はツッコミ役だとでも主張しているかのように正論を吐き、面倒なことが嫌いといった様子。
 ……こんなやつ、本当に信用してもいいんだろうか。
 と、煮え切らない気持ちで、ワタシは屋上を目指した。


 ワタシの通う学校では、困ったときには『ハシミネに頼め』というジンクスがある。
 ハシミネとはこいつ——端峰昏音(はしみねくのん)のことだが、ワタシはこんなチビが何かできるなんて微塵にも思っていない。ただ、ワタシは親友——逢城小遙(あしろこはる)を助ける可能性のあるやつを、片っ端から集めているのだ。
 情報収集に長けたやつ。
 IQが優れているやつ。
 小遙に親しかったやつ。
 いろいろ。
 本当に、いろいろな人に協力を求めた。
 しかし、そういう者たちの殆どは損得勘定でできていて、金銭やらを要求してくるやつらばかり。
 本当、嫌になる。
 なんとか普通に協力をしてくれたのは、端峰を釣るエサとなったキューちゃん——九路コルノ(くみちこるの)と、小遙の彼氏らしい砂子釿真(いさごぎんま)というやつくらいだった。
 正直、キューちゃんとワタシはさして仲がいいというわけではなかった。
 キューちゃんは殆ど無口だし、大抵無表情だし、なんとも近寄りがたいオーラを纏う、そんな子だからだ。
 実は『キューちゃん』と呼び始めたのは、ごく最近だったりする。というか、つい昨日からだ。


 きっかけは、いま巷で騒がれている『連続失踪事件』である。
 小遙が失踪して三日経ったある日——つまり昨日——その頃はまだキューちゃんだなんて馴れ馴れしく呼んでない頃。
 そのときワタシは、どうしようもない現実に、ただ警察に任せておけばその内きっと、と小さな希望を抱いていた。
 しかし、そんなときに一人のクラスメイトがワタシの前に現れた。
 九路コルノ。
 無口無表情。極端に他人を拒み、大抵一人でいる、そんなクラスメイト。
 そして、そんなクラスメイトの口からとんでもない言葉が出た。
「荘野さんの親友、行方不明なんだって?」
「!?」
 それは心配するでもなく嘲笑うのでもなく、ただ「面倒そうだね」と、そう言いたげな物言いだった。
 ——それ以前に、小遙が失踪したのを知っているのは警察と小遙の家族、そしてそのことを小遙のお母さんから聞いたワタシだけということになっているはず。
 ……だったら、なんで。
 そういう噂が立ってるというのならわからないでもない。もう三日も休んでいるのだ。
 しかし——
「荘野さん、あなた幽霊って信じる?」
 は?
「幽霊って……、あんた小遥が死んでるなんて言うんじゃないでしょうね……?」
 危うく胸倉に掴みかかるところだった。激怒の少し手前といった感じでワタシは尋ねた。
 そして、帰ってきた言葉がこれだ。
「全然」
 は?
「……何が言いたいの? 用がないなら——」
「荘野さん、あなた友達って信じる?」
 ……はぁ?
 信じるの意味がズレてません?


 そんな感じでわけのわからないやり取りをしている中で、九路コルノはワタシにいろいろなことを教えてくれた。
 奏猿(そうえん)という化け物のこと。
 ハシミネとかいうやつのこと。
 そして——

   ***

 屋上の錆びついた扉を開けると、鉄同士の擦れる嫌な音がした。
「待たせてゴメン」
 もうとっくに着いてたらしきキューちゃんと、小遙の彼氏に言う。
「別に」とキューちゃん。
「遅い!」と小遙の彼氏である砂子釿真。
 十分近く遅れてしまっては砂子の気持ちはわからないでもないが、キューちゃんは相変わらず興味なさげなご様子。
 そして何より——
「……なぜボクはこんなところに……。ああ、そうだ。髪の毛がピンク色のムキムキマッチョに謎の呪文で……」
「捏造すんなっ!」
 ワタシは端峰の頭をぶっ叩いた。
 誰がムキムキでマッチョだ。ったく。

「——これで、揃ったね」

 凛と、キューちゃんが綺麗な声でいった。
 キューちゃんは華奢な体躯なので少々頼りないところもあるが、オーラというか雰囲気が大人っぽい。なんか落ち着く。
 屋上は風が強く髪が否応に乱れるが、この際そんなことはどうでもいい。


「さて、じゃあ——」
「ボク帰るね、なんかお邪魔虫っぽいし……」
「そうそう端峰には席を外してもらわないとね——ってコラぁ!」
「ナイスすべりノリツッコミ」
 すべりノリツッコミってなんだよっ!
「……あのさ、ボク本当にこういうの嫌なんだよ。わかる?」
 うんざりげんなり、やってらんない構ってられるかという風情に端峰が言った。
「だからさ——」
「クノン、手伝って」
 キューちゃんがにっこりと微笑み、端峰の手を取った。
 途中、少しだけ「だめ、かな?」という苦笑いになったところが可愛らしい。
 一方、端峰は——

 蒼白——顔を真っ青にして固まっていた。

 もちろん比喩だが、比喩なのだが。
「あんた、大丈夫……?」
 ふと、ワタシは端峰のことを心配していた。
 そして、端峰は——

「……何があったかは知らないが、とりあえず現状況でわかってること全て話せ」

 その目は、まるで否定する材料を求めているかのような、どこか寂しそうな目だった。
 ワタシはこの目を知っている。


 鏡で見た、小遥が失踪したことが冗談だと信じたい、そんなワタシの目に、よく似ていた。
 怖いくらい。
 もしくは、同じなのか。