ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 白夜のトワイライト ( No.196 )
- 日時: 2011/10/19 21:38
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: ucEvqIip)
広い部屋に、コーヒーがスプーンで掻き混ぜられる音しかそこにはない。カップとスプーンが擦れる音を、巨大な椅子に座っている男が右手に持つスプーンによって鳴らしているのだ。
ほとんど無音のその中、それを破ったのはドアをノックする音だった。
「失礼します」
女性の声が室内に交じり合った。だが、男はスプーンを回すことを止めない。そのまま掻き混ぜ続けているばかりで、その他は微動だにしなかった。
彼女は見た目10代、20代程度の若さで、金色の髪をショートにし、一つに小さく纏めあげている。服は軍服のようなものを着ており、見た目やスタイルからしてもあまり似合わない感じである。
彼女のそれらの他に、更に気になるものは背中に掲げられた大型のスナイパーライフル。そして、腰元にあるマシンガンやショットガン、懐にある二丁のハンドガンなど、様々な場所に銃が装備されてあった。
そんな彼女は、ゆっくりと手に持っていた書類に目を通し、真っ直ぐ閣下と呼んだ男を見つめて、口を開いた。
「……閣下。武装警察のアーカイブに眠っていた極秘資料ですが、やはり"あの者"が持っていることが判明いたしました」
「……そっか」
ようやく口を開いた男は、女性に背を向けたまま、ゆっくりとコーヒーのカップに口を付け、一口飲み込んだ。何も言わずに、そのカップを再び机に戻すと、どこから取り出したのか砂糖をカップの中へ何個も入れ始めた。
そしてまたゆっくりと口に含み、飲み込む。すると、男は満足そうに何回か頷き、唸ると、彼女の方へと振り返った。
男は清々しい笑顔を見せ、傍にあった二本の刀を手に持ち、ゆっくりと机の上に置いた。
「そろそろ動こうか、凪」
「閣下が出向かずとも、私が——」
「凪一人に行かせられないよ。エルトールの権限とかも、今となっちゃ無いに等しいしね。閣下ってのも止めて欲しいんだけどなぁ」
「は……——ディスト様」
頭を下げる彼女、凪に対して苦笑いしながら、ディストは椅子から下りながら「様もいらないよ」と、付け加えた。
刀を二本、腰に帯刀すると、ゆっくりと凪の元へと近づいていく。
「着いてきて、くれるかい?」
「はい、勿論です」
しっかりと頷き、凪はディストの前に立った。その様子を見て、ディストは安堵したように微笑み、
「じゃあ、行こうか。頼りにしてるよ、凪」
「はい。……あの」
「ん? 何?」
「コーヒー、飲まれて行かないのですか?」
「あぁ、あれ?」
ディストはコーヒーの置いてある机に目を向けて、そうして言い放った。
「ラプソディが、飲むからいいんだよ」
「ラプソディ……?」
「ふふ、行くよ?」
「あ……はい」
何故か嬉しそうなディストを凪は急いで追いかけていった。
部屋に残ったコーヒーは、いつの間にか空っぽになっていた。
第12話:捜し人
「ご、ごごごごめんないッ!」
「いやいや、俺は別に——」
「ほんま堪忍やっ! 俺が臨ちゃんから目ぇ離さんかったらよかったんやっ! 俺の責任や!」
三人が三人とも、それぞれに言葉を交わす。
突然襲いかかってきたイルを撃退した春之助と裏面、そして優輝は戦闘が終わるや否や、このように自分が悪い、何がどうたらと言葉を交わすのみで、話がまとまりようがない状況だった。
「ちょ、ちょっと落ち着こう。とりあえず、自己紹介だけでもした方がいいんじゃないか?」
「た、確かに……」
「そやなぁ……」
優輝の提案に二人は了解し、早速自己紹介をすることになった。
「俺は日上 優輝。一応、武装警察に所属してて……アバターコードは"神斬"だ」
「日上 優輝、か……。ほな、優輝って呼ばせてもらうわ! ってか、自分警察官? 武装警察ってー……本部の要塞、破壊されたとかいう?」
