ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- だけど、書き始めたわたし1 ( No.180 )
- 日時: 2012/01/13 22:56
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: アッサシ————あ、明けましておめでとうさぎ
「んぬふぁ」
最後の文字を打ち込むと妙な息が漏れた。色っぽくもない吐息である。自分はお色気担当にはなれないなぁ、と改めて落胆した。今まで一度もそんなこと思ったことはないけど。よくわからないフラグを建ててみたかったのよ! と誰かに向かって弁解。
キーを押したままの指先は微動だにしない。エンターキーにのめりこむように強く押しているからだろうか。エンター、エンター。キーを打つ度に画面に増えていく空白。つい数秒前に完結させたこの物語を、どう名づけようか。投稿欄に空白を生み出しながら考える。
「…………くはー、終わったー」
——まだ投稿してないんだけどね、てへぺろ!
実際に舌を出して某菓子屋の少女の二番煎じになってみると、頬の筋肉がつった。ぴきぴきとひきつる頬を撫でて、舌を出すのをやめる。
五月に入り、私はようやく一息つくことができた。大きく深呼吸すると、開け放たれた窓からは若葉の香りのする風が入ってくる。あんなに綺麗だった桜ももう緑色をちらつかせていて、ピンク色とのお別れに少々寂しさを覚える。……ん、ピンク? 何気なく浮かんだ言葉に、私の中のとある思い出が微かに揺さぶられた。思い出といっても、まだ二ヶ月前ぐらいなんだけど。たった二ヶ月を思い出だなんて……老けたくないものですなぁ、と溜め息。
「そーいや、ピンクって言ったらあのよく分からん桜を思い出すなぁー、うん」
卒業式の後————私の親友、三浦散子ことちーちゃんとの出来事を、思い出す。
あの後、私は当然のようにぶっ倒れた。一ヶ月の間不健康な生活を送っていたのと、風邪(と思っていたけど実はあれインフルエンザだったんだってばよ!)をひいていたのとで、以下略。三月の終わりまで、体調が安定しなかったため、小説を書くことを母から禁止された。禁止されても俺はやるぜーと小説書いてたらさらに悪化した。四月の初めまで頭痛とお付き合いすることとなった。あぎゃー!
そして、四月の半ばから後半にかけては、色々な手続きにばたばたしていたせいで小説を執筆できなかった。私は自宅から大学に行くわけだから、引っ越しの準備とかはしなくてよかったんだけれど。大学っていう新しいテリトリーを増やすためには時間が要るってことなのよね、うん。そういうことで納得しておく。決して大学行く度に人見知り発揮して毎日疲れちゃってパソコン触る暇がなかったなんて本音は出さない。
「書き終わったったったぜ——い!」
顔を天井に向けると、自然に笑みがこぼれた。五月なので、部屋にエアコンはつけていない。でも少し暑いような気もするので、やっぱり窓を開けている。おかげで、私が執筆中に暑さでむいむい唸ることもなかった。うーん、ありがたいなぁ。
両手を万歳の形にして、そのまま肩の筋肉をほぐす。んむー、と口からは無意識に言葉が出る。凝り固まっていた筋肉がじょじょにやわらかくなっていくのを感じつつ、私はもう一度パソコンの画面を見た。ゆるゆるになる口元。嬉しい、と小さく呟く。ゆるんだ口元はさらにゆるみ、最終的には満面の笑みを浮かべてしまう。
