ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

最後まで夢見がちなわたし1 ( No.116 )
日時: 2011/08/19 08:32
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)












 とにかく。
 勉強して書いて勉強して書いて大学勉強して書いて大学入学の勉強して書いて大学のために勉強して書いて自分のために勉強して書いて食べて寝て書いて書いて勉強して書いて寝てうろうろして書いて書いてコンビニ行って母に怒られて弟に引かれて両手振り上げて講義して書いてだらだらして書いて書いて勉強して勉強さらにして書いてだれて眠くてうつらうつらして早めに寝て父に勉強しろって言われて切れて弟と同じように引かれて勉強して勉強してむせび泣いて書いて書いて書いて書いて書いて書いた!
 はい、今日の私に到達するまでの道のり終わり! ちなみにこの受験勉強と小説のコラボを繰り返している間に時は新年へと移り変わった! ザ・ワールドなんて使ってねぇ!

「…………何か、どっかの誰かとめちゃくちゃデジャヴしてる気がする……」

 欠伸を噛み殺しながら、席を立つ。夜の間ずっと座っていたせいで、固まった腰からべきべきと音が鳴る。目はパソコンの光を長時間浴びていたせいで痛みを発していた。立ち上がった瞬間ぐらりと眩暈がしたのは、最近まともに寝ていない私の体とのお約束だ。良い物語をと脳みそに血を巡らせ書いていたせいで、頭部にたまりにたまっていた血流が足元へと急降下し始めた。じいんとした痺れに似たものと、少しの浮遊感が体を揺らす。

「ぅう。やべー……。体調げき悪、かもー……」

 掠れた声は一晩中、奇声を発しながら一心不乱に小説を書いていたからだろうな。喉のいがいがを確かめるように手をあてると、通常より熱いことに気がついた。……本気で少し体調悪いのかも。今まで風邪なんてひいた覚えないので、ちょっとブルーな気分だ。
 でもまぁ、と緩んでくる唇に手をあてて、出来るだけ明るい声を発そうと努めてみた。

「まぁ、この小説書けたから——かなり、ハッピーなんですけどね」

 私の言葉に全力で応えるように、机の上から白い紙が雪崩みたいに落ちてきた。どさぁ。ちょおま、落ちてくるかふつー!?
 未だにプリンターから雑音と共に吐き出されるのは、私が昨晩ようやく完成させた一つの小説の欠片。欠片をこぼし続ける私の愛用機械は、今現在もフル活動中。起承転結でいう転の辺りまでは印刷を終えてくれたと思う。
 足元にするりと滑り込んできた一枚を手に取り、眺める。ちょうど一番手をかけた(と思っていたけど誤字と脱字両方発見したなう!)部分だった。主人公の女の子が、昔のことを振り返るシーン。指がのってきた時はもうちょっと書きたいなと思っていたけど、スランプ状態に陥った時には苦労した。とにかく主人公の心情がダークに走らないようにと、ベクトルを上へ上へとするのが精いっぱいだったのだ。

「…………。うっあ、ねっむ。これまぶた下がるぅあ……」

 活字を目で追っていると、とうとう眼球が挙手して限界を告げてきた。どっと眠気に襲われる。
 でも、ここで寝るのはやばい、と理性的な私が耳打ちする。時計を横目で見ると、今の時間は午前六時半。普通の高校生活を送っていた私ならもう少し惰眠を貪ることも叶ったんだろうけど————だって、今日は、今日という日は。

「卒業式、だぁーぁああああ!!」

 両手を頭上に掲げて、コロンビア! ……うん、徹夜明けのネタは駄目だ、分かりづらい。てか何してんだろ自分。
 コロンビア状態改め万歳のポーズから、両手を下ろしていつもと変わらない自分を取り戻してみた。両肩がパソコンのキーを打ち過ぎて完全に疲れておられる。御苦労。
 さて、今日は卒業式である。高校三年生の私が、卒業する日なのである。市内の高校三年生が教育を終える、ちょっと特別な日なのである。

