ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

最後まで夢見がちなわたし10 ( No.129 )
日時: 2011/08/24 23:17
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)


「…………私、ずっとあんたのことを認めたかったのかも」

 ページを捲りながら、ちーちゃんがぽつりと本音を吐露していく。私はちーちゃんが話し易いようにと、頷くことだけに力を注ぐ。
 河川の近くで小学生たちは寝転がっていた。胸が上下しているのが目に入る。どうやら遊んで疲れたらしい。ほほえましいねぇ、最近の若い子は。ちょっぴりおばあちゃん気分に浸った。

「あんたが馬鹿みたいに小説小説って書いてて、自分のやりたいこと精一杯してて。しかもそれが夢で、将来は小説家になりたいって思ってて。……とにかく厳しく現実を見て、自分の利益になるようなことだけを……って考えてる私がいたから。何となく、どこまでも自由なあんたを認めちゃったら、今まで努力してきた自分を否定するみたいで、嫌だった」
「えー、私は私の好きなように生きてるだけなのにー?」
「それが羨ましかった、って言ってるでしょ。これだから小説馬鹿は」
「酷っ! 小説馬鹿関係ないよ、関係ないよちーちゃんっ!」

 ざくざくと言葉の槍が突き刺さる。あいたたたた、と痛がる真似をしてみても眼前の彼女は無表情でした。やっぱりツンに戻っている。
 風が冷たくなってきた。この時期は温かくなったり寒くなったり忙しいので、私も簡単な防寒対策しか施していない。すーすーと服のすそから冷たいのが侵入してきた。

「……私ね。皆が遊んでる間も、とにかく頑張りたいなって思ってた。人間ってのは努力したら、自分の能力を最大限に引き出せるってことを信じてたしね。結果的に、頑張れば頑張る程、評価は上がったし能力も上がっていった。……でも、だんだん、その努力が評価されなくなってきた」

 初めは、小学校の論文コンクールだったという。
 二ヶ月間の間頑張って、何度も書き直しして出来た夏休みの宿題である論文。
 先生に見せると高評価で、校長先生も絶賛した。やがて先生達は、これを県のコンクールに出そうとちーちゃん本人も巻き込んで試行錯誤した。ちーちゃんの努力の成果は、かなりの出来となった。論文は、県のコンクールの最優勝に選ばれる程のものとなったらしい。先生たちも少し添削を手伝ったとはいえ、ほとんどはちーちゃんの実力である。受賞する程の力を持つちーちゃんを誇りに思ったのか、先生達は学年集会で、その論文をちーちゃんに読ませたという。先生からの報せにちーちゃんは大喜びしたという。今まで賞を受け取ったことはあるが、まさか皆の前で読める程とは——嬉しさで胸を募らせながら、毎日毎日読む練習をした。
 そして当日。照れながら、でもはっきりと論文を読み終えたちーちゃんに待っていたのは、たった一つの現実だった。

「三浦なんだから、当然だよな——散子ちゃんは頭良いからねぇ……皆のところに帰っていくと、すぐに言われたわ。私は、ちゃんと壇上で読める程の論文を自分の力で書いたのに。遊びたいの我慢して、頑張ったのに。……全部、三浦散子だから。天才だから。褒めているみたいな言葉だけど、私にとっては努力を汚された気がしたから」

 ——本当に、頑張ったのに。
 ちーちゃんの口元が皮肉そうに歪む。私はというと、開けた視界いっぱいに映る空を眺めていた。河川敷の方では少年たちが、鈍い動きでボールを回し始める。小学生的には、そろそろサッカーをやめないと門限などで親に怒られるのではないだろうか。まだゲームを続ける力があるとは、恐るべし若さ。ぎにぃ、とハンカチの裾でも噛んでみようかしらと制服のポッケに手を入れてハンカチを探し始める。

「私はちーちゃんのことをほんとにすごいと思ってた、とか言ったら今さらかーい? ちーちゃん、また頑張ってるんだなー、すごいなぁーみたいな」
「……あんたには悪いことしたわ。他の人の方がもっと酷い仕打ちしてきたのに、私はあんたに余計過ぎる言葉つけて傷つけた。私の方が、今さらよ。あんたが私に向けていた思いと、私があんたに言った言葉は対等じゃないの。……私はあんたを傷つけ過ぎた」
「今さら、ねー。……別に、良いんじゃないかにゃー」

