ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 白夜のトワイライト 第一章完結 ( No.180 )
日時: 2011/09/30 19:56
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: EFs6h6wo)

何も出来なかった。
そんな後悔の念が優輝の心を蝕んでいく。
血の海となった故郷ともいえる武装警察、本部であったあの要塞は今となっては何も残ってはいない。
あれから少しの時が流れた。優輝たちはそれぞれにやるべきことを探していた最中であった。
黒獅子の居場所は未だに特定されず、何の動きも見せてはいない。少し前の騒々しい日々が嘘のようだった。
優輝は何度もその崩れた日々の中で死というものに直面した。それはとても恐ろしい、恐怖そのもの。その感触が、少しの時を経るだけでは全く忘れられない。いや、これから先もずっとこの感触は纏わりつくのだろうと思うと、優輝の口からため息が漏れた。
久々にログアウトした優輝は、精神力を使いすぎたのか、ダルさが体中を襲った。久々に生の空気を吸い、吐いた感触は、生きているということを実感させてくれる大切な動作だということを今更ながらに思い知ったのだった。



第10話:終わりの始まり



一人暮らしの3LDKに住む優輝は、そのもの寂しさに嫌気が差してくる。カーテンが完全に閉ざされ、換気が悪そうだ。といっても、外は都会の近くなので窓を開けたところで何の変わりもないのだろう。
こんな一人暮らしにしては贅沢な家で暮らしているのは、全てヴァンの計らいだった。こんなことをしなくてもいいのに、と毎度のことながら優輝は思うのだが、それでも心のどこかで頼りきっているこの自分自身に、二重にして嫌気が重くのしかかってくる。
肩の重荷を撫で下ろそうとすることは許されない。家族は皆死んだ。その原因は、黒獅子。これしか情報がない、これしか生きることに対してすがることを許されない優輝にとっては肩の重荷なんてものは慣れてしまっていた。

「本当、この世は腐ってんな」

部屋の中でそう呟き、優輝は傍にかけてあったジャケットを羽織って部屋の外へと出た。
辺りは埃やらが溜まっていたりして、全く生活しているようには見えない有様だった。これだけゲームをしてよく死なないものだと思うほどの有様に、自然と薄ら笑いが零れてくる。
人間は目隠しをされた状態で、マグマのように熱い棒を押し付けると言われたらその痛みや、光景を頭で思い描き、本当にそんな棒を押し付けるわけではないのに、火傷のような痛みが出る。
それと同じような構造になっているのかは知らないが、ゲーム内ではそれと酷似したものが得られる。そもそも、このエデンという電脳世界を構築したのは誰なのかすらも証明されていない。何で飛行機が空を飛ぶのか分からないのと同じように、得体の知れない世界を利用して戦争などに活用しているのだから、世も末なのだろう。
科学やインターネットが進化しすぎて、このような電脳世界が生まれる結果となったというのが専門家の言い分だが、自分はそうは思わない。
この世界は、意図的に誰かが作った。そんなロクでもない、元々この電脳世界はあったのだと言わんばかりの言い分だと納得できるはずもなかった。
だから優輝は思う。バカバカしい、と。




久しぶりに優輝は警察庁へと行くことにした。
何故エデンからログアウトしたのか。そもそもがエデンのアップデートをするという告知のせいだった。
今までそんなものは発生しなかったのだが、突然そのように告知されて強制ログアウトさせられたのだから仕方がない。
エデンで生きていると言っても過言ではない優輝は、途中にある有名なカツ丼屋に寄ろうという気は起きなかった。何だろう。色々と抵抗があったからなのかは優輝自身、分からなかった。
こうして警察庁に向かう間も、優輝は町並みを見渡していく。
廃れたような町並み。人気が無く、自然というものも消えていってしまっている。昔の、優輝がまだ子供の時だった自然の溢れた町並みは既に消えていた。

「——……電脳世界、エデンはアップデートというものを行うという謎のシステムが発動しました。この世界の作り主がこの世の中のどこかにいるということなのでしょうか。政府は、このことについて全国で……——」

