ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- きっと、駆け出し始めた私1 ( No.174 )
- 日時: 2011/12/19 23:08
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
ドラマとか小説とか。漫画だっていい。そういうものを見たら、私はいつも思う。広くで巨大なこの世界の中では、私個人の悩みなんて本当に小さいものなんだ、と。
実際、私が今まで悩んでいたのはただの友人関係だ。飢餓に苦しんでもいないし、毎日寝るところに困ってもいない。友人が全くいなくて孤立していたり、いじめを受けたりしているわけでもない。私より不幸な状況に陥っている人は、私のことをしかめ面で眺めるだろうに。
私の悩みは所詮、他の人にはどうでもいいものなのだ。小さくて、甘ったれている。そんな悩みなのだ————
「————そう思ってた、のになぁ……」
呟いた瞬間、欠伸が出た。こらえきれずに大きく口をあけて、「ふわぁ」と一つ。朝の暖かな陽射しが、私の頬を照らす。柔らかい光に溢れた通学路を見渡し、目を細めた。あぁ、春なのだ。
通学路の前にも後ろにも、誰もいないことを一旦確認する。茶ぶちの野良猫一匹しかいないことを確認してから、私は小声で口を開いた。
「卒業式から、もう一ヶ月かぁー」
先輩が卒業して、一ヶ月経った。
私は当たり前のように、高校二年生から三年生にレベルアップし、コマンドには新しく「受験勉強する」という項目が増えた。スキルには「部活を引退できる」だの、「進路を決める」だの、よくわからないものがずらりと並ぶ。……という、まぁ、想像なんだけれども。
そして、先輩の方は、何とか志望校に合格できたようである。どこの大学に行くんだろうか、とか県外なのかな、とか私は色々考えていたんだけど、どうやら近くの大学に通うようだ。先輩じゃないから会わないとかほざいてたくせに、ばっちり携帯にメールをしてきやがったあの野郎。
「……はぁ、春休み明け初日から休み明けテストって……辛いなぁ」
ぼやきながらも足はしっかりと学校へと向かっている、という矛盾。しかも今年から受験生だということで、本当に気が重い。先生からうるさく言われるのがわかっているので、余計だ。
ローファーの踵で、朝の静けさに包まれた通学路に音を響かせる。かつかつと音をたててみると、リズムになった。しばらく、うるさくない程度に音を出して楽しむ。陽だまりと影が散らばった地面を、しっかりと踏んだ。
「まぁ、先輩でも通った道だし。大丈夫、かなー」
先輩が隣にいたら、両手を振り上げて猛抗議しそうな言葉を平然と口に出す。まぁいても言うけどね、と内心舌を出しながら。
私の家と高校の距離は、何といえばいいのか、本当に微妙だ。自転車通学ではないところからすると、どうやら学校に近い方だと認知されているようだ。でも歩いている本人にとっては、夏でも冬でも徒歩では遠いのに変わりはないので、心の底から自転車を所望している。自転車通学になるために元気玉集めろと誰かに言われたら、私はきっとする、と思う。……たぶん。
「りりる先輩、おはようございます」
「あ、おはよう、半田さん」
とか考えてたら、背後から挨拶が。振り返ると、同じ陸上部の後輩である半田さんだった。今日も結いあげられたツインテールが眩しい。私はショートカットだから、意味もなくロングヘアーの子に憧れているのだ。私が高校三年生になるのと同じように、今日で半田さんも高校二年生になる。可愛らしい童顔が、いつもよりか誇らしげな気がする。
半田さんはにこにこと笑いながら私の隣に並んだ。
「今日から新学期ですね」
「そうだね。私も今日から受験生で、気が滅入るよ」
「りりる先輩、成績良かったですよね。やっぱり、推薦もらうんですか?」
「いや、もらわない……ていうかもらえない気がするよ。クラブ、一回変えちゃったしね」
「えー! りりる先輩だったら、転部ぐらい成績とか役員とかでカバーしてますよ! 推薦狙いましょうよ!」
ぐっ、と半田さんが両拳を握って力説してくる。確かに私は、陸上部に入ってからは様々な役員や係に挑戦している。今年の委員会の選挙でも、図書委員長あたりに立候補するつもりだ。成績も中の上ぐらい。それでも、何となく推薦に対する怯えというか、自分に対する劣等感めいたものが抜けなくて、推薦の道を選べない。