「プラス、私が私を私として私らしく私ってみるような私のための私の日でもあるのであーる。……げへっ」

 とにかく、今日は高校三年生の私ではなく——個人の私としての日でも、ある。
 今さっき触れた、そして現在進行中で動いているプリンターが吐き出している紙切れが、今まで甘ったれだった私の決意表明。

「…………スタッカート、ばんっばんだからねーぇ。覚悟してんなよーぅ、ちーちゃーん?」

 悪役に抜擢されそうな声色で、ぐひひと笑う。喉のいがいがが増したけど、そこは雰囲気的にスルー。フローリングの床を覆うほどに散らばった何百枚の小説の欠片。これを彼女に見せてどうなるかはわからない。それこそ、神のみぞしるって奴だ。こういう時に使う言葉なのかは知らない。こちとら、いつだってどこでだって数少ないぼぎゃぶらりぃという箱の中から、無理矢理言葉をねじり出しているような、知識皆無の奴なんだ。
 ——だからこそ私は、こんなうわっついた奴でもやれるってことを……これで証明したい。
 足元で群れとなっている白い希望を見下ろして、静かに決意してみる。こういう時にかっこつけられたら主人公ってゆーキラキラしたヒーローなんだと思うけど……徹夜明けでジャージ姿、しかも目の下に隈があるんじゃぁかっこつくもんもつかないってもんでしょーに。

「とと、とりあえずまだ見ぬちーちゃんに宣戦布告する前に顔を洗いましょうかねぇーっと」

 真面目な雰囲気に気まずさを感じて(一人ぼっちの室内で私は何をやってんだか)、とてとてと紙を避けながら部屋の出入り口へと向かう。ドアに辿り着くまでに、回避したつもりの紙を何度も踏んづけて足裏に張り付いたことに切なさを覚えた。
 ふらふらと無意識の内に左右にダンスしながら、ドアのノブを掴む。ひやりとした金属特有の冷たさを孕むそれが、希望への扉のようでちょっとドキワク。いやごめん嘘っす、冷たい。寒がりの私的には指先ぶるぶるーでさぶさぶーみたいな。あぁ脳みそ回らない。
 とか、ふざけたこと脳内で呟いている、と。

「!? ……はぁっ!?」

 日常の中で一度聞いたことがあるか否かぐらいの耳触りな音が、私の背後からした。
 ——何、この……ぎぎぎぃっていう変な音!?
 内心めちゃくちゃ焦りつつ、私は背中の方を振り返る。そして、順調だと思えていたリアルをぶち壊すような出来事に——遭遇した。
 さっきまで余裕で緩んでいた口元が、驚きでぱくりと開かれる。エアコンの埃っぽい空気が喉をかすめて、いがいがが増幅した。でもそれさえどうでも良いと思えるような出来事が、眼前にはあった。

「な……何じゃこりゃぁー」

 力なく叫んでみるも、目の前の状況は変えられなかった。

最後まで夢見がちなわたし2 ( No.117 )
日時: 2011/08/19 21:56
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)






 私がちーちゃんに電話をしてからのことを話そう。
 ちーちゃんは私の曲聞いて欲しい発言に対して頷きはしなかった。だんまりを決め込むちーちゃんに代わって、私が場所と日時を指定したけど。その日時が今日という、私たちが卒業する日だった。「仲直りしてもどっちみち今日で最後だから意味ないじゃないですか。先輩ってあれですか、カレンダー読めません? それとも頭のねじ関係でおかしいんですか?」とりりるちゃん辺りにねちねち言われそうだ。
 ……でも、これで良いのだ。
 覚悟を決めるのは、いつでもギリギリじゃなくてはならない。
 十年後にやってくる悪の大王に向けて準備するなんてつまらないじゃないか。
 つまんないことは私は嫌だ。だからあえて今日にした。
 どっちがどう終わっても、後腐れの無い日を。
 後腐れの無いラストというのは、逆に——

