ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

KEIKA★な僕3 ( No.110 )
日時: 2011/08/17 09:40
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)







「っておかしいだろうが!」
「あ、起きた」

 起きた反動で思い切り蹴り飛ばしたことにより、羽毛布団が捲りあがった。もこもこのそれが重力に沿って僕の膝元へ落ちるのを、肩で息をしながら見つめる。ぜはーぜはーと肩で息をし、だんだんと現状況を確認していく。
 さっきの状況と変わらず、僕は僕の部屋に居た。当然のように見慣れたベッドの上だ。ベッドの横には、さっきのような少女や金髪美女はいない。その代わりとでもいうように、飛び起きた僕の隣には——

「……何でお前がいんだよ……白場……」
「いや、電話したんだけどなー。つながらなかったから、直に来た」

 ——小学校からずっと同じ道を辿ってきた悪友が、一人座っていた。
 僕が突然起きたことに少し驚いているようだ、持っている本から顔を上げて、目をまん丸にしている。白場を一瞥して、もう一度布団へと視線を落とす。寝汗をかいたせいか首筋に嫌なべとつきを感じた。とりあえず服を着替えようとベッドから思い腰を上げてみた。着替えのシャツを選ぶ際に、未だこの部屋の主に謝りもせずに堂々と居座り続けている白場いつきを睨む。

「てか、何でお前いんの。お前も小説、今一番大変な時じゃねーの?」
「あー良いの良いの。終わったから」
「ふーん。…………あー、変な夢見た」

 適当に衣服を見繕い、気を使う理由もない友人を前にじっとりとしたシャツを脱ぐ。新しいシャツから頭を出して「ぷはぁ」と息を洩らすと、友人は本に向けていた視線をちらりとこちらに寄せ、また本に戻した。うわー、何こいつ。人ん家着て本読むかよふつー。
 ——ま、そんなに面白い本なのかなーっと。
 僕と同じように小説家であるこいつが読む本とは何だろうか。好奇心に誘われて、真面目に本を前にする白場の横から内容を盗み見る。
 白場が読んでいるページでは、金髪ミニスカナースで黒網タイツの女性が、魅惑的なポーズをとっていた。

「お前が主犯か!」
「うわっ、何だよ……静かに本を読む文学青年を驚かすとかお前……趣味わりぃな」
「とりあえずお前のどこが文学青年だ! 青年のせいの字が性別の性だろうが! てかお前その本どうしたんだよ!」
「あー、っとな……。自宅だと彼女にバレるから、お前のところに……」
「はぁ? 隠しに来たのかよ」
「いや、売りに来た。一冊千円」
「余計たち悪いわ! てか高ぇよ!」

 ——何でこいつと喋ると、すぐにボ.ケとツッコミの応酬が始まるんだろう……。
 げんなりしながらベッドの方を見やる。すると、何かピンクちっくな本(肌色面積が異様に多い)が枕元やら羽毛布団の上に雑多にばら撒かれていた。本は僕の頭部に当たる位置にもばら撒かれており、何故僕があんな変な夢を見たのかを納得させる。頭の辺りには、幼い少女がリコーダーをくわえているようないかがわしげなそっち系の本が一冊、SM関係の本が一冊ずつあった。他にも同じ系統の本はあり、僕のベッドが桃色に彩られるほど種類と数は多い。

「お前……この種類の多いエ口本どうしたの……てか何でこんな多いの」
「いやー、お前も俺と同じように小説一本書き上げたってお前の彼女から聞いたから? たまたま家入ってきたら寝てたから、起こそうかと思って顔の上どんどん置いてたって訳だよ」
「理由になっとらんわ!」

 膝元に広がっている幼女とSMナース(さっきの夢に出てきた子たち。何かポーズが卑猥である)を叩き落として抗議する。僕の言葉に白場は口を尖らした。言っておくが大の男が口尖らせても気持ち悪さしか上昇しない。気持ち悪さうなぎのぼり。何て嫌な言葉だ。

