ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 白夜のトワイライト ( No.211 )
- 日時: 2011/12/01 18:12
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: FMKR4.uV)
「黒獅子様」
呟くようにして言葉を漏らしたその淑女は、冷静な表情で黒獅子を見つめている。
広々とした室内には、黒獅子とその淑女以外、誰もいない。周りには身の回りの生活が最低限出来る程度の個室の役割を果たしている小物が散々と並べられていた。
黒獅子は、その淑女の表情を見つめ、静かに笑った。声も出さず、ただ口元を歪ませて笑みを作る。そんな決して自然と出たような笑顔ではないないものを見つめ、また淑女は無表情のままその小さく、薄い桃色を放つ唇を開き、言葉を続けた。
「この世界を、壊すおつもりですか?」
淑女の問いに、黒獅子は表情を変えずに見つめると、やがて淑女から目線を外し、何も無い虚空を見つめた。その瞳には、どこか感情めいたものが隠されているような、そんな悲しいともいえる瞳であった。
「最終地点が壊すということじゃない。この世界、いや、歪んだ現実を壊すことは最終地点の過程でしかない。それ以上でも以下でもないよ」
言葉を放つと、そのまま黒獅子は傍にあった椅子へと座り込んだ。年季が入っているものなのか、座るとギシリ、と木が軋む音がした。
その黒獅子を淑女はただ黙って見つめる。自身が着ている白色のローブを揺らがせ、被っていたフードを脱いだ。すると、薄い青色をした長い髪がゆっくりとローブの上へと流れ落ちるようにして揺れた。淑女の顔は、まるで女神のように綺麗に整えられていたが、ただ普通と違うのはその瞳だった。
両方の瞳が同じ色をしていなかったのだ。赤と青に分けられたその瞳は、しっかりと黒獅子だけを見つめている。
「後悔は、しないのですか?」
「当たり前さ。何の為に僕が……いや、いいさ。きっと君でも分かってくれそうにない」
ため息を吐き、椅子の肘掛に手を当てる。トン、トン、と一定のリズムでその肘掛に向けて指を当てていく。一定時間、そのような動作を黒獅子は続けていった。その様子を淑女はただ見つめるばかりで、表情も変わらない。また、黒獅子の表情は思い詰めたように、何か考え事をしているようにも見えた。
「……疲れていらっしゃいますか?」
「さぁ、どうかな。僕にも分からない。……ただ」
「……ただ?」
黒獅子は肘掛から手を離し、自分の懐からある物を取り出した。それは、銀色に輝くペンダントのようなものであった。
「この世界に、やらなければならないことがある。……それだけさ」
黒獅子は悲しそうな目でペンダントを見つめた。今度ばかりは分からないとはいえない、本当に悲しそうな瞳を浮かべていた。
淑女はその黒獅子の瞳を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。そして、いつの間にか足取りは黒獅子の眼の前まで来ていた。
「どんなことがあっても、我らは尽くすのみです。平等な世界を実現したいという貴方の願いは、確かに我らに届いております」
「……そうか」
小さく返事をすると、黒獅子はペンダントを再び懐に仕舞いこんだ。大事そうに、しかし誰にも取られてはならないように、素早い速さで仕舞い込む。数秒間、黙って懐に手を突っ込ませたままだったが、黒獅子はゆっくりと、名残惜しそうにその懐にある手を再び淑女の前に見せた。
「負けるわけにはいかない。全ては——愛する人の為に」
「全隊員は各隊へと急げ! 繰り返す、全隊員は各隊へ急げぇ!」
曇り空が空に浮かび、薄暗い光を照らす中、黒獅子率いる者達は着々と準備を重ねていた。
その中で一人、ブリュンヒルデはその様子を伺っていた。全隊の将軍として適任されたブリュンヒルデは、この日を待ち構えていたかと言わんばかりの表情で、自信に満ち溢れていた。動き回る者共を真剣な眼差しで見つめ、開戦の時が今か今かと待ち望んでいたのである。
「ブリュンヒルデ将軍!」
その時、颯爽と翼を背中に生やし、長く鋭い爪を持った人間のようであって、悪魔のような者がブリュンヒルデの眼の前に降り立った。
その男は、見た目の歳が20代といえるほどの若さを持っていたが、それとは違う雰囲気を放つそれは、見た目から言えるものなのであろうか。跪き、その男は一礼したのを見て、ブリュンヒルデはその男を一瞬見た後、再び全隊員の様子を見るようにして前を向きながら返事を返した。
「何だ。"漆黒妖"のルーベルト」
「我らの動きを感知したのか、武装警察及びに現実世界における警察共が動き出している模様」
「ここの所在は知られているのか?」
「いえ、知られてはおりません。ですが、各地に警備を配置される恐れがあります。奇襲は難しいかと……」
