ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 音符的スタッカート!【りりたん編ひと段落】 ( No.39 )
- 日時: 2011/07/26 20:07
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
- 参照: ……大丈夫だ、問題ない。
「ていうかさ」
「ん?」
彼女の意識が僕へと向けられた。でも、目は流れるように活字を追っている。話半分、というようだ。……内心、彼女のピンクな本(こう言ったら、何か彼女が卑猥な感じになってる写真集、とも思えなくもない)に嫉妬しながら、鍋に目をおとす。
「…………その本、何冊目?」
「あー、これー?」
質問と同時に、鍋の中身をもう一度ぐるりとかき混ぜて、と。熱湯の中でゆらゆらと踊るインスタントラーメンは、まだ固い。これなら当分彼女との会話に興じていても、大丈夫だろう。
白い泡が立ち始めた水面を横目で見て、タイマーをセット。そして、興味が半分、どうでも良いっス半分のテンションで、彼女の方に体と視線を向けた。
そして、少し後悔。ていうか、だいぶ後悔した。
「……ま、またそーゆー系統の本…………」
ぎろり。そーゆー、という単語が出た瞬時、彼女の大きな目が不快感で染まる。ああ、忘れてた。彼女が一番嫌悪し、不愉快と思うことは、自身の趣味や読書本についてとやかく言われることだった。
だけど、時既に遅し。
「何さ、ご不満でも?」
「………………いや、何でも」
無い、と口内で呟いて、妙な気まずさに彼女から目をそらす。いや、僕は悪くないんだけど。むしろこっちが一般の人の反応だと思う。けど一応、前のように激昂して、怒鳴るんじゃないかと思い、多少身構えた。
彼女はしばらく活字を睨む、かた僕を睨む、という行動に変えていた。が、彼女は少し不満げに頬を膨らませつつも、僕を咎めはしなかった。あ、また本を読み始めてる。
さすが大人、さすがに突然キレることは無——————
「何、私に問題でもあんのかーい?」
——————い訳でもないんだねさっすが漆原雅! そこに痺れる憧れげふんごふん。……ついつい彼女の漫画脳に侵された状態で言葉を発すところだった。
静かな怒りを称えた視線を交わし、僕は恐る恐る口を開く。
「いや、君に問題っていうより……」
君に問題はない、問題なのは本だ! ——————ってヤバイ、本音言いそうだったッ……! 急いで、大声で糾弾しようとする喉を押さえ込む。彼女は僕の不審な行為に片眉を吊り上げたが、もう一度手元の本へと。ふう、もう大丈夫なようだ。
安心したところで、僕はもう一度、彼女を………………いや、本の表紙を盗み見た。
(………………バルス)
表紙には、肌白い少年と体格の良い男性が密接に絡み合い、ピンクな雰囲気を醸し出している……という漫画チックな絵が描かれていた。
いやいやいやいや可笑しいでしょう、と突っ込んだ貴方。貴方は正常だ。そのまま清廉潔白という名の道にお進みください。決してネットでBLだなんて単語を調べないように。……そしてあぁ、常識だね、と頷いた貴方。精神科へどうぞ。ごめん、言葉が悪かった。帰れ。
「…………はぁ」
「何よその溜め息ー」
……感が良い方は、この時点でお分かりだと思うけど告白しよう。
現在僕のベッドの上に居る容姿端麗頭脳明晰な彼女————漆咲雅は俗に呼ばれるその……。
…………腐女子という奴である。しかも、根っからの。すでに手遅れなぐらいの、病院が逃げ出すレベルぐらいのだ。ん、表現が生温い。言い直せば、病院がレッドカード3枚を出してチェンジ状態である。うん、余計意味分からなくなった。
そして、僕が漆咲雅と恋愛的な意味でのカップルになれない理由は、そこにあるのだ。
遡るは————————5年前。
*
5年前の頃の僕は、純情でピュアだった。無論、好きな人(同じく、5年前の漆原雅)の携帯のアドレスは聞けなかったし、話なんで出来なくて。それに向こうは超有名作家の担当アンド漆原社(僕が小説家デビューした会社、ちなみにすごくお高いところ。何人も有名な作家たちが生まれている)の一人娘。……という素敵スキルを持っていて。
月とすっぽん、天と地の差。そんな言葉がお似合いの僕らがどうやって出会ったかというと。単純明快、彼女が僕の担当に抜擢されたからである。ううん、抜擢ではない。完璧エリート担当である彼女の方から、僕は指名されたのだ!(この辺からすでに何か可笑しい)
「は、初めまして……先日賞を頂きました。お、主にミステリーとホラー、そしてラブロマンスを得意としてます……笹宮因幡です。え、えと、あ、貴方は……」
「…………」
初めて会社のロビーで会った僕と彼女。初対面の時も、今も、彼女は変わらず綺麗だった。そして、当時の僕も今の僕も、反応は変わらなかった。
(やべぇ超美人すげぇ可愛いやばいやばい髪さらさらしてんじゃん目すげぇきらきらしてるまつげ長い胸でけぇやばい胸がどっきんちょわくわくむねむねどうしようやばいやべぇきょえええええええ)
と心の中で心臓ぎゅいぎゅいさせてた僕(新人小説家)。とは対称的に、落ち着いた態度で、静寂を守り僕を見つめている彼女。
……正直、一目惚れだった。