ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 死相中(終)な僕3 ( No.81 )
- 日時: 2011/06/18 00:42
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
- 参照: 誰かが見てくれてることを、願って。
「笹宮は今までさー、いつも私にケツ引っ叩かれながらでも原稿仕上げて来たじゃん。……他の作家さんは何か指摘されたらぐちぐち言ったり泣きべそかいたりするのに、笹宮はそれをばねに新しい展開やキャラを思いついてきた。それは誇って良いことだよ」
「……ん、ん? ……そう、だっ、け?」
彼女の話がどうも脳みそに響いてこない。
それよりも、さっきの大丈夫という言葉の方が僕の心には効力があったらしい。何度も何度も、僕の脳内はさっきの言葉を脳内で反芻させている。脳みそテメェ……僕の意志に背くような仕事を勝手に体内で行うとは何事じゃ。
「期待とか不満とか、そういう第三者のぐちぐちしたものは気にしなくて良い——なんて言ったら、編集者らしくないのかな」
ふふふ、と困り顔なのに彼女の唇からは小さな笑いが零れる。
「でもねぇ、編集者としての漆原雅ならともかく……君の彼女である漆原雅として、なら。私はいくらでも笹宮に言うよ」
その辺のギャルより、テレビに映る女優より「美しい」彼女は、
「……君が描くストーリーには、どんな第三者の介入も意味が無いんだ——ってね。笹宮が描くストーリーは、笹宮が好きにすれば良いんだよ」
……ただ美しく、美しく微笑んだ。ざわりと鳥肌がたったのを感じる。
——あぁ、僕はこの微笑みに恋をしたんだ。
僕は潰れるような期待を背に受けて、それでも彼女に向き直った。彼女は黒髪も指先で弄びつつ、僕を安心させるためかぽろぽろと言葉を続ける。
「んー、確かに周囲の評価や第三者の目が無いと生きていけないけどねぇ、小説家ってのはー。でも、物語を書き終える……ってところまでは、コレ、作家の自由じゃないのって私は思うんだよねぇ」
「…………じ、じゃあ君は僕がもしも君達が望むような、……き、気持ち悪さと爽やかを足して四で割って二乗して七を引いたような小説を書いても、許してくれるわ、け?」
「まさかの数式!? てか何か数式ごちゃごちゃし過ぎでしょー! ふつーに二で割ってくれて良いんでちゅーよー!」
ちゅっちゅーと唇を三の形にして騒ぐ彼女は、僕に教えを説いた姿とは打って変わって幼くみえる。まるで月からすっぽんに変わったようだ。いや、容姿端麗なすっぽんなんていないか。一グラム程度ののろけでしたー。
「とにかくしゃー、笹宮は笹宮なりに頑張りんぐ! ……ってこったい。さぁさーさーっさーほらほらほらぁい、続き続きィー!」
「ちゃんと続きを書くよ書きます書きますからだからお願いです、その表紙からアウト臭がぷんぷんするようなピンクな本を両手で突き出して僕をパソコンの方へ送るのはやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
そこはらめぇええええええでしょーが! と何故か叱咤された。殴るぞ。
編集者らしい、作家を前向きにさせる言葉をくれた彼女にお礼を言おうと思っていたんだけれど————BL本を前に突き出してくるという非人道的行為により好意が宇宙の彼方へ飛んでいった。行為による意……ふむ、ナイス同音異義語。いや上手くない、上手くないから。ちょっとどや顔をしてしまった自分が恥ずかしい。
秋だから、という理由でエアコンはつけていないが、空気の通りが悪いこの部屋ではそれは理由とならない。苦となる。実際、僕の額にはさっきの恥ずかしさのせいか暑さのせいか、薄っすらと汗をかいている。
「……ねぇ、笹宮」
「何」
彼女がふと、BL本を両手で押し出した姿勢のまま、固まる。
僕はとりあえず逃げるのをやめて、彼女の整った顔に向いた。
「やっぱり、ってゆーか。……書けない、かな」
「今書いてる小説を? 編集長や君の期待通り、に? って、こ、と?」
疑問系三段活用(何か違う)で、返してみる。核心をざくりと突き刺した僕の言葉に、彼女は一瞬困惑したように眉間にしわを寄せた。
「……うん」
彼女はいつもの能天気な表情に、ちょっぴりの不安とちょっぴりの後悔を滲ませていた。自分が言った言葉が、本当に僕の背中を押したのか気になっているんだろう。……折角、いつも殊勝な彼女が不安そうにしているのだし、恋愛のテクニック的にはあえて不安がらせて僕から目を離せないようにする——というのが正解なんだろうか。
——だけど、僕は彼女の不安がる顔を見て、幸せを感じたくは無いから。
——だから、僕は。
「頑張る、よ」
「え?」
「僕は限りなく底辺の人間で、いくら賞をとっても、いくら文章を書いても自分に自身が持てない奴だ、けど……君に関しては、自分が持つ力出し切ってというか、ないとこからでも無理矢理力生成して、それで頑張るからさ」
——だから、君は待っててくれ。
僕は君以外の人間に頑張れとエールを送られても、お前が賞をとらないと死んでやるって脅されても、何も感じずに堂々と小説を放棄するけど。けど、君が「大丈夫」って笑ってくれるなら。
——やってやろうじゃないか。
「……そう、ありがと」
「お、おおおおおおおおうよってばよ!」
彼女が僕の言葉に、はにかんだ笑みを掲げる。黒目がちの大きな瞳が細くなるのを、僕は高鳴る鼓動を抑えながら見ていた。やはり、僕は彼女に惚れているのだ。だって、こんなにも彼女の言葉で頬が熱い。
今まで、「さっさと書き上げて彼女とデートに……」とか考えていた脳みそが、急に回転速度を増して行く。両腕はキーボードの位置へと導かれ、今にも先のストーリーを描こうとぎゅんぎゅんと血が巡ってくる。
「……あぁ、後、一つだけお願い」
「え、何さ?」
さて、続きの話を————と意気込んでパソコンに向き直った瞬間、僕は高速で彼女の方に体を向けた。首からぐきりという嫌な音が伝わったけど無視。彼女の方も続きの話を、ということでBL本を持ち直していた。泣きそうになった。
「あのさ、もしも僕がこの賞をちゃんととれたなら。その時はさ————」
————僕と、結婚して欲しいんだ。
僕はこうして、十二回目のプロポーズをした訳であって。
そして、彼女の答えは。