ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 白夜のトワイライト ( No.199 )
日時: 2011/10/19 23:32
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: ucEvqIip)

民家の並ぶ町並みの中に、巨大な門と柵が連なっている屋敷がそこにはあった。
豪華な振る舞いはこれといっては見当たらないが、なんといってもその大きさと豪快さだった。
屋敷の面積は民家が何十軒分だろうかというぐらいの大きさで、その門の隣には巨大な表札があり、そこに書かれてある文字は【花鳥風月】と書かれてある。その門の前に、嘉高と不知火は立っていた。

「家に帰ってきたって感じがするねぇ……嘉高さんもするでしょう?」
「家というより、かえでという名の牢獄に帰って来た気がするよ」
「何言ってんですかっ! ……斎条、結構嘉高さんのこと心配してましたよ? その"能力"のおかげでただでさえ敵と出くわしやすいってのに……」

不知火はぶつくさと文句を言いながら、嘉高の様子を伺うが、相変わらずのぼんやりとした顔といい、少し微笑んだ姿がとても女の子らしい感じのする嘉高の外見に不知火は自分の吐息が何となく荒々しくなっていくような気がして慌てて止めた。

「うん? 入らないの?」
「あ、いやいや! 入りますともっ!」

考えている不埒なことを悟られぬよう、不知火はその場から逃げ去るようにして門の中へと入っていった。
その様子を嘉高は見つめ、少し首の角度を曲げて傾げた後、微笑みながら「まあいっか」と呟いて自らも門の中へと入っていった。

中は見事に掃除が行き届いていて、床が太陽の光を反射していた。磨いたばかりなのだろうか、水滴が少し付いている部分もある。
和風な感じが漂うその屋敷の中には、それ相応の庭もあった。庭といっても、嘉高と不知火の所属するここ、花鳥風月はこの広い庭で稽古を行う。鯉が泳ぐ池もあるが、丁寧にそこも手が行き届いていた。
奥に行くと、応接間やら宴会場などがあり、更にその奥には巨大な面積を誇る部屋があった。まるで道場のような雰囲気を出すそこには、今もなお一人のプレイヤーが素振りをする声が聞こえて来る。
それからまた先を進むと、ようやく会議が行われる場所が見えてくる。そのまた奥には、それぞれの門下生やらが住まう寮のような建物も庭に備えられている。
嘉高と不知火はその会議が行われる場所へと進み、その障子を開けた。
ススー、と障子がスライドした途端、障子を開けた不知火の顔のすぐ横に何かがもの凄い勢いで通り抜けた。
それは、まぎれもない手だった。その手の奥には、10代に見える若い女性が怒った表情で腕をふるっていたのだ。

「さ、斎条ぉぉっ!?」
「え? 楓?」

不知火と嘉高がほぼ同時に声を挙げる中、ただ一人、その二人の眼の前にいる女性、斎条 楓(さいじょう かえで)は違っていた。

「この——アホンダラーッ!」

楓はとてつもない速さで拳を振るった。しかし、相手が違っていることには気付かないまま。

「ぶふっ!」

楓の拳は、見事不知火の顔面を捉え、強烈な勢いで吹っ飛ばしたのであった。
不知火の体は宙に浮き、そのまま後方の庭へと勢い良く滑り込んでいった。

「ただいま、楓」
「ったく……ん、おかえり、正宗……って、えぇっ!? さっき吹っ飛ばしたの、正宗じゃないのっ!?」

嘉高は気分良く笑っている最中、楓はようやく殴った人が目当ての嘉高でないことに気付くと、驚いた声をあげて砂煙のあがっている庭の方を見つめた。

「この、バカ斎条! 良い女だからといって、調子に乗ってんじゃねぇ! 毎度毎度、何でお前は嘉高さんじゃなくて俺を殴るんだよっ!」

その煙の中から、頬を右手で押さえて立ち上がる不知火の姿を見つけると、楓は申し訳なさそうに両手を合わせ、

「ごめんッ! また間違えたっ!」
「どれだけ間違えれば気が済むんだよっ!」
「でもまあ、日頃僕の代わりに殴られてることだし、別に大したことは——」
「「お前が言うなッ!」」

嘉高が場を取り正そうとしたのだが、二人が猛烈な勢いでそれを否定した。取り正そうとしたというより、悪気の無い嘉高は二人がこんな風に言い合っているのかの事の発端が自分であることを気付いていないのであった。

「ていうより……この、アホ正宗! バカ! ボケ! アホ! ボケ!」
「アホとボケ、被ってるよ」
「どっちでもいいわッ! ……とにかくっ! またどこをほっつき歩いてんのよっ! それでも花鳥風月の"頭首"? もっと自覚持ちなさいよ! 自覚をっ!」
「あ、そうだ。楓、今日のご飯何?」
「人の話を聞かんか、ボケーッ!」

