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Re: 白夜のトワイライト 第一章完結 ( No.180 )
日時: 2011/09/30 19:56
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: EFs6h6wo)

何も出来なかった。
そんな後悔の念が優輝の心を蝕んでいく。
血の海となった故郷ともいえる武装警察、本部であったあの要塞は今となっては何も残ってはいない。
あれから少しの時が流れた。優輝たちはそれぞれにやるべきことを探していた最中であった。
黒獅子の居場所は未だに特定されず、何の動きも見せてはいない。少し前の騒々しい日々が嘘のようだった。
優輝は何度もその崩れた日々の中で死というものに直面した。それはとても恐ろしい、恐怖そのもの。その感触が、少しの時を経るだけでは全く忘れられない。いや、これから先もずっとこの感触は纏わりつくのだろうと思うと、優輝の口からため息が漏れた。
久々にログアウトした優輝は、精神力を使いすぎたのか、ダルさが体中を襲った。久々に生の空気を吸い、吐いた感触は、生きているということを実感させてくれる大切な動作だということを今更ながらに思い知ったのだった。



第10話:終わりの始まり



一人暮らしの3LDKに住む優輝は、そのもの寂しさに嫌気が差してくる。カーテンが完全に閉ざされ、換気が悪そうだ。といっても、外は都会の近くなので窓を開けたところで何の変わりもないのだろう。
こんな一人暮らしにしては贅沢な家で暮らしているのは、全てヴァンの計らいだった。こんなことをしなくてもいいのに、と毎度のことながら優輝は思うのだが、それでも心のどこかで頼りきっているこの自分自身に、二重にして嫌気が重くのしかかってくる。
肩の重荷を撫で下ろそうとすることは許されない。家族は皆死んだ。その原因は、黒獅子。これしか情報がない、これしか生きることに対してすがることを許されない優輝にとっては肩の重荷なんてものは慣れてしまっていた。

「本当、この世は腐ってんな」

部屋の中でそう呟き、優輝は傍にかけてあったジャケットを羽織って部屋の外へと出た。
辺りは埃やらが溜まっていたりして、全く生活しているようには見えない有様だった。これだけゲームをしてよく死なないものだと思うほどの有様に、自然と薄ら笑いが零れてくる。
人間は目隠しをされた状態で、マグマのように熱い棒を押し付けると言われたらその痛みや、光景を頭で思い描き、本当にそんな棒を押し付けるわけではないのに、火傷のような痛みが出る。
それと同じような構造になっているのかは知らないが、ゲーム内ではそれと酷似したものが得られる。そもそも、このエデンという電脳世界を構築したのは誰なのかすらも証明されていない。何で飛行機が空を飛ぶのか分からないのと同じように、得体の知れない世界を利用して戦争などに活用しているのだから、世も末なのだろう。
科学やインターネットが進化しすぎて、このような電脳世界が生まれる結果となったというのが専門家の言い分だが、自分はそうは思わない。
この世界は、意図的に誰かが作った。そんなロクでもない、元々この電脳世界はあったのだと言わんばかりの言い分だと納得できるはずもなかった。
だから優輝は思う。バカバカしい、と。




久しぶりに優輝は警察庁へと行くことにした。
何故エデンからログアウトしたのか。そもそもがエデンのアップデートをするという告知のせいだった。
今までそんなものは発生しなかったのだが、突然そのように告知されて強制ログアウトさせられたのだから仕方がない。
エデンで生きていると言っても過言ではない優輝は、途中にある有名なカツ丼屋に寄ろうという気は起きなかった。何だろう。色々と抵抗があったからなのかは優輝自身、分からなかった。
こうして警察庁に向かう間も、優輝は町並みを見渡していく。
廃れたような町並み。人気が無く、自然というものも消えていってしまっている。昔の、優輝がまだ子供の時だった自然の溢れた町並みは既に消えていた。

「——……電脳世界、エデンはアップデートというものを行うという謎のシステムが発動しました。この世界の作り主がこの世の中のどこかにいるということなのでしょうか。政府は、このことについて全国で……——」

