ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 音符的スタッカート!【KANKA*な私中】 ( No.102 )
- 日時: 2011/08/11 10:59
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
- 参照: 一族滅亡☆キック
頭を上げると、首からべきりと何かが折れるような音がした。握り締めた拳はふるふると震えた。怒鳴りたい衝動を、悲しみを必死に抑えていた。
泣きそうだと分かりながらも、私は彼女の好意を否定する言葉を吐いた。
『私、一人ぼっちとか、やだよ。だって、私が一人ぼっちだったの、すごく嫌だった、し』
涼ちゃんの驚いた顔が、今でも脳裏にこびり付いて離れない。
えみちゃんなんて嫌いだと、涼ちゃんと一緒にいたいと大声で言えばよかったのだ。私も涼ちゃんたちとえみちゃんを無視して、その様子を嘲笑っていればよかったのだ。
だけど私の中の正義感……いや、ただ“彼女たちのやろうとしていることはおかしい”という認識が、私の過去の記憶を呼び起した。
涼ちゃんと、全く関係が無かった頃の——一人ぼっちでボールを片付けていた、あの時の自分を。
『だから……ごめん、ね』
一人ぼっちは嫌だ。たとえ孤独に慣れている人間でも、ちっとも嫌だと思わないなんてことはないと思う。実際に一人だった私はその苦しみを味わっている。いじめられた経験こそ無くても、無視されるという行為がどれだけ嫌か、どれだけ学校に来にくくなるかを私は知っている。
でも、加害者である彼らは知らない。平気で人を傷つけて、平気で自分の日常を堪能する。他人を犠牲にしてまで優先する欲に、体をまみれさせながら。
『本当に、ごめんなさい……』
これが最悪の道だと、八千代坂涼を傷つけてしまう選択だと知りつつも。
でも、私は選択した。
『私、涼ちゃんと一緒にいられないよ……』
そうして私は、彼女を突き放した。
*
「…………ぷあ?」
寝起きで焦点の定まらない瞳は、高い天井をうつした。天井の染みが人の顔のように見える。日常ではまじまじと見ることのなかったそれが、薄暗い部屋の中では際立って見えた。にたり、と笑っているような染みは私の背筋を冷たくさせた。怖い。一人きりの部屋は薄暗いから、普段よりも怖さがアップしている。
「ふぁー……変な夢、みたかも……しれない」
寝起きのせいか、かなり間抜けな声をあげて起きたような気がする。だるい体を起こすと、嫌でも机の上に広げた数学が目に入ってきて——そこで、やっと夢の世界から現実へ戻ってきたんだと実感した。
さっきまでリアル過ぎる夢を見ていたせいで、現実との境が曖昧になっているのかもしれない。
(首、ぐきぐきするわー)
疲れたから仮眠をとっているのは正解だったっぽい。片手を蛍光灯の光をかざしてみると、鉛筆の粉が手の側面にべっとりと。シャーペン使ったのに鉛筆の粉付くなんて何かおかしいような気がする。いや、当たり前なんだけど。
エアコンが効き過ぎているのか、妙に室内が暑い。温かい空気のせいで脳みそまで浸食されてる。頭が熱を持っていて、少し頭痛がした。
後、乾いた空気の中寝ていたので喉がかさかさする。唾液だけ分泌されてるのが気持ち悪い。
「……コンビニ、行こう」
思い立ったが吉日。ベッドに寝転がったまま、財布と携帯を手探りで探す。すぐに見つけたからラッキーだった。一応、近くにあるコートを羽織っておく。
ずるずるとトラウマを抱えて、私はびゅうびゅうと冬風の吹く外へと飛び出していった。
*
外は思いのほか寒かった。午前中にクラブがあったので服装は制服、上にチョコレート色のコート。冬用の制服だから防寒スキルは高いんだろうけど、この烈風の中じゃまだ寒い。マフラーも追加すれば良かったと後悔して、びゅうびゅうと吹きすざむ風の中重い足を引きずるように歩いた。風が前から後ろへ吹くたびにコートがはためいて、むき出しの太ももが裂かれたように痛む。
「さっむ……」
