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ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 最後まで大好きな僕12 ( No.165 )
- 日時: 2011/12/13 23:07
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: アッサシーン!!
彼女が僕の言葉に何か呟く。気付けば彼女は、拳をぎゅっと握りしめていた。まるで溜めこんだ感情を、直接拳に経由しているような拳の握り具合。甲に血管が浮き出ているのが、よくわかった。もしかすると、手の鬱血具合からみて、僕が話している間中ずっと握りしめていたっぽい。
「え、何て?」
自分の言葉を紡ぐのに精いっぱいだったは、彼女の言葉を聞きとれずに、聞き返す。
そして、彼女は僕の問いに対して————叫んだ。
「ッだから!」
次に僕が間の当たりにしたのは、彼女の怒りに満ちた顔と。
土手を走っていたおじさんと近くのベンチと遠くのマンションとオレンジに染まり始めた空と頭上の雲とカラスと星と痛みと真っ白な意識の余白と————グリーンの、芝生。一息つく間に駆け巡った景色は走馬灯などではなく、眼球がとらえた一瞬。
「……っ、ぐはぁ……!?」
頬に残る鈍痛と、口の中の鉄臭さ。いまだ視界にちらついている星達が、一つの真実を光の速さで教えてくれた。
僕は彼女に、殴られたのだと。
もちろん、僕は殴られてもすぐに立ち上がるタフさなどないので、殴られた体勢のままに、拳を握りしめて立ち尽くした彼女に向かって喚いた。
「いっ……痛ッ!? な、何で今、僕殴られたの!? 俺の右腕が止まらない的なアレっすか雅さん!」
「………………」
だが、涙目の僕を気にせずに、彼女は荒ぶった精神を落ち着かせようとしているようだった。細い肩が呼吸と共に上下している。三点リーダを連続で使用した無言が見えるのは、職業病と呼ばれても仕方がない。アーモンド形の瞳がぎゅっとつり上がり、桃色の唇は噛みしめられ、何かを堪えているみたいだった。
二人を隔つ空間を切り裂くように、彼女が右手を僕の首筋へと伸ばす。襟元を強く掴まれ、引き寄せられた。当然、首元が締まって苦しさが倍増する。「けほ」咳をしてしまうほど苦しくても、その手を振り払うことはしなかった。その代わりに、彼女のやわらかい手に僕の手を添えるぐらいは許されるだろうか。
彼女は怒りを吐き出すように、叫んだ。
「だから、何でそんな風に笑うのよ!」
言い終わった後、僕はさらに彼女の方へと首を引き寄せられた。そうすることで僕と彼女の距離は一メートル内になる。彼女の長い黒髪が、僕の頬を撫で、甘い香りを漂わせていた。まだ立っている彼女と、しりもちをついている僕とじゃあ上下の距離がある訳で、この喉元の苦しさの緩和には何もならないんだけれどね。
——何でそんな風に笑うのよ。
さっきの言葉を反芻する。そんな風に、が意味しているものを知りたくて、真っ直ぐに彼女の顔を見返した。
襟を掴んで放してくれないので、至近距離で会話することになる。彼女が話しだしてくれるまで、僕はじっと静かにしていた。
「何で笑うのよ、何で笑えるのよ! ここは笹宮が悪いとこじゃないじゃん、私が悪いとこじゃんか! 僕がこんなに頑張ったのに、賞をとったのに——って私のこと怒ってよ、責めてよ! だっておかしいじゃん、あんたが一生懸命頑張って得ようとしたものを、私はくだらないジョークで帳消しにしちゃったんだから!! 私みたいなのがやることなんていつでもちゃらんぽらんで、そこに正しさも平等もないんだっつーの! てゆーか、今回は私が一方的に悪いでしょーが!」
怒りの泡が目の前で弾けては、消える。キレた彼女は通常五倍増で男前だ。僕が女だったら惚れそうだった。お互いが異性同士ならば、必ず惚れていただろうが。
彼女の豹変に追い付いていけない僕は、目を白黒させていた。
顔を真っ赤にして、黒髪が唇に貼り付くのにも構わずに。彼女は怒鳴る。
