ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 白夜のトワイライト ( No.188 )
日時: 2011/10/14 18:53
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: EFs6h6wo)

今回のアップデートによって起こった被害は現実世界では大きく問題となっていた。
"人口のほとんどが消えた"、"まるで、あの時のように"、"あの、惨劇が再び"。
プレイヤーはログアウトが出来ず、尚且つ現実世界にいる人々はエデンにログインすることが出来ない。アップデート時にログインしていた、もしくは別の何かで関係のある者が今回のアップデートに巻き込まれたとされている。警察の大部分もエデンにログインしてしまっている為、大規模な捜索は困難と見られている。
しかし、あの惨劇と呼ばれる電脳世界、エデンにおける大戦争、トワイライトの時とは違うことがある。
それは、アップデートをわざわざ行ったこと。そして、電脳世界と現実世界の区別を混入させたことだった。
ログアウト禁止になったのはトワイライト時同様なのだが、その二つの出来事が疑問視されていた。特に、アップデートである。

科学技術が進み、人々の暮らしはより豊かを求めて科学者達はネットワークという未知について調べた。その結果、異世界という架空の世界ならぬ広大な"世界"がネットワークに多数残留していることが分かったのである。
人間は、もし人類に危険が及ぶようなことになれば、ネットワークに人間そのものをダウンロードし、電脳世界で生きることを可能とさせる為に努力を重ねた結果、遂に成功してしまった。
新たな世界、新たな土地、ゲームのような感覚に捕われた人間は、次々と残留した世界に取り込まれていくこととなった。
それが、エデンだった。
次第にエデンは本当の世界のような扱いをされ、様々な発展を遂げていく。そして、人類が最も感動したことが異能であった。
様々な異能がエデンでは扱える。ゲームの世界だから殺しても構わない。そのような軽い感じでプレイヤーをキルしたことがきっかけとなり、エデンで死ぬとリアルでも死ぬということが分かったのである。
意識そのものをネットワークにダウンロードしている為だといわれているが、死亡すれば脳死状態になる。つまり、植物状態のような形になるということだ。
残酷な一面、便利なネットワークの力に圧倒され、様々な利点と共に、引き起こされたのが——トワイライトだったのだ。




地下の通路の奥深く。そこには想像も出来ないほどの都市が広がっている。この地下街は、元々の現実世界とエデンの電脳世界が混じり合って出来た機械都市である。
今、そこには多くのプレイヤーが存在している。アップデートしてから世界を彷徨い続け、見つけた居場所がこの地下街だった。
広大なこの地下街は、通称アンダープレイスと呼ばれ、プレイヤー達が情報交換を行ったりもする。
そのアンダープレイスの一角に、寂れたバーがあった。現実世界よりも勝手のいいこの世界は、基本は何でも作ろうと思えば作れる。現実の世界同様の生活を求めた人間ならではの行動は、自分達の生活の場を作ることであった。

バーの奥に、紫色の髪をした男が座っていた。呆然とその視線は虚空を見つめている。その眼差しの色も、紫であった。
カラン、と男の眼の前に置かれたウイスキーか何かの酒が入ったグラスの中にある氷が鳴る。
そのバーの中には、誰もいない。その男以外、マスターさえもその場にはいない不自然なバーだった。そんなバーの奥から、ゆっくりと何者かが出てきた。
その者は、女だった。漆黒のショートカットの髪に、金色の目をしている。バーの雰囲気とは一転し、ジャージ姿で現れた。

「何の用ですかー?」

少々、呑気な声で男に話しかけた。しかし、男は黙ったまま、現れた女を見つめる。そして数秒してから、

「お前が"黒猫"か?」

男の言葉に、驚いた素振りも見せず、その女は後方にあった酒の入ってあるボトルを手に取ると、一気にラッパ飲みを行った後、息を吐いて、男に笑いかけた。

「ま、そうだね。どーも、琴覇 明(ことは あきら)ってな名前で、アバタコードは一応、時雨ね。表向きだけど」

そうしてまたラッパ飲みを始める。その姿を見て、男はただ黙って自分のグラスに入った氷を見つめていた。

「ぷはぁー……。って、黙ってないでさ、自己紹介ぐらいして欲しいところなんだけど?」

おどけた感じで男に向かって言う。その紫の眼差しと金色の眼差しがぶつかり合い、ゆっくりと男の方が口を開こうとした——その時、

「邪魔するぜぇー!」

ドアが乱暴に開き、大柄の男が中へと入ってきた。しかし、それを紫の髪をした男と琴覇は何も言わないし、咎めない。その様子を大柄な男に続き、入ってきたチンピラのような男共が騒いだ。