——呟いてもどうにもならないのに何言ってんですか。
自分で自分に厳しく告げてみる。コンビニと私の家の距離はたいしたものじゃないから、ちょっと我慢すれば良いだけなんだろうけど。地球温暖化と政府が謳っている割には、冬の寒さは毎年ひどくなっている。ぐずぐずと鼻水をすすると、喉の奥がつんとした。乾いた冷気にさらされた唇を噛むと、ぴきりと音がして、たらりと口の端に何かが垂れる。唇を切ったっぽい。舐めると鉄の味がした。
リップも塗れば良かった。マフラーも巻けば良かった。過去の自分を振り返ってみても、後悔しか見当たんない。さっきのトラウマだってそうだ。
「結局、涼ちゃんとは気まずくて話せなくなったしー。えみちゃんは私の居場所堂々とかすめとって涼ちゃんと和解して仲良くなっちゃったしー。私はバスケ部から転部をせざるを得なくなりましたしー。あぁぁぁぁあああーほんっと——」
——損なこと、ばっかりじゃないか。
道路には、風が荒れているせいか人一人いない。私はいるけど。だから、思い切り不満を口に出してみる。まるで、どこかの小説みたいなストーリーだった。呆れたように笑うと、掲示版に貼っている色褪せたポスターのキャラクターと目があった。隣に生えている木は、ぐつぐつ煮詰めた煮物みたいな色をしていて、もうちょっと風が強ければ枯れそうな印象を受ける。
「…………ほんっと、後悔だな」
- KANKA*な私7 ( No.103 )
- 日時: 2011/08/13 23:21
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
- 参照: 一族滅亡☆キック
涼ちゃんに、一緒に居られないということを告げた後。
彼女は一言だけ、言った。私じゃなくて桐島さんを選ぶんだね、と。選んだつもりは毛頭なかったんだけど、涼ちゃんにとっては自分は切り捨てられたのと同じらしかった。
次の日から、私と涼ちゃんは全然喋らなくなった。喋らない、じゃない。喋られないってのが正しいけど。えみちゃんは私の様子——涼ちゃんと気まずくなった私を喜んでいた。自分を選んでくれたと勘違いして。
「私があんたを選んだのは——ただ、自分の正義感を貫きたかっただけなのに。そこには、友情も愛情も、何ひとつなかった、のに」
えみちゃんと涼ちゃんの仲は、私がどちらかにつくことによってだんだんと鎮火していった。……私が選択したら、もっと早くに二人の仲は改善されていたんだと遠まわしに言われてるみたいだった。
えみちゃんと涼ちゃんの仲が良くなるにつれて、クラブ内の雰囲気も良くなっていった。先輩達はえみちゃんに対してまだ少し距離を置いていたけど、きつい対処はとらなくなっていた。えみちゃんもえみちゃんで、先輩に対しての態度が良くなった。
でも、その代償に私の環境は悪くなっていった。
まず、えみちゃんが涼ちゃんの隣によくいるようになった。クラブに行くことが苦痛に感じ始めた頃に、私はその光景をよく目にするようになった。
(二人は確か、お互いに嫌い合っていたはずだ。えみちゃんなんか、特に。何で、何で嫌いだって言ったのに、私がいなくなったら涼ちゃんのとこにいるんだよ)
違和感を感じてはいたけど、笑顔のえみちゃんには言い出せなかった。えみちゃんは私と涼ちゃんがどうなったかを知っているくせに、嬉しそうに彼女と喋ったことを私に語った。
私は一応、涼ちゃん以外の子と話していたけど、その子たちも私と涼ちゃんの仲がどうかを察していたらしい。いくら会話をしていても、微妙な雰囲気だった。私は違和感を感じる日常を過ごしながら——やがて、ぼんやりとわかった。
(あぁ、そっか。えみちゃんは、涼ちゃんの隣っていう私の居場所を——奪ったのか)
しばらくは、絶望の毎日だった。でも時間は私の個人的事情に関係なく、ゆるやかに過ぎてゆく。えみちゃんは私より涼ちゃんと多くいるようになり、私はクラブ内で一人になる回数が増えていった。
居心地の悪さを、唇を噛みしめることで、泣きそうになりながら耐えていた。唯一ありがたかったのは、涼ちゃんと仲が悪くなったからといって、彼女のおかげで出来た友達の態度は変わらなかったことか。