「私のことが好きだからって、全部許さないでよ————全部すごいっていう一言でまとめんなよ! 私にも欠点も弱点もあるんだよ! 私ぐらいの顔ならどの辺りにいるだし、私と同じぐらい仕事をする人なんていっぱいいるじゃない!! 料理も出来ないし、裁縫とかまじ無理やめて状態だし! 笹宮みたいに面白い小説も書けないんだよ? こんな私とだったら、笹宮の方がずっとすごいんだよ。何でわかんないのよ……僕みたいなのとかこんな小説家だとか、自分を低く見積もっちゃうの!?」
「……僕が君よりすごいなんて、あるはずないだろ」
「私はすごくなんてないっ!!」
間髪いれずに答えられ、怯む。こういうところですぐに黙ってしまうのが、僕のチキンな性格を創り上げていくのかもしれない。
激昂している彼女の表情を、見た。怒っているくせに、今にも泣き出しそうだった。大好きな人の泣きそうな顔を見て、胸の奥が疼いた。その疼きの正体がいったい何なのかが、僕にはわからない。彼女の怒りから避けるように、顔を下げた。
「私はすごくない、完璧なんかじゃない。…………本当の私は、笹宮が思ってるような人間じゃないんだよ……!」
途端、鼻をすする音が耳に入る。
数秒前に下げたはずなんだけれど、その音によって顔を上げざるを得なくなった。だが顔を上げようとすると額を強く押され、強制的に下を向き直される。首の筋肉がみちみちと鳴るのを感じながら、彼女の行動にされるがままになっていた。
しばし、視線を自分の膝のところで縫い留めておく。すると、ぽとり、と何かが僕の足に降りかかってきた。何が降ってきたのか、なんて見なくてもわかる。
それはきっと、透明な涙という————悲しみの産物だろう。
「……笹宮は、賞をとったよね? あれ、笹宮はよく分かんないかもだけど、世間的にはけっこー有名な賞なんだよ。つまりね、今回の受賞で笹宮は、小説家としてかなりレベルの高い場所に位置することになったってことなんだよ。まだまだ新人ってところがあるけど、そこは笹宮の能力で何とかなってるから実質あんま関係ない。だから、これから笹宮は————どんどん、有名になっていくだろうね」
涙声ですらすらと言えるのはすごいなぁ、と彼女の言葉に聞き入る。こういう時でも、仕事のようにてきぱきと話を進めていける彼女は、ほんとにすごいと思う。否定していたけれど。それでも、すごいと思うのだ。
「……私が怖いのは、そこからなんだよ」
震えを抑えて紡がれた一言。怖い、という単語がやけに耳に残る。僕の頭部を上から押さえつける力が一瞬だけ弱まったのを感じた。
彼女の本音を今、初めてきいている僕は————いったい、どんな表情をしているんだろうか。
- 最後まで大好きな僕13 ( No.166 )
- 日時: 2011/12/13 23:12
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: アッサシーン!!
「笹宮がどんどん有名になっていったら……必ず同レベルの。同じ高いレベルにいる人たちと、付き合っていくことになる。高いレベルってのは、別に小説が上手く書けるとかだけじゃない————仕事ができて、性格が良くて、可愛くて……私なんかよりもっとすごい人たちが、笹宮と仲良くしていくことになるってことだよ。その人たちと出会った時に、きっと笹宮は私をその人たちと比べて……がっかりするだろうね」
「……がっか、り?」
「今までこんなに好きだって思ってた女は、こんなもんなのか。世の中にはもっと素敵な人がいるじゃないか——ってね。…………今までのこと全部くだらないって思えるぐらいに素敵な女性が現れたら、そう思うもんじゃない? それに、私は男同士の恋愛が大好きな腐り女でもあるしー? 変な趣味持ってるってのは自分でもわかっいてるよ、私。笹宮がそれが嫌い、ってのもねー」
くはは、と愉快そうに笑い声をあげる彼女。
だけど僕は笑えない。さっきからずっと、足に雫が降り続いているから。
「私はね、それが怖いよ、因幡」
そこで、久し振りに名前で呼ばれた。
名前を区切りにし、彼女が僕の頭から手を離す。同時に一歩退いたようで、僕の上空は遮るものが何もなくなり、ただどこまでも広い空が残された。
目が赤くなり、頬が濡れた彼女が立っていた。手を後ろ手に組んで、はにかみ笑いをしている。笑っているとしても僕にはわかった。彼女はまだ泣いてるってことを。彼女が無理に笑おうとしてるってことも。