ニュースキャスターのお姉さんが、テレビの中で話し続けている。
アップデートなんてものは、まさにゲームのようなものだった。エデンはゲームではなく、世界という認識の方があっている。
エデンは、もう一つの世界。この世に存在してはならない、人が簡単に死ぬ世界。それをゲームのようにアップデートと呼んでいることが気に入らなかった。
優輝はそのモニターを見つめ、素っ気無い顔つきですぐに目を逸らした。
一体何が変わるのか。また、この異常な事態に警察はどう動くのか。
それらを確認する為に優輝は警察庁へと向かったのである。




警察庁も以前までの風格というものがなくなったような気がする。寂れたような建物といっても全く同一になるかもしれないほどだった。
その建物内へと入ると、受付がある。そこから少し奥へと進めば、エデンの対策本部がある。といっても、この警察庁内でエデンに携わっているのはほぼ全員といっても過言ではない。対策部に加わっていない警察でも、補佐ということでほぼ全員がエデンと関係を共にしているのだ。
だからこんなに閑散としているのだろうが、警察庁がこれで本当にこの世の中は大丈夫なのだろうか。
この現実では、法で裁かれるが、エデンでは裁かれない。殺すか殺されるか。その二つが全てを決める。
だから人殺しなんてものはエデン内で起こる。現実でも死ぬこのエデンの異常なルールに、警察も総動員で対処しようとしているのだ。
こうして現実世界で仕事をしているのは各地区の警察が対処にあたっている。そうしなければ、現実でも犯罪は起こるからだ。
現在、行方不明や殺人などの確認が不十分すぎて、段々と現実は腐敗していっている状況下の中、警察側からすればこの電脳世界は単なる犯罪王国でしかなく、また犯罪を犯す者からすれば、犯罪天国だった。
何をやっても、誰からも裁かれない楽園エデンに住む着くのは当たり前のようで、狂っていた。

アップデートのせいでログアウトしているはずなのだが、この警察庁は閑散としていた。これが東京の警察かと文句を言いたくなる。警備も何もないし、もし現実で事件が起こったりしたらどうなるんだろうとも思う。
扉を開いた先には、想像通り人気がなかった。

「ここに来ても無駄だったか……」

一人で呟き、その場から立ち去ろうとしたその瞬間、不意に優輝の肩の上に何かが乗っかった。
その瞬間、優輝はその何かを見ることなく、慌てて振り返ると、そこにいたのは若い男だった。
20代前半に見えるその男は、少々チャラい格好をして、優輝を見ながらニヤニヤと笑っていた。

「誰だッ!」
「おぉ、怖いねぇ〜。そんな強張らないでくれよ」

笑い声をあげながら、男は優輝に向かっておどけた感じに言った。
この男は、優輝とは初対面であり、どちらもお互いの素性を知らない二人だった。

「坊やはここで何をしようとしていたのかな?」
「坊や? お前みたいに若い奴に言われたくないな。口の利き方には気をつけた方がいいんじゃないのか?」

優輝の言葉に、男は高笑いをする。その様子を優輝は訝しく見つめていたが、その後から発せられた男の言葉に驚くことになる。

「俺は高宮 修司(たかみや しゅうじ)っていうもんだ。ちなみに、年齢はもう30代半ばにはなってるぞ、坊や」
「え……!? 俺より年上ッ!?」
「ま、そういうことだ」

高宮と名乗るその男は、優輝に向かってウインクをすると、そのまま握手を求めてきた。
得体は知れなかったが、この男は何も悪い気配がしない。これでも一応は警察官なので、そういう気配を察知することは優輝にとっては慣れているようなものだった。
しかし、何か匂うものがあった。それはいい情報なのか、悪い情報なのかは分からないが、この男には何かがある。そういう確信を得たからこそ、優輝はその握手に応えた。

「んじゃ、よろしくな。——日上 優輝さん?」

高宮は屈託のない笑顔で笑うと、そのまま確かめるようにして呟いたのであった。

Re: 白夜のトワイライト  ( No.181 )
日時: 2011/10/02 13:24
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: EFs6h6wo)

