ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 白夜のトワイライト  ( No.184 )
日時: 2011/10/10 17:08
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: EFs6h6wo)

ポツ、ポツと繰り返して同じリズムを刻んでいくその雨粒は、天井の岩石から滴り落ちていた。
薄暗い洞窟の中に、三人の人間が息を潜めていた。その内の二人は気絶しているのか、その場で倒れ込んでいる。二人の隣にいた赤い目をした男は、片手に持っていた瓶を口へとつけ、一気に中身の水を飲み干した。水を飲み干す音と、水音が滴り落ちる音しかないこの薄暗い空間の中、黒槍 斬斗は息を吐いた。
近くの岩石の壁に剣を二つ、たて掛けている。いつでも剣を取ることが出来るように出来るだけ傍に置いてあった。

「ふぅ……」

瓶からようやく口を離し、一息吐いた後に隣で寝ている二人に目をやった。

(何故俺がこんなことを……)

思い返してみれば、それは突然のことだった。


第11話:混雑な世界


あの闘争の中、敵だった斬斗を助けたのは、現在斬斗の隣で寝ている内の一人、風月 春こと大和撫子だった。
何故助けたか。その理由は斬斗の考えることでは全く理解しえないものであった。

「離せ! 敵の恩などいらん!」

斬斗はその時、肘を振り回してそれを払った。善意で助けてくれたというのは斬斗にも分かっていたが、敵だった。それはどう考えても敵で、先ほどまで殺し合いをしていた者同士。なのに恩を着せる、などということは斬斗にとって有り得ないことだった。

「あ——ッ!」

その時、春は後ろに飛ばされた形になり、後方へ仰け反った。その直後、眼の前が眩み、地面が大きく揺れ動いた。春の足元には地割れが起きようとしていた。そのすぐ傍で涼代 美月こと氷歌も倒れており、二人してその地割れの波に飲み込まれそうになっていた。
本来なら、それは敵が死ぬという"メリット"で助けなかっただろう。しかし、その時の斬斗の心の中では、その規律は乱されようとしていたのである。
もう既に戦争は終わった。この闘争は、終わりを告げた。つまり、敵も味方もない。今はもう、一プレイヤー同士だと。

「うぉぉッ!」

斬斗は力の限り走り出し、春と美月を助け出した。その時から既に二人の意識は途絶えてしまっていた。
地割れの断面を何とか飛び越え、転がるようにして着地をした後、二人の様子を確かめる。脈がしっかりと取れていることを確認すると、安堵の息を吐いた。
それから周りを見渡し、もう一人仲間の連れがいなかったか探そうと立ち上がったその時、突然斬斗たちの足元に巨大な地割れが開いたのであった。

「な——ッ!!」

斬斗たちは成すすべもなく、そのまま谷底へと落ちていった。
だが、今はこの通り生きている。それは落ちている最中、急に眼の前に現れたアップデートという文字が関係しているのかは分からない。だが、現在こうして助かっているところからすると、関係性は確かにあるのだろう。

(しかし……こんな洞窟、見覚えがない。もし谷底から落ちたとすれば、即死になる……生きているし、どこかに転送されたとしか考えが思いつかん……)

また一口水を飲み込み、喉へと通した。冷たい水がひんやりと喉から胃にかけて冷ましていく。

「う……」

その時、不意に隣の方からうなり声のようなものが聞こえた。そこには、青いバンダナをした春がゆっくりと起き上がってきていた。

「起きたか」
「ん……あれ? ここは……」
「分からん。どこかに転送されたのかもしれん」

春が寝ぼけたような声を出しながら辺りをキョロキョロと見回す。その様子を斬斗は暫く見ていると、不意に春の方から「あっ!」と声を出して斬斗の方へと向いた。

「貴方は……!」
「……あぁ、黒槍 斬斗だ。アバターコードは斬将。俺もお前も、そして……お前の後ろにいるそいつも、三人が三人ともこの洞窟に転送されたようだな」
「後ろの……え、美月!?」

春は後ろにいた美月の肩を揺さぶり、目が覚めるまでそれを繰り返しながら名前を呼び続けた。

「うぅん……」
「よかった……目が覚めた」

ゆっくりと美月も体を起こして、状況が全く掴めない、といった表情をして春と斬斗を見比べ、そしてそのすぐ後に突然身構えた。

「大和撫子。私をまた"あの場所"へ戻しに来たんでしょ!?」
「違う。私はそんなことをする為にここにいません。……氷歌。貴方は何で黒獅子側についていたの?」
「黒獅子……? そんなの関係ない! 私は、あんな場所に戻りたくない! あんな場所で、歌いたくない!」

混乱したように声を荒げる氷歌を落ち着かせようと春が宥めるが、全く言うことを聞かない。斬斗はその様子を見て、

「おい、氷歌。少しぐらい話を聞いてやれ。ただ駄々を言っても何もならないだろう」

腕を組み、冷静に斬斗が言うと、その言葉のおかげで少し落ち着いたのか、ゆっくりと美月は頷いた。その様子を見て、春は口を開いた。

「貴方は無意識の内に、歌に幻覚作用を込めている。貴方があの場所へ抱く恐怖。それが幻覚の全て。貴方が歌いたいという気持ちが、返ってあの場所を思い出させるの」
「……じゃあ、もう歌ったらダメなの?」
「そうじゃない。私は、貴方の歌声が大好きだった。あの場所に居た時から。あの場所が怖いなら、あの場所を忘れるように努力すればいい。貴方の幻覚の能力は、利用されてるだけなの」
「どうすればいいの? そんなの、あの場所は……」