「笹宮と出会った時から、ずっと。毎日のように好きだとか愛してるだとか言われてたのに……しかも、私はそれを断って、否定してたのに。それでも私は——笹宮が、いつか私とは別の、素敵な誰かにその愛を向けちゃうのが怖くて仕方がないんだよ……。お前なんて、って笹宮に見限られるのが、怖い。たぶん、なら返事を返せよって感じなんだけどね。…………私は、返事をするのにもびくびくしてる、ただの臆病者だからねぇ。今後、笹宮が我にかえったときのことを考えると————怖くて怖くて、たまらないんだよ」
ザァッ、と風が二人の間を駆け抜けていった。風は彼女の長髪を弄び、僕の背筋の汗を冷やしていった。寒い、と今さらのように身を縮める。
「さて、っと」彼女が場違いなほど明るい声を発した。ぽん、と手のひらを合わせて、ようやく説明がいったと満足げに微笑みながら。
——そこまで明るくしようとするなよ、君が泣きそうなのは分かってるんだ。
唇を噛みしめる。薄い皮に食い込んだ歯は、そのまま皮を突き破った。ぷつりという音と共に熱い血がふき出る。
「……えっとー、とりあえずここまで超ハイペースで私の弱さばばーんっと言っちゃったけどー……。……笹宮、何か言いたいことある? 今までのプロポーズとか告白とか、全部取り消してくれー……とか。君には失望した、とかさぁ? 別に私、さっきみたいに怒らないから、はっきり言っちゃってよーん」
ね? 言ってよ。冗談めいた口調ながらも、その瞳は真剣味を帯びていて。さらに奥底には、不安やら怯えの色が見え隠れしていて————って、あぁ、もう!
僕は彼女の本音を前にして、やり切れない気持ちで胸がいっぱいになった。理由なんてわかってるだろJK。目の端に残る涙の残滓が全てを物語ってるんだよ畜生! ムラム……イライラした何かが喉を覆う。
「ほら早く、因幡」
彼女が返事を急かしてくる。
殊勝そうに笑ってるつもりなんだろうが、こっちは今この瞬間まで君へのラブ大量生産中の戦士だ。言いかえると、ずっと君のストーカー野郎だ。君が今どれだけ不安で、どれだけ僕に嫌われるのを恐れてるかってぐらい、すぐにわかるんだ。
——そんな虚勢、張るだけ無駄なんだよ。
「……正直——————」
迷うような素振りなんてみせない。ここ一番の真面目顔をして、低めの声で口を開く。
虚勢を張るぐらい不安なら。そんな君のために、僕は言ってやる。
そんな本音程度じゃぁ、まだまだ君への愛は壊れないんだぜ、って。
「——————君に、惚れ直した」
「………………………………………………っ、はぁ?」
今、三点リーダいくつ使ったの——そう聞き返したいほどたっぷりと間を置いて、彼女はすっとんきょうな声をあげた。その表情は、驚きというかむしろ呆れなような気がした。言われたことが理解できねぇんですけど、というギャルのような表情。さっきまで泣いていたのが冗談みたいだ。
首を傾げている彼女に(逆にこっちが)泣きそうになりつつも、僕は余裕しゃくしゃくという雰囲気を醸し出して、気にしていない素振りをみせつけた。そして、彼女への愛を吐き出す。
「正直、君じゃない人を好きになる人生なんてね。僕はこれっぽっっっっちも、想像できないんだよね。……そんぐらい、君のこと大好き過ぎるせいだと思うけど。パラレルワールドがあるわけでもないだろ、僕らの世界はこの世界しかないわけだし。その一つしかない世界で、僕は君のことを愛してるよ」
まぁ、僕の想像力が貧困だという可能性も捨てきれないのだけれど。一言付け加えて、笑いを誘おうとした。彼女はフリーズしたままだった。
そんなに変なことを言っているのだろうか、僕は。んー、と間延びした声もくっつけて、続ける。
「いやぁ……僕さ、君が僕のこと嫌いだから、色々断られてるのかなってずっと思ってたからさ。だから今の本音聞けて、かなりハッピー。現在進行形で結婚してぇって思ってる女の子にこんなこと言われて失望する男なんて、いないと思うけどね。僕はとにかく、めちゃ嬉しい」
「…………き、嫌いなんかじゃないよ、別に」
「うん。知ってた、わかってたんだよ。ずーっと、前から」
「え、まじすか」