今となっては良かったと感じるけど、涼ちゃんとえみちゃんは同じクラス。私は別のクラスだったので、何とか顔を合わせずに済んだ。
そして、同じクラス内で仲が良い友達は彼女のおかげで多かったので、クラスでは笑顔で過ごすことができていた。
「……てか、顔合わせたらえみちゃんに殴りかかりそうだったからなぁ。涼ちゃんとは目も合わせられなかったし」
クラスでは希望、クラブでは絶望を味わう、最悪の二ヶ月。ときどき登校拒否になりそうになりながら、でも両親に許してもらえないのはわかっていたから、吐きそうになりながらクラブに臨んで、しかし辛くて堪らなくて大好きなバスケを辞めて————高校生活至上最悪の極み。
そんな中、衣食りりるはあの先輩に出会ったのだ。
(っはは、初めの印象は変な人、だったなぁ……)
たまたま、だった。退部届を顧問の先生に提出するために職員室の前で待機していたら、たまたま。
九月の初め、二学期がまだ始まってまもない頃。茹だるような残暑に体をさらして、額の汗を拭って一息つくと。
目の前に、段ボール星人(詳しくいうと、段ボールを山のように抱えていた。後に話を聞くと、生徒会の手伝いだとかちーちゃんのためさとかほざいていた。日本語キボンヌってこういうことだと思う)が立っていた。
段ボール星人は箱の側面に視界を奪われながらも、私の手元にある退部届を一瞥した。
『退部、すんの?』
『あ……はい、そうです。あの、段ボール持ちましょうか? 何か、いっぱいありますし……』
『段ボールは良いんじゃよ。段ボール好っきゃねん、だからねー。あのさー、転部するつもりはある感じっすか』
『好きなんですか、それはありがた迷惑でしたねすみません。……転部、ですか。出来たらしたいですけど……でも、今の時期じゃクラブの体系固まっちゃってるから、無難に美術部とかの幽霊部員でも……』
『愛してるね、あぁ愛してるさだって箱だもの! ……ふーん、んじゃ、陸上部なんてどうっすか』
『陸、上部?』
陸上部。この高校で初めて耳にした単語だった。これも後日談だけど、学校の陸上部はかなり昔は県の中でも一、二を争う超有名なクラブだったらしい。
でも、だんだんと生徒たちが陸上に興味を示さなくなり、幽霊部員さえいなくなり、新入生も陸上の存在を知らないまま他のクラブに入り——と、破滅の道を辿っていたという。破滅かはどうか知らないけど。
『そうだよん、陸上部。君さ、バスケ部ではちょいとした有名人でしょ。一、年、セイッ! ……なのに、レギュラーにも抜擢されたーとか。見た目可愛いから、バスケのアイドルーきゅぴきゅぴーみたいな』
『その辺は……知りませんでした……』
『だろうねー』
私の言葉にうんうんと頷くダンボール星人。顔は見えないけど、きっとどや顔してるんだろうなと理解。
段ボール星人は、茶色い箱をゆらゆらと危なげに揺らして言葉をつなげた。
『あんな楽しくないよーなとこにいたら、外のことなんて全然分かんなくなるよよね』
『…………え、あれ。元バスケ部ですか?』
『うんにゃ。こちとら現役女子高生および現役文芸部ですことよおほほ。……いやーね、単純に噂だよ。最近、女子のバスケ部の雰囲気が悪いって』
『っ』
君のことじゃないの? ……言外にそう告げられているような気がして、私は息を呑んだ。ねばっこい熱風だけが、喉を焼く。
黙りこんだ私に向かって段ボール星人が————いや、段ボールが地面へと置かれた。危ういバランスを保つそれを地面へと置いて一息。そして一言。
『うーんとさ。……わざわざそんな二酸化炭素だらけで呼吸しにくいとこでさぁ、一生懸命酸素求めて、自分に厳しくしなくて良いじゃん?』
そうして、彼女は私に一枚の紙を手渡した。
『だからー。陸上部で思い切り気持ちいー風浴びてさ、酸素取り込んでいこうぜ!』
『……い、意味分かんないです……』
意味が分からないと言いながらも、陸上部への入部届けを受け取ってしまった自分が、そこにいた。
