ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 白夜のトワイライト ( No.191 )
日時: 2011/10/16 14:17
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: EFs6h6wo)

エデンはワールドコードと呼ばれる数式化した世界の座標によって様々な世界へと移転することが出来る。
一つの世界観だけではなく、様々な世界観があり、その中には寂れた見知らぬ都会の世界や、中央セントラルと呼ばれるヨーロッパ式の町並みが揃う巨大な街や、地下街に存在するアンダープレイスと呼ばれる機械によって作られた大都会も存在する。
そして、その中には江戸と呼ばれる日本古来の町並みも存在していた。
周りは武士風の人や、着物を着こなす人などが街を謳歌し、賑わってはいるが、この賑わいは別のものであった。
それは勿論、アップデートによる異変であった。
ログアウトも出来ず、ただ混雑した世界に取り残されたプレイヤー達は不安一色であった。そんな中、

「江戸から離れたら、イルが襲いかかってくる」

というものが街全体に広がり、騒ぎは大きくなる一方であった。
イルと呼ばれるのは、いわゆるバグの一種であり、エデンで死亡したプレイヤーの残骸が集まって出来るデータの結晶と呼ばれるもので、プレイヤーを吸収すればするほど、イルは強くなっていく。そのイルは、以前までは普通にしていれば見かけることもなかったが、アップデートによって一気に数が増えた。ある一定までプレイヤーを吸収したイルは、偽プレイヤーへと成りすましても来る。
そうした騒ぎを合わせて、この世界はおかしくなる一方であった。エデンはそもそも、現実世界の次にある世界として扱っていたが、もはや犯罪天国となってこの世界、ゲームのように楽しむ若者も急増し、この状況に狂い始めて電脳世界内にも存在してしまった麻薬を打って、他プレイヤーを殺すということを繰り返していた。
そういったプレイヤーなどを裁く為の大規模な組織、エルトールも今はどうなっているかの詳細も不明。その他の組織の活動も確定しない状態が続き、戦闘など最初からしないようなプレイヤーも大勢いるこの世界に、プレイヤーキラーという言葉は絶えない。

そんな江戸の街の大通りに、一人の若者が歩いていた。
一見、とても男には見えないほどの女顔を持つその男は、からんころん、と下駄が鳴らし、服装は綺麗な桜色と青色が上下に分かれたもので、髪は黒の長髪、そして腰元には"普通よりも長めの刀"が一本帯刀してある。
その男は、呑気そうに欠伸をかますと、騒いでいる人々を見て、

「今日も元気だねぇ……」

と、笑った。
ゆったりとした物腰的にも、あまり強そうには見えない。そのことがきっかけで、よくプレイヤーキラーなどに狙われるのだが、本人は全く気にしていない。むしろ"歓迎"していた。

「おいおいおいっ、嘉高よしたかさん! こんな大通りをまた歩いて! 何してんの!」

後方より、この呑気そうな男を嘉高、と呼んだのは不知火であった。
ボサボサの髪をそのままに、江戸の街並みにそぐわない格好をして、嘉高同様に女顔である不知火は慌てた様子で嘉高の下へと駆け寄った。

「うーん? まあ、いいじゃないか。今日は散歩したい気分だったんだ」
「そんなので毎回まかり通ると思ってんですか! ちゃんと屋敷に帰ってください!」
「不知火、そろそろ僕が遊ぶこと大好きな純情な子だと気付いてよー」
「もうとっくに気付いてるわ! 純情ではないですけどな! ……って、言ってる場合じゃないですって! 会議とかもあるんですから!」

不知火が必死に嘉高を戻そうとしているのを裏腹に、嘉高は笑いながら返していく。そんな余裕な態度を毎回振り払い、尚且つ、嘉高はとんでもない遊び人だった。
毎度毎度、屋敷から飛び出しては遊ぶ毎日。今日は散歩といっていたが、この後何か面白いものを見つけてそちらに行くのかもしれない。だから不知火は慌てた様子で屋敷に戻るように言っているのだ。