彼女の頬が紅潮するとこを、初めて見た気がする。ていうか、照れるとこを見るのが初めてなんだろう。彼女は彼女で、自分の思いを知られたことを恥ずかしがるように、僕の視線から逃げていた。顔が横にそれている。
……いや、知らなかったけどね。嘘だけどね、わかってたんだよーとか。全く、気付かなかったんだけどね! ……とりあえず、役得ということで落ち着いてみた。
「僕の言葉が足りなかったら謝るんだけどさ、別に僕は——君の完璧なところが大好き、とかじゃないんだよ」
「だッ——だから、私は完璧なんかじゃ……!」
「そうだよ、君は完璧なんかじゃない」
彼女がまた怒ろうと声を荒げるのを遮り、先手を打つ。僕の先手に、彼女はぐっと言葉を呑む。さっきと攻勢逆転というわけだ。
- 最後まで大好きな僕14 ( No.167 )
- 日時: 2011/12/13 23:19
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: アッサシーン!!
——本当に、わかってもらえなかったのかもしれない。
過去の自分に、ちょびっと後悔。あまりに彼女のことを褒めすぎて、それは逆に彼女のことを遠ざけてしまっていたのかもしれない。漆原雅愛好会ナンバー一、そして会員数全一名として、恥ずべき言動だった。
ならば、正すしか道は無い。
小説家らしく、言葉で相手の心を動かしてやる。
「……初めは、ただの憧れだったんだ」
発した声は、ずいぶんと落ち着いていた。はしゃぎ過ぎて、「君が大好きだああああ」とか叫びそうだと思っていた。自分のことなのに、まるで他人事のように思える。
胸いっぱいに、冷たい風を吸い込む。草木の柔らかな香りが鼻をくすぐった。
「新人で、まだ社会人って言葉も似合わないような——読者のことなんて一つも考えてない小説家。そんな僕にさ、君は手を差し伸べてくれたよね。よろしく、って。自分のポリシーだから、っていつも言い訳してたけど。僕は、そんな君の真っ直ぐな姿に憧れてたんだ。…………ううん、一目惚れしたんだ」
——出会いは最悪、っていう帯がついててもおかしくないよなぁ……。
「普通、上司に回し蹴りした挙句に舌掴んだ女を好きになるか?」白場に、何度も怪訝な顔で訊かれた。確かに僕も疑問だった。どうして彼女なんだろう、とか。普通の女の子じゃ駄目なのか、とか。じゃあ、僕は彼女のどこが好きなんだろう、とか。
仕事に真面目な姿? 何でも軽々とこなしちゃうところ? 美人なところ? スタイルが良いところ? 何で好きなのか——彼女の良いところは、馬鹿みたいに思いつく。でも、どれも好きな理由にはぱっとしない。あれがそうだから好きだ、というのにきっちりと当てはまらない。しばらくの間、僕はそうして考えていた。
そして、気付いたのだ。あまりにも簡単な答えに。
「僕が一目惚れした理由、それは————君が漆原雅だったから、だよ」
「私が、漆原雅だった、か、ら?」
「イエス」
他の人はこの答えに、「夢を見過ぎだ」とせせら笑うだろう。僕だって、他人がこんなこと言ってたら腹をよじって大笑いするし。
それでも、僕はこの答えに満足してるし、これしかないと断定できるのだ。
だって、そうでもしないと——————この胸の内で鳴り響くスタッカートは、説明がつかないじゃないか。
「てかさ、今さらなんだよ! 私は完璧じゃない? 知ってるよそんなもん! 趣味とか丸わかりなんだよ!」
「え、そうなの!?」
「そうだよ! 普段あんなに目の前でボーイズがラブってる本読んでるってのに、何言ってるんだよ君は。今さら、動じねぇっつーの。そんな趣味で嫌いになるほど、僕の愛は軽々しくないんだよって話」
初めて彼女からカミングアウトされた時は、そりゃ驚いた。でも、すぐに驚きも理解に変わった。君の好きなものをどうこう言いたくないし、君が好きならそれで良いと思ったし。そりゃぁ、多少は嫌悪感があるけれど……。でもやっぱ、彼女への愛の方が勝った。
そして、何よりも大切な理由は、
