ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- そして、歩き始めた僕1 ( No.172 )
- 日時: 2011/12/18 14:47
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: アッサシーン!!
両手いっぱいに世界中の幸せを抱えている——そんな錯覚を覚えるほどの高揚感の後には現実を突きつけられ、ただ喪失感が残った。これは世の中でよくあるパターンだ。どうやら僕も、そのパターンに当てはまってしまっているらしい。
数分前に感じていた胸の温かさなんて今では消え失せ、代わりに手足は氷のように冷たかった。
「…………なぜ、僕がこんな川に入らなければ…………がたぶるぶる」
「あんたが本の破ったやつ、その辺りにまき散らしちゃったからでしょーが、ばかちん!」
プロポーズの際の涙の余韻さえも残さず、蔑むようにこちらを睨んでくる彼女。この川原を行ったり来たりしてるせいで、額に汗が浮かんでいた。頬の赤さは、けしてさっき泣いたことによるものじゃない。
さて。先ほどハッピーエンドを迎えた僕らが何をしているかというと。
「……後片付け、なんですけどねぇ…………」
まくりあげたズボンの裾がずり落ちそうになり、焦る。凍えて真っ赤になった手は濡れているので、一度シャツで拭いて裾を直した。
僕は川に入り、ばらばらに千切った漫画をかき集めていた。勿論、彼女に手伝ってもらいながら。彼女が言うには「ゴミの不法投棄よくない、絶対よくない。笹宮の脳内ぐらいよくない」らしい。素知らぬ顔で帰ろうとしたら怒られてしまったのだ。怒った彼女も可愛いなぁ、と彼女お墨付きのよくない脳みそで考えた。
「笹宮ぁー、土手のあたりはもう終わったよ。帰ろっかー」
「あ、うん。そうだねー」
ぼーっとしていたら、どうやら彼女の方は終わったようだ。ざぶざぶと波をたてて、川から上がる。上がった瞬間、麻痺していた感覚が蘇り、刺すような冷気が僕のくるぶしを攻めてきた。冷たい、というよりこれはもはや痛いのレベルだって。意識していないのに、鼻水が出てくる。
「漫画って、塵にしたらこんなにかさばるんだねー。びっくりー」
「がっ、があが、そ、そうだ、ネッ」
歯と歯が噛みあわず、ガチガチと不協和音を奏でる。ついた雫を軽く払い、靴下に足を通す。生温かさの付属品として、べっちょりとした気持ち悪さが足を覆った。
僕が持ってきた(奪ってきた?)段ボールを抱えた彼女は、座って靴下を履く僕のことを眺め、待っている。時折、土手を行き交う人々を視界の端に留めていた。
段ボールに向かって、片手に握りこんでいた紙くずを放り込んだ。水を吸っているので、ぐじゅりと音がたつ。軽くは絞ったけど、それでも重量が増したのと、冷たいことには変わりない。
「さむ…………はぁ、僕は一体何がしてたんだろうかー」
「プロボーズじゃないの?」
「そりゃそうだけど」
プロポーズ、とさらりと口に出した彼女の口調はどこか明るい。僕の方も爽やかな気分だった。プロポーズを受けて入れてくれたことが最高にうれしいし。
ふわふわとした足取りで立ち上がり、一息つく。久し振りに全力疾走したので、体のあちらこちらから悲鳴がもれた。
「うぃー、……んじゃ、帰ろうか!」
「そだねー」
両肩を回して、筋肉をほぐす。彼女は頷くと、歩きだそうとして——————僕の差し出した手を見、不思議そうに首を傾げた。
「……何、その手?」
「いやぁ、夫婦になる前に、彼氏と彼女時代のあの甘酸っぱさをワンモアタイム」
「理屈が分からん」
唇を尖らせながらも、僕の手に触れ、握る。そんな彼女が、心なしか照れているように思えた。あぁ、可愛過ぎる!! 口元が緩み過ぎて、もうだるんだるんになりそうだ。実際、ふにゃらと表情がゆるゆるになったのだが。
「そ……それじゃ、行きまとぅか」
「そ……そうでつね」
かみっかみで、ぎくしゃくした(真顔)。そういえば、こうやって改めて手をつないだことなんてなかった……。なので、思いのほか照れる。いぎゃー、恥ずかしいー! でも放さないー! ……みたいな。ほんと僕たち因幡かっぷる。
彼女の華奢な手を握り返す。指先がなめらかで、ほのかに温かい。体温を川に奪われた僕の手を、嫌がる素振りも見せず、ぎゅっと指を絡めてきた。何これ、やっぱ照れる。
「………………」
「………………」
無言状態、さらに直立不動になる僕ら。これらはすべて、手をつないでいることへの恥ずかしさと照れによるものだと彼女もわかっているだろう。顔を赤くしたまま、手をつなぎ立ち尽くす社会人のカップル。
…………何それ、やばい。すごく痛い。主に世間からの視線が。
——ちょ、誰か助けてけすたーァッ!!
