ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 生きたいあーちゃんと逝きたいあーくん ( No.50 )
- 日時: 2011/04/26 20:32
- 名前: 出雲 (ID: luklZ16E)
- 参照: 第二章「崩壊りばーす」→第六話「りばーす回廊3」
「危ない、危険」
ゆらりの目が泳ぐ。
必死に何度も危ないと繰り返して、ゆらりは僕に焦点を合わせた。
「氏名、帰る。ここ危ない。これ以上一緒、ダメ」
私の近くにいると、危ないんだと。
こんなところに来るべきじゃないんだと、ゆらりはそう言ってる。
こんなところ…ねぇ。
僕も全然そんなこと言えないんだよ。
お世話になったんだから、この真っ白い部屋に何カ月も。
「そんなことないよ」
「…」
「あーちゃんとゆらりが同じなら、僕も一緒だ。それ以上かもしれないしね」
僕はゆらりにそう言って、笑って見せた。
笑えてたかどうかなんて僕に分かった事じゃないけど。
だから言葉に意味なんて無いわけです。
「氏名、一緒?」
「うん」
「あーくんといっぱい似てる、氏名」
…はい?
ゆらりは今何て言った?
あーくん、それは僕だけが知るあーちゃんの為の名前なのに。
似てる?
あーくんって誰だ?ダレダッケ?
「あー、くんって誰?」
きっと。
ゆらりは僕の知らない事を知ってるんだろう。
僕に関係の無い事でも、あーちゃんにも無関係でも、きっと何処かで繋がってるんだろう。
「あゆみ、氏名にそっくり。私の友達、昔の友達。大好きだった友達。もういない友達。私のたった一人の友達。あーくん、私の好きな人。この世界のだれよりも好きな人。好きだった人。あゆみ。あゆみもういない」
ゆらりが、口を動かした。
息をしないかのように言葉の一つ一つを繋げて、どこか目を輝かせて嬉しそうに言うのだ。
それが、「あゆみ」という人物が自分の弟なのだと確信をするのに時間はかからなかった。
「あゆみ死んだ。自分で死んだ、嘘。殺された、あゆみは死なない。約束した…」
ゆらりが、そこまで言って口を閉ざした。
そうしてゆらりじゃない声が耳に入ってきた。
「おい、いつまでピーチクパーチクやってんだ。今何時だと思ってる」
暗闇から現れた顔は、先程(っていっても夕方に)診察室で向かい合った先生だった。
名前は、かおる。
「久留間先生?」
久留間 馨先生。
「もう面会時間はとっくのとうに過ぎてんの、しかも保護者様から何通もメールが来てるんだよ」
僕を指さしてめんどくさそうに欠伸をかきながら言う。
ゆらりはスイッチを切られたロボットみたいに停止して立ちつくしたまま、動かない。
「…いーさん、ですか?」
そうだ、忘れてた。
絶対に心配するとは思ってたけどここまで遅くなると、流石のいーさんも怒るだろうね。
こんなこと、前にもあったから。
いーさん大声をあげて怒ってた。
泣かなかったよ、子供じゃあるまいし。
でも、いーさんは何でか泣いてた訳で…前言撤回。
子供じゃあるまいし、なんて言ったらいーさんの優しさを侮辱したことになっちゃうじゃないか!
いーさんは、とっても優しい人だ。
「郁が煩ぇから身に来たら、何ハーレムしてんだ」
あーちゃんとゆらりのことですか。
「別に、何もないわけじゃないですけど。寝てて気づいたらこの時間だっただけですよ」
「どっちだよ。」
頭を掻いた先生はため息をひとつついて、開き直るようにして言葉を続けた。
「…まぁ何でもいいけど、早く帰れ。待合室で郁の奴待ってるから」
それを早く言ってほしい。
「いるんですか、いーさん。」
それは早く行かない訳にはいかない。
あーちゃんにさよならのキッスを、する訳も無く顔をもう一度見てから病室を後にした。
固まっていたゆらりが、先生に促されている。
そんなゆらりに声をかけた。
「また今度話そうか」
もう来る筈の無い今度に向って。
ゆらりは小さく頷いた。