「ぐあー! 肩いてー! でも完結できた私を誰か褒めてー、褒めてー!! あ、でも普通は大学生がこんなことでいちいちはしゃがないのかなでも良いよね私小説書くの頑張ってたしそれに好きだし良いんだよねちょっとネガティブ思考、みたいな!」
「ちょっと、姉ちゃんうるさい。外まで聞こえてるっつーの」
「我慢してくれマイセクシーな弟や!」
「中学三年生の男子にセクシーは痛い、痛すぎるよ姉ちゃん!!」
窓と同じように開けていたドア。椅子の背もたれを押し潰すように振り向くと、腰に激痛が走った。長い時間パソコンに向かっていたのが原因らしい。久し振りに海老反りで悶え苦しんだ。インドア派の私には振り返ることすら試練というわけか、納得出来ぬ。
涙目で苦しんでいる姉を、弟は冷ややかに見つめていた。お前はちーちゃんか、と突っ込もうと右手を出そうとして今度はつった。ぎゃひぃー。
「……何で姉ちゃん、片手挙げて海老反りのまま震えてんの?」
「にゃ、何じゃこりゃぁああああああ……み、みたいな感じ、みたいなっ?」
「ごめん。理解したくない、いや本気で」
眉をしかめた弟が、廊下に立っていた。ドアを開けていることによって、廊下からは私の部屋は丸見えだ。ドアが開いているというのにあえて私の部屋に入ってこないというのは、思春期として姉の部屋に入るのをためらっているのか、それともただ姉の失態にどん引いているだけなのか。むぅ、とりあえずため息つくのやめぃ。
中学三年生に進級した弟は、微かな土汚れや擦り切れが目立つ白と黒で構成された——野球のユニフォームを身につけていた。少し背が伸びたらしくて、裾が若干足りていない。男の子にしては綺麗な方である顔(と言ったらブラコンだろうか)には、申し訳程度にばんそうこうが貼られていた。まだ怪我をしてすぐなのか、空気にさらされた擦り傷が乾き、赤黒くなっている。
「あー、そういえば、野球部だったっけ」
「今さらかよ。もう二年もやってんのに、俺」
「ほっほっほ! 自分のことで精いっぱいなんだよ、お前のねーちゃんは——って、えっと…………あ、……お前、誰だっけ?」
「弟のことすら忘れてんのかアンタは!!」」
- だけど、書き始めたわたし2 ( No.181 )
- 日時: 2012/01/15 19:07
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: スレの流れの速さにささめさんは両目から溢れる涙を止めきれない
——ん、あれ?
弟の呆れた顔を見ながら、心のどっかに疑問が生まれた。ついでに、弟プラス野球のユニフォームプラス野球部という数式の答えに、違和感。
——あれ、野球部……って言っても……確かこいつ……?
違和感の正体を知りたくて、数秒、覚えている範囲の過去の出来事を探ってみる。ちーちゃんとの出来事とか小説によって昔のことはだいぶ薄れてしまっていたけど、それでも頭痛がする一歩手前まで頑張って考える。黙り込んでしまった私のことを不思議に思ってか、弟が眉間にしわを寄せて、「姉ちゃん?」と話しかけてくる。おま、ちょい黙ってろ。口を閉ざしたまま、顎に指を這わせて思考する。
——あ、わかった。確かこいつ、去年の夏休みに……。
弟、野球部、ユニフォーム。三つのキーワードが私の記憶をつつき、やがて答えを明かした。
「……てか、我が愚弟よ」
「何だよ、小説を書く愚かな姉よ」
「あんたさぁ、何でまだ野球やってんの?」
直球で、問いかけてみた。弟の目が大きく見開かれ、眼球が露出する。
——うん、よーやく合点がいったわー。
一人、心の中で自身の記憶を褒めたたえ、私はゆっくりと昨年の夏休みのことを思い出した。
(たーしかぁ、七月の前半ぐらいだったっけなぁ?)