「だからお前の気ぃ楽にさせてやろうかと思ったんだけど——あいにく、趣味が分からなくてな。小学校からの付き合いとしてお前のことが理解できなかったってことは、不覚の事態だった。お前の満足する種類のものを用意できなかっただなんて、俺はお前のマニアック度を侮っていた——本当に……すまん。許して欲しい……っ」
「あのね白場。今ここで謝るべきことはけして本の種類とかジャンルについてじゃないんだ。とりあえず顔上げろよそして一発殴らせてくれよ。頼むからそういう感動的な謝り方は青春時代、僕に迷惑かけた時にやって欲しかったぜ」
「……はぁ、お前ほんッとーにあの漆原の雅ちゃん以外には手厳しいなぁ」

 簡単に真剣な雰囲気から不満そうな顔になった白場を横目に、僕はぐちゃぐちゃに広げられた本の回収に努め始めた。
 幼女にSMナース、水着にバニー、女子高生などバリエーションは豊富だ。一体こいつはどれだけの嗜好を持ち合わせているのだろうと疑問に思う。数も多いということはその……肌色を大胆に露出させている女性も多いわけで。彼女がいるので僕は不必要だけど、何となく真正面から見ることがためらわれる。気恥ずかしい、というのも一因だ。
 何冊ものエ口本を拾っていくことへのやるせなさを消しさるために、成人向けの本を斜め読みしている白場に質問をする。

「お前のせいで僕、こういうナースとか女の子が出てくる夢見たんだけどさぁ……もっと良い感じの、っていうか。まともな奴、無かったわけ? 幼女とこんなおねーさんって間逆のタイプじゃん。お前どんだけ守備範囲広いの」
「だから言ったろ。お前起こす為に色々載せてみた、って。お前が目ぇ開いたらびっくりすんのが面白ぇんじゃねーか」
「もしも起きなかったら何するつもりだったんだよ……」
「その時はこれを」

 差し出されたのは、いつぞやの彼女が読んでいたボーイズがラブっている桃色世界の代物だった。

「むしろ幼女の方がありがてぇ!!」

 僕の率直な感想に対して白場は何か言うと思いきや、無言だった。
 その代わり、差し出した本を直視しないようにと少し視線を逸らして部屋の隅っこを一瞥した。

「……俺も、お前の部屋の隅に段ボールがあったからさ……菓子か何か入ってるのかと思ったんだよ……」
「段ボールの中身は?」
「こういう本がびっしりだった」
「……………………ごめん…………なさい」

 申し訳なさがこみあげてきて、僕は頭を垂れた。友人は真っ青な顔をして黙ってしまう。おい喋れよ。引くなよ人の彼女に。

KEIKA★な僕4 ( No.111 )
日時: 2011/08/17 16:10
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
参照: 白場=しらば


 白場いつき。こいつを四字熟語で例えると、傍若無人、唯我独尊、自由気ままというところだろう。最後は四字熟語ではなかったけどまぁそこは勘弁して欲しい。
 白場とは小学校から中学高校大学社会人、と全く同じ経歴である。世間的には幼馴染という枠に収められるだろう。
 こいつも僕と同じように小説家で、大人らしい小説を書いている(大人なんだけどね)。ジャンルは僕とは違う意味で幅広くて、グロやホラーから官能小説、はたまた大人の恋愛まで書ききっている。こいつの持つ文章から滲み出るえぐみという奴は、業界では少し有名だ。それについて言及すると、本人は「うっせぇな書きたいように書いてるだけだ畜生」と怒る訳だが。

(今日もいつもに増して……白いな)

 まずこいつを目にした奴は頭を見てぎょっとするだろう。僕はこいつの容姿の変化なんていちいち反応なんかしちゃいないが、高校時代に頭が真っ白になって登校してきた時はこいつの母さんばりにキレた。地毛大事にしろよこの野郎という僕と、白場のうっせぇなハゲてねぇからセーフだというやり取りが一晩中行われたのは今では良い思い出だ。
 脱色された真っ白い髪の毛は、こいつの彼女の好みなのか短めに刈られてつんつんとしている。加えて目つきが狼のように鋭く、獰猛さが溢れているから、ひょろい僕みたいな奴は初対面でドン引きする。睨んでるみたいな視線だからだろうか。そこが女子には「きゃー、ワイルドー」と騒がれる一要因なのだが。モテてんじゃねぇ!

