ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 悪魔の潜む島 ( No.2 )
- 日時: 2010/09/11 18:45
- 名前: 紅薔薇 (ID: 4jdelmOD)
「ねえ,ハルト。私いつもあなたのそばにいるわ……。どんなことがあっても,離れないから。
だから,あなたも離れないでね」
金髪の少女は切ない微笑を浮かべた。まるでその微笑みは一輪の薔薇のようで,見る者全てを惹きつけた。ハルトは少女に微笑み返した。
「うん。もちろん。どんなことがあっても,君から離れないよ」
少女は小さく嬉しそうに頷いた。そしてハルトの手を強くにぎった。ハルトがハッとして顔を上げると,少女の顔は真剣だった。そして小さな唇を開いた。
「私ね…… —夢を見るの。
皆いなくなっちゃう夢。お父様やお母様がいなくなって,お城が消えて,何もかも消えてしまうの。私はどんどん闇の中に堕ちていって…最後にハルトが私を呼ぶ声がして,目が覚めるの……」
悲しみと共に少女が消えてしまいそうに思え,ハルトは思わず抱きしめた。少女は息を呑んで顔を赤らめた。そして一粒の大きな涙を流した。「私……」
「私ね,あなたに———
*
ハルトは声を上げて飛び起きた。同い年のコリィがいぶかしげにこちらを見て目をこすっていた。
「なんだハルト…殺される夢でも見たか…」
ハルトは大慌てで首を振った。「違う……」
違う。あの少女は…!
コリィはあくびをした。
「ま,早く支度しようぜ。もうクレナ島につくんだからな」
そういうと,コリィは早々と着替えて行ってしまった。
ハルトはそれを見届けると,ゆっくりと呼吸をした。鼓動が激しくなり,汗がつたりおちる。そのせいか,寝間着は汗じんでいる。汗の熱と,少女のぬくもりが体の中で交差していた。だが,そのぬくもりは氷の如く,溶けるようにみるまに消えていった。ハルトは胸を押さえつけた。
少女の微笑が,薄れてゆく。
「……すまない……」ハルトは涙を流して呟いた。「…すまない」
*
「ハルト!!何ぼうっとしてるんだ!早く来いよ」
年上のベルナが叫んだ。ハルトは我にかえりながら,ベルナの方に走った。周りの男達は,わいわいとにぎやかに着陸の準備をしていた。船上はまるでお祭り騒ぎだ。ハルトは走りながら,何人かの男にぶつかってしまった。ハルトが謝ると,男達はにこやかに頷いた。
ベルナが苛立しげにハルトを見据えた。「遅い。何時起床だと思っているんだ」
「すみません…寝過ごしてしまって……」ベルナは瞳から冷たい色を消すと,後ろを振り向いて前方に見える大きな島を指差した。
「あれが,クレナ島だ。いつもどおり,食べ物調達係,いわば探検派と寝小屋を建てる集落派に分かれてもらう。船長がお前を探検派に推したから,お前はコリィといっしょに行動しろ」
「はい」
ハルトは島を憧れと好奇心に満ちた表情で見つめ,浮き立つ気持ちをおさえながら頷いた。ベルナはハルトの背中を押した。
「船長が呼んでいたぞ。早く行け」
船内への暗い階段を大急ぎで降りながら、ハルトはあちこちに響き渡る男達の声を聞いていた。ハルトがまだ訪れて間もない10歳ほどの時、この猛々しく、たくましい声をびっくりしながら聞いていたものだった。そしてこの船の周りを飛ぶ海鳥達の声と、ざわめく波の音を生まれて初めて聞いたときの感動は今も忘れることはない。ハルトは記憶にひたりながらも、奥の船長室を開けた。「ハルトです」
中の立派な机には、船長ラスターが大きな地図を広げ、真剣な目つきで見下ろしていた。ハルトが敬礼すると、ラスターは微笑みながら椅子に座るよう言った。
「さあ、そこにすわりなさい。君に初めて任務を与えるぞ」
ハルトは驚いて顔を上げた。任務など、この船に5、6年いないととても与えられるものではないからだ。食べ物調達や寝小屋立てなどとは到底違う、大切で過酷な仕事だった。失敗はゆるされない。
ハルトが思わずたじろぐと、船長は声を立てて笑った。「怖がるな」
「大の男達に与えるきつい任務ではない。だが、これはお前でなければできない」
ハルトは急に心臓を掴まれたような錯覚を感じた。大の男達にできないことが、この僕にできるだって?とんでもない。船長はどうかしてしまったのだろうか?
「そう心配そうな顔をするな。いいか、一つ言っておくが海賊というものはいつでも強そうな顔をしていなければならないのだ。弱々しい顔をしていたら、厳しいこの海上の世界ではやっていけないぞ。例え恐れるものがあったとしても、堂々としていろ。お前は弱くないはずだぞ?」
船長の目は温かかった。ハルトはゆっくりと頷くと、一人前の男になったとでもいうように姿勢を正して胸をはった。最も心の中は恐怖と好奇心と不安が占めていたが。
「そうそう。
よし、いいか。良く聞きなさい。一回しか言わないからな」
ハルトはゴクンと唾を飲んで頷いた。こめかみから汗がつたり落ちてくる。
「クレナ島については、お前は無知に等しいだろう。ただの大きな島としかな。
だが、クレナ島はお前が考えてるような大きくて単純そうな島ではない。ある伝説が言い伝えられていて、それは何百年も前から存在していると言われている。その伝説というのはある悪魔の伝説でな。
その悪魔は悪さをするんだ。人を殺したりは決してしないんだが、私達の大切な食料も奪うこともあるそうでな。最も水を盗まれたりしたら、いっかんの終わりだ。それを阻止する役目も、お前に与えることにしている。コリィと共にな。そして、伝説の最後には悪魔を捕まえると、悪魔は人間の知らぬ秘密や宝のありかを教えてくれるとあるのだ」
船長は天井を見つめていたが、やがてハルトを見つめた。
「お前の捜している人について何か知っているかもしれん。だからこそ、悪魔のイタズラを阻止し、捕まえてもらいたい」
それを聞くと、ハルトは立ち上がりまっすぐに船長を見据え、深々と頭を下げた。
拳は固くにぎられていた。
「是非やらせていただきます。そして必ず、僕とコリィで集落を守り捕まえてやります」
「二人のときは敬語を使わんでもいい。そのほうが話しやすいだろう。さあ、行きなさい」
ハルトは金色の瞳を輝かせてコクリと頷いた。「ああ」