昨年の夏。夏休みが始まってすぐに、弟は泣きながら帰ってきた。泣き顔を隠そうともしなかった。
理由は至極単純なものだった。夏休み中に行われる野球の地区予選大会で、選抜メンバーの中に入れなかった。何かしらのクラブに所属している者なら必ず起きてしまう線引きだ。
それから、現実に打ちのめされた弟は、夏休みが終わるまで——練習に参加することはなかった。
「まだ二年生なんだから大丈夫」と母さんは慰めていたけど、弟は嗚咽を漏らしながら必死に言葉を紡いでいた。「他のやつらはみんな、ちゃんと入ってるんだよ」と。弟の所属する野球部は極端に人数が少なくて、三年生はたった三人しかいなかった。逆に二年生、弟の学年はある程度人がいるらしく、過半数が主要メンバーとして数えられていた。だというのに弟は、選ばれなかった。選ばれなかったのは弟以外に四人ぐらいいたけど、その子達は全員、怪我をしていたり体が弱かったりと、理由が複雑なようだった。
「メンバー選ばれなかったから俺は野球をやめるぞジョジョォ!! ……って騒いでたじゃにゃい。あれでどーなったんだよ、嘘かよ、夏休みをかけて家族皆で私へのドッキリ? そりゃ酷いってもんじゃないマイブラザー!?」
「おい俺はそんな風にやめるって宣言してないからな!? どんな意気揚揚としたやめ方なんだよ! 確かにやめるとは言ったけど、ドッキリじゃなかったっつーの!!」
「じゃ、何なのさ」
「何なのか、って言われたら…………」
野球をやめると宣言した(はず)の弟は一瞬、私の問いに怯むような、呆気にとられた表情だった。けれど、すぐに「あー……」と言葉を漏らし、微妙な反応になる。ばんそうこうが貼ってある頬をかこうと指を伸ばしたけど、そこに傷があることに気づいて、その手を下ろす。
「…………いや、やめよう、とは思った、んだけど、さ」
「お、おおぉ、お、おぅ? そ、そそ、それで?」
「何で俺のどもりが姉ちゃんにまで伝わってんだよオイ」
言葉をぶつ切りにした弟を真似してみた。不評のようだった。ぎくしゃくとした動作で頭の後ろをかき、むにゅむにゅと唇を噛む。気まずい時に唇を噛んでしまう癖は、弟も私も同じみたいだ。やっぱり姉弟なんだにゃー、と少し微笑む。
ぐ、と言葉を一旦呑みこんで、居心地の悪そうに視線を逸らす弟。そんな弟に、私は無言の圧力をかける。ぎゅいぎゅい。この大気圧の重みに押しつぶされてしまえ。
真実を語る覚悟が出来たのか、無人の廊下を睨みつけるような目つきで、不承不承というように口を開いた。
「あー、っと……だ、だから…………。…………俺も、やってみようかな、って………」
「はぁ?」
思わず声が出た。意味分からないぜ、という意味をたっぷりこめた声が。
私の反応に何を感じたのか、弟はきっと顔を正面に向けて、こっちを睨んできた。なぜか、頬が薄っすらと赤い。
言葉の意味が理解できずにいる私に、弟は「ああもう!」と地団駄を踏んで(幼少期を思い出すネ!)、大声を張り上げた。
「だ、だーかーら————お、俺も姉ちゃんみたいに一生懸命にやりてぇなって思ったんだってことだよ!!」
「………………………………ナンダッテー」
「白目むいたまま棒読みで無理やり驚いた感出すな小説馬鹿! あぁくそ、だから言いたくなかったんだよこういう反応されそうだったからっ」
「照れたら負けだぜ、兄弟っ!」
イイ笑顔で親指をたててみた。すると弟は怒り狂った様子で頭を抱え、私から真っ赤な顔を隠した。いやぁ、身内の照れるところ見るのって結構厳しいものがあるなぁ。思春期真っ只中の中学三年生男子に悪いことしちゃったかもしれない。姉の命令には逆らうなよ、と姉の特権を行使してみた。
——と、まぁ、からかうのはストップして、と。
未だに頭を抱えている弟を横目に、さっきの言葉を反芻する。姉ちゃんみたいに一生懸命、という言葉が耳に残っていた。
——私が一生懸命にやってる……小説のことだよね、絶対。
とんとん、と指先で机の上を叩いて、視線をパソコンの画面へと滑らす。画面にはエンターキーを押しすぎて、空白しか見当たらない投稿欄が映し出されていた。一生懸命に頑張ってきたそれは、後はサイトに投稿するだけ、というところで投げだしている。書き終えた達成感に浸っていたせいで、肝心の他者に見せるというところまではいけてない。これで一生懸命って言えるのか弟よ。
「姉ちゃん、何でか知らないけど、小学校の時から飽きもせずにいっつも小説書いてるだろ。高校受験の時もそうだし、大学受験の時も。……いや、本来しちゃいけないんだけどさ。受験に専念しろよ、って感じだし、ネット離れいい加減にしろよって言いたい。成績もある程度はとってるけど、ずば抜けて良い教科も無いじゃん。スポーツとは縁が無いし、人を引っ張っていくリーダー性だとか芸術性もないし——」
「——ちょっと待って。何かすげぇ勢いで姉を称える言葉から罵倒へと変貌してるんですけど!?」
「……そんな姉ちゃんが、頑張ってたから、なんだけどね」
耳に朱を残したまま、弟は一旦言葉を切った。次に発する言葉を捜すように、何度か唇が開閉する。だが言葉はすぐに見つけられたようで、真っ直ぐな瞳は、確かな光を宿していた。