次第に美月は体が震えてきていた。その様子をじっと春は見つめ、ゆっくりと手を伸ばし、抱き締めた。しっかりと、離さぬように。

「その為に私がいるの。あの場所に返す為じゃない。貴方を自由に、歌わせてあげたいから。だから、此処にいる」
「此処に……? 私の、傍に?」
「うん。そうだよ」
「本当に?」
「うん。本当だよ。今度は逃げないから、大丈夫。私には、仲間がいるから。その仲間に、美月も入れてあげるから」
「……仲間?」
「そうだよ。とっても強いの。だから、一緒に行こう、美月」

春の言葉がどれほど美月に染みたのかは分からない。だが、次第に美月の無表情の顔から涙が零れて出てきていた。
ゆっくりと、大粒の涙は止まることなく、地面の岩石を濡らしていく。

「これ……止まらないよ……」

春は、美月が涙を流しているところを初めて見た。感情が無く、誰が死のうと関係のないバイオレンスな状態だった美月が初めて見せた涙。それはきっと、良い事なのだと春は微笑んだ。
その一部始終を見ていた斬斗は、心が何か詰まっているような感覚がした。
特にこの二人に思い入れなどはないが、斬斗はその様子を見て、変われるものだ、と鼻で優しく笑った。

「……とにかく、此処から出ないと何も始まりそうにないな」
「えぇ、そうね……」

斬斗の言葉に、振り返った春が答えた。美月は涙を必死に服で拭いている所だった。
洞窟は薄暗い状態が延々と奥まで続き、一歩進めばまた闇。十歩進んでもまた闇が広がり、それは果てしない闇に見えた。

「左右に道が分かれているが……どうする? この三人で行くのか?」
「え……斬将、貴方も着いてきてくれるの?」

春が驚いた表情で斬斗に向けて聞いた。ゆっくりと立ち上がり、斬斗はたて掛けて置いた剣を腰元に装着しながら「勘違いするな」と呟いた。

「借りは返すだけだ」

斬斗は振り返り、そう言った。
しかし、春の様子は思っていたのとは違い、笑みを浮かべて笑い声を小さく漏らしていた。

「……何がおかしい?」
「ううん。借りって言っても、多分だけど、貴方はもう私達を助けてくれたんじゃないかな?」

春の言葉を聞いて、斬斗はうっ、と息を飲み込んだ。
あの地割れの時、春と美月は気絶していたはず。あれは落ちることが怖くて目を瞑っていただけなのかもしれない。そういう考えがすっかり思いつかずに、敵を助けたという自分のキャリアにも関わる事実が知れているやもしれないことに焦りを感じたのだ。

「ほら、その反応はやっぱり」
「う……うるさいッ! 早く用意をしろっ。どれほど歩くかも分からん」

斬斗は少し苛立ったような、恥ずかしいのを我慢しているような顔を春の目線から逸らし、暗闇を見つめた。その様子を見て、春はまた思わず笑ってしまうのだが——その瞬間、思い出したことがあった。

「秋生……。そうだ、秋生はッ!?」
「秋生……? 誰のことだ?」
「アバターコード、月蝕侍。陽炎を使う細目の男です!」

春の言葉を聞いて、ハッとしたような顔をしたかと思うと、斬斗は「そういえば……」と、言葉を漏らした。

「あの場で探したんだが、あいつの姿だけはなかった。もっと探そうとしたその時、地割れが……」
「そんな……」

傍にいたはずの秋生が消えていた。それは春にとって、不安な要素だった。今までパーティとして組んできた秋生には、親しみがある。その分、心配になっていたのだ。
あの時、秋生は狂気に犯されていた。そのことがより一層春の心を揺さぶったのだ。

「早くここから脱出しましょう」

春はそう言った途端、立ち上がった。
秋生はどこにいるのか。秋生を探す為に。






【番外編:Condemnation 序章】


「はぁ……はぁ……はぁ……」

頭が割れそうだ。もう"終わり"が近づいているような気がする。
全身が麻痺しているような感覚。俺はもう、死ぬんじゃないだろうか。
一体何をしていたかさえも思い出せない。俺はどこで、何をしていた? そこで——何があった?

「何だ……これ……」

壁にもたれかかるようにして倒れると、その痕には血がべっとりと付いた。全身が血だらけで、視界もぼやけている。
ゆっくりと、右手を左腕が"あるだろう部分"へと手を付けた。
しかし、右手は虚空を振るうばかり。痛みは左腕が付いているはずの部分から伝わってくる。
しかし、その後、ぼやけた視界の中で見つけたもののおかげで自分の置かれた状況が分かった。

「あぁ、そうかぁ……。俺——左腕が千切れてるわけか」

視界が消えていく中、吾妻 秋生こと月蝕侍が見た"それ"は、紛れもない、自身の左腕だった。
肩の辺りからバッサリと千切られているその腕が眼の前に転がっていた。おぞましい光景を最後にして、秋生の意識は消えて行った。


「——おや?」


腕が空中へ上がる。


「へぇ……まだ、まだまだ——終わらせないよ」


意識はなかった。とっくに消えていたが、その言葉だけは、何故か、秋生の耳へしっかりと聞こえていた。