苦笑いのまま言葉を止めてしまった私の隣で、半田さんが「あれ?」と首を傾げた。
「…………っていうか、何のクラブから陸上部に入ったんですか、先輩? そもそも、先輩って転部してたんですね。てか、何で前のクラブをやめちゃったんですか? りりる先輩、足速いのに。肩の故障、とかで女子ソフト部とか?」
「いや、単純にバスケから陸上へと興味が移っただけだよ。……ついでに、見知った先輩から誘われたしね。あと半田さん、うちの高校は女子ソフト部なんてないでしょ……」
「あ、女子ソフト部じゃなくて、女子ソルト部でした!」
「塩を使って何をするクラブなの!?」
思わず突っ込みを入れると、半田さんは照れたようにはにかんだ。大きな瞳が、照れによって三日月型になる。
こっちを向いて照れていたので、「足元に気をつけてね」と注意しておく。舗装されたアスファルトの上はなめらかだけれど、体育祭の時に顔からこけたこの子のどじレベルは先輩と同じぐらいだ、と推定。
「それにしても先輩って前、バスケ部だったんですね。だから陸上にはない俊敏さとか、瞬発力とかが備わっているわけなんですね!」
「自分の力について分析したことないから、そういうのはわかんないけどね」
さらりと褒め言葉を交わし、前を向く。あんまり人から褒められるのは好きじゃない(なぜなら、自分を過大評価されている気がするからだ)。
半田さんと歩いている間に、学校の塀が見えてきた。うちの高校は校内の面積が意外に広いので、その分塀も長い。ようやくゴールが見えてきたので、私はこっそりと息をついた。そしてもう一度息を吸い、「そういえば」と今度はこっちから話を切り出す。
「今年の春の大会、半田さんは何に出る? 部長が部員全員の希望をきいて、先生に提出しないといけないの」
「先輩は、やっぱり走りの方ですか?」
「…………え、あぁ、…………う、うん。ど、どうしてわかったの?」
こちらから聞いたはずなのに、逆に聞き返されていたという恐怖。本人は無自覚なのか、爽やかに微笑んでいる。
——いや、確かに今年も走る系の競技をしたいなとは考えてたけども……。
心の中が疑問符で満たされた。私が消化不良なのを悟っているのかいないのか、半田さんはさらに言葉を続けた。
- きっと、駆け出し始めた私2 ( No.175 )
- 日時: 2011/12/19 23:12
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
「だって先輩、走っている時の表情が素敵ですもん。前も素敵な表情してましたけど……春休み中は特にです」
「素敵な表情って……何だろ、私、変な顔してたかな?」
「あ、いえ、そういう変な顔だっていう意味ではないです!」
半田さんが慌てた様子で、若干へこんだ私に言葉をかける。握りしめていた拳をひらき、ぱたぱたと胸の前で交差し、ばってんを作った。
その一生懸命な姿を前にして、私もへこんだのから立ち直る。半田さんはほっと胸をなでおろすと、「えーっと……」と唸るようにして言葉を絞り出した。
「以前のりりる先輩の表情って、何となく、険しかったんですよね。走ってない時は普通に笑ったりするのに、走ってる時は苦しそうに、厳しい顔してるんです。初めは、体力ついてないから疲れるのかな? ……って思ってましたけど、外周走る時は、いっつも前の方ですし」
「険しい顔、ねぇ……」
「でも、卒業式の後——春休みに入っての練習ぐらいから、表情が変わってる気がするんですよ」
ちらりと半田さんが私の顔色を窺う。こんなこと言っていいのかな、と後輩の立場上、悩んでいるようだ。出来る限りの微笑をして、私は話の先を促す。
「走るときに、辛そうじゃなくなったんですよね。むしろ、生き生きしてる感じがします。以前は走っている間、前の方を睨むように見つめてたのに、今のりりる先輩は、何だか走ることを楽しんでるみたいに、ゴールだけをひたすら目指してます。…………走ることに厳しい真剣な表情も、楽しむように朗らかな表情も。私は両方、素敵だと思ったんですが、」
ふわり、と風が私たちにふいた。どうやら、塀のあるところからないところに突然行ったせいで、風をもろに食らってしまったようだ。