「俺も姉ちゃんみたいに、何か一つでも頑張りたい————って、思った」
ツッコミをギャグで返してくれると思っていた私には、その照れた表情が気恥ずかしい。こっちまで何か言うのを迷うってしまうだろうに。
生温い風がお互いの髪の毛を弄んで、空気中に溶けていく。葉桜特有の青い香りがした。
- だけど、書き始めたわたし3 ( No.182 )
- 日時: 2012/01/15 19:12
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: X9vp/.hV)
- 参照: スレの流れの速さにささめさんは両目から溢れる涙を止めきれない
「…………俺、あの時、本当に野球やめたかったんだ。選ばれないのが苦しくて仕方がなくて、何で俺が選ばれないんだよって、どこが悪いのか判んなくて。正直ね、たかがクラブのことなのに、俺が生きてる意味って何なんだ、とか考えちゃってたんだよなぁ。今はそんなこと、あほらしーって思うけど」
苦笑いを浮かべながらも、過去の傷を笑い話として語ることのできる弟が、ひどく大人びて見えた。
選ばれないということを、私は知っている。サイトの小説大会が開かれる度に、自分じゃない誰かが選ばれる度に、何度も自覚してしまう。
——なんで、なんでなれないの。私だって、頑張ったじゃん。
受賞者という立場に、勝ち組という立場に。立とうとすればするほど、それは遠ざかっていく。努力だけじゃ何も得られないってことを見せ付けられる。自分の文章力、想像力の限界はちゃんとわかってるんだ。ましてや原因なんて、火を見るより明らかで。書いてるときの楽しさが大きいと、比例して評価されないときの悲しみが全身でアタックしてくる。
「姉ちゃんが小説みたいな——俺みたいに小説を書かない人間にとっちゃぁ全く意味のないことに、全身でぶつかっていってるの見たら、何か、何かなぁ……。俺、何してんだよって、感じちゃったんだよね。そんで、まだ頑張れるって、気付いた」
小説を書いていると、楽しい反面、心が痛みを訴えているのを感じる。これ以上書いても無駄だ、誰も評価してくれない、面白くない————私みたいなだらけ人間でも、ちょっとはまともな部分があるのだ。こう見えても、一般人としての螺子はまだ外れてない。賞が取れなくて言いようのない苛立ちを感じたり、コメントがゼロだから落ち込むことだってある。てか、そっちの方が多い気がするぜ。
過去の弟と私の影が、ゆっくりと重なる。泣きながら家に帰ってきた弟と、唇を噛み締めながらパソコンの画面を食い入るように見つめる私。やっぱ姉弟だねぇ、と本日二度目の感嘆。
「俺さ、まだ頑張れるんだよ。練習続けてたら、やっぱ辛いことたくさんあるけど。選ばれなくて、すっげー凹んだけど。……それでも、何か、頑張ることが出来るってことが微妙にわかった、気がする、ような」
——だって、野球が嫌いなわけじゃねーし。
言い切って、そこで弟ははにかみ笑いを浮かべた。余計な葛藤とか、辛かったことを全て払いのけた——今の自分に満足している、満面の笑みを。
さっきまで照れたくせに、何笑ってんじゃー! ……と襲い掛かろうと思ったけど、何となくやめておいた。弟のこんな笑顔をちゃんと見るの、久しぶりな気がしたし。彼の頬にきらめく五月の陽射しが眩しい。同じように目を細めて、私は体中の筋肉を弛緩させた。
「ふーん。……そっか、嫌いじゃないか」
「…………うん、そういうこと」
「昔よりずっと、息がしやすいってことだねぇ」
「辛くても良いや、って開き直れるぐらいには」
「つまり、お姉ちゃん万歳ってことですねわかります————あぁシスコンって恐ろしいこれだから近親相姦は……」
「小声で根も葉も無いことを呟くなコラ」
一瞬にして照れ笑いが消えうせ、代わりに姉に対して少々暴力的な視線が向けられる。あぁ怖い。どうどう、と切れている弟をなだめようと両手を挙げて、私は苦々しく笑った。パソコンの画面から光が消える。どうやら五分経ったら自動で画面が消えるパソコンらしい。長年愛用してきたというのに今更気付いた。
と、新たな発見をしていると、ふいに階下から母の声がした。喋っていたせいであんまり聞こえなかったけど、どうやら昼ご飯のようだ。声に若干怒りが混じっているのが気になる。何度も呼んでたのかな、と冷や汗たらり。
母の呼びかけを合図に、この場を切り上げる。弟がユニフォームの裾を眺めて、表情を歪めた。
「あ、そういえば俺、ユニフォーム着替えるために二階に上がって来たんだった……やべ、まだ着替えてない……このまま下行ったら、母さんに叱られる……!」
「ふっふっふ、私の巧みな話術にやりこめられたな貴様ッ!」
「あ、そういえば姉ちゃん。母さんが、姉ちゃんが朝からネットし過ぎてるから、今度パソコンと電子レンジを入れ替えておこうかしらって言ってたよ」
「私にまで被害がッ!?」
オーマイゴッド、と天を仰ぐ。くそ、このパソコンをどこに隠しておけば良いんだ……!
