ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

死相中(終)な僕2 ( No.80 )
日時: 2011/05/27 21:45
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
参照: 久しぶりーでうだうだーな投稿ですぞねす! アマゾネス!


 ……。ぴくりとマウスを動かす手が動きを迷う。

「性格がイケメンな男爆発しろ! もしくは破裂しろ!」

 ちょっと笹宮うるさい、と彼女がBL本の向こうから不機嫌そうに呟く声が聞こえた。
 さすがに今回はこっちが悪い……というかこのコメントを書いた性格イケメン男が悪い気もす……いや、やっぱ僕が悪いかうん。ごめんと小さく返して僕は一旦サイトを最小化し、パソコンを買った当時から一度も変えていないまっさらな画面に変えた。そして、ワードを立ち上げる。
 ファイルの中から、新小説というタイトルのフォルダを開けて、さらにその中にある第七章をクリック。人差し指が動きを終えた頃には、すでに画面上にはびっしりと僕の書いた文章が映っていた。

「笹宮、言っておくけど締め切りは」
「……分かってるよ。ちゃんと書くから、ちょっとお口をミッフィーにしててってば」
「あいあいさー」

 僕がよく書くジャンルは恋愛もの——中高生向けの爽やかなものから熟女の方から熱烈な支持を受けるねっとり昼ドラ風味のものまで、さまざまだ。でもたまに恋愛を交えたミステリーやホラーそしてコメディも書くから、実際はさまざまより何でも書くって方が表現的には合ってるのかもしれない。
 ただいま執筆中の小説の内容は、来月末にある某大御所の小説大会に向けての作品だ。ワードの中では僕の生んだ登場人物達が非日常な出会いを果たして蠢いている。あ、誤字発見。

「それはそうとしてだねバンブーキャッスル」
「直訳すると笹の城だね」
「何か宮って何か宮城っぽいじゃん。だから城にしてみた」
「単に宮を英語変換出来なかっただけでしょうが! ……んで、何だいうぬぅ……ウルッシー」
「それ、英語変換じゃなくて英語っぽく言っただけじゃん」

 笹宮の浅学、と笑顔で毒を放つと彼女はごろんと仰向けの姿勢から僕に向き直る姿勢へと移動した。……ずっと思っていたけど、今の彼女はスカートで、しかも胸元を少し開いたワイシャツを着ている。色々大丈夫なんだろうか。

「これは編集長からの要望なんだけど、今回のアンタの描く話はだいぶ暗いというか——爽やかさと気持ち悪さごちゃまぜサイクロンにした感じじゃない?」
「それは、まぁ————うん。確かに——そうだね」

 笹宮因幡もとい笹場宮の小説家の担当編集者である彼女の言葉は、いつだって普段の彼女とは違う冷たさを帯びる。僕はこの言葉にいつも助けられ、また叱咤される。

「何かそれが編集長の琴線に触れたらしくてね」
「はぁ、きんせん……ねぇ」

 残念だが僕は小説を生業としている人間だというのに、ボギャブラリーがあまり豊かではない。言葉の引き出しに入っているものなんて限られているし、一つの作品を書き上げるために同じ表現を必ず三回は使う。
 ——こんなの、小説家っていえるのかねー。
 ちくりと決して人間の器官には無い心の切れ端が自己嫌悪によって傷つく。僕は結構ナイーブというかネガティブな感じなので、もやもやと胸に溜まるそれは彼女の言葉を共に流すしか無かった。

「最近の流行を取り入れた気持ち悪い非日常という点と、笹場君特有の乙女チックな思想がベリーベリーエクセレントなんで、とりあえず今回の小説は大賞狙うつもりで本気で書くように————だってさ。何か笹宮の小説、だいぶうちの部では人気でさ。候補の中でも凄く期待されてるよ」
「うーん……まぁ、それはそれで嬉しいけどさぁ……期待されても、それ相応のものが書けなかったら、皆どん引きというか、何というか……」

 皆の期待に耐え切れなくなって押し潰れる僕。ぐしゃ、と音をたてて不満と文句で彩られた世界の中で血を流して倒れる僕に、今まで散々笑顔で接してきた皆は目も向けない————そんな想像。

「スケジュールの面からいくと、だいぶ執筆は順調っぽいし、そろそろ話自体は締めに入ってるし。大丈夫だと担当的には思うんだけどなー?」
「う、うぅ……確かにそうなんだけど、ねー」

 きっと僕は期待に見合うような行動を起こせない人間だ。だから、こういう期待は嬉しいと同時に——すごく、重い。
 人の感情は時と共に変わるものだと僕は思う。以前に狂おしい程好きだった人が、今ではただのクラスメートだとしか認識していなかったり、あれだけ憎いと感じていた人でも亡くなればどこか寂しい。人の感情とはそういうものだ。
 だから、だから僕はこういう期待が苦手だ。きっと、僕はこの期待に応えられな————……

「大丈夫だよ、笹宮は」
「………………え? 何て?」
「大丈夫だよーって言ってるのよーん」

 彼女は妙に間延びした声でもう一度言葉を繰り返すと、にへらと笑った。あ、頬にえくぼが。可愛い。……いつもならそう思いちょっとハッピーな気持ちになるんだけど。
 だが予想外にも、大人っぽい容姿である彼女の満面の笑みに対して、僕は固まってしまっていた。眼球が目の前の現実を捉えたまま離さない。ねっとりとした粘膜から水分が奪われるような、そんな想像さえ頭によぎる。やがて、僕がえくぼとこんにちはしながら硬直している間に、彼女は次の言葉を続けていた。