ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 白夜のトワイライト  ( No.183 )
日時: 2011/10/04 18:42
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: EFs6h6wo)

外に出て、優輝は確信を得た。
この世界は、いつも通りの世界ではなく、混ざっていると。
確実にそれは壊れていて、けれど上手く混ざり合っている世界。その結合したものがこの世界。
傍に無機質に置かれた鉄パイプを持って振るう。風を斬る音が振り終わった後に聞こえる。
優輝はエデンの時と同様にして、一つ息を吐き、誰もいないアスファルトの道の中、勢いよくパイプを振るった。すると、見覚えのある光が鉄パイプに纏わりつき、それは一気に風と共に空中を切り裂いた。
その一閃、風が二つに割れたかのように、優輝の前方の空気が左右に勢いよく吹き荒れ、やがて地面の中へと吸い込まれていった。

「斬れる……。能力が、使える」

鉄パイプを持つ手を握り締め、優輝はそう感じた。
あの感触といい、あの感覚や、あの光は、全て優輝の能力である神をも斬ることが出来る"神斬"という能力と全く同じだったからだ。
つまり、この世界はもうエデンと同じ。もしかすると、アップデートの内容は思った通りなのかもしれない、と優輝はその場で考えた。
現実の世界と、エデンの配合。果たしてそんなことが本当に可能なのだろうか。いや、そうじゃなければ、今現在の状況はどう解釈できるのだろうか、と。
思考錯誤を繰り返しても、状況は変わらず、人気のない道路がただ眼の前に広がっているだけ。その奥を見つめても、何も出てこないと分かるが、優輝にとってその奥に待ち受けるものは何なのか。それがどうにも違和感なようなものに似ている気がして仕方がなかった。
震えも止まらない。どうにも前へ進みたいのだが、誰か人の気配が欲しかった。自分は今どこにいるのか教えてくれるだけでもいいから、誰かと話したい。そんな気分に駆られた。

「そうだ、携帯……!」

もっと早くに気がつけばよかったと後悔しつつも、優輝は自分のポケットを探り、携帯を握り締め、取り出した。
電話かけるとしたら誰にしようか。悩んだ挙句、一人の男にかけることにした。
プルルル、といつもの呼び出し音が携帯から鳴る。出てくれ、という思いと同時に不安が募る。それを押し切り、黙って相手が出るのを待った。すると、

『……もしもし? 優輝か!?』

久しぶりに聞くような気分がした。相手の声を聞くや否や、優輝はその場で喜びの声をあげるように、妙に興奮した声で、

「はいッ! 俺です! 日上 優輝です! ——橋野さん!」

優輝が電話をかけた相手は橋野 慶治だった。
アバターコード、狂戦士で通っている優輝の上司にあたる人である。以前、優輝の不注意によってシステム上のバグ、通称イルに襲われていたところを助けてくれた優輝にとって信頼出来る人間の中の一人だ。
電話越しに聞く橋野の声が優輝にとっては安心できるもので、とても心が落ち着いた気がする。

『大丈夫か? 今、どこにいる?』
「俺は大丈夫です。今は……俺の家を出て、少しの所ですから、西城公園にしじょうこうえんの近くだと思います」
『分かった。俺も近くにいるから、すぐに向かう。そこで落ち合おう』
「分かりました、待っています」
『あぁ、じゃあ、後でな』

そこまで話すと、橋野の方から電源が切られた。優輝は携帯を閉じてポケットへと再び仕舞い込むと、一息吐いた。

「とりあえず……橋野さんが来る間に、俺はこの辺の探索とか、色々してみるか……」

ゆっくりと一歩、前へと進んだその時だった。
不意に、前方に何かが駆け抜けていった。とても速く、それは一体何なのかがまるで判断がつかなかった。
その直後、右側の壁が大きな破裂音と共に砕け散った。煙が立ち込め、辺りは真っ白に染まっていく。

「何だ……?」

その煙が全て晴れたその時、その中から見えたのは男だった。
男は、手にグネグネと右往左往に曲がっている刀身を持つ剣を握っており、どうみてもプレイヤーのように見えた。

「ククク……! 見つけたぜぇ……? プレイヤーちゃんよぉー!」

ニヤニヤと笑みを浮かべているその男は、麻薬中毒なのか、眼が泳ぎまくり、何本も注射の後が腕に見える。格好はホストのような格好をし、何があったのか、服は血だらけだった。

「お前は……」
「ううーん? どれどれ……神斬? 聞いたことねぇアバターコードだなぁ、おい」

残念がっているのか、苛立っているかどちらかよく分からないような態度を取りつつ、地団駄を踏んでいる男は、やはりどこからどうみてもプレイヤーで、人間だった。

「まぁ、いいかぁ……。お前はどんな顔で、どんな声で泣き叫ぶんだろうなぁ……」
「俺を一体、どうする気だ……」
「決まってるだろ? ——殺すに決まってンだろぉぉがぁぁっ!!」

男はふらついた足取りをテンポよく刻みながら、優輝の方へ勢いよく駆けて来た。
大きく剣を縦に振るい、地面に当たる寸前で止めたその直後、突き刺すようにして剣を構え、優輝の胸元辺りに目掛けて手を伸ばした。

「ッぶねぇっ!」

間一髪、優輝はそれをかわし、バックステップを踏んで後方へと下がった。
手持ちの武器は、鉄パイプ。それに比べて、相手は本物の剣。明らかに不利なのは優輝の方だった。

(相手も何か能力があるはずだ……。俺の前に現れた時のあの速度。それは能力に違いないんだが……)