てか母さん。いくら私でもパソコンと電子レンジを間違えたり、騙されたりしないからね。シフトキーとあたためボタン間違えちゃったてへぺろ、なんてならないからね。何だかむかついたので、昼食だということを叫んでいる母を華麗にスルーしてやった。後からの逆襲が怖い。
「さっさと着替えて、飯食わねーとなぁ……あ、姉ちゃんも早く降りて来いよ。遅かったら、俺が呼びに行かされるんだからな」
「はいはい。わかってますよー、っと。お姉ちゃんのことは気にしないで、さっさとユニフォーム脱いで、野球部の爽やか美少年になってきなさい」
「うるせーっての。あーあ、肩いてー」
弟は肩を回しながら、自分の部屋に戻っていく。からかうような私の態度にじと目になってたけど、あえて言及しなかったようだ。その背中に声をかけるか迷った挙句、おとなしくしておくことにした。私の言葉はもう必要ないよねぇ、なんて考えるのは傲慢だろうか。
開放していたドアを閉めて、密室状態にする。さっきまで空気が入れ替わっていたので、ドアを閉めても息がしやすい。ほふぉ、と二酸化炭素を吐いて、一息ついた。
「…………私みたいに、ねぇ」
一人ぼっちに逆戻りした室内で、独り言を呟く。私みたいになりたいって言われた、なう。ツイッターには手を出したことがないけど、これを機会にやってみるのも悪くないかもしれない。どこがどう良い機会なのが自分でもわからないけれども。
- だけど、書き始めたわたし4 ( No.183 )
- 日時: 2012/01/18 16:59
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: bvgtbsWW)
- 参照: 次でラストです
弟はずっと見てきたんだろうか。こんな姉が、ぐっちゃぐっちゃの脳みそで必死に小説という名の駄文を生み出して来たのを。徹夜で小説書いて顔色悪い時に洗面所ですれ違う、ってのはよくあったけどさ。家では基本小説書いてるからなぁ。私の行動なんて弟には筒抜けか、と納得。口笛を吹こうと、吹けもしないのに唇を尖らせる。時間差で恥ずかしくなってきたのを、隠すみたいに。
「ちっくしょー、最後に巨大なスタッカートに投げつけてきやがってあンの弟は……!」
——ブラコンになっちまうぞ、こんにゃろー。
熱い頬をぶぎゅりと両手で挟みこみ、上がる口角を必死に抑えつける。姉ちゃんみたいに頑張りたいなんて言う弟がいて、嬉しくなんかない。決してさっきの弟のデレにむぎゃーって恥ずかしがってない。これは私の言動が認められてるので喜んでいるだけです、けして他意はありません、はい。口元でせき止められた歓喜は、足へと移動したようだ。水中にいるわけでもないのに、足がじたばたと落ち着きがない。
椅子に座ってるとそのまま落ちてしまいそうだったので、瞬間の判断でベッドにダイブする。もう少しで椅子とタップダンスを踊るところだったぜ、と背中の布団に感謝しながら息をついた。へほ。
「うがぁああああああ! 私がスタッカート打ってたのは、ちーちゃんだけじゃなかったってことっスね神様! っまさか弟にまでっ、弟にまで打ち込んじゃってるとはッ……不覚…………ッ!!」
羞恥心でいっぱいいっぱいになり、胸をかきむしる。たいして凹凸もない自分の胸にすいすいとひっかかることもなく、指先は空気をかいた。言葉にならない叫びが溢れて止まらなくなる。鶏が首を絞められているような、とはこういう時のための表現だと実感する。
「あうぅ、ぎゅえぇ……! う、ぎゃあああああああ……!」
ちーちゃんのために打ったスタッカートは、弟にまで打ち込まれているようだった。落ち着いた脳みそで改めて考えて、やっぱり恥ずかしくなる。だけどその恥ずかしさは、根っこの方に喜びがあるからこそで。私の行動で、一人の人間の未来をちょっぴり変えられたってことに、満足感とか嬉しさとかが、出てきちゃったってだけのことだ。