「会議面倒だなぁ……あ、そうだ。じゃあ不知火が仕切ってよ」
「ダメですって! 斎条さいじょうが怒るじゃないすか! 今日ばかりは無理です! 俺も庇い切れません!」
「……しょうがないなぁ。じゃあ帰るよ」

嘉高の言葉に、不知火は安堵した顔つきで大通りから裏ロ字に入る道に行く嘉高へとついていく。その時だった。

「ぎゃああ!」
「うわぁっ! イルだ! 化け物が出たぞぉぉっ!」
「きゃああああ!」

騒いでいた大通りの人だかりの中から、突如として悲鳴があがった。そこには、一人、また一人と体を鋭利な何かで貫かれ、既に絶命しているものが何人もいることが確認できた。
そのイルは細身な体をしているが、どこかしら鋭利に作られており、手は槍のように長く、鋭い。そして動きが速いことと、手馴れている手つきからして、相当な吸収量を保っているのに違いはなかった。

「嘉高さん!」

不知火が叫んだのも否知らず、嘉高は既にイルの方へと向けて歩いていた。ゆっくりと、しかし、先ほどのおどけた様子とは違い、別人のような風格を漂わせながらイルへと向かっていっていた。
カランコロン、と下駄が鳴り、その瞬間ごとに時が止まっているように見えた。

「%$#%&(’%」
「ひぃぃっ!」

次々と倒されていく人々と、逃げ惑う人々。それらが二つに分かれているばかりで、イルに向かって戦おうとするものはいない。
その中、嘉高 正宗(よしたか まさむね)だけは違った。イルへと向かって殺気を放つ。すると、イルは嘉高の方へと顔を向けた。

「——来なよ」

嘉高が呟いた瞬間、絶叫に近い声でイルが飛び掛ってきた。それはとてつもない速さで上空へと飛び上がり、そして一気に両方の槍と化した腕を嘉高へと突き刺そうとした——が、その瞬間イルの両腕は斬られていた。
風を切る音や何も感じず、ただ刀が振るわれた。それは音も無く、イルの両腕を一刀両断したのだった。

「ばいばい」

嘉高はゆっくりそう告げると、刀をもう一度振るった。ただ肉を斬る音しかその場には響かない。それは数秒も経たないうちに、イルの体はいつの間にか真っ二つにされてしまっていた。
見ていた人々は、何が起きたか分からないだろう。当の本人である嘉高は、その長い刀を既に鞘へと納めきっているところだった。

「何時見ても、有り得ないな……嘉高さんは」

不知火は半ば感心し、半ば呆れた様子で言った。
嘉高はゆっくりと不知火の方へと振り返ると、

「さ、帰ろっか」

笑顔でそう言った。
その場の静けさの中、ただその言葉のみが広い大通りを埋め尽くしていた。




「始まるなぁ……」

ラプソディは呟いた。
薄暗い個室。そこは誰にも知られることのない、秘密のワールドコードによって形成された自分だけの空間だった。
ゆっくりとラプソディはコーヒーへと手を伸ばし、砂糖をいくつも入れる。そして掻き混ぜた。

「"あいつ"も、こうして砂糖を入れてたなぁ……」

ラプソディは呟いた。
そして、一口そのコーヒーを飲む。その後、ゆっくりとコーヒーを机の上に置き、

「僕の口には合わないな」

ラプソディは呟いた。
そして立ち上がり、小さな窓を見た。
そこには、絵があった。巨大な絵だ。自分の好きな絵だった。小さい頃、思い描いていた絵だった。
いつも、いつもそう思っていた。思っていた、念願の絵。それがようやく完成するかもしれない。


「ねぇ……? ——ルト」


窓の向こうには、カプセルのような容器に入っている女性の姿があった。
その女性を見つめ、ゆっくりとラプソディは口を歪ませた。

「始まるよ……また、トワイライトがさ」

コーヒーは、いつの間にか空っぽになっていた。