「——もうこれしかチャンスが無い、ってことなんですけどねぇ」

 にへらと路上で笑っていたら、近所の黒猫と目があった。視線を外される。テメェ。
 親が二人とも仕事だからという理由で、卒業式に挑むべく一人で通学路をてこてこー。言ってみた割に、足音はずざざざー。理由なんて明確、一ヶ月強続けてきた過酷な受験勉強と小説のチャンポン、徹夜、疲労に疲労を重ねるような狂ったハイペース。数えたら切りのない苦しかった毎日も、鞄の中に入っている分厚いこれのおかげで、全部笑顔に変わる。えへー。げへへー。

「……あんた、何笑ってんの」
「あ、常元ちゃんではないか。はよっす、そして今日でグッバイ」
「常元じゃねーっつの。とりあえず、おはよー。あーぁ、とうとう今日は卒業式だねぇ。何かあんだけ卒業したかったのに、切ないやー」

 ——ありゃ、間違った?
 あちゃぱーと冗談ぽく笑ってみせると、名前のミスを故意によるものだと理解してくれたようだった。私の歩調に合わせて、同じクラスメートである岡……岡なんたらちゃんは一緒に登校し始める。どうやら後ろから来ていたようだけど、疲れで鈍った聴覚やら視覚は反応してくれなかっぽい。
 朝日で光る程に磨かれた(予想)おでこに定評がある岡なんたらちゃんは、一年間同じクラスだったのにあんま喋った記憶がない私に対して友好的に話しかけてきた。せめて彼女の前髪を留めているピンを外せば、私の網膜に突き刺さってくる朝日の光は軽減されるだろうに。にやにや笑いについては分かってくれるのに、目の辛さを分かってくれないらしい。
 
「あー、確かに切ないっすねぇ。今まで続いてたもんが終わるってのは、けっこーキツいっつーかですね」
「え? 今まで楽しかった学校のメンバーと離れるのが悲しくない? 何かさぁ、もう会えないっていうか。あたしとかさー結局好きな人に告白せずに終わりそうだし。……あー! 最後にノリで告白しよっかな、ノリで!」
「えーでもメンバーにはまだ会えるじゃん、たぶん。この辺の大学行く人もいっぱいでしょ。ここ田舎だし」
「うわぁ、冷めてるわアンタ!」

 ——そいや、ちーちゃんは県外の大学だったなぁ。
 目の前の岡ちゃん(仮)を傍目に冷酷な彼女を思い出す。あー、さっさとこの鞄の中の重い奴渡して、反応見てー。
 完全にぼーっとしてた私に気づいて、岡ちゃんが浅い溜息をついた。吐かれた二酸化炭素の音で我に帰る私。呆れた様子の岡ちゃんが目の前にいた。

「おぉう、何さその目。私のヘッドに何か御用か! 御用か御用かぁ!」
「まぁその異常なテンションは今日が卒業式だから、って理由にしとくわ……。そうじゃなくてさぁ、アンタって何かこう……どこまでも掴めない奴だなぁ、と。卒業してからも変わらなかったら良いね、それ」
「掴めないって何じゃーそりゃー。わしは掴めるぞーほらぁ!」

 岡ちゃんの空いている手をがしりと掴んで、ちらつかせる。苦笑いをして「そーゆう意味じゃないっての」と言う岡ちゃんの口調は、付き合いの薄かった私にさえ優しいものを帯びていた。

「アンタってクラスの中でかなり存在感あったのに、ふと冷静にアンタの方見てみたら、どのグループにも所属してないんだよねー。いっつも散子のとこいた。……普通さ、二人きりのコミュニティだとその二人だけで友達って成立しちゃうじゃない? 相手しか友達いないから、その二人組の間でもお互いがお互いに依存してるし」

