ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

甦る涙 2 ( No.8 )
日時: 2010/09/20 18:05
名前: 紅薔薇 (ID: 4jdelmOD)

ハルトは喉の渇きに耐えかねて、木漏れ日の下で立ち止まった。すでに髪の毛はぐっしょりと濡れている。ハルトは腰に下げていた水袋を口に押し込んだ。

生ぬるい水が喉をつたってゆくが、今の彼にはそんなことはどうでもよかった。水だったらなんでも良かった。ハルトは一気に飲み干すと、手の甲で口元をぬぐった。 「暑い……」

ハルトはゆっくりと腰掛けた。ぐっしょりとした背中に固い木がくっつのは、あまり気持ちの良いものではなかった。そばに落ちていたクリコの実を食べ、ハルトはため息をついた。

「一体、天犬はどこにいるんだ」

もう天犬を探して数日は過ぎただろうか。だがそれだけ希望が消えようとも、彼の決意が揺るぐことはなかった。

ハルトはゆっくりと地図を見下ろした。今はクルール山のふもとのクラリスカ森林にいる。近くに湖らしきものはない。池すらない。あるのは無限に続く木達と、残酷なまでの暑さと喉の渇きだった。

クルール山は見かけは美しいが、行ってみると恐ろしい寒さがまっているとベルナに言われた。彼は子供のころクレナ島の近くのペスタリカ島にいたというから、本当のことなんだろうとハルトは信じ、防寒用具を多数もってきたが、今は見るだけでも暑苦しくなってくる。

「今日はもう帰るか……」

ハルトは苦しそうに空を見上げ、瞳を閉じた。汗がじわりと目にしみこんでくる。ぎらつく太陽のほてりも残る。彼はゆっくりと深呼吸をした。





途中、急に雨が降り出しハルトは急いで岩の下へ駆けていった。雨は一向にやまず、ますますひどくなるばかりだ。太陽がいなくなったのは嬉しいが、蒸し暑さが代わりに彼を襲ってきた。

もはや汗と雨が区別がつかなくなっている。ハルトはあまりの気持ち悪さにブルッと体を震わした。

「ラスターは僕を待っているかな…」

ハルトは岩の下に寝転がりながら、船長の顔を思い浮かべた。雨音とともに彼の横顔が甦る。少しばかり懐かしさを感じたハルトは静かに目を閉じた。



ふいにハルトは目を覚ました。
彼は雨がやんだのを知り、そっと岩の下から這い出た。驚いたことに、周り一面が鮮やかな花畑になっていた。まるで魔法のようだと感じながら、ハルトは一歩踏み出した。その時、誰かに腕をつかまれた。

「ハルト」

懐かしいその声に、彼はゆっくりと振り返った。そして、ハッと息を呑んだ。そこには、前の夢に現れた美しい少女が立っていた。前までは子供らしさがあったのに、もうすでに彼女はハルトと同じくらいの背になっていた。きらめく金髪も腰ぐらいまでにのび、頬も薔薇色に染まっていた。彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。

「やっと会えたね。ハルト。貴方、とても……」

ハルトはすべてを忘れて少女を抱擁した。あの時と同じだ。夢の中で彼女を抱いた時のぬくもりと。ハルトは心に染み込んでくる温かい感情に思わず涙を流した。

いつのまにか、少女も涙を流していた。

「とても……。とても、美しいわ」

ハルトは優しく呟いた。

「君もだ……。どんなに君を捜していたか」

彼が体を離し、少女に向かって微笑むと、少女は急に怯えたような表情になった。そして、急に俯いてしまった。ハルトは驚いて笑顔をくずした。


「……ごめんなさい。本当に。私、今はこの世界でしか………」

彼女の一言で、花たちが一斉に黒くしおれていった。空は闇色に変わり、灰色の雲が重くたれこめていた。花たちの代わりに、するどい荊のしげみが、いつのまにか二人を囲っていた。ハルトは思わず後ずさりした。すると、彼は少女が消えかかっているのに気付いた。
少女は一筋の涙を流し、弱々しい手つきでハルトに抱きついた。そして、蚊の鳴くような声で囁いた。

「…私……あな…た……に」

ハルトは消えかかる彼女を懸命に抱きしめていたが、彼女は最後まで言い終わらずに、消えてしまった。

「ア…アリアナ……!!!!アリアナ!」

ハルトは、哀しみを抱き、虚しい叫びと共に闇の中を落ちていった。