このような調子が毎度続く嘉高と楓のやり取りは、見ている者からした痴話喧嘩のようにしか見えない。二人は別に夫婦やら恋人やらの関係は無く、ただ単に幼馴染ということでこうしているのだという。

(それ以上の進展はない……って言っても、お二人さん、お似合いだと俺は思うがねぇ……)
「ちょっと! 不知火も何か言ってよっ! このボケアホのバカ正宗に!」
「はいはい……」

毎度のことのように楓から援助を頼まれるのはもう慣れている不知火にとって、これだけ微笑ましく見れる光景はこの世界の中でも有数のものだった。

「うわっ! 組長さんが帰ってきてるッ!」
「ん……お、七姫じゃないか。久しぶり」

嘉高が微笑んだその目線の先には、阜 七姫の姿があった。黒混じりの白髪に、可愛らしい黒目に似合っている赤頭巾は、その格好通りにアバターコードも"赤頭巾"である。
口を両手で押さえ、意外そうな顔をして七姫は嘉高を見つめていた。

「久しぶりも何も無いですよっ! 組長さんが依頼してたこと、とっくに終わってるのにずっと遊んでばかりだったし、アップデートのせいでどっか行っちゃってましたし、久しぶりを超えての久しぶりですよ!」
「そうだねぇ……長らく留守にしてたんだっけ? でも、とっくに戻ってきてたんだけどなー」
「えっ!? 何時ですか?」
「んー少なくとも今日じゃないね。ずっと七姫の顔は見れなかったから、報告はどうなったのか心配はしてたんだよ?」
「え、えぇっ! じ、じゃあ、私が悪いのですかっ!?」
「悪いというより、運が悪かったんだね」
「やっぱり悪いんじゃないですかーッ!」

嘉高と七姫の会話はいつもこんな感じで、七姫の回答も嘉高の回答もどちらもどこかズレているような感じのまま、聞いていると、ついツッコみたくなるような話し合いである。

「んー……そういえば、まだ"鳳仙花"と"犬神"に会ってないなぁ。二人は今どこにいるか、楓知ってる?」
「鳳仙花はー……またいつものように修行とかで江戸を離れてて……犬神っていうか、春之助は迷子」
「よく迷子になる奴だねぇ……俺が探して来ようか?」

不知火が頬を人差し指で掻きながら言うと、嘉高がその場に突然座り、

「放っておけばいいと思うよー。春之助が迷子ってことは、また何か面白い人を見つけてくれるかもしれないしね」
「鳳仙花は多分もうすぐ帰ってくると思う。またトラブルに巻き込まれてなければいいんだけどね……」
「あいつは人一倍熱血で、正義感が強いからなぁ……」
「この間、鯉にあげる餌の量を間違えたとかで凄く落ち込んでましたね……」

嘉高以外の三人は鳳仙花が何事も無く、無事にこちらに戻ってきてくれるのか心配でならなかった。




そんな頃、とある滝の流れる林の中で、一人の男が槍を振るっていった。もの凄い速さで槍を次々と振り回して行くその若者こそが、鳳仙花である。
本名は幸村 匁(ゆきむら もんめ)といい、鳳仙花はアバタコードであった。

「でりゃぁっ! はぁぁっ!」

声を張り上げ、一人黙々と鍛錬をする幸村は、幾度かそれを繰り返し、落ち着いた所で槍を動かす手を止めた。

「ん……もう帰らないと、斎条さんが怒るかな……」

空を見上げ、呟くようにして言うと、槍を背中に戻し、林の中へと歩いて行った。
林の中はいつになくジメジメした空気を放ち、湿度はあがっているようだった。しかし、そんなことを構うこともなく、幸村は歩いていく。
だが、その時、不意に奥の方から何か音を感じ取った。それは、幸村の方へと向かってきていた。

「何だ……?」

槍を構え、その林の奥に潜む闇を見つめる。距離はだんだんと近づいて行き、そうして姿を現したのは——

「誰だッ!」
「きゃぁっ!」

幸村の眼の前で地面に転んだのは、少女だった。
その少女の体は傷だらけで、とても痛々しく幸村の目には映った。慌てた様子で幸村はその少女の体を起こし、声を呼びかけた。

「おいっ! おいっ! 大丈夫か!?」
「う……」

苦しそうな顔をし、傷に手を当てるその少女を見つめ、どうしたいいものかと考えた末に幸村は、

「な、名前ッ! おぬし、名前は?」
「わ、私は……鈴音……凛、と……うぅっ!」
「お、おいっ! しっかりしろ! おいっ!」

幸村がその後何度呼びかけても、鈴音 凛は反応しなかった。
意識を失ったようで、幸村は何とかしなければならないという決意の元、花鳥風月へと連れて行くことを決めたのだった。