 ……いつも「きゃー! サッカー部の佐倉きゅーん!」と騒いでいた子とはかけ離れた言葉だった。
 もう通ることも少なくなるんだろう通学路を、今までまともに名前を確認したこともないような子と二人で登校する。本来なら気まずくなるっていうのに、何故か彼女の言う通りに、少し切ない後悔がにじんできた。
 ——あぁ、岡ちゃんと話してたら、今の私もちょっと変わってたのかも。
 鞄の中の重い紙の束が、もしかしたらデジカメとか仲良しの子への手紙とか、もっとキラキラしたものだったかもしれない。卒業最後に告白しようと思って、身だしなみを整える道具だとか、ラブレターだとか。他人から見れば青春だと微笑まれるような今だったかもしれないのかも。

「でもさぁー、アンタは違うんだよね。散子のとこいるのに、散子と友達っぽくないの。……あ、別に散子との雰囲気が悪そうだったとか、友達みたいじゃないとかそういう悪い感じじゃないよ? 変な聞こえ方してたらごめんね」
「あ、うん。全く聞こえなかったっちゅーに!」
「そんなら良かったかなー、ほらあたしってさ、結構きついこと言っちゃうタイプだからねー」

 薄く化粧をした頬を上げて、ふふっと笑う。可愛いなぁ、と思うのはけしてそっち系ではなく単純に羨ましいのかも。青春時代の方向がキラキラした何かしらに向いていた岡ちゃんと、小説にどっぷり浸かってた私の差異に。

最後まで夢見がちなわたし3 ( No.118 )
日時: 2011/08/19 21:58
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)


「アンタって、人に嫌われないくせに、私たちでも散子でもない何かに一直線って感じでさぁー。見えない何かの方にずーっと頑張り向けてて、何か一生懸命で。……ショージキ、ちょっとさぁ————」

 ————羨ましかった、なーんてね。
 ぺろりと舌を出して言われたのは、私の言葉だったのか。それとも、彼女の言葉だったのだろうか。
 岡ちゃんが、校門のところに立っている仲の良いグループの内の一人を見つけて、大きく手を振った。一緒に登校するという私の役目は終わったので、素直に薄く笑って岡ちゃんから離れる。岡ちゃんはさっきまでのは序の口なのよと言いたげに、卒業式についてのマシンガントークを始めた。
 声が大きくて、耳にきーん。かなり距離は離れていたはずなのに、その声は耳によく響いて、馴染んだ。

「…………そうだよねー。かなり距離、あったんだよなー」

 距離が離れていた岡ちゃんとは、今ようやくつながった。小さな会話の寄せ集めだったし、岡ちゃんとは顔を合わすと挨拶して笑い合う程度だったというのに。
 でも言葉だけでこれだけ距離を詰めることが出来たなら、万歳を百回分ぐらい。言葉を紡ぐことで線をつなぐってことを、私は出来るっぽい。
 ——じゃあ、距離が一番近かった彼女とは?
 ぽろりと飛び出してきた疑問は、はてさて、岡ちゃんの忘れ物なのか。

「何でこう、皆が仲良くなっちゃう魔法ってのは最後の最後にしかかからないんだろうねー? 映画のジャイアンは、いつものジャイアンに比べて優しく見える! きらり! ……的なアレかね。いや、何かちょっち違う気がするーうるーるるーん」

 後半はもはや鼻歌に近い。小学校からの幼馴染や、中学で同じグループの子、全く話したことない子とか——今まで線が続いてきた子や、途切れ途切れにつながってる子、まだ線すら見えてない子。全員をおかしな鼻歌と一緒に追い抜かして行く。
 ストーブがついていない廊下をずいずいと進む。足元に見えない誰かとの線があちらこちらにあるようで、避けようとする度にこけそうになった。ありゃぱ。

「危なっかしいだってぇ!? 何てったって、スタッカートですから!」

 時々、苦々しい後悔が心の端っこに引っかかっている気がして、軽くぽんぽんと胸の上を手で払う。
 例えキラキラ女子高生の道が横にあったとしても、私は選ばなかったのだ。小説を読むことに、そして書くことへの面白さを知ってしまったから。自分の手で物語を生み、登場人物が活き活きとした表情で動くことに依存してしまったから。小説を書くことはこんなにも楽しいんだって、細胞全部が騒ぎ立てちゃったから。

