ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: いつだって、そうだった ( No.14 )
- 日時: 2014/05/31 01:15
- 名前: 苺大福 (ID: U0ZlR98r)
【参照100突破記念】
200なのに今更ですいません。
全く意味の無い内容の短編にしようかと思いましたが、やっぱり本編に添わせる事にしました。
その名も-------レイモンド・グランスのそれまで
本編が始まるちょっと前です。では長々と失礼しました。
*
起きているのか寝ているのか。まだ夢を見ているような少し気だるい早朝。
目覚めてもそこにあるのは一重に同じ。けれど、この世に不変など無いと俺は知っている。一見同じだが、少しずつ日々は違うし、小さな変化が何時の間にか大きな変化になっていたりする事が往々にしてある。今見える空も石も。形ある物、いつか壊れると誰が言ったんだったか?
一体、この世に何を期待する? 何を求める?
一つ依頼をこなすと、いつもそんな事を考えてしまう。目の前の依頼主とは金で繋がっているだけの関係でしかなく、誰かにこの問いを聞いてもらう事は無い。今の俺に腰を並べる友はいない。そんな事実は色を失った今の俺の生活にあまりに当てはまる。
傍に片時も離さず置いている物がペンから剣に変わったあの日に。商人になりたいと夢見た俺が懐かしくて。雇う側であった未来の自分はいつしか幻影となり、気が付けばあの時から俺の時間は止まってしまった。
変わらない、変われない。味気無い今を生きる、自分の為に生きている。それは……生きていると言えるのだろうか?
そろそろ、約束の時間だ。----------出掛けるか。
*
差し出した手に落とされた報酬が少しばかり契約と違うので異論を唱えようと歩み寄った。大胆に値切ったもんだと毎度、感想を抱かざるを得ない。
「これはどういう事だ?」
「……はてさていかがしたかな?」
「とぼけるな。契約と違うだろう」
「おやおや、初めの契約で一般 銅貨30枚でしてそこから……」
「いや、違うな。初めは33だ」
「ははは。それはさておき、道中賊に襲われましたでしょう?」
「それがどうした。ちゃんと命も商品も助かっているじゃないか」
「それが、一つ助からなかった」
「? だってあんたはあの時全部無事だと」
「時間ですよ」
ふざけているのかと怒鳴りたかった。腰にある長剣の柄に伸ばし掛けた手を辛うじて止める。が、音を立てるほど握り拳を作って堪える。レイモンドは杏子色の髪を鬱陶しそうに軽く振って誤魔化したが、商人の顔は更に嫌な笑顔でしわを深めた。
「『時は金なり』という言葉はご存知でしょう?」
「……何が言いたい」
「商品は無事だった。しかし、予想以上に時間が掛かっています」
「俺は商品と命を守る事を契約した。時間は含まれていないっ」
「いえいえ。私達にとって早い商売は一つの売りでもあります。……ですが、成功報酬として間を取りまして--------」
*
今レイモンドの懐には銅貨31枚が入っている。商人達は時に強引に、陰湿に、しかもしつこく値切り交渉をしてみせたり恫喝を交えたりする。その横暴で理不尽な理屈に、驚きを通り越して飽きれてしまう時もあった。
よほど憲兵より肝がすわっている厄介な連中だ。
「はぁ……」
人混みと気温が最もピークであるアドミナの商業地区にて、次の契約もとい護衛依頼の時に必要な物を揃える為に、隙間を埋め尽くすような露店を渡るが、人混みというのは下手に運動するより疲れることもある。
朝の出来事と合わせて、体中に鉛をくくられたかのような体を引き擦るように歩いていた。酷く疲れたので宿に戻りたいところだが、準備を怠る事は出来ない。
もう少し人がいなくなってから……という考えもあったが、この様子では甘い考えは捨てた方が良さそうだ。
アドミナの町は規模としては小さい部類で、その割に人口が多い。全体的に密集した感想を持つが、特に、商業地区は狭い土地を割いて開放的であることが特徴だ。どの建物も窓にガラスは無く、多くは砂岩を削り出して建てられるといった伝統的な様式がこの町には多く残されている。こじんまりとした、しかし個性的な町ともいえよう。
万人に開かれた商業地区は活気付いていて、それと関係してなのか、この町に住む人々も大らかな人が多いように思う。人混みは難儀するが、住んでみればきっと良い町だろう。
そんなアドミナの商業地区にて盛大にため息をついてしまうのは今朝の値引きの件についてだ。今回の仕事は食料や武具、生活用品を買い足して銅貨32枚掛かってしまった。先程の交渉から考えれば損となる。レイモンドは仕事をして損を拵えたマヌケである。
休む暇もなく次の契約を結んできたが、次こそ儲けねば明日買う物にさえ困る生活に陥りかねない。そんな生活を続けるにも限界が来るだろう。子供にだってわかる事だ。そして、時と運が悪ければ腕一本、足の一つで済んで良かったという事態になってしまう事だってある。そうなれば目も当てられない。
「はぁ……」
剣を振っているだけでは金は貯まらない。世知辛いと言えば良いのか……剣と体を使うだけでなく、どうやらレイモンドは頭も使わなければならないようだ。
今日何度目か分からないため息をもうひとつ、青い空に溶かす。
自然と漏れてしまうため息に、すれ違った婦人が怪訝そうに振り返った。レイモンドは少し思い改め、朝の事は今更どうしようもないと割り切る事にした。傭兵は切り替えが大切だ……いつしか同じ庸兵団だった親友(戦友?)の言葉だ。
--------なにより、こんなにも天気の良い陽気なアドミナの町で暗い顔は似合わない。
そう思って空を仰げば、砂埃と熱気の向こうに海の青さが広がっていた。白い波一つない随分と穏やかな、それでいて眩しい海がある。
海を越えて、商人になってまだ見ぬ彼方へ--------と夢を見ていたかつての自分を思い出す。あの頃のレイモンドは今にして思えば幸せだった。そして子供だった。将来への期待をしていた無垢な自分はいつの間にか消えてしまったと気付いた時、商人になると言う夢は捨てた。
今更悲しいとは思わないが、あの瞬間を思い出すだけで虚無感と喪失感に押し潰されそうになった。それを乗り越えて剣を取った。いや、乗り越えるべく剣を取ったのか。
ハ、 と吐息を小さくこぼしてレイモンドは目当ての品を探そうと人混みに滑り込む。
もう、将来ばかりに目を向けるレイモンドは居ないのだ。目の前の現実は変わり映え無い。きっと次の旅も変わらぬ日々の一つに過ぎないだろう。何度も往復し、コツコツ貯めた金で船に乗ろう……いつか、いつか。
海を渡って、ここではないどこかに……そんな浮足立った考えに、我ながら苦笑を滲ませ、依頼先の紙を無造作に取りだした。
……さて次の護衛先は……ナバールだったか。
一つの奇石が投せられた。波紋をつくり、彼、レイモンド・グランスの運命を大きく揺り動かしていく----------