「どこに連れて行く気だ?」

警察庁内の奥へ、優輝と高宮は二人で歩いている中、優輝が遂に高宮へと質問を投げかけた。
優輝がエデンを始める前に、警察庁内ではとある改築作業が行われたそうだが、その改築した部分が現在二人の向かっている場所であった。
誰もいないせいか、辺りは薄暗い。曇りがかった太陽の光が、薄暗く庁内を反射していた為、通路の行く先先が一応は分かるというぐらいだった。

「勿論、改築した場所さ。日上はまだその部分は知らなかったな」

高宮は、優輝が名乗る前に優輝のことを知っていた。そこからしても謎が多い中、このキザな格好といい、この見た目の若さといい、どう見ても自分よりか年下か、それとも同年代かぐらいにしか見えない高宮は、信用なんて到底思えないし、信じることも出来なかった。
疑心暗鬼のまま、いつでも臨機応変にことごとを運べるように心の準備は整ってはいるが、どうにも高宮自身は悪そうに見えなかった。

「そろそろだ」

結構奥の方まで歩いたかと思うほどの通路を歩くと、遂に目的の場所を高宮が発見した。
薄暗い通路が更に薄暗くなったような暗さに、誰も入っていないような真新しい扉。さらに表札なんてものがついていない、謎の部屋だった。

「さぁ、入ろうか」

高宮は一人、意気揚々と呟いては、ドアノブを手で掴み、右に回した。そしてそのまま扉を開くと、中は闇の闇が広がっていた。
すると、高宮はすぐ横にあるらしい電気スイッチを慣れた手つきで押すと、部屋中が明かりを帯びた。

「何でここだけ……?」
「まぁ、不思議がるのも無理はないな」

高宮はそう言って笑う。
ここだけ、というのは、ここに来るまでの通路の電気やその他の電気はスイッチを押しても付かなかった。それは単に人がいないという理由ではなく、電気が止められている感じだった。
何者かに止められている。そんなことも脳裏に浮かぶような現象だったのだ。
しかし、この部屋の電気は先ほどの電気スイッチらとは違い、電灯がしっかりと光る。その眩しさで、優輝はついつい腕で眼を隠した。

「だが、ここからがまだ驚きだぞ」

高宮はそう言い放つと、丁度部屋の真中に置かれた大きなテーブルへと近づき、すぐ隣の棚の奥へと手を伸ばし、カチッという音がそこから聞こえたかと思うと、真中に置かれた大きなテーブルが勢いよく回転し、真中の地面を露にした。

「よっ、と」

続けて高宮は、その露になった地面をコツッと一箇所だけを足で叩くようにして押すと、鍵の開いた音がして、その地面が再び回転し、今度は地下へと続く階段が露となった。

「こんな仕掛けがあったなんて……」
「知らなかったか? まあ、この為だけに作られたような部屋でもあるし、これは極秘っちゃ極秘だからな」

高宮はそう言って笑うと、その階段を下り始めた。
言わずも知れず、優輝もその後を急いで続いた。




階段を下り切ると、次は短い通路が見えてくる。電球が所々に設置されており、この通路は基本的に明るい。
通路を渡り切ると、次に見えてくるのはエレベーターだった。

「更に地下へと行くぞ」

高宮はその宣言通りにエレベーターへ乗り込むや否や、地下を示すらしい【B】と書かれたスイッチを押した。
低い重低音があちこちから響くと、ゆっくりと下へと向けて稼動し始めた。

「結構速いからな。酔うかもしれないな」

高宮が笑いながらそう言った途端、優輝は突然変な吐気に襲われた。急速的にエレベーターが下へ降りている証拠なのだろうか。
外の景色は全て岩石だった。まるで一直線に何かで掘られたような穴に、エレベーターが通っているという単純な構図のようだった。
暫く優輝はその吐気に我慢していると、次に見えてきたのは信じられないものだった。

