ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 白夜のトワイライト ( No.192 )
- 日時: 2011/10/16 21:40
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: ucEvqIip)
「用意は出来た?」
「……あぁ。といっても、特に何の用意をする必要もないしな」
「クスッ、そうだね」
秋生はしっかりと自分の手に黒い手袋を装着し、左腕にだけ黒色のガントレットを装着した。
触れる感触は感じないが、重力はまた別のようだった。重みがあるということで動いていることが認識できる。そのおかげで普通の腕並みとはいかなくても、秋生の左腕は十分に動かすことが出来るようになった。
何度も左腕をグー、パーと繰り返して動かし、腕を振り回してみたりして、この奇妙な感覚に早く慣れるようにと願っていた。
断罪の荷物こそ全く無く、言うなれば背中に掲げられた長い十字架の槍と、体のあちこちに装備されたいくつもの鎌が見えないように装備されているぐらい。他は何も見つからなかった。
「断罪様ぁ、準備出来たんですかー?」
パタパタと元気よく駆けつけてきた学校の制服姿の少女は、青い長髪を揺らし、目が黄色と青のオッドアイという珍しいものだった。
「あぁ、月蝕侍には言ってなかったね。今回、この子も同伴することになったから。名前は千原 双(ちはら そう)。アバターコードは、紅火霧だね」
断罪から紹介にあずかると、双は突然秋生の眼の前に飛び出してきて、
「私結構じっとしてられなくて、確かー……2分45秒ぐらいしかじっと出来ないの! 鬱陶しくてうざったいーって思っても仕方ないと思うけど、そこんとこ宜しくね?」
「あ、あぁ……ていうか、断罪がこんなよく喋る奴と行動を共にするなんてな……」
「ふふ、そうかな? 僕だって年頃の乙女だよ? 不思議じゃないじゃないか」
(……普通じゃないから言ってるんだけどな)
秋生は声には出さずに、断罪と双の二人を見比べてため息を吐いた。
これからこの奇妙なパーティで過ごさなくてはならない。しかし、これも自分自身があるべきところに帰る為に行うこと。それだけは確信付いた目標だった。
秋生は剣を二つ腰に装備すると、黒い衣装で身を装ったその体を翻して、
「そろそろ行かないか? 時間だろ?」
「あー私、貴方の名前聞いてないよー? 私だけ言って貴方の聞いてないとか、不公平じゃんー」
拗ねたようにして双が言うのに対し、秋生は出来る限り冷静に、
「吾妻 秋生だ。アバターコードは……月蝕侍。これでいいか?」
「うん、オーケーオーケー! じゃあ、しゅう君って呼ぶね?」
「……は?」
「はい、決まりー! それじゃ、断罪様! 行きましょう!」
突然の呼び名に戸惑う秋生を置いて、断罪と双は歩き出した。
「……なぁんか調子狂うぞ?」
これでも、この眼の前にいる一人の女、双はのことはまだ知らないが、断罪は人殺しの中の人殺しであることには間違いは無い。いつ、何時でも目が離せないことは明確である。
もし油断でもしたら、それこそ命取りかもしれない。これは命取りの旅だということを自覚させなければいけない。
寂れた砂漠の土地を、急いで秋生は二人の元へと走って行った。
長い砂漠の道が待っていた。この世界は、どうやら砂漠が極端に多い世界らしく、見る先々は砂漠が延々と続いていた。
アップデートのせいで世界と世界が結合したということが信じられないほどの変わった世界観だった。
砂漠と言えば、熱い日差しの中の砂地というイメージがあるのだが、この世界は違う。空は曇り、今にも雨が降り出しそうな雰囲気を醸し出し、砂地を盛り上がっている所は全然なく、ほとんど平面の砂地だった。これでは砂漠とは言えず、荒野のようだった。
「奇妙な場所だなぁ……」
秋生が呟くと、断罪は笑みを浮かべ、
「ふふ、僕にはこのメンバーが奇妙に見えるけどね」
「俺だってそう思ってるさ。今すぐにでも、俺はお前の眼の前から——」
「あーっ、喉渇いたぁー!」
双が秋生の言葉を遮って大きな声をあげて言った。秋生はその勢いに飲まれ、その後の言葉を発しなくなった。それを境に、双は自分の荷物の中から水筒のようなものを取り出し、それを開けて飲み始めた。
「……ぷはー、生き返るぅー」
ほんわりした顔で言う双とはまた別に、その瞬間、一度だけ何者かの殺気が沸いた。
断罪でもなく、秋生のものでもない。勿論、双のものでもなかった。それは——上空から発せられたものだからだった。
「避けろッ!」
「え——」
秋生の言葉とほぼ同時に双は上空を見上げたが、そのほんの数秒後、凄まじい砂飛沫が双のいる場所であがった。上空にいた何者かが双へと向けて追突したらしく、上空からの殺気は既になくなっていた。
「くそっ!」
秋生はすぐに剣を二つ取り出して構えようとしたが、左腕が自由に言うことを訊かない。右手のみ、剣を構えて双へと駆け寄ろうとしたその時、
「不意打ちかぁ〜……あはははは! あっぶなかったなぁ〜?」
「……紅火霧?」
「うーん? 何? しゅう君」
「どうしたんだ、その——服に付着した"血"は」
砂飛沫から数秒、双の服にはべっとりと赤い血が付いていた。しかし、それは双のものではなく、他の誰かの返り血だということは明白だった。
砂煙がだんだんと無くなり、双のいる場所が露となったその時、飛び込んできたと思われる誰かの血溜まりがそこにあった。
「この双はいつもの双じゃなくて、裏の方の双だよ」
断罪が横から口を出す。双はその死体を見下し、声高らかに笑っていた。一体何がスイッチだったのかは分からないが、双は明らかに先ほどまでの双とは違っていた。
「二重人格で、双は表と裏がある。真逆の顔を持っているのさ」
「真逆……」
それは……あの時の自分なのではないか。
秋生の心には、あの狂気に犯された時のことが鮮明に繰り返された。双の今の姿は、まさにそれで、自分は仲間を傷つけたのではないだろうか。この、腕で。
そう思うと、やりきれない思いと共に、憎しみが募ってきた。その憎しみは、自分に対して。
「ぐぅ……!?」
その時、秋生の左腕が疼いた。その痛みは感覚を取り戻そうとするかのように暴れ出す。暫くその痛みに耐え、抑えていると、自然に痛みはなくなっていった。
「始まったようだね、君も」
「これが……狂気が俺を取り込もうとするっていうあれか」
「まあ、そういうことかな」
断罪はいつでも笑みを浮かべながら言ってくる。その言葉の端にはどこか殺気が眠っているような感触で話してくる為、冷や汗をかくこともあった。
「う……うぅん……あれ? 断罪、様……?」
双はいつの間にか普通に戻っており、断罪の名を呼んだ。
そして、すぐに自分の身の回りを見て、
「え……!? いやぁぁぁぁっ!!」
と、叫び声をあげたのである。
先ほどの嬉しそうに高笑いする表情とは違い、今度は戸惑いや恐怖を混じらせた声。それは明らかに違う態度だった。
「君の片方が殺しちゃったんだね。大丈夫、僕がいるからね……——大丈夫さ」
断罪の言葉には、やはり殺気がこもっているような感じがした。そして、冷徹な笑み。それは断罪の本性の表れなのだろうか。それとも……また別の何かなのだろうか。
秋生はその様子を見つめ、不思議な感じを眼の前から感じ取っていた。