「……んで、今日は何の用だよ」
「さっき言っただろ。お前が賞に応募する小説一本書き上げて、俺も別の仕事で小説一本片付けたわけ。つまり俺もお前も仕事終わって今ハッピーだろ?」
「まぁそうだけど」
「という訳でだな」

 悪友が背後に手を伸ばすと何かを掴み、僕の前へちらつかせる。がたいの良い背中から出てきたのは、僕の好きな銘柄のお酒だった。
 いくら陽気に笑っても目つきの悪さのせいで悪役のような笑いにしか見えない僕の友人は、どこからともなくコップを出して来て、自分と僕の間に置く。

「ま、小説の話でも肴に呑もうぜ?」

 ノーと断る理由が見当たらなかった。






「そんで、お前はアレだ、彼女とどーなんだよー! おい、テメェ因幡ァ! かっこいいアーティストの半分みてーな名前しやがって漢字は違うとか詐欺だろテメェコラァ」
「うっせーな! 酒豪のくせにわざと酔ってるふりして絡んでくんな! 僕の近く寄るな! お前こそ名前の通りに髪の毛脱色して白くなってんじゃねーよキャラ付けかこの野郎!」

 赤らんだ顔をしている白場に怒りを飛ばす。酒を含むとこいつも僕も顔が赤くなる性質だけど、実際にはちょっとしか酔っていない。昔からの親友だからこそ、お互いにどれぐらい飲めば酔うのかということは把握しているつもりだ。
 ——その点でいえば、こいつはまだ全ッ然酔ってないけどな。ザルだし!

「頭のことは今関係ねぇだろうが! お前は何で俺の髪について俺のおかんばりにしつこく言ってくんだ、しつこい男は漆原雅に嫌われるぜ!」
「何で彼女だけピンポイントで攻めてくんだよ! 僕が名前について気にしてるって知ってるくせにお前はお前のこと言われたらキレるとか何なの馬鹿なの死ねよ!」
「お前最後ネタ言ってるふりして実は俺に対する願望言ってるだろうが!」
「悪いかこの脱色えぐみ駄小説家!」
「うっせぇなこの童貞ゴミ小説家!」

 二人で散々言い合った後に、さめざめと泣いたのは内緒である。お互いに。
 簡単に酒盛りをやろうと提案したくせに、時間はもう午後九時。白場がやってきたのは午後三時頃だったから、もう六時間近く酒を呑んでいることになる。軽いという意味が僕ら社会人には通用しないらしい。大人になったのに、時間を守らないとこや悪口を言い合うとこはこいつも僕も子供っぽい。うぅ、大人っぽい彼女との違いを自覚してしまってちょっとショック、かも。

「……何お前、涙目なってんの? うわー、二十代半ばの男の涙目とかどこに需要あんだよ」
「うっせーな! てめーが彼女について言ってくるから、彼女のことについて色々不安になってきたんだっつーの! デリケートに扱え僕のガラスのハート!」
「ブロウクンッ!!」
「べへらっ!?」

 視界がぐるぐると回転し、やがてふらつきながらも見慣れたフローリングの床へと落ち付く。
 頬に鈍い痛みが奔るあたり、どうやら白場に殴られたらしい。何で殴られたし。突然倒れこんだせいか胃の中の酒類がたぽんと音を発した。気持ち悪さが体内から触手を伸ばして、喉を伝って外へと出ようと活け気づいた。要は吐きそうになる、うえぇ……。

