ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 白夜のトワイライト ( No.187 )
- 日時: 2011/10/14 17:44
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: EFs6h6wo)
昔から、正義のヒーローとか憧れだった。
俺もなりたいと思っていた。それは、きっと叶うものだと思っていた。ずっと、ずっとなりたかった。
誰かを守れる、ヒーローに。
番外編:Condemnation(断罪)
ゆっくりと目が開けてくる。ぼんやり、木で作られたようにみえる天井が目線の奥にある。ゆっくりと体を起こしてみるが、何の痛みも感覚も麻痺しているように、何も感じない。
ぼんやりと、今の状況を見つめてみると、自分はどうやら助かったようだ、と心の中で思う。
助かった? いや、助かったと思っているだけかもしれない。実際、ここがどこかも分からないのだから、ここは天国ですとでも天使の輪やら羽をつけたものに言われても何ら疑うこともないだろう。
俺は、吾妻 秋生はここにいる。それだけは確信が持てたことだった。
「確か……左腕が……」
感覚の無い左腕、いや、左半身ほとんど全てを右手で触ろうとしたその時、
「目覚めたようだね」
部屋の奥から声が聞こえてきた。女の声だと分かったが、その声は秋生にとってとても印象の強い声だった。
「お前は……!」
忘れるはずがない。白夜光と戦った場面をこの目でしっかりと見ている。その絶対的な強敵が眼の前にふらりと現れたのだ。驚かないはずがなかった。
「断罪……!」
「ふふ、久しぶり、かなぁ? 月蝕侍のー……秋生君? だっけ?」
あの時と同じように、動きやすそうな短めの着物を羽織り、不気味にニヤニヤと笑みを浮かべながら、その女、断罪は秋生を見つめていた。断罪の殺気は忘れることのない、心に植え込まれた恐怖の一つだった。そんな恐怖の塊でもある断罪から名前を呼ばれると、吐気がするように気味が悪かった。
「そんな顔しないでよ? 別に、僕は君を襲ったりしないから、さ」
トン、トトン、と傍にあった机をリズムよく指で弾いた。その音が虚しくもハッキリ聞こえるのは、この異様な空気と同時に、ほとんど無音の状態が続いているからだった。
「何で、お前がこんなところに……」
「あはは、何でって、君の腕は僕が治したんだよ?」
「な……」
断罪の言葉に、秋生は絶句した。
自分の腕は、断罪に治された。何人もの罪無き命を奪っていった殺人鬼に。それは秋生にとって不愉快極まりないものだった。
「あのままじゃ、君、死んでたんだ。お礼の一つもないんだねぇー」
ケラケラと、ふざけたように小さく笑い声をあげる断罪。それを見て、秋生はすぐに自分の左腕を触った。
だが、左腕に感触はない。右手にはしっかりと左腕があると教えてくれているのだが、逆に左腕が右手に触られているということを教えてはくれなかった。
つまり、左腕は完全に麻痺している。けれど、動けと命令を告げると左腕はしっかりと動く。触っている感覚、触られている感覚がないのに命令は行き届いている。これは麻痺とはいえない、不完全な麻痺だった。神経はやられていない。もしやられていたら、まず動かない。けれど動く。だけど——感触も何もなかった。
「何だよ……この奇妙な、手は……」
「あぁ、それね。君の狂気を納めてるから、そんな感じになっちゃってるんだ。時期に治るけど、けど——それからが大変だね」
「どういう……ッ」
「狂気との戦いが始まるのさ。あの左腕が取れてたのは、狂気が暴走して内側から侵食、暴発したから千切れちゃった。それを今、留めてる。感触が元に戻ると、代償に狂気が暴れ出す。狂気に酔うと、凄まじい力を手に入るけど、自分の意識で判別することが出来なくなる。更に、その後の激痛が伴ったりもする。狂気を自由に扱えたらいいんだけどね」
話しながら他にあるベッドに座り、横に置いてあったお手玉を手に取ると、それで遊び始めた。
「俺は……狂気に犯されているのか?」
「まあね。大分根が深い所までいってる。面白いよねぇ」
ケラケラと断罪は笑いながら、お手玉で遊ぶ手だけは止めない。軽々とお手玉を上空で左右に交換させながらも器用に返事を返していく。
話しのないこの場では、お手玉の中に入っている物の音がシャリシャリとだけ聞こえてくる。