「私は私のスタッカートを————なんてねえ」

 あまりにもありふれた台詞を吐く奴が主人公の、観客は自分自身しかいない物語だけど。
 スタッカートを打ち込むには、それで充分だった。

最後まで夢見がちなわたし4 ( No.119 )
日時: 2011/08/20 09:10
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
参照: 短く分割。









 体育館入場ギリギリの時間帯になってちーちゃんは教室に入ってきた。私の決意を揺らがせるような、いつもと全く変わらない姿。冬より寒いものはなーんだ、答えはちーちゃんですっていうなぞなぞが成立しちゃうぐらい、冷徹な表情をしながら席についた。
 本当に話すのは卒業式の後だ、と私は私で考えていたから、素知らぬ顔で私は自分の席から窓の外を見つめていた。窓から見えるのは冬の殺風景な景色。全体的に灰色ちっくな、寂しげな景色。たまにカラスが飛んでいるぐらいで、面白みも何もない。
 周りのクラスメート達からは、以前はうるさかった奴が静かだーとか、卒業でちょっとセンチメンタルなのかとか色々聞かれた。曖昧に頷くのみで、本当のことは言わなかったんだけど。

「この景色も、最後かぁー……」
「おぉう。はよーっす、松尾」
「何だよー、誰かと思えばレディ・キラーで有名なアンタかい」

 何気なく呟いた言葉に、隣でくっちゃべってた男子が反応してくるのが小気味良い。「えー、何お前、静か過ぎね?」「うっせ、ちーちゃんにふられたくせに」ぷんっと横を向いて、ちーちゃんの話題から回避しようと試みる。
 てか、何これ。さっきの岡川ちゃん(岡元ではなかったのじゃ!)にしろ、こいつにしろ、最後だからって私になぜ関わってくるんだ。最終回だけでも関わろうとするザコキャラかお前ら。マリオとピーチの結婚式、だけどブーケを受け取ったのはクリボー一家、みたいな。よし、意味分からん。

「うっわ、お前それまだ言うか!? ……良いんだよ、今は俺——別の超ッ美人な人の背中追ってるから」
「はいはい。脇役お疲れ様でーす」
「ちょおま! 会話もっと広げていこうぜ!? てか俺のこと脇役扱いすんな、一応お前と俺小学校から一緒だからね!?」

 ぎゃーぎゃーと喚く男子(名前なんて言ってやらねーしー)を尻目に、私はまた窓の外を眺めた。すると、廊下の方から声。

「おーい、もう並べってよー」
「うわー私絶対泣く、今泣いてる!」
「私もー! どうしよ、顔ぐちゃぐちゃになるわぁー」

 廊下の方へと流れていく皆の後ろを追うように、私も移動する。三年生たちは体育館に行くために廊下に並び、そのままくッそ寒い体育館へゴーした。やっぱり、数人はすでにぼろぼろ大粒の涙をこぼして真っ赤な顔をしている。これからすぐに卒業式なのに大丈夫かなぁ、なんてちょっと心配して。
 まもなく、式が始まった。
 式の間、色々なところからすすり泣く声がしていた。あのちーちゃんが泣いてたら面白いかも、なんてふと思う。
 この辺りについては特筆する点はない気がする。
 周りの子は瞳からキラキラ涙を大量生産していたようだけど、私はこの後のことについてばっかり考えてて、涙線がぎちぎちだった。朝、散々な目にあってむせび泣いたからかもしれない。すすり泣きの声が静かな体育館の中に反響していて、私はこの後について脳内ぐーるぐる。自分が名前呼ばれても、返事も立つのも数秒遅れたぐらいだ。しかも返事は声裏返るし、皆から微妙に笑われた! 最後の最後で何てこったいッ!
 
(ラストはカッコよくないって……主人公っぽくねーぇ!!)