ニュースキャスターのお姉さんが、テレビの中で話し続けている。
アップデートなんてものは、まさにゲームのようなものだった。エデンはゲームではなく、世界という認識の方があっている。
エデンは、もう一つの世界。この世に存在してはならない、人が簡単に死ぬ世界。それをゲームのようにアップデートと呼んでいることが気に入らなかった。
優輝はそのモニターを見つめ、素っ気無い顔つきですぐに目を逸らした。
一体何が変わるのか。また、この異常な事態に警察はどう動くのか。
それらを確認する為に優輝は警察庁へと向かったのである。




警察庁も以前までの風格というものがなくなったような気がする。寂れたような建物といっても全く同一になるかもしれないほどだった。
その建物内へと入ると、受付がある。そこから少し奥へと進めば、エデンの対策本部がある。といっても、この警察庁内でエデンに携わっているのはほぼ全員といっても過言ではない。対策部に加わっていない警察でも、補佐ということでほぼ全員がエデンと関係を共にしているのだ。
だからこんなに閑散としているのだろうが、警察庁がこれで本当にこの世の中は大丈夫なのだろうか。
この現実では、法で裁かれるが、エデンでは裁かれない。殺すか殺されるか。その二つが全てを決める。
だから人殺しなんてものはエデン内で起こる。現実でも死ぬこのエデンの異常なルールに、警察も総動員で対処しようとしているのだ。
こうして現実世界で仕事をしているのは各地区の警察が対処にあたっている。そうしなければ、現実でも犯罪は起こるからだ。
現在、行方不明や殺人などの確認が不十分すぎて、段々と現実は腐敗していっている状況下の中、警察側からすればこの電脳世界は単なる犯罪王国でしかなく、また犯罪を犯す者からすれば、犯罪天国だった。
何をやっても、誰からも裁かれない楽園エデンに住む着くのは当たり前のようで、狂っていた。

アップデートのせいでログアウトしているはずなのだが、この警察庁は閑散としていた。これが東京の警察かと文句を言いたくなる。警備も何もないし、もし現実で事件が起こったりしたらどうなるんだろうとも思う。
扉を開いた先には、想像通り人気がなかった。

「ここに来ても無駄だったか……」

一人で呟き、その場から立ち去ろうとしたその瞬間、不意に優輝の肩の上に何かが乗っかった。
その瞬間、優輝はその何かを見ることなく、慌てて振り返ると、そこにいたのは若い男だった。
20代前半に見えるその男は、少々チャラい格好をして、優輝を見ながらニヤニヤと笑っていた。

「誰だッ!」
「おぉ、怖いねぇ〜。そんな強張らないでくれよ」

笑い声をあげながら、男は優輝に向かっておどけた感じに言った。
この男は、優輝とは初対面であり、どちらもお互いの素性を知らない二人だった。

「坊やはここで何をしようとしていたのかな?」
「坊や? お前みたいに若い奴に言われたくないな。口の利き方には気をつけた方がいいんじゃないのか?」

優輝の言葉に、男は高笑いをする。その様子を優輝は訝しく見つめていたが、その後から発せられた男の言葉に驚くことになる。

「俺は高宮 修司(たかみや しゅうじ)っていうもんだ。ちなみに、年齢はもう30代半ばにはなってるぞ、坊や」
「え……!? 俺より年上ッ!?」
「ま、そういうことだ」

高宮と名乗るその男は、優輝に向かってウインクをすると、そのまま握手を求めてきた。
得体は知れなかったが、この男は何も悪い気配がしない。これでも一応は警察官なので、そういう気配を察知することは優輝にとっては慣れているようなものだった。
しかし、何か匂うものがあった。それはいい情報なのか、悪い情報なのかは分からないが、この男には何かがある。そういう確信を得たからこそ、優輝はその握手に応えた。

「んじゃ、よろしくな。——日上 優輝さん?」

高宮は屈託のない笑顔で笑うと、そのまま確かめるようにして呟いたのであった。