「な……何で僕……今殴られたんだよド畜生……うぅぷ……」
「ごめん、ノリだわ。で? 漆原の雅ちゃんとのきゃっきゃうふふ生活がどうしたって?」
「ノリで殴んなよ! ……ぅぷ。……てか、きゃっきゃうふふとか……言ってねー……」
「まぁまぁ、殴ったことは謝んから。とりあえず話してみろよ。俺、超カリスマ編集者としての漆原雅についてはよく知ってるけどよー。誰かの女としての漆原雅は知らねーんだわ。しかも付き合ってる相手がお前みたいな腑抜け野郎だったら、めちゃくちゃ面白い展開じゃねーか。美人てきぱき編集者とどこぞの馬の骨ともわからん若輩小説家——うん、下手な小説のサブタイっぽいな。酒の肴ついでだ、話せ」

 一応殴ったことと僕の涙目に気遣ってくれているのか、「ほらよ」とコップを口元に押しつけられた。中には水が入っていて、ひやりと唇に冷たさを感じる。喉元にたまる不快感を断ち切ろうと、一気に冷水をあおった。胃にはさらに水の質感を感じるようになったけど、吐き気や不快感が去ってすっきりした。

KEIKA★な僕5 ( No.112 )
日時: 2011/08/18 08:16
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
参照: 戸坂=とさか


 涙の残滓がまだ残っていたけど、自由奔放な態度をとる白場を睨みつけようと顔を上げる。酒もちょうど良い具合なのかにたにたと妙な笑いを浮かべている友人は、片手をひらひらと振るだけで僕に語る権利を無理やり押し付けてきた。畜生、何か悔しい。彼女とのことなんて話したくねー。
 ——けど、彼女に対する不安をぶちまけたい僕もいる訳で。
 崩れた体勢だったので、ちゃんと座り直す。口をついて出てきたのは、あまりに弱過ぎる彼女への。

「……彼女は僕の告白を受けてくれたし、僕の小説家としての力も伸ばしてくれてる。彼女のことは大好きだし、信じたいって思うから、この幸せは噛みしめてるよ。……でも、時々思うんだ。本当に彼女は僕のことが好きで、彼氏にしてくれたのかなって。単に僕がしつこかったから嫌々オーケーしたのか、小説家としての僕を失いたくないからなのか——って。……今回の結婚の約束も、僕の小説が単純に仕事として受け取りたいだけで、ほんとは僕のこと……嫌いなんじゃないのか、って」

 この考えは、今に始まったことじゃない。
 まだ、小説家という重き仕事から逃げてるような若い僕に、仕事を何でもてきぱきこなすカリスマ編集者である彼女。僕らの間のつながりは、彼氏と彼女を抜きにしたら小説家と編集者しか残らない。僕と彼女のつながりはその程度で、しかも好きだとはっきりと告げているのは僕だけ。彼女は「はいはい」と呆れたように笑うのみ。
 僕なんて奴と付き合わなくても、彼女は美人だから僕よりイケメンの男、経済力のある男など好きに選べるだろう。だというのに僕のしつこいアタックを受け入れたのは——僕が小説家で、彼女がいないと小説を書けないって言ったからだろうか。駄目な小説家だから私がついていないと——過保護な母親のような、彼氏と彼女からは離れた、そんな愛情につなぎ止められているから、だろうか?

「お前の結婚の約束について知ってる。雅ちゃんに言われたしな、この前」
「え、まじ? 何て言ってた?」

 ——え、ちょ、何を言ってたんだ!?
 ぴくりと彼女レーダーが反応する。白場は瞳をきらめかせて答えを待つ僕を溜息で迎えると、近くのビールの缶を開けた。

「私みたいなのとの結婚で士気あがってくれるなら嬉しいけどね、だって。そんで……」
「う、嬉しいだって……! そ、それで?」
「…………出来たら、白場君との結婚も————」
「顔を土気色にしてまで続きを言わなくて良いわ畜生っ!」
「んじゃ、それは置いといて、と。それでお前の結婚について詳しく聞いたらなぁ……」

