ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

思想中(微)なわたし ( No.54 )
日時: 2011/07/28 23:16
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
参照: …… や ら な い か ?

「アンタ、またネットしてたの?」
「…………いや、別に」
「アンタねぇ」

 ——何その呆れ顔。してたって言ってねーじゃん。
 不満爆発の心とは裏腹に、私の手足は食欲をとった。ばくっとコロッケに噛り付いて、「ふごふご」「ちゃんと噛んで食べなさい」「むごむご」「はいお茶」……麦茶うめぇ。
 我が家の食卓には普段通り私を含めた3人しかいなかった。母、弟、私の3人。父は私が幼い頃に町の英雄として亡くなった訳でも無く、単純に仕事の都合である。何の仕事かは知らない。自宅警備員やパチンコ店の常連客だけではないことは確かだけど。

「姉ちゃん見透かされてやんのー」
「うっせえガキぃー、……コロッケ王に俺はなるっ」
「俺のコロッケ取んな! 自分の先に食べろって!」
「だが断ふごふごふご」

 ネタにネタを重ねて、さらに弟のコロッケも奪う。弟は私の方をじと目で見ていたけど、私は気にせず捕獲したそれを頬張った。うん、やっぱうまい。さっきの小説ショック(今名づけた)も吹き飛ぶわこれ。さっすが母さ————

「アンタねぇ、いい加減ネットから卒業しなさいよぉ、受験生なんだし」

 ————んんっ!? 前言撤回だネ!?
 さっきの教訓を生かして、よく口内のコロッケを噛んで噛んで噛んで噛んで噛んで噛んで噛んで飲み込んだ。さすがに1個を一口はやり過ぎだったらしくて、息苦しさが涙となって目じりに浮かぶ。コロッケ>涙という方程式が成り立つ私としては、コロッケを串刺しにした箸を持つ手で、目じりを拭うのはためらう。
 ——だけど、まぁ、うん。めんどいから良いや。母さんへの返事も、涙も。

「ほつぎょーって何さ、受験ふえーって? そんなのゆへを追うのにははんへーはいふぁ!」
「……ちょっと、アンタの姉なんだからこの理解不能言語を訳してよ」
「卒業って何さ、受験生って? そんなの夢を追うのには関係ないさ! ……じゃね? てか俺にこんな姉ちゃんの面倒を押し付けるなよ親として!」
「そう、親だからよ」

 弟が大人びた対応で、母に喚いた。母は弟のまだ声変わりしていない高い声を真隣で聞いていたのに、眉一つ動かさない。むしろ逆に、表情に真剣みが増したようにも思える。さっきまでの中途半端な説教を、正すかのように。
 弟が母の横顔を見、押し黙る。ここは黙っとくべきだってことを悟ったんだろう。けど私はそんな空気読まない、ううん、読みたくなかった。だからこそ、前より荒々しくコロッケを頬張ったのだ。

「私は、アンタの親だから。だからアンタの未来について考えていかなくちゃならないの。アンタのその……何? ネット小説、掲示板っていうの? そういうのにハマってるアンタを正しく直していかなくちゃいけないのよ」
「直すって……あたしゃー機械じゃないよん!?」
「頭の方はもう治らないからねぇ。せめてこれからの行動は直していかなきゃ……」
「あ、そっちの治す、ね」

 ——てか頭の方って何だよ頭って。馬鹿にしてんじゃにゃーすよこのアタスを!
 苛立ち紛れに奥歯で噛み締めたコロッケは、前より水分を失っているようで。ぱさぱさとした、砂漠のような渇きばかりが喉にこびり付いている。そんな渇きと、母の説教のダブル攻撃はどうも相性が悪いらしい。私は油の浮いた麦茶の表面を見るしか無かった。
 口を噤んだ私とは対照的に、ノリに乗ってきたのか、母は他のことをぺちゃくちゃ話す、ということとコロッケの咀嚼と共にこなしている。顎疲れないのかなーと思いつつ、視線も床へと滑らしてみた。母の一方的なコミュニケーションが5分程続く。やがて、明らかにテンションの下がった私を気にするはずもなく、母はふと思い出したように話題を投げかけてきた。

「ほら、散子ちゃん——ちーちゃんいるじゃない? あの子まぁほんとに美人になってたわねーお母さん初め見たとき誰か分かんなかったわぁ! 向こうから挨拶されてその時初めて……あ、この子あのちーちゃんなの!? って驚いたのよぉ」
「…………ちーちゃん、凄いモテるから」
「あぁやっぱり? でも少しお高そうなイメージが残念よねぇ、もうちょっと愛想良かったらパーフェクトなのにぃーあ、ほらあの女優さんみたいよね。ほらあの、何だったっけ、えーと、たしか、黒が付いた苗字! ……もー、アンタこれからあの子といたらばんばん注目されるかもねぇ! 美人姉妹、いやアンタは違うか、深窓の令嬢プラス田舎者、みたいな? あーもうちーちゃんがまさかあんな綺麗になるなんて————」
「————おかーさん」

 かさかさの喉から出た言葉は、ただの名詞だった。お母さん。もう一度言う。今度ははっきりと言えた気がする。瞬きもせずに、私は更に言葉を続けた。

「でもね、ちーちゃんはね」

 ——コロッケ、明日の弁当入ってないかなぁ。
 ぼんやりと考えつつ、私はコップの細かな水滴がカバークロスを濡らしていく様子を観察していた。弟は、雰囲気を察したらしく、音も無くご飯を食べ終えて、2階に上がっている。母さんは、未だに女優の名前が思い出せないのか、腕を組んで唸っていた。

「M大、行くから」
「…………え? 嘘でしょう?」

 お母さんが、ぽかんと口を開けて目を点にする。そりゃそうだ。M大とは、この県の3つ隣の県にある超エリート大学なんだから。無論、そんなとこに行ったら、ちーちゃんはめったに私にも、家族にも会えなくなるだろう。…………そう、ちーちゃんから告げられたから————

「————嘘で、こんなん言わんし」

 箸を置いた私にとって、コロッケの隣にあるプチトマトが、ひどく小さく、色あせたように思えた。