「見えたな……あれだ」
「こ、これって……!」

優輝と高宮が見たもの。それは、もう一つの"世界"だった。

「通称、アンダーワールド。呼び名は、楽園の世界だ」
「楽園の、世界……?」

それは地下に作られた機械都市だった。
地上が寂れた構造なら、こちらは科学的に進歩しすぎているとまで言っていいほどの世界観の違いだった。これだけの科学技術があるのに、どうして地上へとそれを活用しないのか。

「簡単だ。これがアップデートに関係するからな」

優輝の考えを見透かしたように、高宮は呟いた。
アップデートによって何が変わるのか。それをこの男は知っている。優輝は、そんな気がしてならなかったのだ。

「何故警察庁の地下に……」
「言っただろう。極秘なんだ。この世界にはこの国を守る軍力がある。最近の戦争は皆エデンによって開催される。この地下都市はもはやこの国の政府といっても変わりはない」

先ほどの笑みを浮かべていた高宮とは違い、厳しい表情で言った。
この機械の街があるということなど、今まで知る由もなかった優輝にとって、これほど驚いたことはなかった。

「もうすぐだな……」
「何が?」

チンッ、と軽やかな音が響くと同時に、エレベーターは静止した。
ゆっくりと高宮はその場に下りて、言い放った。

「アップデートの終了だ」

その瞬間、嫌な感触が優輝の全身へと伝わっていく。ぞわぞわと、何かが込み上げてくる。それはここが現実かどうかさえも曖昧にさせるほどの強力なものだった。

「う、ぅぅぁっ……!」

呻き声を上げる中、高宮が視界から外れない。揺れる視界の中で、高宮は悠然と目の前に立っているのである。
優輝は手を伸ばし、高宮を呼ぼうとしたが、それは無駄ことだった。
ゆっくりと、頭がシャットダウンしていきそうになる中、不意に優輝の伸ばした手に、何かの感触があった。
これは、この感触は——人の手の温もりだった。


「トワイライトは、再び行われる。お前は、お前のままでいろ」


「どう、いう……ッ!」

どういうことだ。そうやって声を荒げたかったが、優輝にはもはやそんな力も考える力も無く、自然に力を失った手と体全身はそのまま倒れ込んでいった。



データ解析、終了しました。
アップデート完了。
アップデート内容:三次元と楽園の混入・及び合成。

——以上。

Re: 白夜のトワイライト  ( No.182 )
日時: 2011/10/03 20:04
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: EFs6h6wo)

世界は豹変する。
異次元と現実が混じる時、世界は新たな形を創造する。
それは、壮絶な物語のきっかけに過ぎない。




まだ頭が痛む。酒を浴びるほど飲み、二日酔いをしたような気分で、優輝はゆっくりと体を起こした。
一体何が起こったのかも分からず、ただぼんやりしている頭を押さえながら、優輝はふらついた足で何とか立ち上がった。

「ここは……どこだ?」

次第に視界が治まっていく。しっかりと目の前が見ることが出来たと思うと、そこは優輝自身のベッド上だった。
周りは散乱し、いつもの部屋だという感覚と共に、不意に違和感を覚えた。

「これ……何だ?」

腕に、いつの間にか腕輪が取り付けられていた。銀色に光る腕輪で、優輝はそんなものを身に着けていたことなどは知らなかった。いや、それよりも見覚えすらもない。一体これは何だと疑心に溢れていると、不意に思ったことがあった。

「俺は、どこにいた?」

優輝はもう一度自分はどこにいたのか考えてみることにした。
警察庁に向かい、そこで自分は誰と会ったのか。

「そうだ……高宮、修司に会ったんだ」

そして、その後高宮に連れられて警察庁の奥まで連れて行かれることになった。そこから何を見たのか。

「下には、もう一つの世界があって……機械だらけの、すげぇ街が……」

エレベーターから下りて、そこからどうしたのか。

「高宮が……突然、わけのわからないことを言って……? それから、俺は……気を失った?」

全てを思い出した優輝は、単純な疑問を抱いた。
あの場で倒れたのだとしたら、もしそうだとして、夢でなかったとして、

「なら、俺はどうして自分の部屋にいる?」

素朴な疑問は、一つの行動を駆け巡らせた。
最後に聞いたアップデートと関係のある言葉。それは、この世界に何らかの異変が起きたということだろうか。
もしそうだとしたら、この世界は一体どういう風に変わってしまったのだろうか。
優輝は自分のパソコンの画面を見た。節電状態で、真っ暗な画面と化していたそれに浮かびあがったのは、

『アップデート完了。アップデート内容:三次元と楽園の混入・及び合成。』
「三次元って……この世界のことか? 楽園……エデンのこと? それの混入と、合成……。もしかして……!?」

優輝の考えたこと。それは——

ガシャァンッ!