「……そもそも、前提が違うんだよ。僕はボーイズラブが大好きで、年中漫画のネタ言ってるような君が好きで不毛なプロモーズ繰り返してたんだから。料理できねぇ、っていちいちインスタントラーメン僕に作らせる君のことが可愛くて、だから結婚したいと思ってるんだよ! 君より素敵な女? ふざけんなよ、君以上に魅力的な女性なんていねぇよ! クレオパトラが蘇って求婚されても、僕はそいつを地面に植えて球根にしてやりたいねざまぁ見ろ世界三大美女ッ!!」
語気を強めて、一気に言葉を放つ。スタッカートがよく効いたこの言葉を、彼女は受け止めてくれているのだろうか。
サッカー少年も、走ってるおじいさんも。周囲の景色なんて全く気にせずに、僕ははっきりと叫ぶ。
目の前で、また泣きそうになっている————最愛の女性に向かって。
「君みたいな素敵な人を他の人と比べるわけねーだろ! 君っていう一人しか僕はラブってないんだ。他の女と比べなくても、僕の彼女は最高だってことぐらい自分でわかるよ! 欠点なんてなぁ、ある方が可愛いだろうが! どじっ子な君とかまじ萌えるよ、うん!!」
「…………い、いなばぁ…………」
ぼろぼろと、彼女の両目から涙が溢れだす。普段は凛々しい彼女の顔が、幼い子供のような泣き顔になっている。せっかくメイクをしたのに、頬を伝う涙のせいで溶けちゃったら可哀想だと思った。
でも、やめない。
最後まで彼女への愛を吐きだすまで、僕は語る。
「大好きな人のことを全部許したいって思うのは、当然のことだろ! 好きなんだよ、どんな理不尽なこと言われても約束破られても! 馬鹿みたいだろうけど、君しか見えてないんだよ! 君がいない未来なんて考えたくもないし、他の奴が入り込む余地なんて、絶ッッッッ対に与えてやらない!
大好きな君を、不安にさせたりしない! だからっ——————」
だから。
だから、一緒にいてくれ。
僕の愛を受け流さずに、本音を言いながら向き合って————ちゃんとした答えを、僕にくれ!
「僕と、結婚してくれぇええええええええええええ!! 漆原、雅ぃいいいいいいいいいいいいい————————ッ!!」
結婚したくない、と言ってくれてもいい。本当は嫌いなんだ、と素直に話してももちろん良い。
ただ、一つだけなんだ。たった一つの、簡単な話なんだ。
ちゃんと、僕のスタッカートが届いて欲しかった。
たとえその結果が、無駄に終わろうとも。
「…………っ、ぐ、はは、ぁ…………」
叫んで、疲れて、転げる。この三拍子が今日を彩っている気がしているのは気のせいか——ということで、またもや僕は力を限界まで出し切って、その場に倒れこんだ。
違う、まだ立っていられた。
酸素不足の脳の回転はいつもに増して鈍い。そんな中でも、彼女の手がしっかりと僕の腕を必死に掴んでいるのが見えた。白んでいる視界の中で揺れて映る、彼女の涙。意外に泣き虫だったんだな、とぼんやりと思う。
「………………笹、宮」
「は、い」
ぐらんぐらんする体を無理やり直立させて、彼女の呼びかけに応える。喉がかなり掠れていた。ひゅーひゅーと肺が酸素を求めて蠢いているのがわかる。
- 最後まで大好きな僕15 ( No.168 )
- 日時: 2011/12/13 23:39
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: アッサシー————あ、ラストです
彼女は一旦、鼻をすすった。緑の液で汚れたままの指先で、頬に残った雫を拭う。泣いていた事実を無くしたがっているみたいだ。
涙の跡と一緒に、穏やかな笑みが広がっていた。まだ赤い目を細めて、照れたように。
「笹宮は、さぁ」
さて、ここで少し説明。
僕は、今まで彼女に行ってきた告白(彼女になってほしいという申請から、プロポーズまで様々だ)の回数を、全て記憶している。
その数、なんと十二回。先日の約束で十二回目だったというわけだ。このしつこさに、女性諸君は顔をしかめて「いや、まじ気持ち悪いな……」と吐き捨てることだろう。明日から僕は町を歩けなくなりそうだ。
そして、さっきの叫び。さっきの叫びは、十三回目の告白になる。
十三とは、あまり一般に歓迎されていない数字だと思う。十三日の金曜日、だとか。裏切り者のユダが云々かんぬん、ということで。まあ、何となくオーケーされる確率が低そうだ。……いえ、僕はラッキーセブンであるはずの七回目に普通に断られましたけどね? 星座占いでは恋愛運一番だったくせにね?
