ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 思想中(微)なわたし3 ( No.61 )
- 日時: 2011/04/02 10:43
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
「覚えてないの? 楽しかったのに?」
「…………楽しくは、なかったよ」
ぽろりとご飯粒が唇の端から零れて制服のスカートへ。ご飯粒は粘着質だから、潰れると制服がひどいことになるのは安易に想像できる。だから私は、私の質問に対するちーちゃんの言葉が一瞬意識から外れて聞こえなかった。
「え、何て言ったちーちゃん」
「別に。昔のこと思い出してぼーっとしてただけ」
「ふーん」
ちーちゃんでもぼーっとすることあるんだねーとか笑ってみようかどうするかちょっと悩んだ。あ、ご飯粒は無事お弁当の中へと帰還致しました。その後私の口の中に吸収されたけどな! ふはは!
「それより、」
とちーちゃんが箸を持つ手を休めた。
きゃあきゃあと女子特有の黄色い歓声が聞こえたから、ちーちゃんの声もそのままに背後の学校を振り返った。ベンチの後ろはガラス張りになっていて、2階に続く階段がある。ちょうどそこに4人ぐらいの……2年生? がいた。全員スカートが短くて、可愛い。ふわふわしてる感じ。掲示板にいたら絶対顔文字とか記号ばりばり使いそうな、俗にゆーリア充、ってやつ。
4人の内の3人が中央にいる1人の持つ携帯の画面を覗きこんでいた。「うわー、超共感できるー」「ね、そうでしょ? これ次映画化すんだよ」「まじで? えー見にいこーよー」「ばっか、ゆりっぽはカレシいんじゃんか! 空気読めっての」「あ、そっかー」————こんなところか、以上アタチのアフレコ現場でした、ちゃんちゃん。
「アンタは進路どうしたの」
「…………あ、進路ねそうねそういうのね」
「だから、進路どうしたのかって聞いてんの」
あ、小説家になるんだよ。私。
ざくっと、お弁当の中で唯一ういている存在の緑アフロもといブロッコリーを箸でぶっ刺した。箸を通してブロッコリーの硬ささが伝わる。何でごりって音すんの……母さん……絶対何か根にもってることあんだろ……。
「しょうせつ、か?」
「ふん、ほうはよ」
うん、そうだよ。
ブロッコリーをくわえようと、箸を目線と同じくらいの位置へと掲げた。そんで、「小説家?」と3回目のリピートを終えたちーちゃんの顔を見ようと顔をあげ————て、からが問題だってことに私は気付いていなかったりそうでもなかったりし、
「アンタ、まだそんな馬鹿みたいなこと言ってんの!?」
た。
突然の大声に、びくっとする。まじ私まじチキン。冬風の冷たさによってたった鳥肌が、別の意味を孕んでいるような気がする。てか別の意味だよ、主にちーちゃんに怒鳴られた的な感じで。
ぽろりと箸に貫かれたはずのブロッコリーが重力に従って、スカートへと落ちる。スカートナイス包容力、とか思ってたら期待外れにもブロッコリーが自ら落下していった。うぎゃお。
「ち、ちーちゃん? 馬鹿、みたい? な、ことって、あの」
「馬鹿だから馬鹿みたいなことっつってんのよこの馬鹿!」
あれ、こんな怒ってるちーちゃん何時ぶりだっけ?
いつも冷静なちーちゃんではなく、アドレナリン大放出中のちーちゃんの前にしている私は、意外と落ち着いていた。むしろちーちゃんがすごく激昂しているから、怒られている対象としてはおろおろとするしかないのだ。
「え、私前から言ってた、よね? 小説家になるよ、って、夢はそれだよっ、て」
「ああ言ってたよ言ってました! だけど、そんなあやふやで能天気な夢なんて、後数ヶ月で大学に入るか就職するかの大事な場面で、誰もアンタみたいな奴が小説家になるなんて言葉、本気にする訳ないでしょうが!」
あれ、今私すごいひどいこと言われたけど、怒っていいんだよね?
マシンガンのように鋭い言葉をぶち当ててくるちーちゃんの形相は、般若そのものだった。怖いのと焦るのとで、いつもは饒舌に出てくるはずの言葉が出てこない。出てくるのは「あ、」とか「うぅ」とか言わなきゃいけないことをすり潰したようなものばっか。
「ば、馬鹿ってアレじゃないかなちーちゃん! ひどくないかそれ、私のゆ、ゆゆめなんだよ小説家って!」
「うっさい! アンタが小説家になりたがってたのは知ってんの、私が言いたいのは————何でこんな大事な3年生って時に、そんな具体性のない適当な夢をまだ持ってんのか、ってことなの!」
もっと教師とかコピーライターとかその文章力を生かす仕事をしたらいいじゃない、それならみんなだって理解してくれるのに何であんたはそういうのったりのったりしたあまい考えで小説家なんていうかちぐみとまけぐみがいるようなしょくぎょうをえらぶのよあんたはしごとっていうもののじゅうようさがわかってないのよだいがくっていうのがどんなにたいせつかどんなふうにすごせばいいかがわかってないのよあんたは、ねえ、あんた、ちょっと、
「聞いてる!?」
「きい、てた、けどさ」
ブロッコリーの緑と芝生の緑が重なって、気持ち悪い。ちーちゃんは黙ってこっちを睨んでた。そんなちーちゃんの目の中も緑色だった。いや違うか、人間の目は緑じゃない。だったらこの緑色って何だろ、内臓の色? 脳みその色?
あぁ、そっか。
「ちーちゃんなら、わかってくれるって思ってたよ、わたしの夢を」
これは、絶望の色か。
「ちーちゃんは完璧だから、いつだって私の前に立ってるから、だからね、だからこの夢のことも、しょうがないなって感じで応援してくれると思ってたんだよ。だから正直、今の状況はすげーショックみたいな」
ちーちゃんの綺麗な顔に、少しだけ後悔と困惑の影が射した。けどその表情に灯っている怒りという感情は消えなくて、長い睫を伴う瞳はずっと私を睨んでいた。私の言葉に何も返さなかった。たぶん、自分がひどいことを言ったって思ってるんだろうけど。それか、ふざけんなって。
ちーちゃんは2段のお弁当を丁寧に元の形に戻すと、薄い桃色の布で手際良くお弁当を包んだ。そして隣に置いてあった自身のペットボトルを片手、お弁当も持って。ベンチから立った。ゆるやかな風が、ちーちゃんのいた場所を、ちーちゃんの残した体温を奪うように吹き抜けていく。
「……言っておくけど、私は完璧じゃないんだよ」
風と共に、大事な言葉が私の耳に届いた。
ちーちゃんの小さな背中が昇降口の方へ消えていき、しばらく経って。予鈴のチャイムが静かに昼休みの終わりを告げる中で、馬鹿みたいな私はようやく気付いた。
久しぶりに彼女と喧嘩してしまったのだと。