 うがー、と妙に照れながら壇上へ。一気に視界が広がる。たくさんの視線を浴びながら、足元に注意して歩く。
 ちろりと視線を上げると、頭のてっぺんがエコライフな校長と目があい、苦笑い。体育館の中の冷気のせいで、唇の端がうまくつり上がらなくて難しかった。
 私の礼と等価交換されて手渡された卒業証書には、まぎれもないマイネーム。目の奥が一瞬熱くなる、けど、我慢。働いたら負けならぬ、泣いたら負けな気がする。

「……今まで、ありがとーございました」

 ——誰にともなく言ったお礼は、学校全体に向けてなのかなぁ。
 壇上を降りながら感じたものの答えは、あえて母校に置いておこうと決めた。

 卒業式が、終わった。


最後まで夢見がちなわたし5 ( No.120 )
日時: 2011/08/20 09:12
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
参照: 短く分割。





 卒業式が終わった後には、お待ちかねのアレでーすッ!
 はい、アレとは? アレとはですね、つまりちーちゃんに私がじっくりべっくりばっきり曲を聴かせることなのですよ! それでは、そのアレというものに必要なものは何ですか? えっとですねー、私と私の曲。そしてちーちゃんだと思います! そうですか、それはわかりました。ではどうして、必要な条件である三浦散子はいないのですか?————ぐっだぐだの質疑応答を脳内で一通り行った。そして私は周囲に人がいることも構わずに叫んだ。

「っていねーよあのツンデレ!」

 近くにいる人がぎょっとした目で私を見つめる。きっと今私は相当凶悪な顔つきになってるんじゃないかなぁ、とか考えていそいそと普段の笑みを浮かべようと努力。でもびゅーびゅー吹く風のせいで表情筋が凍りついて無理だった。凄惨な表情ってこれだと思う。

「畜生ぉ……まさかほんとに聴くか聴かないかのところで逃げられるとは予想外っすよちーちゃん……!」

 今頃、一人規則正しいスピードで帰路についているであろう彼女を想像して奥歯ギリッ。鞄の中身わしッ。おっと皺がついてしまう。
 猛ダッシュで彼女を追いかけたら、きっとギリギリで追いつけるだろう。そう推測した私は瞬時に超速ルートを構築して、行動に移す!
 卒業式後の体育館の玄関には、卒業生関連の人も来賓の方々もわんさかもっさりいて、それはつまり、

「人がゴミのようだーぁ!! ……って今はネタ叫んでる暇もないけどーッ!」

 私みたいに奇声を大きな声であげても、人々の雑踏と雑談で全て掻き消されてしまう。しかも冬だからか、皆防寒対策として厚着をしていた。余計に人と人との隙間が狭まり、私がいくら正門へ歩もうとしても歩みを阻まれる。気力と勢いだけで何とかしようとしても、泣きながら別れを惜しんでいるグループの中を裂くみたいにて通るのは、何となく腰が引けた。

「っうー、しょうがない……最後の手段、行きますか!」

 景気付けのように明るく言って、くるりと今まで歩んできた方向を振り返って、戻っていく。
 私にとっての最後の手段——一部壊れていて開いた穴から、住宅街と行来が可能なことで有名な体育館裏のフェンスを使うことだ。卒業生になりたてほやほやの私だけど、在校生だった頃は先輩に倣ってこの手段をよく使わせてもらっていた。購買でパンが売り切れてたのでこっそりコンビニに行った時とか、男子の方の体育教師があまりに私に対して「小説馬鹿」と繰り返してきたので粛清のつもりで彼の頭にストッキングを被らせた後に逃げる時とか。あー、思い出膨らむね!