 私の発した言葉にちーちゃんが反応する。こっちの方を見ていることが分かっていたけど、あえてスルーした。途中でちーちゃんの方向いたら、話に横やり入れられそうだし。
 夕暮れが自身の鮮やかさを空全体で表している。何度も見たことがある橙の空は、初めて見た時のような幼いときめきを呼び起こさせた。濃いところや淡いところ、様々なオレンジをゆっくり味わうように、目に焼き付ける。ちーちゃんより空の方に意識を寄せていると、錯覚させるように。

「人間なんだから、感情のコントールを綺麗に統率出来たりなんて、出来ないっしょ? たまたまちーちゃんが本音暴露しちゃった時にいたのが、私だっただけっちゅー話だよん。気にしなくて良いんだよーん。てか、それについてはフィフティ・フィフティだよ。お互い様ーって奴」
「……でも」
「くどいぜぇ、ちーちゃん」

 ——まだ何か言うつもりなのか。
 私はちーちゃんに、ちーちゃんの方が悪いと思わせるために全てを告白したんじゃない。ちーちゃんに私の伝えたいことを全部伝えて、それで認めてもらうために、私は私の中にある全ての考えを披露しているのだ。そこにちーちゃんが入ってくる隙なんて用意してない、私は私の伝えたいことでぎっちぎちでスペースがないんだから。独壇場とはこの時のことではなかろうか。
 食い下がろうとするちーちゃんに先制攻撃すると、案外ちーちゃんはおとなしくなった。気を良くした私は、間を空けないように言葉を続ける。

最後まで夢見がちなわたし11 ( No.130 )
日時: 2011/08/24 23:20
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)



「一足す一が二になるのはね、数式とかそういう人間の感情入り混じってない、しゃきっとしたもんだけだよ? 私たちって人間なんだからさ、一足す一が三にも四にも百にもなったりするに決まってるじゃん。無理に数式を成立させよーとしなくて良いの、七足す三でも、千引く一万でも良いんだよ。とにかく、途中の式がどうであれ——最後の最後に今、ちゃんと二ってゆー答えが残ってる。そんだけで、良いと思うけどなぁ」
「千引く一万が二になる世界になったら、私、舌噛み切りたくなるんだけど」
「うっせぇ理数系は文系に何を求めてるんだね! 比喩だよ比喩! ったく、どんだけ几帳面なんだよー、ちーちゃん。……いや、細かい性格は知ってるけどね、うん! とにかく、だ。そういうまるで頭良い感じのことずっともやもやせずにだね————ぶあッくしゅんッ!?」
 
 声を荒げると、弾みで鼻にむずむずしたものが過ぎってまたくしゃみをした。鼻水をかもうとティッシュを探してみるけど、見つかんない。こういう時だけ、あの白い魔人は姿を隠すのだ。決して卒業式終わるまでに使いきってビニールゴミに残りを捨てたとかじゃない、決してない。うぅ、とせめて顔を上げて垂れてくるのを防ごうとすると、ちーちゃんの方からティッシュを渡してきた。ありがふぉー、とまるで某働き者さんが四匹いるみたいなギャグちっくな返事をして、受け取る。

「ぐしゅうッ!! ……ひうぅ……はなふぃず辛いっすー」
「はいはい、鼻水辛いのね。……で、さっきの続きは?」
「あー、ひゅん。ほのことの続き、ね」

 ぐしゃぐしゃになったちり紙の収納場所に困り、とりあえずポケットに投下してみた。あちょあー。
 しばらくぐずぐず鼻が気になる。うー、と唸ると「ゆっくりで良いから」とため息交じりに告げられた。お言葉に甘えて、少し経ってから、小首を傾げて出来るだけ可愛くみえるように努めてみて、聞いてみた。