 一旦、白場の言葉が止まる。酒を口にするのかと思いきや、何か考え込むような仕草になった。「……いや、これは言ったらつまんねぇよなぁ……ただでさえいちゃつきカップルなんだから少しぐらい愛の障害って奴を……」と何やらぶつぶつ独り言をほざいている。
 やがて考え込むポーズから普通の姿勢に戻り、あっけんからんと言った。

「ま、良いや。気にするな親友」
「ちょ、良くねぇよ!? こんな時ばっか親友って言葉使うなよ! お前との結婚より僕にとっては彼女の言葉の方が……」
「うっせ、ゲイは散れ」
「はい残念でしたー! お前もネタにされてますぅー! 僕だけじゃないですぅー!」
「だからうるせーっつってんだろ。……てかお前、自分で言って言葉の意味を噛みしめて細々と泣くなよ。俺が苛めてるみてーじゃねぇか」

 ふいっと白場は横を向いて缶に口をつけ、すすった。僕はビールよりもチューハイの方が好きだから、柑橘の豊かな香りと表示されてある缶を一つとり、プルトップに指をかける。
 ……と、そこで白場が横を向いているというよりは、何かを見つめていることに気づいた。無言で何かを見つめる白場の視線を辿ってみると、壁にかかっている高校の時の集合写真に到着した。僕もこいつも同じクラスだったせいか、昔のことを振り返って懐かしく思っているのだろうか。
 何か思い出話のひとつでもすべきか否か、と悩んでいると、白場の方から口を開いた。

「お前さ、俺の彼女について知ってるよな」
「? みつきちゃんのことだろ? みつきちゃん、小学五年生の時に引っ越してきたよな。田舎の僕たちから見たら、都会のお姫様ーって感じで、可愛くて、クラスのアイドルで。……それからずーっと、僕とお前とみつきちゃんで仲良くて。一番の思い出は、よく中学の時に帰り一緒に待ち合わせして、アイス食べながら帰ったことかな。まぁ、お前とみつきちゃんが付き合うってことになったら、僕さすがに気を遣って二人きりにしてあげましたけど?」

 まるで人形みたいに白い肌に、細い手足。薄いピンクに色づいた唇をほのかに動かしておとなしそうに笑う美少女——みつきちゃんこと戸坂みつきちゃんのことを思い出すと、胸が暖かくなる。小学生の時に僕と白場のクラスにやってきた彼女は、中学高校大学続けて仲の良い幼馴染だ。僕と白場とみつきちゃんは、今でもずっと仲良しだ。
 白場とみつきちゃんは、中学生の時に白場から告白したらしく、現在も恋人の関係だ。三人のうち二人が恋仲になると残る一人はハネにされるともっぱらの噂だけど、二人はそこまでお互いにべたべたしなかったので、むしろ僕が二人の仲を心配してたぐらいだ。みつきちゃんに言わせると「恋人も大事だけど、いーちゃんみたいなお友達も重要なんだよ、私には」ということらしい。
 
「初めは、お前とみつきちゃん……白場いつきと戸坂みつきだから、つきの部分が似てるってことで仲良くなって。そこにお前が女と一対一で友達なのは照れるって言ったから、僕も入って。みつきちゃんとか、僕の因幡のいといつきのいが同じだから、いーちゃんって呼んだら二人振り返っちゃうよねって焦りだしてさ? 僕とお前、その言葉に大爆笑して。……結果的にはお前はいつきって名前で呼ばれて、みつきちゃんの彼氏。何か、娘を嫁にやる父親の気分だよな、これって」

