ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 回転と僕 ( No.10 )
- 日時: 2010/09/11 20:52
- 名前: 95 ◆/diO7RdLIQ (ID: lD2cco6.)
第五話 出会いの終わり −①
通称女王様、が住んでいるという家、そこは小さなスタジオだった。
住宅街を抜け、少し寂れた雰囲気の家が立ち並ぶ。そんな中に大きな長方形型のコンクリートを置いたような——。家の外観など興味無し、という建てた者の意図が見えるようだ。
「ここは、俺の家ね」
ドラム代理——入江和義さんは躊躇なく家に招待した。見た目に似合わず、気さくで、優しく、良い大人な感じの人だ。
ベースの宮木というは、そそくさと中に入った。太陽の光から逃げるように。僕も話しかけた訳ではないが、お互いの存在を無視するように、一度も会話していない。
桜崎は僕の隣に来ると、小さく耳打ちした。
「もうね、俺はこの家に入れるって時点で加入オッケーしたようなもんだよ。宮木もあんな態度だけどさ、春臣君のこと嫌いじゃないと思うよ」
「いや、だって好きとか嫌いとかいう時点でまだ話したことない…」
思わず顔を顰めた。どう見てもあいつ、俺のこと嫌いだろう!と叫びたかった。桜崎に心を開いているのはなんとなく分かるから余計に、僕に対する冷たい態度が際立った。
しかし桜崎はそういう理屈みたいなものを呑まないタチなのか、当たり前のように否定する。
「あのね、会話とかしなくたってそういう直感みたいなものがあるわけ!臣君だってあるでしょ、見た途端、あ、こいつ嫌い、好きとかさ!」
「まああるけど…。そういうのって大半が変わる……つうか臣君て」
「えー。じゃあ臣君は宮木のこと嫌い?直感でさ」
桜崎に問われ、玄関で丁寧に靴を脱ぐ宮木を見た。相変わらず髪の毛で顔が見えない。
直感で——。
「——苦手かな。何考えているのか分からないとか、そういうのは平気だけどさ、それが不気味に感じるのって初めてなんだ。だから…苦手」
「不気味かあ……」
その時、なぜだかはわからないが、桜崎は笑っていた。
こいつもかなり、分からない奴だ。
家の内装は、ごく一般的なものだった。
しかし廊下を少し歩いたところで、急に後から増築したような段差があり、危うく転びそうになった(桜崎はその度笑っていた)。床が一段下がった細い廊下。五メートルほど進むと、厚い扉があった。
「ここがスタジオね。かなり広いよー。ピアノとかドラムとか真夜中にバンバンやっても外から漏れる心配は無し!」
そういって和義さんは暑い扉を開ける。
中に入ると、そこは本当に広かった。電気を点けると、かなりの眩しさに目が眩んだ。
壁には十台以上のギターがあり、ドラム、その奥にはピアノ。
部屋の奥には透明なガラスで囲まれた小さな部屋もあった。
「あの小さい部屋は休憩室みたいなもん。知り合いのバンドがよくここに泊まり合宿やるから、あそこには冷蔵庫、テレビ、ソファがあるよ。この部屋にはトイレもシャワー室もある。有料で貸してる」
僕は素直に感心して見渡す。
ここで寝る間も惜しんでバンド練習か。青春ぽいなぁと他人事のように思った。
「和さん、ヒメは?」
桜崎が和義さんに聞く。その時——。
「ここにいるけど」
みんな一斉に振り向く。
髪は脱色していて、白に近い金色、ストレートでセミロング。身長は150程だろう。目は大きく、眉毛は細く、色白で、かなりの細身。だらしなく黒のTシャツとだぼだぼのジーンズを着ていた。
そしてその細い腕から、微かに見え隠れする、黒い影。それは和義さんの腕に見たものと同じ、刺青。
「なんだヒメ、起きてたのか。寝てると思って今から起こしに行こうと思ってたんだぞ」
ヒメと呼ばれた少女は、大きく欠伸をしてから気だるそうに声を発した。
「おしっこしようと思って起きたら、なんか騒がしいなと思って。泥棒だったら大変だから見に来た。そしたら叔父さん達で。期待して損した。じゃ」
そういって少女は去ろうとした。
和義さんはため息をついて止める。
「まてヒメ。この吉川君がギタリスト志望だという事だ」
すると少女の足が止まる。そして振り向いた。
僕は穴が開くほど凝視され、思わず生唾を飲んだ。数秒後、やっとその痛い視線から開放された。
「何それ、私が決めたいといけないわけ?」
少女は眉を顰める。
そうか、名前がヒメ、なのか。今理解した。
「俺はさ、ヒメにちゃんと俺たちのバンドメンバーとしてドラム叩いて欲しいわけ。だからヒメも気に入らないと駄目だろ?」
桜崎が言うと、ヒメは更に眉間に皴を寄せる。
「叩いて欲しいって、叩いてるし。それに私が気に入る人間なんてそうそう居る訳ないじゃん。なんでか分かる?」
「えー。うーん…。分かんね」
なんだこの会話…。ヒメという少女は、どう見ても僕や桜崎と同い年くらいだろう。タメでこんな会話と空気、初めて見た。
「自分を気に入る人間が居ないから…」
そう答えたのは、宮木だった。
普通の、低い男の声。女性が好きそうな低音だった。俯いたままだったが、声は不思議としっかり聞こえた。
「そういうことよ」
「そんなことねえよぉ。つうか寂しいこというなよお」
桜崎は子供が駄々こねた時のような声を出す。
「うっさい。じゃ、私眠いから。そこの人が、バンドのメンバーになろうと、私が辞めることないから安心して」
「だっから!ヒメさ、ライブハウスの演奏とか一緒に演ってくれないじゃん。俺だって宮木だって、ヒメと一緒に演りたいんだよ」
そうだ。和義さんがライブハウスでバンド代理として演奏していたというのだから、きっと正ドラマーは何か急用でもあったのだろうと予想していたが、今まで寝ていたというではないか。どういうことだろう。
腕に見える刺青と同じように引っ掛かり、気になった。
「…わーったよ。じゃあ今から、みんなで演奏しよう。面倒なことは、それから決める」
面倒なこととは、ライブハウスでの演奏のことだろうか。
僕、桜崎、宮木、そして、ヒメ。
出会って一時間もしないこのメンバーで、一体何を見出せるだろうか……。
やはり他人事のように思いながら、桜崎にギターを構えるように指示された。