「ん……あぁ、一応警察官で、まあ、そうだな。本部は破壊されたよ。その現場にいたし」
「え、えっ、た、確か、その本部の要塞が破壊された時の事件って……ほとんどの警察官が死んだって……」
「よく知ってるな……。俺は一応、その生き残り。他にも仲間がいて、その人達のおかげでもあるな」
優輝は話しながらそのことを思い返した。あの無惨な血の海の光景は頭にこびり付いて取れなくなっていたのだ。
多くの仲間が死に、自分は生き残った。罪のある、自分が。ただ復讐の為に此処にいるというのと、死んでいった人達の中、ただ生きたいっていう人との違いを考えれば、自分よりも救われてよかった命は幾らでもあったのだ。
そのことを実感して思うと、急に胸が締め付けられたように苦しくなった。
「おい、大丈夫かいな?」
「あ、あぁ……。少し、そのことを思い出してしまって……」
「ご、ごめんなさい……私が、いらないこと言ったから……」
「いや、君のせいじゃないよ。ごめん。……あ、次、どっちが自己紹介を?」
「ん、じゃあ俺がいこか!」
春之助は元気良く返事をして立ち上がった。
さっきまでの少し暗い雰囲気をまた元に戻そうと明るくしてくれている。そう思うと、優輝は感謝をしたい気分になった。
「俺は緒川 春之助っちゅーもんや! 特に言うほど経歴はないさかいに……アバターコードを言うわ。犬神"ってアバターコードや。よろしゅう頼むわ、えーと、臨ちゃんはもう言うたさかい、優輝、頼むわな!」
「え、あぁ、よろしく」
突然名前を呼ばれ、手を差し出されたので、慌ててそれに返した。春之助はそんな優輝の様子を見て微笑み、
「俺のことは春でええよ。ほとんどそれやからな」
「あぁ、分かった。よろしく、春」
「おぉー! よろしくなぁ、優輝ぃ!」
嬉しそうに優輝の背中をバンバンと音を鳴らして叩く。何だかそれが、仲間の有難さみたいなもののように感じて、心が少し和らいだ。
「えっと、次は臨ちゃんやな」
「あ、は、はい……えっと、裏面、臨死って名前です……。あ、アバターコードは、なるようにならない最悪っていいます……よ、宜しくお願いしますっ」
行儀良くお辞儀をする裏面に、優輝と春之助は拍手で送った。
何となくお互いを少しでも知り、親近感が湧いたような気がしていた。
「そういやぁ、優輝は何でここに来たん?」
「あ、そうだった! そうだな……中年の男性で、クリーム色したコートを着ている人、ここら辺で見かけなかった?」
「うーん……そんな刑事みたいな奴、見かけんかったけどなぁ」
「そうか……」
ようやく知り合いと会えると思っていた優輝にとって、愕然とする思いが心に残った。
「何や? そんな見つけたい奴なんか?」
「あぁ。俺の上司なんだけど……ここで待ち合わせしてた時、何が起きたのか、どこかへ行ってしまったみたいなんだ」
「ここで、何かが……ですか?」
不思議そうな顔をして裏面が優輝に返した。その表情は、どうにも優輝の言っていることに疑問を感じている表情であった為、優輝は裏面に顔を向けて、
「何か知っているのか?」
「い、いえ……ただ、ここで何かが起きるといっても、それは優輝さんの上司さんの身に何かが起きたのではなく、その上司さんは誰かを追っていたのではないかな……と、お、思いまして……」
裏面は、この場で優輝の上司である橋野に何かが起きたとしたなら、優輝と待ち合わせをしているその場にいる時に起こったとされるので、普通なら優輝に助けを求めたりするはず。
けれど、橋野は急用が出来た、としか言っていない。つまり、橋野は誰かを追っていて、もしくは探していた誰かが現れて、それを追うことにした。その方が辻褄に合う。
「橋野さんは、誰かを追っている……?」
一体それは誰なのか。優輝の知っている人物とすれば、それは誰か。優輝との待ち合わせを崩してまで追わなければならなかった人物。それは重要な人物とするのが一番妥当なのではないだろうか。
「人に無茶するなって言うクセに……!」
