ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 最後まで大好きな僕11 ( No.162 )
- 日時: 2011/12/12 18:38
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: アッサシーン!!
ザッ。芝生を足裏にする音が空気を揺らした。
ぎょろり、と目玉を下から上へと急速に動かし、そのタイツ足の主を確かめる。
やがてタイツ足の主もとい女性は——僕の前に仁王立ちになった。
「う、え……?」
彼女、だった。
僕の動力源、そして現状況の理由であり原因でもある漆原雅だった。
ルージュを塗った形の良い唇が、鮮やかな色を僕の網膜に焼き付ける。猫のようだと常日頃考えているアーモンド型の瞳が少々丸みを帯び、長いまつげを動かしている。如何にもびっくり、という風体だ。服装はいつも通りの黒色のスーツ。シャツの第一、二ボタンが外されていることと、膝頭が見えるか見えないかぐらいの長さのタイトスカートが官能さをアップさせているような気がしてならない。スーツを押し上げている良い大きさの胸元は、神様に恵みを与えられた者の証だろう。
それら、全てが。
それが全てが、数十分前に僕が部屋を飛び出してきたのと変わりない。半日も経っていないんだから当たり前だと、他人に笑われるのは目に見えている。
しかし、彼女中毒者である僕には、目の前の彼女がとても懐かしく感じられた。
「…………、落ち着いたー?」
にへら。彼女が普段の穏やかな笑いを見せて訊いてきた。
僕は間髪入れずに答える。
「パンツは見えた」
「だれがそんなこと訊いたんじゃコラー」
どぐしゃ、と顔面が陥没した音がした。踵の尖ったハイヒールは、綺麗に顔面に吸い込まれたようだ。
斜面に寝転がっている健全な男子の上の方で、スカートでやってくるのが悪い。中身を見られたくないならスカートを履くな、むしろスカート無しでお願いします。……そう考えると、何だかこの傷みがとても理不尽なものに思えた。
だが、自身の無実を主張する僕は、ハイヒールで顔を踏まれる間も目を開けていたので、まぁ、うん、アレだ。…………フィフティ・フィフティ? ……みたいな。
「ちなみに、水色だったね」
「うりゅしばらパーンチ」
「あぎゅを」
パンツという名の目潰しを食らった。さすがの僕も、目にまでATフィールドを仕込んでいない。粘膜を思い切り突かれたの、しばし悶える。涙が滲む左目を手で押さえ、視界を確保しようと無事な右目を「くわっ!」と開いた。
そのまま、全身の血液の流れが止まったような気がした。
否応なく思考がストップされ、言葉が出なくなる。
草の上でごろごろとのたうち回っている僕の目に映ったのは、ぼうっとした表情で、ばらばらの紙屑を眺める彼女だった。
その呆然とした表情が、輝くような笑顔を常に保つ彼女らしくなくて、僕は焦るように一言を絞り出した。気まずくて閉じそうな唇を、べりりと動かして。
「…………ごめ、ん」
「えー、何がー?」
「君の本、ばらばら、にしちゃって。……本当に、ごめん」
するりと出た謝罪の言葉、と言いたいところだったけど、僕の言葉は読点ばかりだった。言葉はぶつ切りにされていたが、彼女には届いたようだった。「あぁ、それ」と返事を返してきた。
急に風が冷たくなった気がして、僕は体育座りをして自分の肩を抱いた。目の端に残った涙の粒が空気にさらされ、眼球の熱を奪ってゆく。
へこんだ、というより明らかにテンションの下がった僕。しばらく(とは言っても数十秒だけど)無言でいると、彼女はそんな僕に向かって、あっけんからんと言った。
「あー、うん。別に良いよー? だって、同じの、もう一箱あるし」
「………………え? もう、一箱? 同じの?」
「うん。同じやつね。自分の家にはそうだなぁ——後、三箱ぐらいかなー? あ、四箱目いるかも」
…………。
あるのかよ…………。衝撃の事実を知り、自分が悪いことをしたにも関わらず、謝ったことを少しもったいないと思う。じとーっ、と無言の重圧をかけて彼女へと非難をこめたオーラで見つめた。
彼女は僕のじと目に気付くことなく、草をいじっている訳だけど。土手に生えているのは、植物に詳しくない僕にはわからない草ばかりだ。唯一、一般的によく知られているクローバーだけがわかった。僕が口をつぐんだのを境に、二人の間に会話が失われる。また冬の空気が戻ってきたような気がして、首をすくめた。
やがて、沈黙が破られる。
「てか、笹宮が私に謝るんだね」
彼女の方からさっきの話題を振ってくるとは思っていなかったので、答えを探すのには数秒ほど要した。
なめらかな指は、物分かりの悪い僕に苛立つように草の生涯を断ってゆく。白い肌に緑が付着していくのを、僕は注意せずに傍らで見守っていた。
「だーかーらぁ。私を責めたり、怒ったりしないんだね……ってことだよ」
「いや、それはしないよ」
「だから、何で?」
のろのろと口を開いた僕とは違い、速くはっきりとした口調でさらに言葉を返される。横目で隣をのぞくと、自潮気味の笑みを口元に浮かべていた。
——何で、そんな顔してるんだよ?
脳内が疑問と不安で染められていく。気まずくて、僕は頭をかきながら答え始めた。うはは、と笑いながら。
「だって君は——正しい判断をしただけじゃないか。普通、こんな新人小説家が言い寄ってきたら……うん。自分で言うのもあれだけど、君みたいなカリスマ編集者が僕みたいなのを相手にするはずもないかな、みたいな。……だから、今回の約束はしょうがないって思————」
「————っ、……から……」