「何だここはぁっ!? しょぼくれたバーだなぁっ!」

傍にあった椅子を蹴り飛ばす。それは紫の髪をした男のすぐ近くまで滑っていき、寸前の所で止まった。
しかし、その椅子のことなど気にもせず、ただグラスを見つめている。

「おいおい、ここが黒猫のいるバーって聞いたんだけどよぉ、もしかして、お前みてぇな女が黒猫か?」
「さぁ、どうでしょう?」

琴覇の返した言葉が余程腹が立ったのか、男は怒りを顔で表し、腕を大きく上げた。力で押せば何にでもまかり通ると思っているのか、男はそこらの椅子に向けて大きく両手を振り回した。
その瞬間、椅子が真っ二つに裂け、辺りに木屑が飛び散る。それを見た後ろのチンピラ共は声高らかに、

「見たか! 親分はなぁ! この世界で何人もプレイヤーキルをした、有名なPKなんだぜぇっ!?」
「へぇ……。あの、それで、何の用でしょう?」
「てめぇ……!」
「まあまあ、落ち着けお前ら」

親分と呼ばれた大柄の男が周りのチンピラ共を宥める。男は前へと出て来て、琴覇へと近づいていく。

「あのよぉ、情報を買いに来たってわけなんだが……タダで譲ってくれねぇかなぁ」
「何を?」
「情報に決まってンだろ? まあ、どうしてもって言うなら……痛い目に遭うことだけは間違いないだろうがなぁ?」

大柄な男の言葉を聞いて、後ろにいるチンピラ共が下衆な声を出して笑い出した。大柄な男も、得意気に笑みを浮かべている。
その様子に、琴覇はため息を吐き、

「今先客がお見えになってるんで、帰っていただけますかね?」
「先客ぅ? ……この紫の小僧のことかぁ?」

大柄な男は、笑いながら紫の髪をした男に指を差す。それと同時にチンピラ共から笑い声があがった。
しかし、何も動じずに、依然としてグラスの氷を見つめているままの紫の髪をした男に、大柄な男は腹が立ったのか、

「こんな小僧……今すぐ退出させてやるからよぉっ!」

大きく腕を振りかぶり、紫の髪をした男へと振り落とそうとした。——その瞬間、

バチッ、とまるで電撃が走ったかのような音が鳴った。店内に静けさが走る。それはほんの1秒未満のことで、そのすぐ後から床に何かが落ちた音が響いた。

「ぎ、ぎぃやぁああっ!!」

悲鳴をあげたのは、大柄の男だった。
男は苦痛に歪んだ顔で、自分の足元の床を見る。そこには、自分が先ほど振り落としたはずの両腕が落ちていた。
すっかり足元はその両腕から垂れていく血によって床が汚れていく。腕の断面には、焦げた痕のようなものがついていた。
大柄の男のその様子を見て、チンピラ共は絶句し、その場から動けずにいた。それは、琴覇も同様だった。
異様な殺気を放つ"それ"は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「——くだらない」


その後、大柄の男を含めたチンピラ共は、恐怖で顔を歪ませながら逃げていった。血で汚れた地面は、すっかりとこびり付いてしまっている。
そこに佇む紫色の髪をした男に向けて、琴覇は冷や汗をかきつつも、ニヤリと顔を笑みで歪ませ、

「あんた、名前は?」

そう聞いた瞬間、男の周りにふっと紫色の電撃のような一閃が纏わりつくようにして現れた。ゆっくりと男は琴覇に顔を向け、そして冷静な声で言い放った。

「コードネーム『紫電』(しでん)……——籐堂 紫苑(とうどう しおん)だ」

カラン、と再びグラスの中の氷が溶け、音が鳴った。