ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: スパイは荒事がお好き—スパイ募集— ( No.68 )
日時: 2010/09/25 07:02
名前: Agu (ID: zr1kEil0)


翌日の事。集積所にはこれでもかと武器が積まれたトラックが何両も並んでいた。
それを間近で見ながら、ゴードン=ゴロプ中佐は胸に一概の不安を覚える。

(私のした事は正しかったのだろうか?本当にこれで良かったのか?)

彼はそれを振り払う。ここまで来て怖気づく訳にもいかない。

あの秘密文書にはこの作戦がどれほど重要かが長ったらしく書かれていた。
文書に拠れば、暗殺はレジスタンスの中での一部部隊の独断であり、その部隊は元軍属の弁護士によって統制されているとの事。

その件の部隊に対して情報を故意に流し、誘き寄せられてきた所を捕らえ、暗殺計画を粉砕する。

それが今回の作戦であった。

(アプヴェーアの連中は、まったくもって乱暴で斬新だな)

ゴードンがそんな思考を展開してからそのまま少しすると、黒光りする如何にもな高級車が集積所のゲートを潜り、入ってくる。
ロールスロイス————ゴードンは恐らく、あれに大佐が乗っているはずだと推測し背筋を正した。

自動車が止まり、運転席から出てきた黒い制服の男が後部座席を仰々しく開ける。

そこから身を屈める様にして出てきたのは、やはり例の“大佐”であった。

ゴードンはそのまま彼に向かって最敬礼する。
大佐はそれに軽い敬礼で答えると、目線を一列に並ぶ輸送トラックに転じた。


「武器は積み込んであるようだな、宜しい」

「ハッ、予定の準備は全て完了しております。運転手には出来る限り経験が豊富な者を選発しました」

「うむ……やはり評判通り、君は優秀な士官の様だな。さすがに手際が良い」

「恐縮です。大佐殿」


ゴードンはそう返答しながらも、頭の中ではこれからの人生に期待を巡らしている。
大佐が約束を守るというのならば、ゴードンはこの閉職から解き放たれることだろう。


「それでは大佐殿……」

「分かっている」


大佐はジッと車両の列を見つめた後、先程出てきたばかりの後部座席に乗り込んだ。
ゴードンも軍用指揮官車に搭乗する。

2台がゆっくりと車列に入るのを確認した“輸送部隊”は、エンジンの音と共にその車輪を動かし、集積所から出発した。




          *




パリ・レジスタンス、第4部隊隊長であるベルトラン=ジルベルスタインは、自分の豆だらけの手が仄かに汗ばむのを感じた。
彼は左手に装着された腕時計を確認する。

(今は9:38。数十分後にはここを国防軍の輸送車列が通り抜ける……上手い具合にやらなければ、な)

彼ら第4部隊が潜伏するこのフェール市道は、周りを林に囲まれた静かな道であり、所々に点在する家屋があるだけで大した特徴はない。
その為、特に検問や軍事施設、駐屯地があるという訳ではなく、レジスタンスにとっては絶好の待ち伏せ場所ともなっていた。


その“猟場”に“獲物”が入ると、アメリカの諜報員から情報がリークされたのが3日前。


情報を受けたレジスタンス上層部はすぐさま“略奪してからの撤退”に定評がある第4部隊をこの市道に派遣した。

到着してからというものの、彼ら第4部隊員600名は、まるで森の一部になったかの様にジッと息を潜め、およそ6時間前からこの道を通過する物、全てに目を凝らしている。

武器弾薬を満載した、しかも護衛車両が何事かの不都合で来られないという、これまた無防備で魅力的な“羊”がやって来るのだ。
彼らが必死になるのもなるほど、道理だろう。


そんな時、第4部隊の副隊長であるジーロンド=ワーテルローがベルトランの肩を叩いた。
顔を向けると、彼はハンド・サインで何事か伝えている。

(…例の相手……無線……作戦……順調)

意味を汲み取った彼は、副隊長にハンド・サインで指示を返す。

(了解……全分隊……襲撃準備……時は近い…)

ジーロンドはその険しい顔に不適な笑みを浮かべ、頭を縦に振ると、足音を出さない様にして近くにいる無線士に命令を伝えに行く。
それを見送ったベルトランはいつの間にか自分の表情が緩んでいた事に気づいた。彼は苦笑らしき表情を一瞬作るが、刹那、それを引き締める。

もうすぐ始まる“宴”に興奮が抑えきれないのか彼は誰にも聞き取れない様な小さい声で呟いた。


「ご馳走はもう間近……今日は良い日になりそうだ」