 グレープフルーツの香りが甘酸っぱい青春時代の思い出と合っていて、妙にみつきちゃんと話したくなった。……いや、一週間前ぐらいに会ったけど。でも原稿で修羅場中だった僕はあいにく記憶が曖昧だ。「いーちゃん、大丈夫!?」と慌ててコンビニでおにぎりやパンを買ってきてくれたのは覚えてるけど。
 僕が思い出を語っている間、白場は特に口を挟まなかった。普段なら「別にお前のおかげで付き合った訳じゃねぇ」と一喝くるはずなんだけど。
 先ほどまで饒舌だった悪友の様子が可笑しくなってきたので、僕の方も必然的に口数が少なくなる。

KEIKA★な僕6 ( No.113 )
日時: 2011/08/18 08:26
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)

「……みつきと付き合って、もう十年近く経つ」

 のろのろと呟かれたのは、僕のお酒が少なくなってきた辺りだった。
 つまみを摘む指を止めて白場の方を見る。白場はビールの缶を横に置いて、膝を立てて座っていた。

「中学から付き合ってるんだったらさっさと結婚しろ——オカンも親父もなんて実家に戻るとすぐそれだ。昔、同クラスだった奴らも、ふと道端で会うといっつも言われるんだよなぁ……最近、特に」
「え、お前のかーさんそんなこと言うわけ?」
「言う言う。この前とかよ、オカンに『いつきとはいつ結婚するの?』とか訊かれてよ。みつき、顔真っ赤にして……料理中だったから持ってた包丁取りこぼして、床にぶっすり。危ねーっつの」

 思い出して笑えてきたのか、口元がつり上がる。うーん、どこまでも凶悪なその表情に敬礼するしかない。
 「いる?」と手元にあったくんさきを手渡すと、白場はまた手をひらひらさせてやわらかく断った。今気づいたけど、どうやらこいつはザルのくせして酔ってしまっているらしい。口数が減ったのはそのせいか。 普段酔わされる僕(主に白場がビールを押し付けてくる)にとっては、酔うこいつってはかなり珍しい。
 動物園のライオンを見るみたいだ。にやにや笑いと好奇心を隠して、質問を投げかける。

「……んで、本気でいつ結婚すんの? もう十年も付き合ってるんだから、お互いに結婚したいんじゃないの?」
「ダウト」

 ビールを持つ指を駆使して、僕の方に中指を突きつけた。ぐ、と僕は突き出された中指にたじろぐ。
 白場はビールの泡だけをすするように飲んだ。乾いた唇が濡れ、つらつらと続きの言葉が流れ出す。

「お前が一番よく知ってるだろ。……中学三年生の時に、高校になったら離れるかもしれないって焦って告白して、受け入れたような……時間に流されちまうような、亀みたいに動きの遅い俺達だぞ? 今まで——少なくとも俺が告白した瞬間までは、お互いに現在のラインを超えるべきか守るべきか必死だったんだよ」
「それはまぁ……知ってるけどさぁ」

 言われて、少し物思いに耽る。確かに、カップルになったと本人たちの口から聞かされるまで、僕はずっと異性であるみつきちゃんに対しては友達感覚だった。時々、微笑にどきりとしたこともあったし、こいつとみつきちゃんの雰囲気も良いなと考えたことも少なくはない。それでも、こいつらが付き合い始めたことに驚いたのは事実だ。
 「だろ?」と疲れたように喉を震わせると、白場はもう一度、壁にかけてある写真を見た。

「結婚しろ? いつになれば家庭を築くんだ? ……んなこと言われたって。ようやく……十年間かけて、やっと友達から恋人ってとこまで引き上げたのに。……そんで結婚なんての押しつけられても、俺達二人とも固まっちまうんだよ。俺達のお互いを思いやる感情に、結婚っていう枠を当てはめて良いのかがわかんねぇ」
「枠ってお前。結婚ってもっとこう、ほのぼのしたハッピーキラキラ—! ……って感じじゃね? お前ちょっと考え過ぎだろ。小説書き過ぎて脳みそ疲れてんじゃね?」
「…………因幡てめぇ、最後の言葉は俺じゃなかったらぜってー今殴られてるぞ」
「ははっ、当たり前だろ? 何で悪友の白場いつきサマに対して礼儀をわきまえなくちゃならないんだっつーの」
「っは。正論過ぎて笑うしかねーな」
「だろ!」

