ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 本好き魔女の不思議な図書館 ( No.120 )
日時: 2011/01/06 00:55
名前: 白魔女 (ID: BJQqA4RR)




十五話・また、悲劇


 それでも、物語は翼を休めさせる事を許さなかった。いつの間にか寝てしまっていたらしい翼を起こしたのは、ミーナの困惑した声だったのだ。


「翼、ルーフさんが、家にいないんです」


「——え? ルーフが?」


 眠気が一気に吹き飛んだ翼は、ミーナと部屋をくまなく探した。そして見つかったのは、先ほどまでルーフが使っていた机の上に置いてあった、置手紙だった。


「“お二人の旅支度をするための物を、買いに行ってきます。ご心配なさらず、すぐ帰ります”……って、書いてあります」

「心配なさらずって……そんなこと、無理に決まってるじゃないか」独り言にも近い言い方で、翼はボソッと言った。


 変な胸騒ぎがする。嫌な予感、という奴だ——。


「ごめん、ミーナ。俺、ルーフ探しに行ってくるよ」

「私も行きます」


 ミーナは間を空けずに言い放った。少しの間の沈黙を破ったのは、翼の弱々しい声だった。


「ミーナはここで待っててくれ。お願いだから。ミーナまで何かあったら、どうするんだ」

「今は、一人で行動するほうが、危ないですよ。大丈夫ですから、翼と一緒に行かせてください」


 翼がいくら説得しようとも、決して揺るがない決断だった。翼にはそれがよくわかった。ため息をつき、玄関へ足を進める。その後ろに、ミーナも黙ってついてきた。

 きっと、この後、何かが起こる——翼にはそんな気がしてならなかった。その“何か”が、どうか悪いことじゃあありませんように。


 
 外に出ると、もう夕陽は跡形もなく消え去り、真っ暗な星空が街を包み込んでいた。外を歩く人は、ほとんど居なかった。正体不明の殺人犯に、みな怯えているのだ。

 人っ子一人居ない路地を、少女が一人歩く……犯人から見たら、格好のエサじゃないか。ルーフの安否を気にするあまり、歩くスピードがどんどん早まる。

 二人は昼間にルーフに案内された道を、片っ端に通ってみた。市場はお店の光が点々とついているだけで、昼間の活気は微塵も感じられなかった。


「大丈夫でしょうか、ルーフさん……私達のせいで……」

「私達のせいで」が、翼の胸に突き刺さった。違う、これは俺のせいだ。俺が弱虫なばかりに……。


 知っている道をあらかた通ったが、それらしい人影は見当たらない。迷わない程度に、二人は細い小道などを探ってみることにした。

 建物と建物の細い道を、二人は縫うように歩く。道はどんどん暗くなるばかりだった。街灯も何一つない。見えるのは、空高くにある魔法学校の白の時計塔の明かりだけだ。


 お願いだ、早く見つかってくれ、ルーフ……そう思った時だ。
昼間に学校を見学に行った時と同じように、頬をかすめるような、冷たい風が切るような感じがした。あの、黒髪の少年がすばやい早さで横切ったのだ。


「おい……っ」


 とっさに声をかけようと、翼が振り向いたときだ。正面を見ていたミーナが、小さく悲鳴をあげた。

「どうしたんだ、ミーナ……」


 カタカタと震えるミーナの視線の先を、目で追ってみる。するとそこには、薄ぼんやりでよくわからないが、小柄な人間が一人、倒れていた。


「まさかっ……」


 二人は駆け寄り、その人を抱きあげた。翼がルーフの胴に手を回したとき、生暖かい、ぬめりとした液体が手に付いた。
 そして、二人の予想は的中してしまったのだった。




 二人の悲痛な叫びが、夜の街にこだまする——。