ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- KEIKA★な僕5 ( No.112 )
- 日時: 2011/08/18 08:16
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
- 参照: 戸坂=とさか
涙の残滓がまだ残っていたけど、自由奔放な態度をとる白場を睨みつけようと顔を上げる。酒もちょうど良い具合なのかにたにたと妙な笑いを浮かべている友人は、片手をひらひらと振るだけで僕に語る権利を無理やり押し付けてきた。畜生、何か悔しい。彼女とのことなんて話したくねー。
——けど、彼女に対する不安をぶちまけたい僕もいる訳で。
崩れた体勢だったので、ちゃんと座り直す。口をついて出てきたのは、あまりに弱過ぎる彼女への。
「……彼女は僕の告白を受けてくれたし、僕の小説家としての力も伸ばしてくれてる。彼女のことは大好きだし、信じたいって思うから、この幸せは噛みしめてるよ。……でも、時々思うんだ。本当に彼女は僕のことが好きで、彼氏にしてくれたのかなって。単に僕がしつこかったから嫌々オーケーしたのか、小説家としての僕を失いたくないからなのか——って。……今回の結婚の約束も、僕の小説が単純に仕事として受け取りたいだけで、ほんとは僕のこと……嫌いなんじゃないのか、って」
この考えは、今に始まったことじゃない。
まだ、小説家という重き仕事から逃げてるような若い僕に、仕事を何でもてきぱきこなすカリスマ編集者である彼女。僕らの間のつながりは、彼氏と彼女を抜きにしたら小説家と編集者しか残らない。僕と彼女のつながりはその程度で、しかも好きだとはっきりと告げているのは僕だけ。彼女は「はいはい」と呆れたように笑うのみ。
僕なんて奴と付き合わなくても、彼女は美人だから僕よりイケメンの男、経済力のある男など好きに選べるだろう。だというのに僕のしつこいアタックを受け入れたのは——僕が小説家で、彼女がいないと小説を書けないって言ったからだろうか。駄目な小説家だから私がついていないと——過保護な母親のような、彼氏と彼女からは離れた、そんな愛情につなぎ止められているから、だろうか?
「お前の結婚の約束について知ってる。雅ちゃんに言われたしな、この前」
「え、まじ? 何て言ってた?」
——え、ちょ、何を言ってたんだ!?
ぴくりと彼女レーダーが反応する。白場は瞳をきらめかせて答えを待つ僕を溜息で迎えると、近くのビールの缶を開けた。
「私みたいなのとの結婚で士気あがってくれるなら嬉しいけどね、だって。そんで……」
「う、嬉しいだって……! そ、それで?」
「…………出来たら、白場君との結婚も————」
「顔を土気色にしてまで続きを言わなくて良いわ畜生っ!」
「んじゃ、それは置いといて、と。それでお前の結婚について詳しく聞いたらなぁ……」
一旦、白場の言葉が止まる。酒を口にするのかと思いきや、何か考え込むような仕草になった。「……いや、これは言ったらつまんねぇよなぁ……ただでさえいちゃつきカップルなんだから少しぐらい愛の障害って奴を……」と何やらぶつぶつ独り言をほざいている。
やがて考え込むポーズから普通の姿勢に戻り、あっけんからんと言った。
「ま、良いや。気にするな親友」
「ちょ、良くねぇよ!? こんな時ばっか親友って言葉使うなよ! お前との結婚より僕にとっては彼女の言葉の方が……」
「うっせ、ゲイは散れ」
「はい残念でしたー! お前もネタにされてますぅー! 僕だけじゃないですぅー!」
「だからうるせーっつってんだろ。……てかお前、自分で言って言葉の意味を噛みしめて細々と泣くなよ。俺が苛めてるみてーじゃねぇか」
ふいっと白場は横を向いて缶に口をつけ、すすった。僕はビールよりもチューハイの方が好きだから、柑橘の豊かな香りと表示されてある缶を一つとり、プルトップに指をかける。
……と、そこで白場が横を向いているというよりは、何かを見つめていることに気づいた。無言で何かを見つめる白場の視線を辿ってみると、壁にかかっている高校の時の集合写真に到着した。僕もこいつも同じクラスだったせいか、昔のことを振り返って懐かしく思っているのだろうか。
何か思い出話のひとつでもすべきか否か、と悩んでいると、白場の方から口を開いた。
「お前さ、俺の彼女について知ってるよな」
「? みつきちゃんのことだろ? みつきちゃん、小学五年生の時に引っ越してきたよな。田舎の僕たちから見たら、都会のお姫様ーって感じで、可愛くて、クラスのアイドルで。……それからずーっと、僕とお前とみつきちゃんで仲良くて。一番の思い出は、よく中学の時に帰り一緒に待ち合わせして、アイス食べながら帰ったことかな。まぁ、お前とみつきちゃんが付き合うってことになったら、僕さすがに気を遣って二人きりにしてあげましたけど?」
まるで人形みたいに白い肌に、細い手足。薄いピンクに色づいた唇をほのかに動かしておとなしそうに笑う美少女——みつきちゃんこと戸坂みつきちゃんのことを思い出すと、胸が暖かくなる。小学生の時に僕と白場のクラスにやってきた彼女は、中学高校大学続けて仲の良い幼馴染だ。僕と白場とみつきちゃんは、今でもずっと仲良しだ。
白場とみつきちゃんは、中学生の時に白場から告白したらしく、現在も恋人の関係だ。三人のうち二人が恋仲になると残る一人はハネにされるともっぱらの噂だけど、二人はそこまでお互いにべたべたしなかったので、むしろ僕が二人の仲を心配してたぐらいだ。みつきちゃんに言わせると「恋人も大事だけど、いーちゃんみたいなお友達も重要なんだよ、私には」ということらしい。
「初めは、お前とみつきちゃん……白場いつきと戸坂みつきだから、つきの部分が似てるってことで仲良くなって。そこにお前が女と一対一で友達なのは照れるって言ったから、僕も入って。みつきちゃんとか、僕の因幡のいといつきのいが同じだから、いーちゃんって呼んだら二人振り返っちゃうよねって焦りだしてさ? 僕とお前、その言葉に大爆笑して。……結果的にはお前はいつきって名前で呼ばれて、みつきちゃんの彼氏。何か、娘を嫁にやる父親の気分だよな、これって」
グレープフルーツの香りが甘酸っぱい青春時代の思い出と合っていて、妙にみつきちゃんと話したくなった。……いや、一週間前ぐらいに会ったけど。でも原稿で修羅場中だった僕はあいにく記憶が曖昧だ。「いーちゃん、大丈夫!?」と慌ててコンビニでおにぎりやパンを買ってきてくれたのは覚えてるけど。
僕が思い出を語っている間、白場は特に口を挟まなかった。普段なら「別にお前のおかげで付き合った訳じゃねぇ」と一喝くるはずなんだけど。
先ほどまで饒舌だった悪友の様子が可笑しくなってきたので、僕の方も必然的に口数が少なくなる。