「う、うん」
僕の上ずった声に、彼女はおかしそうに肩を揺らした。
十三、という数字が妙に僕の脳内にひしめきあう。断られる率がぐんと上昇した気がする。
——どうしよう、やっぱ、断られるのかな。
チキン精神がその布を取り払い、全面に押し出されてやってくる。今さらになって心臓が早鐘を打ち始め、言いようのない緊張感が体を包み込んだ。耐えきれず、下を向いた。緊張に染まった顔を彼女に見られたくないというのが最大の理由である。
だけど、ぶるぶる震える僕に手渡されたのは————優しい、彼女の言葉で。
「……ドレスと白無垢、どっちが好きですか」
「そりゃ迷う選択だね——————って、……え?」
——ドレスと、白無垢?
急に与えられた質問の意図が最初は掴めず、顔を上げて彼女に訊き返してしまった。
口を半開きにして疑問符を浮かべる僕。薄く色づいた頬をし、幸せに満たされたような表情をした彼女。
対称的な僕らの有耶無耶な空間を切り裂いたのは、彼女の深いお辞儀。と、同時に発せられた——
「——これから、よろしくお願いします」
これからよろしくお願いします、という言葉の意図。
それはつまり、僕からのプロポーズを受けてくれたというわけでありまして。
「っ…………!!」
不安がけし飛び、代わりにはち切れんばかりの喜びと嬉しさが僕の胸の中にダイブする。こけた時の痛みなんてアドレナリンのおかげで全く気にならず、冬の空気の冷たさなんて何それおいしいのと他の人に聞いて回りたいぐらいだ。足元が疲れとはまた別の力によってふわふわと浮くような感覚を覚え僕はドラえもんだったっけなんていう質問をしてしまいそうだった。
——嬉しい、嬉しい、まじで、嬉しい。
巡るのはこれからよろしくお願いしますという明快な言葉であってそりゃぁ僕みたいなチキンはそれが了承の言葉だとすぐにはわからなかったけれどもいやでも、いや、いや、うん、いや、でも、まぁ、うん。
とりあえず、叫んでおこう。そうでもしないと、喜びに心臓が潰されそうだから。
すぅ、と酸素を取り込み。胸いっぱいの嬉しさを、二酸化炭素に乗せて吐きだした。
「やっほぉおおおおおぁああああぁあぁぁあああああぁああああああぁあああああああ!!」
「笹宮、うるさい」
隣で彼女が唇を尖らせて、注意をしてくる。
ごめん、と嗄れた声で謝ってみるけど、頬は緩みっぱなしだ。これ以上の幸せがあるものか。
これは——僕と彼女以外、誰も得をしない終わり方で、たいしたアクションも、命のやり取りもない生ぬるいストーリーだ。
だけど僕は、求めていたハッピーエンドを手に入れた。それはリアルだ。
照れくさそうに笑う彼女を見る。彼女も頬が緩んだままの僕を見返す。
その度に、僕の胸は出会ったあの頃と変わらないリズムを刻んでいる。
「……スタッカート、万歳」
彼女に聞こえない程小さく、呟いた。
この言葉は、ネットの向こうにいる誰かに、届いただろうか。
胸に宿るこのスタッカートは、彼女といる限り、永遠だ。
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