ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 生ける屍 ( No.128 )
- 日時: 2010/10/08 21:31
- 名前: メルー (ID: oKHf8B3C)
【第26話】
「…分かった…」
沖野が小さな声で言い、バスのアクセルを踏む。
「「……」」
誰も何も喋らない。
バスのエンジン音と目の前に立つ狂人を撥ねる音だけが妙に大きく響く。
半田の目の前にバスを停めても誰も何も言わない。
ただ 俺の動きを見守るだけ。
—— 助けるのか 助けないのか ——
半田が目の前に止まった俺達の乗るバスのドアに近寄る。
「助けに来てくれたのか?!」
そして 笑顔でドアを開ける。
「?!」
いや 開かない。
俺が先に鍵を掛けたのだ。
半田はドアを開けようと力を入れるが、ドアは開かない。
「おい!早く開けてくれ!!」
開けるのを諦めて 今度はドア越しに目の前に立つ 俺 に話しかける。
「……」
「おい!!」
俺が黙っていると、半田はドアのガラスを殴る。
もちろん 割れたりはしない。
「早くしろ!!」
今度は蹴り。
しかし 車のガラスというのは中からは割れやすくても外からは中々割れないのだ。
「頼む!開けてくれ!」
半田がガラスを割れないと分かると、今度は懇願し始めた。
膝を地面に着けて、下から俺を見上げる半田の顔。
蹴り飛ばしたいくらいだ。
「……」
だが 俺はまだ沈黙を破らない。
「頼むよ!俺はまだ死にたくないんだ!」
「……」
今度は涙まで流し始めた。
同時に後ろで舌打ちが聞こえる。
多分 如月先輩だろう。
俺はため息を小さくついて沈黙を破る。
「先生……何でさっき俺達を捨てたんですか?」
「?!」
半田が驚いた様な表情を見せる。
演技だ。
俺はすぐに分かった。
「み、見捨てた?違う!あれは俺が囮になって、お前等が」
「嘘は止めてくれ!」
「え?」
半田の顔が引き攣(つ)る。
「俺が聞きたいのは 真実 だけ。お前の嘘なんて…聞きたくない!」
「う、嘘じゃない!俺は安全を確認する為に一番に降りたんだ!」
「……本気か?」
「あぁ。ここに誓う。俺はお前等生徒を囮なんかにしてない。」
「……そうか。分かったよ。」
俺は小さな笑顔を半田に向ける。
半田の顔も笑顔になる。
「わ、分かってくれたか?」
「分かったよ、…先生。」
「なら、早くこのドアの鍵を開けてくれないか?」
半田が周りを気にしながら言う。
俺は笑顔のまま言う。
「無理だ。」
「え?」
また 半田が驚いた顔をする。
だが 今回は演技ではない。
本当に驚いているんだ。
俺は笑顔を一変させる。
怒り と 哀れみ に。
「先生……お前はやっぱり助けられない。」
「何でだ?!」
「お前は最後まで真実を言わなかった。」
「真実ならさっき」
「さっきのは 綺麗な嘘 。俺が聞きたかったのは 醜い真実 。」
「…醜い…真実…?」
「お前が素直に俺達を見捨てたと認め、謝れば……俺はお前を助けるつもりだったよ。」
「そう言わずに…頼むから…」
半田がまた泣き出す。
俺は そんな半田に
「お前は死ぬしかないよ。」
止めを刺した。
「ァァァ…ァアア」
狂人が半田との距離をどんどん詰める。
半田は叫ぶ。
「く、来るなっ!!」
腕を振り回して牽制もする。
だが 無駄だった。
後ろから近づいた狂人の一体が半田の首筋に歯を立てる。
半田は大きな悲鳴を上げて倒れ、次々に寄って来る狂人の餌食になった。
死んだな。
俺はそれを見届けてから沖野に言う。
「ここから早く出よう。」
「…分かった…」
沖野は さっきと同じ様に小さな声で言い、バスのアクセルを踏む。
そして 鍵の掛かった校門へバスで突っ込む。
—— バンッ! ——
大きな音と衝撃と共に俺達七人が乗ったバスは校門を破り
学園から脱出した。
—— 気付けば空の色は 青 から 朱 に変わっている ——