——ただ、それだけなんだ。
ようやく奇妙な行動(いつものことだろ、という突っ込みは聞こえない)をやめて、仰向けに寝転がる。開いたパソコンの画面を一瞥して、そういえばまだ投稿出来ていなかったということを思い出した。同時に、ちーちゃんのことも。
「っふふふぃ、何調子乗ってんだ、ってちーちゃんに言われそうだなぁ————ということで、電話でもするか、うん」
ちーちゃんに電話したい衝動が抑えきれずに、ベッド脇に置いてある携帯電話に手を伸ばした。一切抑えようとしてねーじゃねーかという辛辣な突っ込みは聞こ以下略。
まぁ、私たちは親友だから気兼ねなく行っても良いよね。だってお友達だもんね。私を含めた百人で富士山の上でお弁当食べるんだもんね。百人の友達の中の誰を一人殺すのか、という議論の脳内で繰り広げながら、彼女の番号をプッシュした。
コール音は二回。速く出たので、もしかしたら携帯をつついてたのかもしれない。
「とりあえず、ちーちゃんと私以外の九十八人を惨たらしく殺すことが決定した!!」
『…………ごめん、電話切っても良いかしら…………』
電話の向こうで、ちーちゃんがこめかみに手を当てているのがわかる。はぁ、とため息を隠そうともしない。
ちょっと、こっちはちゃんと真面目に一人一人査定してたのよ、とあまりのちーちゃんの非道さにぷんすかぷん。非道は私ですけどね。ちなみに小学校の時に「やーい小説オタクー」といじめてきた多西君は真っ先にブラックリスト入りになっていたことは内緒である。
「何だよー、久し振りの電話なのにつれないなぁー!」
相手の怒りを誘うような口ぶりで話す。階下の母の声のボリュームが少し大きくなり、耳元のちーちゃんの声と並列して聞こえてきた。弟はすぐに着替えて下りたみたいで、二階に私以外の人の気配はない。
てきぱきと降りてこない娘に腹が立ってきたのか、母の声の成分に、新たに苛立ちが含まれる。やべぇ、行かなきゃ。愛するパソコンが奪われることが頭をよぎり、すぐにベッドから起き上がった。
「え、何? ……あぁ、確かに昨日も電話したけどさー。でもあれって、小説の感想についてでしょー? ちゃんと小説とか関係なく喋るのは、お久し振りではなくってお姉さまぁー」
携帯を手にした状態で動くことに決めて、ぼさぼさの頭を手櫛ですいた。そして、先に投稿してからご飯食べようかな、とドアとパソコンの間を彷徨う。室内を十秒ほどうろうろと動きまわり、結論を出した。
——よし、先に小説仕上げちゃおーっと。
そっちの方が飯も美味いってもんだい。母のコロッケの味を舌が覚えている、じわりと唾液がにじんできた。慌てて口元を拭い、休暇中のパソコンをスリープモードから叩き起こした。光が戻った画面の明るさに目が眩む。だけど急がなくちゃなんないから、目に力をこめて自分の書いた文章を睨みつけた。
「…………うん、小説、さっき書き終わった。後はタイトルだけなんだよー。てか、タイトルだけが終わってないんだよねぇ、どうしようちぃえもーん!! え、何? ……小説馬鹿の一生ってタイトルにしろ、と? ちーちゃん、知ってるかい。人の心ってやつは脆いもんなんだぜ……?」
私の打ちこんだ文字——物語の中では、一人の少女の生きざまに決着がつこうとしていた。
モンスターや悪者が出てくるわけでもなく、超能力すら使えない、毎日の晩御飯で一喜一憂するような少女。今回はそんな中で、私なりの日常に存在する大切さってやつを表すことを頑張ってきた。
ちーちゃんとの一件では、数少ない読者のおかげでこうやって進んできた。そう考えるとやっぱり、読者様ってありがたやー、だなと。