不意に外からガラスの割れるような音が響いた。音の大きさ的にも、すぐ近くだということが分かる。一体何事かと、優輝は窓の外を覗いて見るが、よく見えない。実際に行ってみるしか方法がなかった。




商店街の一角。そこは現実にて、現実ではなくなってしまった場所に、一人の少女が、そこにいた。
少女は、その傍で力が抜けたのか、へたりこんでしまっていた。その姿を見て、少女の眼の前にいる異形の生物はニヤニヤと笑っているような不気味な笑みで少女を見つめていた。

「あ……ぁ……」

少女は、眼の前の明らかに怪物といえる存在を見て、怯えていた。

「G%&')'$"$……!!」

文字として表しようのない雑音に似た音声がその怪物から放たれる。それは少女も今まで見たこともなかった。
ゆっくりと怪物は少女へと近づいていく。怖くて少女は声を出すことすらも敵わなかった。

「#%%#”#%’&!」

化け物は一気に少女の上空へと飛び上がり、そのままその身を切り裂こうとしたその時だった。
一閃、斬撃が虚空を舞う。
それは音も無く、無音のまま、化け物を切り裂き、そしてゆっくりと化け物は肉塊へと変化していった。
その様子を見て、少女は絶句した様子でその肉魂を見つめた。そのすぐ傍で、誰かが歩み寄ってくる気配がした。

「姉ちゃん、大丈夫かいな?」

関西風の言葉をその男は投げかけてきた。
その男の頭には、見たことのあるものが生え、そしてその男の尻の辺りにも見たことのあるものが生えてあった。
意気揚々と、元気良く少女に話しかけたこともあってか、少女は戸惑いながらもゆっくりと頷いた。

「そぉーかぃっ! よかったわー! 大丈夫そうやな!」
「あ、あの……」
「なんや?」

喜ぶ関西風の男の頭上と尻の辺りを交互に見てから、

「それ……犬耳と、犬の尻尾……ですよね?」
「え!? ……あ、あぁっ! バレてもとるやん!」

何故だか愕然としたような態度を取り、頭を抱えてはうずくまる関西風の男を見て、少女は少しその様子を驚いたように見つめ、その後、慌てたように、

「あ、あああのっ! い、言ったら、ダメ、でしたか……?」
「へ? あぁ、いやいや! かまわへんよ! これなぁ……俺の能力の代償みたいなもんやねん」
「能力の、代償ですか?」
「せや。やから、そないに気にすることもないねんけどなぁ……まぁ、ええわ。姉ちゃん、名前教えてくれへんか?」

突然話が切り替わったりして、そのスピードについていけずに慌てる様子を取る少女を見て、関西風の男は気にしない様子で「あぁ!」と声をあげた。

「そうやなぁ! 名乗らせる前に、俺から名乗っとかなあかんわな! 俺の名前は、緒川 春之助(おがわ はるのすけ)ゆーもんや! よろしくな、姉ちゃん!」

緒川は笑顔で言うと、手を差し伸ばした。その手に触れようか触れまいか悩んだようにした挙句、少女はゆっくりとその手を掴んだ。

「わっ!」

そうした途端、急に体が浮き上がり、少女は立ち上がった。緒川が手に力を込めて少女を立ち上がらせたのだった。
その様子を見て、緒川は高笑いすると、

「次は姉ちゃんの名前やで。教えてくれへんか?」

緒川の言葉に促されるように返事をすると、少女は少し戸惑いがちに言葉を漏らした。

「ぼ、僕の名前は、裏面、臨死(りま、りんし)っていいます……。え、えっと、アバタコードは……"なるようにならない最悪"です……」
「えらいけったいな名前しとるなぁ〜……って、アバタコード忘れとったわ! 悪い悪い!」