 にひり、とつまみを噛み過ぎて疲れた頬の筋肉を稼働させて、快活に笑ってみた。胃の中の液体が音を立てて揺れる。
 僕の冗談めいた言葉にこいつは気が緩んだように肩の力を抜いた。苗字の通りに真っ白な髪の毛をくしゃくしゃと掻き立て、「あぁ!」と弱音を吐いていた自分の失態を取り払うように、喉を鳴らして酒をあおる。時計を見るともう午後十時を回っていた。おかしい、もう一時間経ったとでも言うのか神よ。

「あー、もう十時だけど。どうする、今日はうちに泊まるか?」
「そうだな……まぁ、ちょうど眠くなってきたしな。それに酒抜きたいし、シャワー借りるわ」
「おうおう借りろ借りろー! 風呂場に行って驚くなよ……貴様の印税では所詮メリットを越えられまい……!」
「残念、椿派だ」
「な……ナンダッテー!」

KEIKA★な僕7 ( No.114 )
日時: 2011/08/18 18:37
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)

 妙にテンションの高い会話を繰り広げながら、僕は脳みその端っこを使って、さっきの白場の言葉について考えていた。
 ——枠をはめて良いのか……ねぇ。
 脳裏に彼女の笑顔が浮かぶ。出版業界では、仕事が出来て有能さらに美人と褒め言葉しかくっ付かないような彼女。僕みたいな未熟な作家に対しても、自分の信念を貫いて真摯に指導してくれる彼女。才能、魅力、スキルという点では彼女は誰にも引けをとらないだろう。たとえ凡人では無理なものでも、彼女は自身のポリシーだからという単純な理由で全てをこなしてしまう。
 ——だからこそ、こんな僕の彼女でいてくれることが。

「おい、因幡」
「っ!? ……あ、うん、いや、何だよ」

 ——あれ、今僕……何て言おうとしてたっけ?
 ぼんやりとしていたところを、廊下から顔を出す白場によって現実に引き戻される。白場はすっかり通常運転になっていた。眉をひそめて、僕に不機嫌そうに言う。
 ちょっと待ってと持っていた缶を床に避難させて、立ちあがった。どしどしと大股で歩いて行く白場の後を、酒が回ってふらふらする足取りでついていく。

「タオルどこだ。後、石鹸切れてるから新しいの出す、どこにある」
「えっと……タオルはそこの積んでる奴使って。石鹸はたぶん、流しの下」
「そうか、分かった」

 風呂場の前で、白場の質問におろおろと対応する。彼女のことを考えながら行動すると、僕の動きは鈍くなってしまうということを石鹸を床に落としたことで実感した。
 白場がもそもそとシャツを脱ぎ始める。照明が点いた風呂場を後にしながら、僕は考える。日頃、彼女への愛で浸食されている脳みそで、彼女への疑問を。
 ——彼女は、僕のこと……どう思ってるのかな。好き? 嫌い? それとも、ただの小説家? ……最後の答えだと、ちょい切ない。
 本人に訊かないと分からないのに、何をうじうじしてるんだ。お前はいつも彼女に好きだって言ってるじゃないか。いつも通り能天気に聞けばいいだろう。
 ——違うよ、これはいつもの好きとは違うんだ。好きの中に疑問が混ざるなんて、今までなかったよ。
 何言ってんだ。でも圧倒的に好きの方が割合を占めてるだろう? 彼女のことが好きだろう? じゃぁ、無邪気な顔をしていろよ。普段の笹宮因幡らしく、冗談みたいに愛を振りまいてろ。そうすれば彼女の方もお前のことを本気に考えない。
 ——考えないのは嫌だよ、本気で僕のこと、結婚について考えて欲しいよ。このもやもやも、はっきりしたい。いつまでも、こんなあやふやな関係は嫌だよ。
 良いのか? そんな、はっきりした線引きをしようとして。
 そんなことしたら、お前も白場みたいに————……