「いや、大丈夫だ。向こうには"同士"がいる。つまらん情報などはいらん、準備を急がせろ」
「は……かしこまりました」
悪魔のような格好を持つ男、アバタコード"漆黒妖"のルーベルトは再び一礼すると、ブリュンヒルデの元から飛び立とうとした。
「待て、ルーベルト」
「は、何でしょうか」
「貴様に頼みがあるのだが……聞いてくれるか?」
ルーベルトは飛びかけた姿勢から元に戻すと、その視線を再びブリュンヒルデの方へと向けた。ルーベルトは、少し不思議な表情をしていたが、すぐに元に戻ると、再び跪こうとした。
「いや、いちいち跪くな。これは命令ではない、私の願いのようなものだ」
「願い、ですか?」
「あぁ。……聞いてくれるか?」
「私に出来ることがあれば、なんなりと」
ルーベルトの目を見つめ、暫くするとブリュンヒルデは小さく笑った。そしてすぐにその後、ルーベルトへと口を開いた。
「アリエルを連れ戻してきてはくれないか」
「アリエル……といいますと……あの"お方"ですか?」
「あぁ、そうだ。……潜伏している場所は分かっている。上手く追っ手から逃げたようだがな……しかしだ、その潜伏場所には少し厄介な奴がいるようだ。奴にアリエルの正体が知られたら厄介だ。交戦することになったとしても、いらぬことは喋らぬように、な」
「承知いたしました」
「……そうだな。貴様一人では少し荷が重いかもしれん。……ベルモアも連れて行け。あいつが居れば戦闘面で楽になるだろう」
「ベルモアと?」
ルーベルトは顔を歪ませ、少し嫌そうな顔をした。その態度をブリュンヒルデは見逃さず、少し眉を上げて再び口を開いた。
「うん? 嫌なのか」
「ベルモアには、その、少し因縁がありまして……」
「ならなおさらだ。この件でその因縁を吹き飛ばせばよかろう。……おい! ベルモア!」
ブリュンヒルデが声を張って名前を呼ぶと、どこからか凄まじい勢いで傍に何者かが降り立った。その者は、全身に真っ赤な装束を身に纏い、顔に狐のお面をはめている。右手には炎々と燃え盛るようにして赤黒い炎が蠢いていた。
「お呼びですか?」
ベルモアは先ほどのルーベルトのようには跪かず、小さく一礼をしてから声を出した。顔やその他から見て男女の区別が分からないが、声的には女の方であった。
「おいっ、無礼だぞっ! ベルモア!」
「……誰かと思えばルーベルトか。何だ、まだ私に恨みでもあるのか」
「黙れ! いつか必ず……!」
「威勢がいいな。私の数少ない信用できる部下だ。ベルモア、貴様のことだ。もう既に話は了承済みであろう」
「は。必ずや、アリエル様を連れ戻して参ります」
「あぁ、頼んだぞ。"黒焔"のベルモア」
ベルモアの言葉に、ルーベルトは多少不満そうな顔をしたが、すぐにベルモアが一礼をしたのと同時にルーベルトも同じく一礼をした。
(さて……と)
ブリュンヒルデはそんな二人を見過ごし、再び他の隊の様子を眺めながらもう一つの考え事を始めたのであった。
「遂に……戦う時が、来たんだな」
一人、部屋の中で佇んでいたアバタコード"螺旋翼"のレトはこれまでずっと抱き続けてきた思いが再び込み上げてきていた。
あの日、白夜と久々に出会ったあの時、白夜は恨んでいるような顔でも、冷静な顔でもなく、何故だか悲しそうな瞳をしていたことに気付いていた。それは哀れみなのか、その他か……。
もしあの場で優輝やディストが現れていなければ。更には黒獅子までもが現れた。
あれは、あの交渉の時の為に自分と白夜を会わせたというのだろうか。黒獅子の意図さえも分からない。
けれど、目的は変わらない。姉さんは白夜に奪われた。そう、だから——
「君がレト君かい?」
その瞬間、レトの後方から声が聞こえてきた。レトが後ろを振り返ると、そこには誰の姿も無いように見えたが、
「ルトの弟分、だよねぇ?」
「ッ!?」
既にその者は——レトの隣に来ていた。レトは動くことも出来ず、ただ隣にいる薄気味悪い笑みを浮かべながら話す者の言葉を聞くしかなかった。
「白夜光、いや……月影 白夜を恨んでいるのだろう?」
「どうして、それを……! いや、それより、姉さんを何故知っているッ」
その言葉を待ち侘びたかのように、その者、ラプソディはニヤリと笑みをより一層深めると「そりゃそうさ」と言葉を紡いだ。
「何故って僕は——白夜が君の姉さんを葬った所を、僕は見ているからね」
「な……!」
操られていく。
「ね、だから——」
レトの心は、荒んだ心はより深みを増し、そして、狂気へとそれは一変する。
「君が思うことをすれば、いいんだ」
ラプソディの言葉は、レトの心をだんだんと犯していく。それは狂気。人々がそれぞれに持つ、限りない闇。その狂気はレトの全てを、何もかもを暗黒へと染めていく。
「うわぁぁああああ!」
レトは狂気に叫ぶ。その様子を、ラプソディは満面の笑みで見つめていた。ずっと、その叫びが止むまで。