ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.139 )
- 日時: 2010/12/19 14:36
- 名前: トレモロ (ID: DTrz5f5c)
第二章『奪う人間と守る人間』———《殺戮者は休息して破壊者は始動する》3/5
———なに、何なの?あんな重そうなものを持ち上げて、投げるなんて……。あ、あり得ない……。それにテーブルなんて大きなものを投げられて、平然としているあの男の人も……。
麻衣は自分の常識と、今の非常識的な光景に今日何度目かの混乱に襲われる。
だが、今自分の目の前でその【非常識】な事態はまぎれもない【現実】として起こった。
そう、光加が両手で店の木製テーブルをつかんだかと思ったら、それをおもむろに刹羅にぶん投げたのだ。
本当になんでもないかのように、筋肉なんてなさそうな細腕で、そんな【行動】に出た女性。
【異常】だった。
おそらくこの店内に入ってくる時も、ドアを吹き飛ばしたのは彼女だろう。
蹴り飛ばしたか、殴り飛ばしたのかはわからないが、とにかく彼女がドアを金具ごと強引に吹っ飛ばしたという【事実】は【現実】だ。
今日だけで何回こんな【異常】を感じ取っただろう。
そんな思いを抱きながら、麻衣はまた体が震えだしてくるのを感じた。
体の芯から冷たいものに満たされる。
【恐怖】。
そんな単純で圧倒的な感情が、彼女の体の隅々まで蝕んでいた。
止まらない。
震えが止まらない。
恐怖が止まらない。
体がガクガクと、ガタガタと。震える。
———怖い。怖い怖い怖い怖い怖いっ!!
今にも恐怖で【発狂】してしまいそうな麻衣。
そんな彼女に突然。温かいものが触れる。恐る恐るその温かさに目を向けると。
霧島が麻衣の手を、自分の手で握っていた。
困惑しながら霧島の顔を上目遣いで見上げると。彼は暖かい笑みで麻衣を見ていた。
「大丈夫です。あなたの事は最後までしっかり守ります」
優しく、暖かに、霧島終夜は進藤麻衣に微笑んでいた。
「で、でもこんな状況じゃ、わ、私たち殺され———」
「大丈夫!」
麻衣が自分の【恐怖】を言葉にしようとしたのを途中で遮る霧島。
「僕は【便利屋】です。【依頼人】の安全は絶対に守ります」
霧島は笑顔で言う。
決して狂った笑みではなく、冷たい笑みでもなく。
相手を思いやった、他人を安心させる暖かい笑み。
その笑みを見て、バラバラになりそうだった麻衣の心は繋ぎ止められる。
「……はい!」
その力強い言葉を聞いて、霧島は安心して再び意識を前に向ける。
と、そこで初めて刹羅から感じていた【殺意】が消えていることに気がついた。
「あ〜。ったく。余計なことをしてくれちゃって。まあ、ちゃんと止めを刺さなかった俺も悪いかな……」
ぶつぶつと意味不明なことをつぶやきながら、刹羅は霧島達に背中を向けて歩き出した。
「刹羅。行動理解不能。説得に応答?理解完了?」
「う〜ん。というよりね、強制的に退去させられた。かな?死に損いの所為でね」
クククッ、と笑いながら刹羅は壊れた店の入り口を指差した。
「聞こえるだろう?もう近い……」
その言葉に応じて、その場の人間が皆、外の音に耳を傾けた。
確かにかろうじて何か日常とは少し違う異質な音が聞こえる。
この音はなんだろうか、よく聞くことがあるにはあるが、【日常】という言葉からは何故か切り離される音。
その疑問に対して、刹羅は無邪気な笑みを向けながら、してやられたという顔をして言った。
「パトカーと救急車のサイレンの合奏だねぇ〜」