- KANKA*な私8 ( No.104 )
- 日時: 2011/08/14 16:36
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
- 参照: 蛇足だと思ったけれどどうしても付け加えたかった
*
「らっしゃーせー」という店員のやる気のなさそうな出迎えを片耳で受け止めて自動ドアをくぐる。すると、外気にさらされて冷たくなった私の頬を温風が撫でた。
ついつい頬に温かい何かしらが付着しているような気がして、ひやりとした指先で頬をなぞった。案の定何もついていなかったから、歩みを止めることもなく飲料コーナーへと進んでいく。
田舎の方のコンビニ、更に季節が季節のせいで店内はがらがらだった。私の他に二人ほど人気の少ないコンビニの中で暇をもてあましている。さっきの店員と同じようにだらだらとした雰囲気が蔓延していてお客である私を歓迎していないような。
——店長が出てきて、そんで両手を掲げて「ようこそお嬢さァん!」と言われたら、それはそれで嫌だけど。
想像してみると笑いがこみ上げてくる。くすりと笑うと、数少ないお客の内の雑誌コーナーで成人向けの本を堪能していたおじさんと目があった。慌てて口元を引き締め、早歩きで目当てのコーナーへと急ぐ。急に笑うなんて行動は挙動不審という枠にぴったり過ぎる。
(……えーと……何にしよう……)
思案するのは数十秒。制服姿(コート羽織ってるけど)の女子高生が、コンビニの中をうろうろするのは何となく良くない……気がするので商品を選ぶのは早めに。万が一、万引きだと疑われるのも何となく嫌だし。声に出して言われないとしても、妙な視線を向けられるのも困る。
無難にミルクティーを選択、炭酸系も欲しいのでレモン系の爽やかソーダをかごに放り込もうと思い、そこでかごを持っていないことに気付いた。
「あ、かご。かご持ってこなくちゃ」
——つい独り言が出てくるのは、きっとまだ夢の続きだと勘違いしてるせいだ!
かごの存在を忘れていた自分自身に言い訳して、くるっと冷蔵庫にかかとを向ける。自動ドアの入り口のところに、オレンジ色のかごが積んであった。
手をオレンジの取っ手へと伸ばし——外の景色を、顔を上げるついでに見た瞬間。
「……あ」
「…………」
ガラス越しに、八千代坂涼と目が合った。
涼ちゃんは私とは違って長袖のジャージだった。ポニーテールで細身の涼ちゃんには、紺色のジャージが似合う。多分クラブの帰りだろう。
外に吹いている風が吹雪に変わらないと、彼女の表情はあそこまで凍らないと思う。コンビニに入ろうとしていたのか、右足を不自然に出した格好で固まっていた。
瞳が大きく開いていて店内の私へと視線が釘付けだ。風が目に入ると結構痛いというのに、大丈夫なんだろうか。
「えっと、あの……りょ、じゃなくて。や、八千代坂さん……?」
と、空気を読んでいるのか、ここで自動ドアが静かに開いた。冷たい外気が鼻腔を刺す。
涼ちゃんではなく八千代坂さんと言いなおしたのは、私には彼女のことを名前で呼ぶ理由がなくなった気がしたからだ。
私の言葉に涼ちゃんは初め反応しなかったけど、自動ドアが開いたことで気付き、険しい顔つきになった。
やがて——渋い顔をしたまま、涼ちゃんは無言で元来た道を戻り始めた。バスケ部で鍛え上げられたであろう走力を生かして、全速力で。
「…………え、あ、ちょっと、八千代坂さんッ!?」
何故、彼女を傷つけた私はその背中を追おうとしたのだろうか。
涼ちゃんを引き止めようと、同じように走り出そうとする。でも、片手に掴んだかごを店外へ持ち出すのに抵抗を覚えて、私は紺の背中を見つめていることしか出来なかった。
ひゅるりと吹いた風が温かい店内へと入ってくる。自動ドアの前に立ったままの私を、レジの店員さんが迷惑そうに眺めているのが嫌でも分かった。
「っ、ちくしょー…………何でだよ……」
——やはり、私はまだ彼女に許されていないのだ。
実感したその痛みを平然と受け止められる程、私の心は強くは無かった。