ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 佳織へ謝罪 ( No.1 )
- 日時: 2010/08/12 21:03
- 名前: 茂中 (ID: ymYDaoPE)
主人公:田中 亜美
「プロローグ」
同日 田中総合病院屋上
柔らかな風が頬を撫でて行くのも、気持ちが洗われるようで心地がいい。
でも——。
『お姉ちゃんっ』
「———」
素敵な景色だったからこそ、・・・あの頃の事を、思い出す。
いつもちょこちょこと私の後を付いて回ってきた、あの子の姿を・・・。
「このベンチに座って、いろんな話をしてあげたんだよなぁ…」
風雨に曝されて、ペンキがはげかけたベンチをそっと撫でる。
・・・誰かあわて者が忘れて行ったのか松葉杖が片方だけ、ぽつんと立てかけてあった。
元々私は、・・・誰も信じてくれないかもしれないけど、賑やかなのが好きじゃない。どちらかと言うと静かな所で、のんびり気を休めている方が性にあっていた。
・・・話し上手になろうと思ったのは、あの子が笑ってくれたからだ。
彼女はとても聞き上手で、どんなオーバーな話でもいつも楽しそうに聞き入っては大笑いしてくれた。だから私も、あの手この手で人に聞かせる術を身につけて行ったのだ。
・・・本当に、大好きだった。
素直で、明るくて、・・・私の事をいつでも信じて疑わなかった、妹の佳織。
あの子が笑ってくれるなら、何でもあげられると思っていた。
あの子の幸せのためなら、何でも出来ると信じていた。
だけど、私は・・・それを、裏切った。
口や心では語っておきながら、いざそれに直面した時、言葉どおりに行動することができなかったのだ・・・。
「・・・なにが、イケイケのあーちゃんだ。・・・バカ野郎」
思い立ったら、即行動・・・なんて、嘘っぱちだ。
本当の私は臆病で、情けないほど優柔不断だった。
・・・実に、皮肉な話だった。
医者の家に生まれておきながら、生命の危機にかかわるレベルに病状が悪化するまで誰も佳織が重い病になっているとは気付かなかった。
あの子がそれだけ、我慢強かったこともマイナスに働いたのかもしれない。
とにかく佳織がある日突然倒れ、精密検査を受けた後すぐに私達は、医師から最悪の
事態を宣言されることとなった…。
しかし、それでも救いの道はあった。・・・・確かに、あったんだ。
「・・・移植?私の骨髄を?」
「ああ。父さんとお母さんは不適合だが、お前なら血液の白血球が佳織の型と同じで、
ドナーになれるんだ。・・・佳織のために、やってくれるな?」
「わ、私は・・・」
「大丈夫だ。お前と佳織の手術には、うちの病院でも一番信頼における医師にやらせる。お前の体には、何のマイナス要素も残さないよ」
「・・・・・」
父さんはそう言って励ましてくれたが、・・・まだ幼かった私は、自分の体にメスを入れられることが怖くて、不安で仕方がなかった。
それに、病院の院長の娘と暮らしてきただけに、さまざまな医療事故のニュースに過敏に反応していた頃だ。
佳織のためとはいえ、いくら自分の病院でも失敗の確率がゼロでない以上すぐに「うん」とは言えなくて・・・。
私は考える時間がほしいといって、・・・その時の即答を避けてしまったのだ。
(佳織の病状が急変したのは、そのすぐ後だった・・・)
急いで移植手術の準備が進められたが、・・・そのころにはもう、手遅れだった。
なすすべもなく、・・・山ほどの後悔と罪悪感で押しつぶされそうになっていた私の手を、
佳織は混濁した意識の中で力を振り振り絞り、その小さな手で握り締めてくれた。
そして、
「お姉ちゃん・・・退院したら、ケーキ、食べた・・・ぃなぁ・・・」
・・・それが、あの子の最後の言葉だった。
それからは何を呼び掛けても返事はなく、・・・・小さな手は私の手を掴んだ形のまま、二度と動かすことがなかった・・・。
「・・・せ、先生! 私、何でもします! 血液でも心臓でも、何でも好きなだけ持って行っていい!! だから、佳織を生き返らせて!! お願いします!! お願いします・・・っ!!」
そばにいる医師の先生達に、誰彼かまわず必死にすがりついて、泣きじゃくって・・・。
それがもはや遅すぎる願いだと分かっていたけど、どうしても認めたくなくて・・・。
私は、佳織が墓に葬られたその後も、ずっと、あの子に向かって謝り続けていた。
「ごめんなさい…ごめんなさいぃ…っ!!!」
どんなに許しをもらおうとした所で、決して償う機会を与えられることもないと、分かっていたけれど・・・。
一瞬の悩みが、永遠の後悔を生み出した現実を、・・・私は長い間ずっと受け入れる事が出来なかった。
そして私は、・・・・その後 卑怯にも佳織を助けられなかった医師達や両親に、その怒りをぶつけた。
もっと早く、佳織の病気を見つけてくれていれば。
もっと強く、私に移植の話を勧めてくれていれば。
自分は、判断を誤らなかったはずだ。そして佳織も、死なずに済んだのだ、と・・・。
それをきっかけに、・・・一時私は、今では考えられないほど荒みきった心の憂鬱さを晴らそうと、・・・傲慢な態度とふるまいを周囲に働いたりもした。
わがままで暴虐な、院長令嬢。・・・それが、当時の私だ。
こんな不条理を自分に付きつけた世界と、運命が、心の底から憎くて、忌わしくて・・・。
・・・・・・。
ああ、本当はわかっていた。本当は、自分の犯した過ちを何かにぶつけて、受け入れることを拒絶していただけだ、と・・・。