「ということは……俺は、このままだと、仲間まで殺しちまう可能性があるってことか?」
「殺っちゃうだろうね。——あ」
殺っちゃうだろうね、と言った瞬間、急に断罪は殺気を露にし、無意識の内にお手玉を破裂させてしまった。
小さく、パンッ! と音が鳴ると、そのまま地面へとお手玉の屑が零れ落ちていった。
「丁度、こんなお手玉みたいだね、今の君は。気をつけないと、何かの拍子にリミッターが外れちゃったら——君も、僕みたいになる」
そうして断罪は奥の方へと戻っていこうとした。だが、秋生は「待ってくれ!」と声を高らかにあげていた。
ゆっくりと断罪は振り返る。長い髪はゆらり、と揺れてこちらに顔を見せた。その時、何故か秋生には見えたのだ。
悲しく、涙を流して泣いている断罪の姿が。
「何?」
けれど、すぐに声を発した断罪にそれは掻き消され、同時に断罪の笑みを含めた表情が見えた。
「どうして、俺を助けた」
秋生はぐっと力を拳に込めて、そう言った。
「あぁ」
ゆっくりと、呑気に断罪はそう答えると、正解とも不正解ともいえない答えを秋生に対して返した。
「なんとなく。暇潰し」
笑みを浮かべた断罪は、どこから取り出したのか、右手にいつの間にか持たれていた林檎を口元に運び、シャリッと音を鳴らして食べた。
「林檎、美味し」
秋生は断罪のそんな姿を見て、変な感じがした。
口元に、血の味が混じったその日のこの頃。秋生は決心する。
「断罪。あんたは、これからどうするんだ?」
「えー? 関係あるかな、君に」
「ある」
秋生は即答だった。齧られた跡のある林檎を片手に持つ断罪は、その言葉に不思議そうな顔をした。そしてすぐ後から笑みを浮かべ、断罪は口を開いた。
「偽善を振りまかす奴を探しに行くんだよ。そいつは、何か知ってるからねぇ。僕はそいつに聞きたいことがあるのさ。それを聞いて——」
「殺すのか?」
断罪の言葉を遮り、秋生はそう言い放った。すると、断罪はその言葉に拍子が抜けたような顔をして「へー」と声を漏らした。
「それもいいね?」
特に思い浮かばなかったような感じを出して、疑問系でそう答えた。ゆっくりと林檎を齧り、シャリシャリと口から音を出す。
「じゃあ、逆に君はどうするつもり? お仲間の元に戻るのかなぁ?」
「いや、戻らない。俺は」
秋生はどこか詰まったように言葉を留めた後、すぐに決心した表情で口を開いた。
「——あんたについて行く。狂気を克服するんだ、傍に俺なりの狂気がいる方が為になる。それで、もし俺が狂ったら、俺を遠慮なく殺せ。それが簡単に出来る、あんたが一番の最適な人間だ」
「……へぇっ! なるほどねぇ」
断罪は驚いたような声と混じり合わせ、嘲笑しつつもゆっくりと林檎を握り締め、破裂させた。今のは断罪の能力、高圧縮を使って潰したものだと秋生は分かった。
バラバラに、それもグチャグチャに潰れた林檎は見るも無惨に地面へと果汁をぶち撒けた。
「面白いねぇ。君、気に入ったよ」
「やめろ。お前に気に入られると、生きた心地がしない」
「あははははっ! 面白い面白い! ならいいよ。ただし、言った通り狂気で完全に狂ったら殺しちゃうからね?」
「あぁ、構わない。好きにしろ」
断罪はとても嬉しそうな、それでいて普通に見れば可愛げのある表情で微笑むと、ゆっくり奥の方へと歩いて行った。
断罪がいなくなった後、ゆっくりとため息をついた。
「あの野郎……」
秋生が話していた間、断罪はずっと——殺気を放っていた。それも、恐ろしいほど強い殺気だった。今にも殺されそうな気配がしたほどである。
狂気に狂った俺を殺してもいい、という許可がそれほど興味を湧き立たせたのか。その意図は分からないが、どちらにしても心臓に悪い。顔を歪め、自分の手を見つめた。感覚のない左腕を動かしてみる。けれど、感触は全くない。
「畜生……!」
ベッドを思い切り右手で叩く。その後、左手でも叩いてみたが、感覚がないので全く分からない。見ると、左手は血で滲んでいた。どうやら、机の角に向かって叩いたようだ。本来なら痛みを表す言葉を己の口から言う所だが、それ以前に痛みも何もない。ただ、手からは血が流れ落ちるのみであった。
——秋生のもう一つの目的。それは、自分の心に隠された狂気を呼び覚ませたラプソディを探し、奴を——。
潰れた林檎の汁を集り、蟻が何匹も群がってきていた。蟻も蟻自身の役目を果たすために。