どんな能力かを具体的に知らない限りは迂闊に手出しは出来ない。これはゲームの世界でもなく、現実世界として存在しているようで、気が狂いそうだった。
今まで人を倒してきたりしたのは、人ではなく、ゲームのキャラとして割り切ってきたから。そうしないと、人は斬れない。それだけ重かったのかと今更になって実感する。

「何、逃げてんのぉぉっ!?」

狂ったように叫びながら、男は再び千鳥足で向かってくる。剣を優輝の肩に目掛けて振り落とした。寸前のところで鉄パイプによって受け止めたが、

「な……!」

パキンッ、と鉄パイプから音がしたと同時に、剣によって一刀両断された。男は、ニヤリと笑ってすぐさま優輝を斬りつけた。
血が空中を舞った。服に切れ目が入り、そこから鮮血が飛び散る。だが、優輝はまともに斬られてはおらず、ほんの切り傷に過ぎなかった。

「ちぃっ、少し掠っただけか……よぉぉっ!」

この機を逃がさない、といったように続いて剣を振り上げた。優輝は動こうにも、斬られた後で、怯んでしまっていた。痛みが傷から伝わってくるよりも早くに男の剣は優輝を捉えていた。

「しねねぇっ!!」

男の持っている剣が優輝を斜めに切り裂こうとしたその時、それよりも速く、優輝の手が動いていた。
優輝の手には、斬られた鉄パイプがまだ残っていた。それも斜めに斬っていたおかげで、鋭く尖っている。それを優輝は思い切り、男の腹に突き刺したのである。この至近距離でしか届かない、今の優輝にとっては最大の攻撃であった。

「が、ぁぁっ……!」

男の腹に鉄パイプは見事突き刺さり、着ている服が赤く染まっていく。その怯んだ隙を狙って、優輝はその男を蹴り飛ばした。
アスファルトの地面に叩きつけられた男は、そのまま意識が昇天し、気を失った。

「あ、危なかった……」

この男が優輝を殺せると余裕を見せて至近距離まで近づいてきたのが仇となった。優輝はそれを狙い、斬れた鉄パイプで攻撃出来る範囲を作り上げたのだった。
ゆっくりと男の元に近づき、剣を拾い上げた。意外と重いが、両手で握れば速い攻撃が可能だろう。

「しっかし……変な剣だな」

そう呟いてはその剣を護身用にするべく、手に持っておくことにした。
それから優輝はその場に座り込み、事のまとめに入った。
まず、何故プレイヤーをプレイヤーが狙っているのか。エデンにも、プレイヤーキラーというものがいたり、賞金稼ぎの為にそれ専用の殺し屋や、その他にも目的は沢山あるプレイヤー殺し。だが、この世界でそんなことを知り得ることが出来るのだろうか。もし殺してメリットがある、なんてことは本当にあったとするならば、それはどんなメリットなのだろう。金か、それとも他の何かか。どちらにせよ、この世界が一体何なのかさえも分かり兼ねているこの状況で、プレイヤーを殺すなんてことは情報的にも不利じゃないのだろうか。

「あぁ、面倒だな……」

頭を掻きながら考えても見るが、どうにも腑に落ちない。それどころか、謎が深まるばかりだ。
こんなことをして、何のメリットになる。それに、このアップデートによって、やはりエデンを作った誰かがこの世に存在するということになるのだろうか。
一体誰が。何の目的でエデンを作ったのか。アップデートをする意味は一体何なのか……。
そもそも、この世界が本当にエデンなのかというのも不確かだった。今の現段階では、情報が少なすぎる。

「情報か……。情報。情報……? ……あ、高宮! 目覚める前、何だか知っていそうなことを言っていたような気がする……」

そう言った直後、携帯が震え始めた。電話で、名前の欄には橋野さんと書かれてある。すぐにその電話を出ることにした。

『もしもし。日上、お前、今はどこにいるんだ』
「すみません。もう少しで着きます。もう公園に着いてますか?」
『あぁ。人気無くて不気味な感じだな。すまんが、早く——』
「もしもし? 橋野さん?」
『……すまん、用事が出来た。日上、駅に乗って中央セントラルに行け』
「え? もしもしっ? もしもし!? 橋野さん!?」

優輝が橋野を呼んだ時には、既に電話は終了していた。
一体橋野に何があったのだろうか。そんな不安の中、急いで優輝は公園へと向かうことにしたのであった。




「随分暇そうですね?」

薄暗い部屋の中、一人の男の声が響いた。
何も無い殺風景な部屋に、この男の少し低い声はよく似合っていた。

「そうかなぁ?」

子供のような発音で、"それ"は返事をした。
しかし、声音はノイズがかった感じの声で、少年なのか青年なのかの区別もつかない。
その態度に、男はふっ、と鼻で笑うと「いいんですか?」と言った。

「何が?」

ノイズの声はそれに対して少なくとも無邪気、という言葉を多少なりとも含んでいる感じで答えた。

「何でもないですよ——"ツクツク法師"さん」

その男の言葉が室内に響いてから数秒後、突然ノイズの混じった声がケタケタと笑い声をあげた。
それは、気持ちの悪い雄たけびのようなものに聞こえ、通常の人間なら畏怖を感じ、また人ではないと思うだろう。

「面白いだろ? 黒獅子」

いつまでも笑い声が止めることはなかった。
それはまるで、始まりを告げるサイレンのように、室内を埋め尽くしていく。

ゲームは再び再開される。
トワイライトは、繰り返される。