優輝は唇を噛み、自分を頼ってくれなかったことがこれほど辛いことなのだろうか、と心の中で悲しんだ。
その様子を見ていた春之助はゆっくりと優輝の肩に手を置くと、
「これからどないすんねん?」
「これから……」
「せや。お前がしたいことをすればいいやろ。この世界はただでさえ狂うとるんや。自分がしっかりせなあかんやろ」
春之助の言うことはもっともだった。
ただでさえ、右も左も分からないようなこの混沌した世界で、一体一人、何が出来るのか。ただ、眼の前に与えられたことをがむしゃらに突き進むしかない。優輝は、ゆっくりと口を開いた。
「俺は……橋野さんに頼っていたのかもしれない。心の中では、自分の目的を果たす果たすって言ってるクセして、実際は周りに頼ってばかりだ……。だから俺は……俺の道を進む」
息を吸い込み、ため息を吐く。そうして決めたことを春之助と裏面に顔を向けて言った。
「俺は今から中央に行く。橋野さんからも言われていたし、そこで情報を集めたい。きっと中央というぐらいだから、プレイヤーが多いと思うからな。そこで、人を捜すことにする」
「誰を捜すんや?」
春之助の言葉に、少しの間口を閉じ、そしてゆっくりと言い放った。
「高宮 修司。俺がこの現実と混入した世界に来る前の最後に会った奴だ。あいつはアップデートの最中にも関わらず、普通に立っていた。ログインできていたんだ。今回のアップデートの件に関わっているかもしれない」
高宮 修司。それは、優輝が現実世界からエデンと混合された世界に来る前に会っていた謎の男のことだ。その男は、意味深な言葉を残し、優輝の前から去っていったのだ。最も今のところ怪しい人物といえば高宮しか優輝には思い浮かばなかった。
「高宮 修司? うーん……どっかで聞いたことあるような名前なんやけどなぁ。まぁ、ええけど、その話がほんまやったら、かなり巨大な敵ちゃうの? こんなアホみたいな世界と現実を混入させるなんちゅーことは、専門の科学者でも無理な話やろ? とんでもない奴な気がするんやけどな」
「確かに……だから、俺は高宮の情報を少しでも集めながら、仲間も集めていきたいと思ってる」
「……それが出来たらええねんけどな。結構難しい思うで? それに、そこまで使命染みたことせんでもええやろ?」
春之助の言うことは間違ってはいない。しかし、優輝にとってそれは関係のあることだった。
アップデートをした犯人。それは、必ず黒獅子と繋がっているような気がしてならなかった。そして、また何かをしようとしている。周りから見たらこの行動そのものが偽善なのかもしれないけれど、それでも優輝は守りたかった。
もう、眼の前で大事な人を失うのは見たくなかったから。
「出来る限りやってみるさ。それが、どれだけ無謀でも。やるかやらないかとか、そういう二択じゃなく、やってみなきゃ分からないの一本だと俺は思ってるから」
心に決めた優輝は、真っ直ぐに春之助と裏面を見た。
その様子をずっと見ていた裏面はオドオドしていたが、春之助は真顔でそれを見つめた後、笑い始めた。
「おもろい奴やなぁっ! まあ、そやなぁ。やってみな分からんわな。……よーし、俺は優輝に付いて行くわ」
「え? いいのか?」
「いいも何も、こうして出会った縁やろ? 俺もその賭けに乗ってみてもええかなぁ思たんや」
「そうか……。ありがとう、春」
「礼とか、照れ臭すぎるやろー!」
先ほどまで微塵も動いてなかった春之助の犬耳と犬尻尾が前後、左右に揺れる。嬉しそうにしている証拠だった。
「あ、あのっ、私も……付いて行っても、いいですか?」
「え、裏面さんも?」
「は、はい……足手まといに、なっちゃうかもしれませんが……」
「そんなことないよ。ありがとう。お願いしてもいいかな?」
「あ、は、はいっ!」
嬉しそうに裏面は笑顔で答えた。
これで春之助と裏面と共に行くことになった優輝は、二人に感謝しつつ、一歩踏み出した。
(強く、ならないと……!)
その決意は固く優輝の胸の中に篭ったのであった。