ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: いつだって、そうだった ( No.4 )
- 日時: 2014/05/30 22:35
- 名前: 苺大福 ◆GttcwRKaXs (ID: U0ZlR98r)
◆第二話 【出会う者】
私は諦めてしまった。諦めて逃げたのだ。
この世界で、諦めた人に手を差しのべる人はきっといない。そんな弱さでは生きていけないと誰もが知っているから。
……それでも、なかには物好きだっている。
私は弱いから、そんな事を期待して、逃げたのだ。
*
砂漠の真ん中で、一組のキャラバン隊とその雇われ護衛がキャンプを張っていた。キャンプといっても簡易な代物で、何度も繕ってなんとか組み立っているありさまである。
辺りは流れるような模様を身にまとう砂丘と、熱風がかき回す熱気と、ひたすらの砂、砂、砂。もう三週間はこの光景ばかりで、流石に見飽きてしまった。
しかし、砂嵐さえ起きなければそこは見晴らしいの良い場所である。……だからこそ、岩陰に倒れていた少女も発見されたのだが。世の中、本当に運が強いやつはいるのだ。
「きっとあなたはいい人。私を助けてくれたんですもの」
例の少女は目を覚ますなりこの一言。そんな穏やかな口調の少女は、何故たった一人で砂漠にいたのだろうか。色々な事をレイモンドは聞き出せずにいた。
あくまでレイモンドはキャラバン隊の護衛として雇われているため、休憩時間であっても神経は尖らせ、周囲に注意を払いながら過ごす。賊も獣もこちらの都合お構いなしに襲いかかって来るからである。
いつものようにレイモンドが見張りにキャンプの簡易なテントから出る時、何を思ってか少女も一緒に這い出てきた。本当は連れ出したくはなかったが、今は大人しく隣で岩塩の欠片をいじっている。
少女と二人きり、何を話していいか全く分からないのだが、そういう訳にもいかない。成り行きで助けてしまったが、得体の知れない少女が訳有りだった場合、面倒な事になるのは火を見るより明らかなのだから。
「俺はレイモンド。今はこのキャラバンの雇われ護衛をしている。その護衛にお前は拾われたんだ」
拾われた、と意地悪く言い直したが少女に動じた様子はない。しばらくの沈黙の後少女は手元の岩塩の欠片を陽に透かして、レイモンドに微笑んだ。
「……それより、何をしている」
「ほら、綺麗ですよ。白くて透けていて……こんな綺麗な石、見た事ありません。何というのですか?」
「塩、だ。見た事無いのか?」
暫し少女は首をかしげ、レイモンドの顔と塩を見比べながら頷いた。正直驚いた。砂漠を旅する時には、水と食料はもちろん塩は必需品である。いや、旅に生きるものでなくとも塩を見たことはあるはずである。
「塩、は文献でなら知っています。……やっぱり、見たことないです」
「……そうか」
レイモンドが少女の方を初めて向いたが、今は岩塩の欠片に夢中のようだ。一番暑い時には、熱気で視界が揺れるもの。少女の横顔は、聖女の石像に見えなくもない。
風にはためくローブ。その下には、絹の腰帯がちらりと見える。ローブの袖から見え隠れする白い手首に、見た事もない石がはめ込まれた、幾重にも連なる腕環。牛革の丈夫な靴とその足首の金のアンクレットは、相当手が込んでいて高価な物だと一目でわかる。端正な顔立ちに良く映える焦げ茶の目。長い黒髪は日を受けて砂漠の砂と同じくらいに艶めいた。
こうして良く見れば少女は高貴な旅装をしている。それも、レイモンドの様な雇われ護衛には手が届かないような高価な装飾品ばかりだ。同時に、少女の服装は砂漠を渡るには不向きである。一体どこから来たのか。今までの会話のから レイモンドは長期戦覚悟で一つ塩をかじった。
沈黙の後、聖女の石像が唐突に話し出した。訳もなくレイモンドはドキリとした。……なにを。俺はこんな少女に緊張しているのか?
「それと、一つお聞きしたい事が……」
「何だ?」
「レイモンド様達は何処へ向かっているのでしょうか」
少女は真剣な顔である。この返答次第では、少女はまた一人旅を続ける羽目になるからだ。またはどこかに売り飛ばされて一人旅より辛い状況になりかねない。レイモンドもつられて真剣な表情になってしまった事を、隣で休む隊員がひそかに笑っている事はこの際気にしない。
「ここは、アナトリアン。見ての通り砂漠だ。このキャラバンは、此処から東に位置する砂漠の町、ナバールへ向かう途中だ。……幸い顔は上々だからな。良かったな」
「レイモンド様がその様な方ではないとわかっています」
……敵わない。そんな言葉をちょっとした笑顔を添えて言われては、男なら次の言葉に詰まってしまう。しかし敵わない相手と分かって尻尾を巻くようでは、護衛は務まらない。相手に不足なしともう一言。
「ナバールに着いたら、お前はキャラバンの誰かが買い取るかもしれない」
その気は無いのは素直にレイモンドの顔に出ているかもしれないが、追撃はしてみるものだ。しかし--------
「私の知る限り、恩人には恩返しをせよと女神は教えておられます。売られてしまっては受けた恩を返しきれない」
そんな言葉をサラリと言ってのけるような少女をレイモンドは知らない。いや、レイモンドが思う以上の賢さの表れか。次なる言葉が見つからず、少々男としてどうだろうかと疑問を持ったところで年上の男が割り込んできた。人生も半分をとっくに過ぎた大人から見れば、レイモンドと少女のやり取りは酒の肴に犬も食えないほど初々しいのだろう。やたら口元が意地悪ににやけているのが気になった。
「日が傾いたらすぐに出発だ。夜は冷えるからな、準備しとけよ」
レイモンドは、暑さを凌ぐ為に掘った穴の段差に寄りかかり空を見上げた。こんな砂漠でもほんの数十センチ掘るだけで体感温度が桁違いだ。こうした知識一つ有るか無いかで旅は左右される事が往々にしてある。もちろん、それは旅以外でも。レイモンドが学んだ事の一つでもある。
見上げた空にまともに目を開けられなかったが、ここから数時間で日差しは弱まるだろう。砂漠の夜は昼間と比べて悪戯に気温が下がる。
右も左も同じような砂丘と風と少しの植物の風景。それが月明かりの下ではその印象が変わり、迷いやすい。死の砂漠とは良く言ったものだと一人感心する。そんな夜を少女は一人でどう過ごしてきたのだろうかとレイモンドは考えた。
チラリと少女の方を向けば例の少女はそれに気付き、塩を舐めた後に、締め括りとばかりに一つ笑いながら。
「レイモンド様に拾われて、良かったです」
レイモンドは完敗ですとばかりに肩をすくめた。この言葉に返す上手い文句をレイモンドは知らないし、恥ずかしすぎて言えない。口の中が少ししょっぱいように感じるのは塩の所為だと思ってしまいたい。
そんな事を見越してか少女は悪戯な笑顔と共に言ってのけるのだから、喰えない奴だとレイモンドはもう一度空を見上げた。