「……そんな答えじゃ、ちーちゃん満足いかない? まだ、私を認めるの、無理っぽいかなぁ」
「えっと、……嫌じゃ、ない、し、無理でもない、けど……」

 どうにも歯切れの悪いちーちゃんの言葉。なぜだ? 私はちゃんと話をしたのに。まさか、スタッカートが不発ッ!? ……思い切り驚いた顔をして、ちーちゃんから飛びのいてみた。何やってんのと不機嫌そうな表情を頂いた。ウルトラマンのポーズとって飛びのいた私は泣きそうになった。居心地が悪そうに、ちーちゃんが原稿の束と私から目を逸らして、わざとらしく周囲を見渡す。
 ——う、うーん? 何この微妙な反応……えー? 本当に……どゆこと?
 心の底から罵倒してくれるなら、まだ対策がある。泣いてくれても構わない。だけどこう、困ったようにそわそわしてるのは何でだろうか。普段のちーちゃんらしくない様子に、私の眉は八の字になるしかない。むむ、とかさかさの唇を尖らして考えようとするけど、思いつくものは特にない。私が思考回路を疑問色で染めている間にも、ちーちゃんはベンチに座ってもじもじとしている。恥ずかしそうでもなく、かといって堂々としていないちーちゃんの様子に、私は不安ぼろぼろ。
 振り向いて降りればすぐに河川敷の方に行ける、そんなところまで大きく飛び退いていた私(ウルトラマンポーズ継続中)は、何か話しかけようとちーちゃんの元に一歩踏み出す。

「? あ、あのさぁー? ちーちゃん、どーしたの————ッッ!?」

 その時だった。
 ちーちゃんに駆け寄ろうとした私の視界に、ピンクの何かが入り込んだ。
 何かは初め、一つだけ河川敷からの風に乗って、ひらりと上空へと巻き上げられていた。目を見張るちーちゃんと口を開いたままの私の上空を、ピンクは一人ぼっちであることを感じさせないほど優雅に空の彼方へと旅に出て行く。ピンクはたった一人で、濃いオレンジの群れに突撃していく。上へ上へと、ふわふわと揺れながら、でも確実に空を目指して。
 その勇ましい姿はこれから起こるであろうとある情景を、記憶の海から引っ張り上げる。

「……桜の、花びら?……」

 思い当たる景色のひとつを呟くと、私の言葉を合図にしたように——ぶわっと下の方から大量のピンクが巻き起こった!
 両側が河川に囲まれているこの道は、河川より高めに作られている。だから、突然ピンクが現れたように感じたんだろうか。弱い風と共に、大量のピンク……桜に見える大量の花びら(?)は、先陣を切った一枚の花びらの後ろを追いかけていく。幻想的な世界の中心に居る私とちーちゃんは言葉を交わさずに、固まっていた。淡い桃色が私の頬を一瞬掠めて、でも危うげに空へ舞った。
 ——いや、いやいやいやいやっ! さっき、ちーちゃんに桜が舞うのは可笑しいって言われたばかりじゃんかっ。しっかりしろアタイ!
 はっと我に返って、目の前のピンクの大移動を凝視する。千とか一万とか、そういうちゃちな数では決してない花びら(仮)はまだまだ下の方から上がってきているようだ。ピンクのカーテンは一向に途切れる様子を見せない。むしろ更に数を増やしていっているような気がする。
 桜の花びらが舞う季節は、もうちょっと後だ。今は三月の前半。やっと桜のつぼみが膨らもうと重い腰をあげたところだ。しかも、数分前にちーちゃんが淡々と述べたように、
 でも、ありえないものを前にしている今。空一面に漂い始めた桃色は、桜の花びらにしか見えない。

「嘘……何で、今頃に桜が……ありえないのに……」

 耳に届いた言葉は、ちーちゃんが発したものだった。呆然とした表情と一緒に出た、ありえないの言葉。
 ——ありえない、ねぇ。
 ちーちゃんの言葉を反芻した瞬時に、私の中でぴきーんと何かが全て当てはまった。今の時期じゃ舞うことのない桜の花びらの群れが、私の心を動かした。にやりと怪しく笑うと、ちーちゃんがびくりと第六感で何かを感じ取ったのか、私の方を向く。まだ周囲の桃色に慣れないようで、ちらちらと横目で盗み見ている。逆に私は、また新たな言葉を紡げる嬉しさに目を細めていた。
 ばっと両手を広げて、どんどん桜が巻き上がってくる河川敷をバックにして、ちーちゃんの前に立つ。
 そして、心からの笑顔でこの桜の世界を迎える。

最後まで夢見がちなわたし12 ( No.131 )
日時: 2011/08/25 19:32
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
参照: ラストーっす!