心の中で、普段めったに祈ることのない神様にヘルプミーを送る。
すると、その助けが届いたのか、思いがけない人物が登場してきた。
「あ————にき————!!」
「……あ、妹」
「あれ、ゆきちゃんじゃない」
土手の方から、大きく手を振りながら乱入してきた人物。その人物こそ、僕の妹、笹宮ゆきだった。
白うさぎみたく、雪のような冷たく厳しいものに負けずに育てという願いをこめて名付けられた妹は、高校三年生だった。だった、というのは、今日をもって妹は高校の卒業式を迎えたということである。片方の手に掲げているリボン付きの筒は、僕も学生時代に見覚えがある。
「……何で、手ぇつないでんの二人とも………?」
「! ……っはッ!!」
息を切らせてやってきた妹が、僕と彼女に引き気味で問いかける。
自分たちがまだ手を握り合っていることに気付いた彼女が、トマトのように顔を紅潮させ、その手を放そうと、
「させるもんですかッッ!!」
「いぎゃぁ!? 指がうねうねと絡んで来て逃れられないッ!?」
という訳で、強引に指を絡めにかかった。ふぅーむ……。やはり、社会人二人が手をつないで立っているという姿は、いささか日常には不自然さが付きまとうようだ。今度から人目を避けるようにしよう、と今後の教訓とたてる。
強張った表情をしている妹を嘲るように、僕は不適な笑みを浮かべた。
「愚妹め、これが僕らの愛の証だということがわからんか! この陸上BACAめ!」
「……いや、すっげー雅さん嫌がってるんだけど……。てか、馬鹿って言葉をアメリカン風味に発声しないでくれるかな……?』
全く、兄貴ってやつは。呆れながら妹は肩をすくめる。ついでに言っておくと、彼女は高校生の間ずっと陸上部でその俊足を生かし続けていた。母が「うさぎみたいに飛び跳ねる子になっちゃったわね」と僕によく苦笑いしていたのは、まだ記憶に新しい。
彼女は妹の登場に羞恥心がMAXになったのか、何とかして手をはなそうと試行錯誤を繰り返している。正直、指の骨が爆発しそうで怖い。しかも痛い。
- そして、歩き始めた僕2 ( No.173 )
- 日時: 2011/12/18 14:49
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: ほんとのほんとに僕編終わりです
「ああ、そういえば兄貴。すごい賞とったんだって? おめでとー。今日はお祝い、家族みんなでしようと思ったんだけど……その様子だと、雅さんとイチャイチャトゥナイトっぽいね」
「うん、その通り。今日はお前の卒業祝いとして、母さんたちと盛り上がってくれよ。僕は彼女とラブラブワンナイトするからネ!」
「笹宮なんてモーニングで充分だよ…………」
振りほどくのを諦めたらしい彼女が、恨みがましく僕を一瞥する。モーニングで充分ってことは、つまり朝帰りしようよということだろうか。何て大胆な告白、と胸をときめかせてみた。文字から見え隠れしている殺気は置いといて、と。
赤面したまま睨まれても迫力なんて無いに等しいので、さらりと受け流す。
「ふーん、わかった。じゃあ、せめてその紙吹雪を使って、私が兄貴を祝ってあげるよ! おめでと、兄貴っ!」
満面の笑みを浮かべ、妹は紙吹雪を僕たちの上空に放り投げ——————、
——って、かみ、ふぶき? ここにそんなものあったっ……?