「彼女を枠にはめることになる、か?」
「ぶっっっ!?」

 口に含んでいたチューハイを思い切り噴き出す。げほげほと床に手をついてむせていると、白場は目つきの悪い瞳を普段以上に歪ませて、転がったチューハイの缶や吐き出された液体を睨んだ。涙目継続中の僕は、どくどくと大きく拍動する心臓を握るように胸に手を当てて、何とか声を絞り出す。

「おま、シャワー……っ!?」
「あん? 浴びてきたっつーの。締切直前の小説家がどれだけ風呂早いか思い知らせてやった」
「…………あぁ、そう……けほ……」

 梅独特の酸味と風味が鼻の粘膜を刺激する。炭酸が気管にこびり付いていているような気がして、僕はしばらくむせていた。
 その間、目の前のこいつは、目を潤ませたままの僕の前で白く濡れた髪の毛を持っているタオルでわしゃわしゃと雑に拭いていた。一言も発さない、白場が酔っていた(と思わされていた)状況を思い出させる、沈黙の時間だった。
 しばらくし、僕の喉を刺激するものが無くなった頃——先に言葉を発したのは、どこまでも悪人顔である僕の友人だった。

「お前、俺の言葉を聞いたからって、漆原雅との結婚の約束を断ろうとか思うなよ」
「あっほー! 何言ってんだ、誰もが羨むラブラブランデブーな美人彼女だぞ? ……誰が、手放すかよ」
「そうか。お前がいつもより更にへなっちょろい顔してるから、てっきり漆原を諦めるかと思った。余計なお世話だったか」

 体格の良いこいつがソファーに座ると、それだけで重圧を感じる。長年の友人だというのに、小学校の時から変わらない。
 その、一見棘しか見当たらないようで、お前の彼女か僕しか分からないような——本当は相手を気遣っている言葉もだ。

「結婚は確かに、それまでの曖昧な恋人たちをはっきりとさせる。それは当然のことだ」

 しみじみと語る白場は、まるで自分のことのように言っていると思う。床に避難させておいた酒はとっくのとうに温くなっていた。こいつの話を聞いていると、みつきちゃんの笑顔を思い出す。きっと、こいつがみつきちゃんのことを想いながら言葉を紡いでいるからだと思う。


「でも、それと引き換えに——本ッ当に温かくて大切な何かを、はっきりと両手に実感出来たりするってのが……結婚、だよな」

 ——そんなに優しそうに笑うんだな、みつきちゃん関係だと。
 笑顔を般若に変える危険性のある言葉を飲み込む。こいつ、ちゃんとみつきちゃんに言ってやれば良いのになぁ。……結婚したい、って。
 遠まわしにのろけられた気がして、僕はあえて軽口を叩いた。

「…………何か、えぐいことに定評のある白場いつきの言葉とは思えないなぁ……。おい、中の人出て来い、中の人!」
「うっせ、因幡カップル」
「お前……因幡とバ.カップルかけたな畜生」
「私の秘書が全てやったことです」
「記憶にございませんとか言ったらのめすからな!?」

 ——結婚しよう、そんで、そんで……!
 結婚という、幸せの門へ辿り着くために。彼女へのもやもやは、とりあえず横に置いておく。
 僕が今考えたいのは、きっと、彼女にこの思いを上手に伝えられる言葉だと思うから。
 そのことに気付かせてくれたこの性悪男には……まぁ、感謝をしないでもない。面と向かって言うのは負けた気がするので、心の片隅でこっそりと。

「よっしー、…………ハッピーエンド、行くぜぇ!」

 小さく決意をしたのは、言うまでもない……よね。



















 そうして、三月の初め。
 僕は、結婚の約束がかかっていたあの賞を、受賞した。