ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 第一章 船長と少年 ( No.1 )
- 日時: 2010/09/11 18:41
- 名前: 紅薔薇 (ID: 4jdelmOD)
「ハルト,食え。当分こんな贅沢なもの食えないからな。今食べておかないともたないぞ」
船長のラスターは少年に言った。少年はそれには答えず,じっと琥珀色の瞳で星空を見つめていた。
ハルト—これがこの少年の名だった。彼はあるものを求めて,海賊とともに旅をしていた。
だが少年の求めているものを知っているのは,船長のラスター以外誰もいなかった。
船長は少し強い調子で繰り返した。「食え。ハルト」船長の翡翠の瞳が少年を鋭くとらえた。
ハルトは側にあったウガ(高級魚の一つ)の焼き身を口に押し込んだ。まもなくハルトはすぐに飲み込んでしまった。ラスターはそれを見て微笑むと,少年のとなりに腰を降ろした。少年は横目でそれを見た後,すぐに夜空を見つめた。二人はしばらくの間黙ったままだった。
星達はチカチカと光ながら,二人を見守っていた。やがてラスターはため息をつきながら呟いた。
「美しいな。俺は子供の頃,この無限の星達を数えていた。毎夜毎夜数え続けた。だが,ついに数え切れなかったな。数えきるのが,俺の小さな夢だったが………」
ラスターは腰にさげていた立派なナイフを取り出すと,息を吹きかけた。
「ハルト。お前の求めているものは,俺のかつての夢のように,叶えられないものなのか」
ハルトは星空から目を落とし,真っ暗な海を見据えた。
そして首を振った。
「わからない……。でもたとえ叶えることのできない願いだとしても,僕はあきらめない。そう,彼女に誓ったから」
ハルトは転がっていた石を,立ち上がって海に投げ入れた。石は,トボンと音を立てて,漆黒の闇に飲み込まれていった。ハルトは拳を固くにぎった。自分の虚しい祈りはあの石のように,宿命という闇に瞬く間に飲み込まれているのではないかと戦慄を覚えたのだ。だが,ラスターの大きな手が,少年の肩を引き戻した。ラスターはいつになく真剣な目をしていた。
「いいか。これから先何があろうとも,お前のその決意は揺るがすな。お前と彼女の間で何が起こったかはわからんが,その隙間からあらゆる悪の感情が入り込んでくるからな。悪の感情に囚われてしまうと,人はみな廃人となる」
ハルトはゆっくりと頷いた。ラスターは手を離した。
「……お前は強い。強いゆえに脆い。だが恐れるな。お前を必要とする者がいるかぎり,お前は無敵なんだ。お前の力は無限なんだ。わかるな?」
「わかります。ラスター」ハルトは船長の美しい翡翠の瞳を見つめた。やがて船長は笑った。
「さあ,もう寝ろ。明日は大変だぞ。クレナ島に着陸することになっているからな。14歳だとて,他の男達と同じように扱うぞ」
ハルトも微笑み返した。「分かってます。船長」