半田さんが全てを言い終わる前に、私たちは学校に着いてしまった。生徒たちの挨拶が飛び交う中で、ぽかーんと校門で止まった私たち。話の続きをするには、何かを風に持っていかれたような、シリアスムードをぶち壊しにされたような気がする。
「あ、はーちゃんおはよー!」
「ぎゃほっ!? あ、ミキ、おはよう」
私の背後から、突如現れたポニーテールの女子(後輩っぽい)が、半田さんの背中を思い切り押して挨拶をした。朝からテンションが高いなぁ、とくすりと笑みを零す。
するとそのミキという子は私が先輩だということに今まで気付いていなかったのか、私の顔を見て息をのんだ。そして、急いで頭が膝につくんじゃないかと思うぐらい背を曲げてお辞儀をする。
「……お、おはようございますです先輩!」
「うん、おはよう」
微妙に間違った敬語だけど、挨拶には違いない。朗らかに笑いつつ返事をすると、私は三年生の靴箱へと向かい始めた。半田さんとミキという子に「じゃあね」と手を振って。せっかく仲の良い友人がいるのに、先輩がいては堅苦しくて話が進まないだろうと考えた結果による行動である。
だけど、すぐに大声が私の背にかけられた。
「先輩、さっきの話の続き、一つだけ言って良いですかー!?」
くるりと背後を見ると、半田さんが口の横に手を添えて、大声で私に向かって話しかけていた。周囲の人たちの注目が私に集まる。ほんとにあの子、走りは上等なくせに脳みそは先輩並みなんじゃないのか。直球過ぎる行動に、かつて体育教師と渡り合った先輩の勇姿をみる。
離れた位置から届いた半田さんの声に、無言で返す。半田さんは私が何も言わないのを予測していたのか、答えなんて聞かずに、続ける。
「私、今の先輩の走ってる姿の方が、だんぜん素敵だと思います! 前より、だんぜん!!」
「…………それは、どーもー!」
叫ばれたので、叫び返す。叫ばれた内容は、私にとってちょっと驚きを含んだものだった。だけど、そこは先輩面をして、何でもないような返答をした。またくるりと前へ向き直り、昇降口へと歩を進める。
少し歩いて振り返ってみると、二人は仲良さ気に話をしていた。時々片方が片方の言うことに耳を傾け、聞き、笑う。親友同士なら当たり前の光景なんだろうけど、その親友というのを一度失ってしまった私にとっては少々眩しすぎる。
「あーあ……失っちゃったなぁ」
昇降口にするりと入り込み、ローファーから上履きへと履きかえる。下ろしたてなので、上履きは真っ白だ。だがその白さに浸る間もなく、次々と同級生たちがなだれ込んでくる。靴を履き替えるだけで精いっぱいだ。人にぶつからないように、隙間をぬって廊下へと躍り出た。廊下に出ると、すでに準備を終えた生徒がだらだらと暇を持て余していた。知りあいとすれ違う度に、何度も何度も「おはよう」を繰り返す。
やがて、あらかじめ発表されていたクラスにつく。今回のクラス替えでは、学年は違えどクラスの番号は同じだ。入ると、一年、また二年間同じ教室で過ごしてきた人達がちらほらいた。また一緒だね、と手を振ってくる人もいる。
机を避けつつ、私は自分の出席番号の席につく。私の椅子は足は不安定で、座った瞬間大きな音を出し、一時クラスの人たちの視線を集めた。すぐに談笑に興じ直すのは、人のことはどうでも良い、という無意識からか。
- きっと、駆け出し始めた私3 ( No.176 )
- 日時: 2011/12/19 23:14
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: ほんとのほんとにりりるちゃん編終わりです
「………………ふぅ、っと」
学校に無事到着出来たことへの安堵感を覚え、息を吐く。三年生だということが、掲示板に張られたプリント類から伝わってきた。
ようやく落ち着いた、その席で。
私はゆっくりと“高校二年生の時の衣食りりる”について振り返る。
(まず、私がわかっていることは、三つ)
一つ目は、私が受験生——高校三年生になったということ。
これは時の定めで、変えようがない。現に今、私は三年四組のクラスにある自分の席に堂々と座っている。朝から、というか二年生の終わり頃から、受験についての憂鬱感はあったのだ。受験生になるなんて、今さらである。