緒川はそう言って人懐こそうな顔を見せた後、

「俺のアバタコードは"犬神"や! よろしゅう頼むなっ! えーと……臨ちゃんって呼ぶわ! な、臨ちゃん!」
「え、え? あ、は、はい……あの、えっと……」
「あぁ、俺のことは春でえぇよ! 春之助、なんて言い難いしなぁ! それで堪忍してや!」
「はい……よろしく、お願いします……。そ、それと……先ほどは助けていただいて、ありがとうございます」
「お互い様やろ? ははっ、大したことしとらんわ〜!」

緒川はそういって犬耳を前後に揺らし、尻尾を左右に振った。
どうやら無意識らしく、嬉しかったりすればこういう動作を行ってしまうようだった。

(か、可愛い……)

初対面でこう思うの、とは思ったが、裏面は密かにそう思ったのであった。

Re: 白夜のトワイライト  ( No.183 )
日時: 2011/10/04 18:42
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: EFs6h6wo)

外に出て、優輝は確信を得た。
この世界は、いつも通りの世界ではなく、混ざっていると。
確実にそれは壊れていて、けれど上手く混ざり合っている世界。その結合したものがこの世界。
傍に無機質に置かれた鉄パイプを持って振るう。風を斬る音が振り終わった後に聞こえる。
優輝はエデンの時と同様にして、一つ息を吐き、誰もいないアスファルトの道の中、勢いよくパイプを振るった。すると、見覚えのある光が鉄パイプに纏わりつき、それは一気に風と共に空中を切り裂いた。
その一閃、風が二つに割れたかのように、優輝の前方の空気が左右に勢いよく吹き荒れ、やがて地面の中へと吸い込まれていった。

「斬れる……。能力が、使える」

鉄パイプを持つ手を握り締め、優輝はそう感じた。
あの感触といい、あの感覚や、あの光は、全て優輝の能力である神をも斬ることが出来る"神斬"という能力と全く同じだったからだ。
つまり、この世界はもうエデンと同じ。もしかすると、アップデートの内容は思った通りなのかもしれない、と優輝はその場で考えた。
現実の世界と、エデンの配合。果たしてそんなことが本当に可能なのだろうか。いや、そうじゃなければ、今現在の状況はどう解釈できるのだろうか、と。
思考錯誤を繰り返しても、状況は変わらず、人気のない道路がただ眼の前に広がっているだけ。その奥を見つめても、何も出てこないと分かるが、優輝にとってその奥に待ち受けるものは何なのか。それがどうにも違和感なようなものに似ている気がして仕方がなかった。
震えも止まらない。どうにも前へ進みたいのだが、誰か人の気配が欲しかった。自分は今どこにいるのか教えてくれるだけでもいいから、誰かと話したい。そんな気分に駆られた。

「そうだ、携帯……!」

もっと早くに気がつけばよかったと後悔しつつも、優輝は自分のポケットを探り、携帯を握り締め、取り出した。
電話かけるとしたら誰にしようか。悩んだ挙句、一人の男にかけることにした。
プルルル、といつもの呼び出し音が携帯から鳴る。出てくれ、という思いと同時に不安が募る。それを押し切り、黙って相手が出るのを待った。すると、

『……もしもし? 優輝か!?』

久しぶりに聞くような気分がした。相手の声を聞くや否や、優輝はその場で喜びの声をあげるように、妙に興奮した声で、

「はいッ! 俺です! 日上 優輝です! ——橋野さん!」

優輝が電話をかけた相手は橋野 慶治だった。
アバターコード、狂戦士で通っている優輝の上司にあたる人である。以前、優輝の不注意によってシステム上のバグ、通称イルに襲われていたところを助けてくれた優輝にとって信頼出来る人間の中の一人だ。
電話越しに聞く橋野の声が優輝にとっては安心できるもので、とても心が落ち着いた気がする。