(…………さ、最後のはめちゃくちゃ怖い思い出だけど…………)

 ——捕まった後、しばらくストッキングがトラウマになったような……。
 笑顔と共に鳥肌をも呼び起こさせる記憶を思い出していると、ようやく体育館裏に抜けた。肩とか足とかに、ごみとか二酸化炭素とかまとわりついてそうでちょっと払う。
 ごほごほと乾いた喉を二、三度鳴らしてみて、錆びついたフェンスの穴を探す。フェンスに絡みつく、土色に枯れた朝顔のつるのカーテンをがさごそと探ると、あぁ見つかった。

「久し振りー、そして使わせていただきまーす」

 さっきの体育館正面とうってかわって静けさしか残らない場所。本来ならば卒業生である私はあのグループの中で切なさを共有してなきゃいけないんだろうけど……あいにく、私にはやることがあるので割愛。フェンスの穴に手をかけて、危険性がないかどうか確認する。とりあえず、首に巻いているマフラーと鞄が引っかからないようにしないといけないっぽい。

「先輩」
「……およ?」

 さて、マフラーを取って……っと。首に手をかけたところで、背後から声をかけられた。最後まであの体育教師か畜生め、私の背後をとるとは良い度胸だな——そう思いバックを振り返る。
 でも、そこに居たのは。あの意地悪な鬼体育教師ではなく————艶のある黒髪のショート、上級生の間で下級生で可愛い子ナンバースリーに入る程の美貌。
 そして……一年前に廃部寸前の陸上部へ入らないかと入部届けを渡したことのある——

「——りりるちん?」
「………………」

 フェンスの穴から飛び出ようとしていた私を引き止めたのは。
 思いつめた表情をしていた、りりるちんこと衣食りりるだった。

最後まで夢見がちなわたし6 ( No.121 )
日時: 2011/08/20 12:51
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
参照: 短く分割。









「つッ——か、ま、え、たァ……ごほっ」
「……何」

 やっとの思いで帰宅途中のちーちゃんをつかまえたのは、河川敷を見渡すことのできる近所のひらけた道だった。両サイドに河川敷があって、歩く道が山のように高くなっているのだ。両わきに長い川が一つずつ流れていて、夕方だからか下りたところで小学生たちがサッカーをしている。怪我しないようにねー、と体調がだいぶ悪い自分のことをほっぽいておいて注意。
 足元の土は固い。疲労感で体がふわふわしてる私にとっては土で固められた道はとても丈夫で、直立しやすい。
 ぜはーぜはーと肩で息をしている私に肩を掴まれたちーちゃんは、変質者に遭遇したような顔をしていた。おい。

「何しにきたの。……卒業式終わったから帰りたいんだけど」
「私たちの卒業式しよーよー、なーん、て! ……っはは、よく分からない例えだね、え。まぁ良いや、私の曲聴いてよ」
「聴いても意味ないでしょ、どうせ。しかも、私が聴いてどうなるのかが理解不能」
「へぇー、そっ、か。逃げんだー? ふははぁー」

 私の嘲笑を前にしたちーちゃんは、眉をこれでもかという程につりあげた。普通の人だと怖くて逃げだしたくなるんだぜ。そのぐらい怖いんだぜ。……ここで退いたら意味も何もない私は無言でにやにや笑いをしてるけど。正直に言うと帰りたい。
 ちーちゃんがおもむろに私の方へと手を伸ばした。手のひらを上にした状態で。

「……貸しなさいよ、聴いてあげるから」
「ひひー。そうこなくっちゃ」

 だいぶ息は落ち着いていた。微かに残る喉の痛みを隠すように高めの声を出す。
 もうチャックは開いた状態で待っていた鞄の中に手を入れて、分厚いそれを出す。応募する訳でもないから、枚数にこだわらずに書いた結果がこれだ。通常の単行本四冊分ぐらいの太さになってしまった。自分の書きたいように書いたから、後悔なんて微塵もないけれど。
 端整な顔立ちを歪めて、かなりの量の小説をちーちゃんは私の手から受け取った。受け取ったちーちゃんがその重さのせいか、手から取り溢しそうになったざまーみろ!