二つ目は、先輩が、私の歩こうとしている道に落ちていた石ころをよけてくれたということ。
卒業式の放課後、私は先輩にそう告げられ、答えではない大事な言葉をもらった。そのおかげで私は半田さんの言った通り、“今の私”になれたのだと思う。余分なことなど考えずに、真っ直ぐ目の前のことにぶつかっていける私に。
そして、三つ目————と、最後に差し掛かったところで。私は教室の前の方から、“彼女”が入ってくるのを見つけた。
(三つ目、それは、)
大事な三つ目を保留にしたまま、私は席に着こうとしている彼女の元へと、歩んで行く。
——愛って、何なんだろう。
二年生の頃に幾度となく繰り返してきた疑問を、久し振りに心の中で言ってみる。
愛って何なのか。その疑問を生み出したのは、一年前の私のトラウマだ。一番歩み寄りたかった人に歩み寄れないで、上手い具合に利用されて。伸ばされた手を振り払ったのは私で、変な風に歪んでしまったのも私だ。物事はいつも単純だったのに、難しく考えようと、かっこつけようとしていたのも、私だ。
(“彼女”が、三年生になって初めて、同じクラスになれたってことで、)
彼女の席と私の席は、まるで私の家と学校のように微妙な距離感で、すぐに行こうとしても行けない。
がつがつと腰や膝を机にぶつけながら、それでも進む。
痛みを受けた上で。大丈夫だと笑える強さを持っているつもりで。
「りょ、りょーちゃん、っ」
まだ机二つ分ほどの距離感があいている状態で、彼女の名前を呼んだ。
卒業式の後、私と涼ちゃんは話をした。話をした、といえど、私が一方的に引きとめただけだが。
だが、それで得られるものもあった。どうやら、私たちは全く距離が離れていたわけではなかったらしい。涼ちゃんの方は、私が自分のことを嫌いになって誘いを断ったのだと思い込んでいた、という。それを聞いて、体中から力が抜けた。
——ただ、背中を合わせて立っていただけなんだ。私と、涼ちゃんは。
そのせいで、地球一回り分は相手と離れていると、勘違いしちゃってたけど。ふと振りかえれば、目の前には相手の背中が見えていたというのに。肩を叩いて振り返らすことをしなかったのは、私なのか、涼ちゃんなのか。
震える声にならないように、歯を食いしばる。
「涼、ちゃん」
机を蹴散らして、彼女に呼びかけた。
涼ちゃんはそこで初めて、私に気が付いたようだ。鞄の中から物を出す手を止めて、正面に立つ私を見つめる。その視線に、喉がつまりそうになった。
(私は一度、友情を失った)
もう一度、呟いた。心の傷がじわりと痛み、血が流れ出しそうになる。だけど、私は言いたかった。
せめてもう一回だけチャンスが欲しいんだよ、と。
そのチャンスを得るために必要なのは、たった一言。やり直そうとする、きっかけ。
「涼ちゃん、おはよう」
さて、彼女は応じてくれるのだろうか。ぶわっ、と不安が胸を占めて苦しくなる。
——いっぱい、いっぱい擦れ違っちゃったけど。
本当に、いっぱい擦れ違ってしまっていた。いっぱい、お互いに傷ついた。
けれど私は走りたい。走って走って、足が棒のようになっても、彼女に追い付くまで走りたい。
「……おはよう、りりる」
——こたえて、くれた。
ただの挨拶なのに、むしょうに泣きたくなる。泣きたくなる、というのは嘘で、実は泣いていた。目が潤み、花粉症でも風邪でもないのに、鼻水が出てくる。
涼ちゃんの方も同じみたいだ、小さなすすり声が耳に入ってきた。
(ようやく追いついたよ、涼ちゃん)
手の甲で、頬を伝う涙を拭いた。
世界に比べたら十分ちっぽけで、ただの女子高校生同士の、ただの友人関係が織りなすストーリー。くだらなくてつまらないそのお話を、先輩ならどう描いてくれるのだろうか。一瞬、そんな考えが脳裏をよぎる。けど、すぐに頭を振ってその考えを消し去る。
なぜなら。
「……私はまだ、駆け出したばかりなんですから」
プロローグだけの小説なんて、小説とは呼べない。
それと同じように、私の物語はまだ始まったばかりで、本編なんてこれっぽっちも入ってないのだ。だから、この話は小説には出来ない。先輩でも、出来ないだろう。
——そうだ、まだまだ始まりだ。
自分に言い聞かせて、私は半泣きのまま、同じように泣く涼ちゃんに微笑んだ。
私はまだ、駆け出したばかりだ。