『大丈夫か? 今、どこにいる?』
「俺は大丈夫です。今は……俺の家を出て、少しの所ですから、西城公園にしじょうこうえんの近くだと思います」
『分かった。俺も近くにいるから、すぐに向かう。そこで落ち合おう』
「分かりました、待っています」
『あぁ、じゃあ、後でな』

そこまで話すと、橋野の方から電源が切られた。優輝は携帯を閉じてポケットへと再び仕舞い込むと、一息吐いた。

「とりあえず……橋野さんが来る間に、俺はこの辺の探索とか、色々してみるか……」

ゆっくりと一歩、前へと進んだその時だった。
不意に、前方に何かが駆け抜けていった。とても速く、それは一体何なのかがまるで判断がつかなかった。
その直後、右側の壁が大きな破裂音と共に砕け散った。煙が立ち込め、辺りは真っ白に染まっていく。

「何だ……?」

その煙が全て晴れたその時、その中から見えたのは男だった。
男は、手にグネグネと右往左往に曲がっている刀身を持つ剣を握っており、どうみてもプレイヤーのように見えた。

「ククク……! 見つけたぜぇ……? プレイヤーちゃんよぉー!」

ニヤニヤと笑みを浮かべているその男は、麻薬中毒なのか、眼が泳ぎまくり、何本も注射の後が腕に見える。格好はホストのような格好をし、何があったのか、服は血だらけだった。

「お前は……」
「ううーん? どれどれ……神斬? 聞いたことねぇアバターコードだなぁ、おい」

残念がっているのか、苛立っているかどちらかよく分からないような態度を取りつつ、地団駄を踏んでいる男は、やはりどこからどうみてもプレイヤーで、人間だった。

「まぁ、いいかぁ……。お前はどんな顔で、どんな声で泣き叫ぶんだろうなぁ……」
「俺を一体、どうする気だ……」
「決まってるだろ? ——殺すに決まってンだろぉぉがぁぁっ!!」

男はふらついた足取りをテンポよく刻みながら、優輝の方へ勢いよく駆けて来た。
大きく剣を縦に振るい、地面に当たる寸前で止めたその直後、突き刺すようにして剣を構え、優輝の胸元辺りに目掛けて手を伸ばした。

「ッぶねぇっ!」

間一髪、優輝はそれをかわし、バックステップを踏んで後方へと下がった。
手持ちの武器は、鉄パイプ。それに比べて、相手は本物の剣。明らかに不利なのは優輝の方だった。

(相手も何か能力があるはずだ……。俺の前に現れた時のあの速度。それは能力に違いないんだが……)

どんな能力かを具体的に知らない限りは迂闊に手出しは出来ない。これはゲームの世界でもなく、現実世界として存在しているようで、気が狂いそうだった。
今まで人を倒してきたりしたのは、人ではなく、ゲームのキャラとして割り切ってきたから。そうしないと、人は斬れない。それだけ重かったのかと今更になって実感する。

「何、逃げてんのぉぉっ!?」

狂ったように叫びながら、男は再び千鳥足で向かってくる。剣を優輝の肩に目掛けて振り落とした。寸前のところで鉄パイプによって受け止めたが、

「な……!」

パキンッ、と鉄パイプから音がしたと同時に、剣によって一刀両断された。男は、ニヤリと笑ってすぐさま優輝を斬りつけた。
血が空中を舞った。服に切れ目が入り、そこから鮮血が飛び散る。だが、優輝はまともに斬られてはおらず、ほんの切り傷に過ぎなかった。

「ちぃっ、少し掠っただけか……よぉぉっ!」

この機を逃がさない、といったように続いて剣を振り上げた。優輝は動こうにも、斬られた後で、怯んでしまっていた。痛みが傷から伝わってくるよりも早くに男の剣は優輝を捉えていた。

「しねねぇっ!!」

男の持っている剣が優輝を斜めに切り裂こうとしたその時、それよりも速く、優輝の手が動いていた。
優輝の手には、斬られた鉄パイプがまだ残っていた。それも斜めに斬っていたおかげで、鋭く尖っている。それを優輝は思い切り、男の腹に突き刺したのである。この至近距離でしか届かない、今の優輝にとっては最大の攻撃であった。