「二作目? 書くよ、もちろん。もうね、これ書いてる途中から二作目の構想まとまってたからねー。ハハッ、詳しいことは教えないぜッ————あ、別に知りたくない? …………さいですか…………」
小説を投稿すると書かれた淡い緑色の縁取りをしたボタンに、画面上の矢印を滑らせる。これをクリックすれば、この小説は完結する。
- だけど、書き始めたわたし5 ( No.184 )
- 日時: 2012/01/18 17:00
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: bvgtbsWW)
- 参照: これで終わりのラストの最後のエンドです。
一年ぐらいかかって書いてきた小説だけど、終わるとなると少し寂しいものがある。あの時こう思って書いてきた文章と、おさらばしちゃうような切なさというか。
——色々、あったなー。
ぼんやりと、網膜に浮かび上がっては消える思い出。思い出だけじゃない、感情もふつふつと湧いてくる。
「えー、でも読んでよー。二作目の初め書いたら、まちゃメールで送るか、……え、別に噛んでねーし。またメールで送りますで御座いますってちゃんと申しましたし。あ、揚げ足とるとか卑怯ですわよ!?」
——小説を書いてて、辛いことはいっぱいあった。
選ばれないことも、評価されないことも。ガキが書く小説なんだから、って大人に言われる度に、腸が煮えくりかえるほどの怒りを覚えてきた。何でこんなのが、と言いたくなるような作品が上にいることに、狂おしいほどの嫉妬心を抱いてきた。いつかきっと誰かが私の小説を見つけてくれるんじゃないかって、淡い期待なんてしてみたりね。
それでも書くことを続けていたいと思うのは、マゾじゃなくて、向上心なんだよと胸を張りたい。
ちーちゃんとのつながりを取り戻せたのは自分の思いのおかげなんだって、自慢気に笑いたい。
「……あ、ごめんちゃー。母さんが昼飯昼飯ってうるさいのよね————って母さん、何でコンセントを引きぬく音と何か重い物を持ってあがろうとする音が聞こえたのかな!? ちょ、ちょい待ってすぐ電話終わるからもう少し待って下さいお母様ッッ!!」
母に電子レンジを持ち込まれる前に、タイトルを打ち込もうと、急いでキーボードに向かう。
さて、打ちこむぞ——と意気込んだところで、携帯から彼女の疑問が聞こえた。もし聞かれたら、得意げに言ってやろうと考えていた疑問が。
「え、あぁ、うん。結局——今回の小説のタイトルは何にしたの、って?」
かたかたかた、と片手でキーを叩きながら、私は決意する。
——辛くて、苦しくて、痛くて、無駄だろうけど、やめない。
いくら書いても、評価されなくても。物語を生み出す時のこの快感を、私は知ってしまったのだから。
誰かが面白いと笑ってくれることに胸が熱くなってしまう私は、ここにいる。ここでしっかり手を挙げてやる。
「よくぞ聞いてくれました、ちーちゃん! そんでね、この小説のタイトルは————」
————だから、私は小説を書くんだよ。
幾度となく、色んなことを考えたって、行き着く結論は同じだ。私の思考回路なんて、単純そのもの。
そのタイトルを告げようと、胸いっぱいに息を吸い込む。すいこみ過ぎて肺が破裂しちゃったらどーしましょ、なんてグロい想像も付属させて。胸に広がるのは、怒りでも、嫉妬心でもない。純粋な喜びだ。
今まで感じたこととか、ちーちゃんとのこととか。全部を、マウスを持つ手にこめた。
こみ上げる喜びをそのままに、スタッカートを打ち込んだ。
「音符的、スタッカート!」
私のスタッカートがどこかの誰かに届いて欲しい——そう、願いながら。
ハッピーエンドへと、飛び込んだ。