ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 激動  ( No.21 )
日時: 2010/08/18 21:05
名前: 黒猫 ◆tZ.06F0pSY (ID: 8I/v6BBu)



第Ⅱ部隊、


そこは軍の部隊だというのにも関わらず、耳を澄ますと…お気楽な話や笑い声しか聞こえなかった。理由を挙げるとすると、そこには確かに腕が立つ者が多いが———変わり者も多いというのがあるからだろう。


「あ〜、昇進してぇー…」

とあるテント、そこからそんな声が突然聞こえてきた。そこにはいく人かの兵士が輪になって何か話しこんでいるが、そこに緊張感は微塵も無く、逆に和やかな雰囲気であるくらいだった。
「同感であります、ナギサ上等兵!ジェイク伍長がいなかったら、私が伍長でありましたのにぃ〜!」
「だよなー、頑張って戦死してくんないかなーあの人。だったらジェイク伍長も二階級特進で俺もやっと昇進できるってもんだよ。…あ、俺超ナイス・アイディア。一石二鳥じゃん?」
特にその中でも、一際盛り上がっている二人は、何の罪も無い“ジェイク”という上司へ、そんな愚痴をこぼしていた。笑ってそう言っているが、内容は惨たらしい事この上ない。ある意味恐ろしい二人だ。

「………」

と、そんな二人の後ろに、顔をひきつらせ、腕組みをしながら誰かが立っていた。…それに気が付いた他の兵、は凍りついたように動かなかった。顔から血の気が引き、誰もが「やってしまった」という顔をしている。

「はーぁ。…なぁ西嶋上等兵、次の奪還戦の時さー、背後からあの人撃ってくんねぇ?誰も見てない時にさー、“パーン”って」 
しかし、そんな周りの空気にも気付かず、二人はまだその話題で盛り上がっていた。
「何を言ってるでありますか、そう言うのは貴方の得意分野でありましょう?」
「いやいや、俺無理。いざという時、ミスって肩とかどうでもいいとこ撃ちそうだしー…」


「————ほーぅ、何の話してるかと思ったら…。むしろ俺が今、テメェ等を撃ってやろうか?」


ジャカッ
話の盛り上がっている二人の背後、我慢しきれなくなったその人物は、やんわりそう言ったが————明らかにキレている声だった。しかも、ナギサ上等兵と言われていたお気楽そうな青年の頭には、片手銃の銃口が向けられている。

「あらまー、何時の間に。いくらなんでもいけませんよ、立ち聞きしちゃあ。今、ちょうどアンタの抹殺計画を練ってた所なのに」
「———ナギサ、そんなに俺に殺されてぇのか?」

「…ッ!ジェイク伍長ッ!」

そう、そこにはちょうど話題に出ていた上司———ジェイクが立っていたのだ。他の兵は気まずそうに眼を逸らす者や、こっそりテントから出ていく者もいた。

しかし、ナギサは一切同様の色を見せず、むしろ開き直っているかのように笑っていた。しかし、西嶋という青年は信じられないという様子で、ジェイクを見つめていた。しかし、やけに目線が低位置だ。と、いうのも西嶋はジェイクの顔など見えていなかったからだ。

「伍長殿!失礼ながら社会の窓が全開でありますッ!さては今、トイレから出て来たばかりでありますなぁ!!?」

そう、西嶋は彼のチャックを凝視していたのだ。
「ブハッ!」
それを見て、ナギサは隠す事無くその場で転げるほどの勢いで腹を抱え、大爆笑していた。

「は?」
ジェイクは訝しげに眉をひそめながらも、二人に背中を向けながらそれを確かめていた。
「………ッ!!!お、俺とした事がぁぁぁぁああああっ!!」
すると、その事が事実であると気付いたジェイクは、そう絶叫していた。

「ててててテメェ!大声でそう言う事言ってんじゃねぇ!!つーか、そういう事は気ィ使って、こっそり言うもんだろ普通!!」
ジェイクはチャックをすぐに上げると、羞恥を覚え、頬を赤くしながら西嶋にそう怒鳴った。しかし、肝心の西嶋は全く反省しておらず、

「ふっ、伍長殿も中々大胆な事をしますなぁ」
「まったくだ、昔からいつもこうなんだよなぁー」

と、ナギサと共にそんな事をヒソヒソ、ジェイクにワザと聞こえる声で言っていた。



ナギサとジェイクは、昔からの幼馴染である。西嶋と二人が出会ったのは、MBAに入隊した時に、同じ第Ⅱ部隊として仲間になった時だった。それからというもの三人は個人的にも仲良くなっていった。特に西嶋と年が同じナギサは、同じ最小年同士で気が合い、今や親しい間柄である。

しかし、ジェイクが年上で、上司だという事は決して忘れてはいけない。MBAでも、立場をわきまえるべきではあるのだが———…

「てンめぇ等ぁ…そこに直りやがれぇっ!俺が喝いれてやる!!」

「『喝』って聞いたら…懐かしいねぇ、ジェイクと昔座禅組んだ事もあったよなぁー」
「“座禅”とは…いかほどのものでありますか?」

二人は、最早ジェイクを上司として見ていなかった。

「木製の平たい板でな、バシーンって叩かれんの」
ナギサは説明口調で、座禅を組みながら西嶋に言っていた。すると、西嶋は思い出したかのように「あぁ!それでありましたか!」と、納得しながら彼も座禅を組み始めた。
「私も一度、座禅を組んだ事があるのであります。組んだのは幼い頃故、名前は知らなかったでありますが」
「でも、アレ叩かれるうちに何かクセになんだよなー」
「———そんなに叩かれんのが好きなら、何度でも俺がブッ叩いてやるから安心しろ」

「「え」」

振り返ると、そこには抜剣したジェイクが、怖い笑顔を二人に向けながら立っていた。———あぁ、忘れていたと言わんばかりに二人は苦笑を浮かべる。
「ちょ、ジェイク、少し待とう。まさかそれでグサーッて訳ないよね?」

「大丈夫だ、死なない程度に手加減はする」

「オイィィィッ!待て、俺が悪かった!ホラ、仲間殺しはダメっしょ、ね?」
「そうであります、ジェイク伍長!敵前逃亡と仲間殺しは死罪でありますゥゥゥゥ!」
二人は、今更になって事の重大さに気付いた。というか、本能的に悟った。他の兵士は、最早手のつけようがないと、遠まわしにそれを眺めていたが、彼らが少し楽しげなのは言うまでも無い。

「今更遠慮すんなって、なぁ…?動脈浅めに斬ってやるから、存分に苦しめやテメェ等ァァァァァ!!」

「「ギヤァァァアアアアアアッ!!!」」


「——うおいっ!二人、こっち来るなぁぁぁ!」「馬鹿っ、俺たちまで巻き込むなって!」「伍長、俺たちは関係ねぇっす!」「嫌だぁぁぁぁぁぁ!」「斬られる、逃げろォ!」…


その後数分間、三人とその他の兵士を巻き込んだ壮絶な追いかけっこが繰り広げられたのは、その直後であった。