ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ツギハギセカイ〜合作小説〜 ( No.40 )
- 日時: 2010/11/15 07:16
- 名前: Agu (ID: gzQIXahG)
ハンニバル・アンダーソン、彼が謎の壮年男に飛ばされた先は、騎士道物語に出てくるような中世風の異世界でもなく、独裁者が支配する遥か未来でも無かった。
そこは彼にも馴染み深く、身近な街。
花の都、パリ———
そう、エッフェル塔も凱旋門もそこらの街並みも、彼の記憶にある通り。流れていた街の空気さえも、そのままに見える……。
ハンニバルは思考を続けながらも、その“そっくり”な街並みの中を歩いていた。
彼の頭の中で混乱が占める割合はそう多くはない。それよりもこの事態に対して、どう対処するのが適切か?という考えで埋まっている。
ここは本当にパリなのだろうか?先程の男は?——そういった疑問が浮かんでは消えていく。
不意に、すぐ近くで軍人特有の、あの低く鋭い声が聞こえた。
「おっと、ここは通行止めだ」
その言葉に、ハンニバルは地面に向けていた目を上方に滑らせる。
赤いベレー帽に迷彩服を着用した兵士らしき男が二人、そしてその少し先には、見たことのない型の装甲車らしきものが道を塞いでいた。
二人いる内の片方、口髭を生やしている兵士が、その真一文字に閉じられた口を開く。
「もう一回言うぜ、ここは“通行止め”だ。分かったら、さっさと回れ右をして、何処かへ行け」
ハンニバルはスパイだ、そしてスパイとは情報に成り立つものである。
彼はともかく状況を把握しようとその兵士に尋ねた——多少、選ぶ相手は悪そうだったが。
「どうしてここは通行止めなんだ?」
もう一人の、口髭を生やしていない方の兵士がずいっと身を乗り出してきた。
「それはだな、市民よ。君達の支配者であるケラーズ・キプリング将軍が決めたことだからだ」
支配者、という単語を強調したその兵士は肩に掛けていた銃、恐らくその形状から見て短機関銃であろう物をゆっくりと両手に構える。
もう片方の口髭を生やした方もいつの間にか、ハンニバルに銃口を向けていた。
さっさと行かないと蜂の巣にしてしまうぞというこの脅しはとても効果的だ、そんな風に場を客観視している自分に心中で苦笑しながらも、彼は両手を挙げて“降参”のポーズを取った。
「分かった、分かったよ。兵隊さん。君達には逆らわない……実はこの後、近場でも評判のレストランに行く予定なんだ。そこのランチを食べるまでは死にたくないね」
それを見た相手の兵士達は黙ってその顔を険しくさせた。
「さっさと行け、“お喋り野郎”」
どちらともなく吐き捨てられた侮蔑に肩を竦めながらも、ハンニバルは元来た道を歩き始める。
ここが何処であれ、ともかくは情報収集だ。さっき通り過ぎた酒場が良いだろう——どうして、気づいたのに入らなかった?
自分自身の迂闊さを悔やみながらも、彼、ハンニバル・アンダーソンは空を見上げる。
灰色を薄くしたような色の、そんな雲が占領しているパリの空は何処か寂しげだ。