次の瞬間、僕は妹がいつのまにか彼女の持っていた“段ボール”の中に片手を突っ込んでいる姿を目の当たりにした。
「って、馬鹿妹ぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお——————ッ!!」
「あぎゃぁ————っ!?」
紙吹雪——いや、漫画の残骸を宙に放った妹を、ぶん殴る。手なんて抜かない。相手が彼女じゃないので、本気で殴った。妹萌えの方たちからブーイングを受けそうだ、と意識の外で考える。
妹が空に放った紙片。僕の手で散り散りになっているそれらは、ほのかにピンクに色づいた身体を揺らめかせ、上空に舞っている。この調子で落ちてきてくれれば、と両手を広げて待つ。横を見ると、彼女も同じようにしていた(片手は未だに恋人つなぎ中である)。
だが、神様は僕らを見放したらしい。
「きゃあっ!?」
「うわぁ!?」
「うおっ!」
急に、強い風が吹いた。僕らの身体を横から殴りつけるようなほどの、強い風。あまりの強さに目をつむる彼女と、スカートを押さえている涙目の妹という女性陣。
対して僕は、目をとじることもせず、ドライアイ真っ只中だった。
やがて風はおさまり、二人がおそるおそるというように辺りを見回す。風はすぐにどこかへと去り、後には疲れた様子の僕らが残される。
「あー……すごい風だったねぇ————って、笹宮は目を思い切り開いて何見てんのよ?」
「いや、君のスカートがさっきの強風でめくれないかなと」
「うりゅしばら、チョップ」
「だからそれ目つぶぐわはッ」
「…………何やってんの…………」
そりゃお前のことだ、と言いたいのをこらえた。歪んだ視界の中、妹が呆れたように呟いている。僕も人のことを言えないと考えを改め——やっぱり悶えた。ずぶりと眼球を突かれた衝撃は、痛みへと変化し、涙を生む。前ので耐性がついたのか、立ち直るのは早かった。瞼の端に涙を浮かべたまま、風によって巻き上げられた紙屑の行方をすぐに追う。
「うわ、あんなとこまで行っちゃってるねぇ」
彼女が困った様子でぼやく。あんなところまで行ったらなぁ、とさらに続けて。
あの紙屑たちは、風と一緒に土手の方へと舞い上がっているようだった。裸んぼうの木の下でちらついている。表紙がピンク色なのが多かったので、暗いばかりの冬の景色にアクセントをつけている。薄い桃色や濃いショッキングピンクなど、様々なピンクがふわふわと揺れ動く。
ピンクのせいか、空に舞う紙の欠片たちは、季節違いの桜の花びらにも思える。
「……桜みたいだー」
「そうだね、ちょっと綺麗かも」
何気なく呟いた言葉。だけど、彼女は笑って応えてくれた。
冷たかったはずの指先は、彼女のおかげですっかり温まっている。
偽物のの花びらたちは、そんな僕らを祝福するかのように空一面に広がり、舞う。余計に桜のように思えて、僕はまた彼女の方に視線をやった。彼女は冬に似合わぬこの情景に見とれているようで、口元に笑みを称えている。
土手で話し込んでいた女子高生(だろうか、制服からみると妹と同じ学校らしい)が、両手を広げていた。何をやっているんだろうか。最近の若い子のやることって、わかんないなぁ。
「あー……」
ふと、以前見たサイトのとあるスレッドを、思い出した。
——愛って何ですか、だったっけ?
あの場で言葉を交わした彼女は、今どうしているだろうか。この場には全然関係ないことだろうけど、あの子の幸せと、小説を書こうとする気力を願ってみる。
それにプラスして、一言。愛ってゆーのは、っていう問いに対する、現在の回答。
「……ここにあるもの、なのですよ」
「ん? 何か言ったかねワトソン君」
「いえいえ、何でもないですホームズ君」
薄く笑って、彼女とつないだままの手を、オレンジ色の空にかざす。
遠くの空には、まだ桜が舞っていた。