「ちーちゃん、ありえなくなったじゃないか!」
「……え、何が?」
「もー。忘れちゃったのかよー。だからさぁ……」

 ありえないことがありえなかった。りりるちゃんが聞いたら妄想だと冷ややかに告げるだろう。
 たくさんの桜の花びらが舞う、うっすらと夜のベールをまとい始めた、燃えるように赤い夕暮れを背景に——私は笑う。
 両手を使ってでも受け止めきれない、この奇跡を抱きしめようと。

「桜の花びら、舞った!」

 私の大声にちーちゃんはしばらくぽかーんとしていたけど、やがてふっと表情を緩めた。
 呆れたように優しく微笑むちーちゃんは、「もう」と怒ったような声をあげた。

「馬鹿、いちいち人の言ったこと覚えなくて良いのに。私みたいなのの揚げ足とって面白いの、あんた?」
「うへー、怒られた……だとっ!」

 ショックを受けた振りをして、がびーんっと上体を反らす。胃の中のものが揺れ動いて気持ち悪いけど、笑顔で誤魔化した。
 冗談を口にする私をもう一度柔和な笑みを浮べて見つめると、ちーちゃんはとんとんと膝の上で原稿の端を整えた。どこまでも几帳面なその行動を茶化そうとしたけど、私の小説を扱う手があまりにも丁寧な手つきだったから、喉をつまらす。自分の手で綺麗に整えた小説を、ちーちゃんはぼんやりと眺め。やがて、私の方に差し出した。
 幸せそうな色を含んだ表情、桜と同じ色合いの唇が孤を作り——感想を零す。

「小説、おもしろかったわ」

 読ませてくれてありがとう。一緒に差し出された何よりも欲しかった言葉。私にとっては、「貴方を認めるわ」と同義語である言葉。いっぱいの意味が詰め込まれた彼女の言葉と嬉しそうな笑顔に、何か言わなきゃと焦る。ぱくぱくと金魚みたいに空気を食むけど、上手い言葉は出てこない。胸がいっぱいで苦しい。
 指先でおずおずと、私自身が描いたその物語に触れる。分厚い紙の束は、特定の一人への思いを伝える力しか宿っていない。大衆の前では、批判されるし、嫌われる恐れもあるものだ。それでも、たった一人に伝わるなら良い。目の前で、泣きそうに笑う彼女のような読者がいるなら。私はそれで、オッケーなのだ!

「っふふは……あり、がとーね」

 震える指先で原稿用紙を掴み、時間をたっぷりかけて胸に抱きしめる。目を閉じなきゃ泣きそうだった。
 原稿を手渡した後のちーちゃんは、空を見上げた。まだまだ舞う花びら達は、なぜか鮮やかなピンクから清楚な白色へと変わっていた。本当に何故だ。
 同様に私も空を見上げ、しばし二人の間は沈黙で満たされる。
 全てが終わった私はぼろぼろだった。精神的には幸福感もりもりだったけど、肉体的に。さっさと帰って布団の中で寝ていたいのに、どこか吹っ切れたような顔で頭上を仰ぐちーちゃんを見ていると、しばらくこのままで良いかなぁ、なんて。
 
「……ねぇ、質問、良い?」
「んぬ? 質問? む、難しくない奴なら…………ど、どーぞー」

 何時の間にこちらを向いていたのか、ちーちゃんが真っ直ぐな瞳で私のことを見つめていた。思えば、ちーちゃんの方から話題を振ってくる(質問を投げかけてくる、ってゆーの?)のは、今日、初めてかもしれない。今まで散々私が一人で語ってきたから。質問という単語を口にしたちーちゃんの表情は、真剣で、私に直球勝負を挑んでいるようだった。自然に、私の表情も引き締まる。

「もし、もしも私が——」

 私に向かって、ちーちゃんが言ったこと。
 すごく簡単で単純で——当たり前の答えが出るような、至って普通の質問だった。


「——完璧じゃないし、努力も苦労もする——……そんな、時々泣いちゃうような私でも、あんたは認めてくれる?」


 ——あぁ、つながった。
 一方的に打ち込むだけだった私のスタッカートに反撃するように打たれた、彼女の本音ってゆー音符。
 初めて一方通行じゃない、お互いに通い合ったこの感情は、全力で質問の回答を叫んでいた。


「あたりまえだの、クラッカー!」


 心から贈る君への笑顔は、きっと、私のスタッカートがつながった証拠だ。