「で、どうすれば良いの? 私はこの店頭で売られている普通の小説を完全に舐めきっている量のこの得体のしれない紙の集まりをここで読めば良いの? 人の目も気にせず? 足が棒になるまで?」
「あ、えーと、うーん……あ、そうだ。そこの道の脇にあるベンチに座って。今読んでよ。感想、後で聞くからさぁ」

 わかったとも言わずに、ちーちゃんは素早くベンチの所まで移動すると、すとんと腰をおろした。一応読んでくれる体勢を作ってくれたことに、にたり。気味の悪い視線を感じたようで、ちーちゃんが冷たくこちらを睨んできた。

「……曲聴いて欲しいとかほざいてたから、てっきりあんたが作曲家にでもなったかと思ったわ」
「いやいやー、さすがに音符だけでそんな枚数書けないっすよアタイ」
「小説馬鹿から作曲馬鹿なんて、笑えないジョークだわ」

 道のほとりにちょこんと置いてあるベンチの背には、某有名炭酸飲料のマーク。ふへぇ、と息をこぼしてちーちゃんと同様に座る。
 ひやりとしたそれが背筋を冷やしたのに、何故か私の心は結構温かかった。むしろ熱いぐらいだ。
 ——何でだろ、久し振りにちーちゃんと喋ったから?
 疑問は口に出さずに、首を傾げることだけで留めておく。うーん、と原因を探ってみることに全力を注いでみた。見当たらなかった。

「あれ、結構読むの速いんだね」
「…………うっさい、読めって言うなら黙っててくれない? 何がしたいのかほんと分かんない」
「へいへーい。ちーちゃんって意外に本読むんだね。何か読み方が玄人っぽい」
「別に。ツルゲーネフとかシェイクスピアとかマクベスとかリア王とか読んでるだけ」
「リア充?」
「………………………あんたには絶対分かんないから安心して」

 話題を合わせたつもりなのに、凄い形相で睨まれた。視線はすぐに手元の小説もどきに戻されたから、それなりに読んでくれてるんだろうけど。
 ——あんたには絶対わかんない、ねー……。
 今のちーちゃんの言葉と、前言われた「私は完璧じゃない」という苦しげな表情が重なる。
 重なったそれは私の胸にざくりと突き刺さって、抜こうにも抜けないものとなってしまった。
 ——私には、ちーちゃんの本当の気持ちがわかんなかった……ってことかな。
 だとすれば、ちーちゃんの言葉も表情もつじつまが合う。
 完璧じゃないのに、努力してようやく今の自分があるというのに、周囲からはそれを完璧だからだと元からそうであるかのように言われて。何をどう頑張って良い成果を出しても、理由はすべて完璧だから。……まるで、自分の努力も苦労も一緒くたに同じ箱に放り込まれているような、やりきれなさ。
 違うそうじゃない、私は頑張ったから今の自分がある——いくら叫んでも、それは勝者の立場だから言えるんだと反論されて。

(……そんなの、辛いじゃないか)

 指先で空気の断片をなぞる。だんだんとオレンジに染まり始めた空の色が川の水面に映って、綺麗だ。
 横顔を盗み見ると、瞳はしっかりと私の作りだした物語に釘付けだった。逃げたくないというプライドなのか、物語が面白いのか。どっちかは判別し難い。

(出来たら後者が良いかなぁ)

 ポジティブに考えてると、突然鼻の辺りがむずむずして「へくしょん!」ずず……っ。盛大にくしゃみをしてしまった。やべーと横を向くとちーちゃんは唇を一切開かずに相手を恐怖に彩らせるという芸当をこなしてみせた。ごめんなさい、と小さく呟く。呟きが聞こえたのかは知らないけど、ちーちゃんは再び小説へと向き合った。うんうん、その意気。
 ちーちゃんがちゃんと読み進めてくれたことに安心したのか、目の前の視界がぼやけてきた。体調が朝から悪かったのと、純粋な寝不足。二つの理由でぐちゃぐちゃになった脳みそが、機能を停止させようと眼球を攻めてくる。
 ——眠い、かも。
 眠い、という単語しか頭に浮ばなくなってきた。寝ちゃ駄目だ寝ちゃ駄目だちーちゃんから逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……!

「……ちーちゃ……」

 ——ごめんちーちゃん、ちょっと寝るね。
 意識が完全に眠魔にやられる前に言った言葉は、彼女の耳に届いただろうか。