ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ツギハギセカイ〜合作小説〜 第1話更新開始 ( No.4 )
- 日時: 2010/09/17 21:41
- 名前: agu (ID: zr1kEil0)
———人間は真実を見なければならない。なぜなら真実は人間を見ているからだ———
ウィンストン=チャーチル
*
彼、ハンニバル・アンダーソンがベルヴィル地区をうろついているのは、至極当然の事だった。
現在、12:28。健康な生活をしている人間なら誰でも腹を空かせる時間帯である。
ベルヴィル地区には、安くて、早く、そして刺激的な料理を出すレストランで溢れている。
金を掛けたくない労働者や、時間がないサラリーマン達にはうってつけの場所だ。
OSSが誇るスパイ、ハンニバル・アンダーソンも本能的な欲求には逆らえない。
彼は何処か適当な店を探すべく、“シャンザント”と呼ばれるその大通りを歩きながら、軒並みに連なるレストランを物色している。
不意に、彼の背筋に悪寒が走った。
刹那、ハンニバルは自分の本能が、理性が、悲鳴を挙げるのを感じる。
丁度、通りすがっただけの路地。彼にはまったく関係の無いはずのそこから、どうしようもない冷気が漂ってくるのだ。
否、それは冷気などではない。怒り、悲しみ、絶望、狂気。およそ考えられる限りの負の感情。
ハンニバルはこの感覚を一度味わった事があった———あれは何処でだったか。
彼は“それ”を無視する事に務めた。
絶対にその路地の方向に顔を向けてはならない、とにかく彼の全身がそう伝えていた。
一歩、一歩、一歩、また一歩。
ハンニバルの足はガタガタと震えていたが、そう、彼は無理矢理にでも歩みを進めなくてならない。
その寒気は、恐らく人為的な物などではない、それは超常的な物だ。
しかし、彼が離れようとすればする程、冷気は彼に纏わりつき、しっかりと絡みつく。
ハンニバルは悟った。“コイツからは逃れられない”
撤退が不可能ならば、残った手段は限られてくる。
降伏か、否。
相手は人間ではない。それは死を意味する。
戦う、否。
“これ”と、どうやって戦えというのだ。
違う、相手は人為的な物ではないのだ。それならば対処法もまた違ってくるはず。
ハンニバルは今更ながら、子供の頃、聖書の勉強をさぼった事を後悔し始めていた。
彼はたいして信心深くは無かった。それどころか、易いに“神”などという偶像に縋る者を軽蔑してもいる。
(くくっ、考えを改める必要がある様だ)
こんな状況でも皮肉げに笑える自分自身に驚きを覚えながら、ハンニバル・アンダーソンは覚悟を決める。
“お前が死んでも代わりはいる。安心してくたばってこい”
あの憎たらしいOSS長官は、この任務に就く前、そう言い放った。
良く良く考えてみれば、あれは景気付けの言葉だったのかもしれない。
“殊勝な男だな、俺も”
彼は腰のホルスターから、アメリカ製コルト・ガバメントを引き抜くと、その勢いのまま路地に身体を向けた。
“さぁ、くそったれ。ゴットだろうがゴーストだろうが同じ事だ。ぶっ殺してやる”
光が、漏れた。