「が、ぁぁっ……!」

男の腹に鉄パイプは見事突き刺さり、着ている服が赤く染まっていく。その怯んだ隙を狙って、優輝はその男を蹴り飛ばした。
アスファルトの地面に叩きつけられた男は、そのまま意識が昇天し、気を失った。

「あ、危なかった……」

この男が優輝を殺せると余裕を見せて至近距離まで近づいてきたのが仇となった。優輝はそれを狙い、斬れた鉄パイプで攻撃出来る範囲を作り上げたのだった。
ゆっくりと男の元に近づき、剣を拾い上げた。意外と重いが、両手で握れば速い攻撃が可能だろう。

「しっかし……変な剣だな」

そう呟いてはその剣を護身用にするべく、手に持っておくことにした。
それから優輝はその場に座り込み、事のまとめに入った。
まず、何故プレイヤーをプレイヤーが狙っているのか。エデンにも、プレイヤーキラーというものがいたり、賞金稼ぎの為にそれ専用の殺し屋や、その他にも目的は沢山あるプレイヤー殺し。だが、この世界でそんなことを知り得ることが出来るのだろうか。もし殺してメリットがある、なんてことは本当にあったとするならば、それはどんなメリットなのだろう。金か、それとも他の何かか。どちらにせよ、この世界が一体何なのかさえも分かり兼ねているこの状況で、プレイヤーを殺すなんてことは情報的にも不利じゃないのだろうか。

「あぁ、面倒だな……」

頭を掻きながら考えても見るが、どうにも腑に落ちない。それどころか、謎が深まるばかりだ。
こんなことをして、何のメリットになる。それに、このアップデートによって、やはりエデンを作った誰かがこの世に存在するということになるのだろうか。
一体誰が。何の目的でエデンを作ったのか。アップデートをする意味は一体何なのか……。
そもそも、この世界が本当にエデンなのかというのも不確かだった。今の現段階では、情報が少なすぎる。

「情報か……。情報。情報……? ……あ、高宮! 目覚める前、何だか知っていそうなことを言っていたような気がする……」

そう言った直後、携帯が震え始めた。電話で、名前の欄には橋野さんと書かれてある。すぐにその電話を出ることにした。

『もしもし。日上、お前、今はどこにいるんだ』
「すみません。もう少しで着きます。もう公園に着いてますか?」
『あぁ。人気無くて不気味な感じだな。すまんが、早く——』
「もしもし? 橋野さん?」
『……すまん、用事が出来た。日上、駅に乗って中央セントラルに行け』
「え? もしもしっ? もしもし!? 橋野さん!?」

優輝が橋野を呼んだ時には、既に電話は終了していた。
一体橋野に何があったのだろうか。そんな不安の中、急いで優輝は公園へと向かうことにしたのであった。




「随分暇そうですね?」

薄暗い部屋の中、一人の男の声が響いた。
何も無い殺風景な部屋に、この男の少し低い声はよく似合っていた。

「そうかなぁ?」

子供のような発音で、"それ"は返事をした。
しかし、声音はノイズがかった感じの声で、少年なのか青年なのかの区別もつかない。
その態度に、男はふっ、と鼻で笑うと「いいんですか?」と言った。

「何が?」

ノイズの声はそれに対して少なくとも無邪気、という言葉を多少なりとも含んでいる感じで答えた。

「何でもないですよ——"ツクツク法師"さん」

その男の言葉が室内に響いてから数秒後、突然ノイズの混じった声がケタケタと笑い声をあげた。
それは、気持ちの悪い雄たけびのようなものに聞こえ、通常の人間なら畏怖を感じ、また人ではないと思うだろう。

「面白いだろ? 黒獅子」

いつまでも笑い声が止めることはなかった。
それはまるで、始まりを告げるサイレンのように、室内を埋め尽くしていく。

ゲームは再び再開される。
トワイライトは、繰り返される。