ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.151 )
- 日時: 2011/02/05 16:02
- 名前: トレモロ (ID: DTrz5f5c)
第二章『奪う人間と守る人間』———《優しい物語-始動》
「———ああ、そういう流れで話を纏めていいかね。わたしゃ、それが一番だと思うんだけど?」
『ありがとうございます。私もそうしていただけると大変ありがたいです』
とある部屋で、椅子に座りながら電話をする女性。
どうやら電話口から聞こえる相手の声からして、会話しているのは男のようだ。
「しっかし、あんたもこんな状況で大丈夫かい?かなり危険な橋を渡ってるってことは解ってるね?」
『ええ、重々承知してますよ。だけど、私は……』
「あー、はいはい、みなまで言うな。分かってるからさ」
『はい……』
妙に姉御肌な言葉を遣う女性。
ともすれば、老獪なイメージがあるが、女性の容姿は若いものだった。
髪はボサボサで手入れがいき届いておらず、服装は真っ白な白衣に包まれている。
それだけ聞くとなんだか、残念な感想しか抱けないが。意外なことに、顔とスタイルはかなり上等な部類に入るものだった。
スラリとした長く細い脚。
健康的な白い肌に、快活そうな瞳。
整った顔立ちと、白衣の上からでも分かる、出るところは出て、締まるところは締まった、女性の憧れのような体つき。
そんな、絶世の女性美を保有しているだけに、髪や服装に気を使っていないのが、かなり勿体ない。
だが、髪はともかく、服装の【白衣】については仕方がないのかもしれない。
なぜなら彼女のいるこの部屋は。【診察室】なのだから。
医療に携わる者が、白衣を着るのは義務の様なものだ。
もっとも、女性が白衣を着ているのを好む男性もいるので、ある意味問題は無いのかもしれないが……。
「しっかし、あんたがそこまで家族の事を思っているなんて、わたしゃ嬉しかったよ」
『……。唯の自己満足ですよ……」
「自己満足ねぇ〜、確かにそうだ。だけど、あんたが家族の幸せを思っている。ってのも事実だろう?」
快活に電話口の男に向かって笑い掛けながら、【白衣の女性】は言葉を紡いでいく。
「わたしゃ、この【診療所】からは出られないから、あんたの力にゃあんまりなれないけどさ。きっと【組織】の連中がどうにかしてくれるって」
『ええ、本当にあなたと【組織】の方達には感謝しています』
「かはは、よせやい照れるじゃないのさ。まあ、もっとも。【組織】の連中で事情を知ってる奴なんて、一部だけだろうがね」
と、そんな事を【白衣の女性】が言った時。
コンコンッ!
という強いノックの音が、部屋に響いた。
「ん?どうやら、【仕事】みたいだ。悪いが切るよ?また後でかけ直す」
『あ、はい、分かりました。それではまた後で、美浜さん』
「はいよ〜、そんじゃあね。進藤」
別れの挨拶をしながら、電話をかけていた携帯を閉じて、白衣のポケットに仕舞う【白い女性】———美浜。
そして、外でノックをしたまま待機していた人間に、声をかける。
「は〜い、入っていいよ〜」
すると、部屋のドアから若いナース服の女性が入ってきた。
息遣いが妙に荒く。焦っているというのが、美浜によく伝わってきた。
「美浜先生。急患です!重傷を負った、意識不明の男性がここに運ばれてきました!」
「はぁ〜?なんでそんな重傷そうな患者が、こんな小さな診療所にきたんだい?」
怪訝そうな顔をして、ナース服の女性に疑問を投げかける美浜。
それもそうだろう。
美浜が開業しているこの【美浜診療所】は。【市】の【街】と【町】の中間に位置する、小さな診療所だ。
【町】の診療所よりは、比較的規模は大きいが。【街】にある【病院】程では無い。
なのに、そんな明らかに【病院】送りの患者が、何故【診療所】にくる必要があるのか。
そんな、疑問に対してナース服の女性は簡潔に答える。
「どうやら、この診療所の近くで何かしら【事件】があったらしくて、その【現場】から一番近いのがうちの診療所だったらしいです。事が一刻を争うという事で、ここに運ばれてきまして!」
「成程ね」
ナース服の女性の言葉に納得した美浜は、その患者を救うために椅子から立ち上がった。
「ったく、何時も何時もこの町は、賑やかだねぇ〜」
「せ、先生!そんなのんびりしてないで!」
「はいはい、分かった分かった。先に行って準備してな。すぐ追いつくからさ」
その言葉にナース服の女性は、了承の返事をして。即座に【診察室】から出ていった。
【手術室】に向かって走る音が、美浜の耳に聞こえてくる。
もっとも、【手術室】といっても、あくまで【診療所】のものなので、【病院】程立派ではないのだが……。
走り去っていくナース服の背中を見送った美浜は、【診療所】の出口に向かってのんびりと歩いていく。
歩く度に彼女が履いているスリッパが、パッカパッカという音を鳴らしていて、どこか間の抜けた感じがする。
緊迫感の欠片もない。
(恐らく【重症の患者】を創り上げたのは、【刹羅】の奴だろう。……ったく、あいつは人の言う事を完全無視か)
美浜は、心の中で【事件】の犯人の目星を付けながら、【診療所】のドアから廊下に出る。
相当焦っていたのか、ナースはドアを閉め忘れていたようだ。
「さてと」
後ろ手でドアを閉めながら
【医者】は一人ぼやく。
「ちゃちゃっと患者を治療して」
【診療所】の開業医とは思えないような、物騒な一言を……。
「【便利屋】にでもあいつの【始末】を頼もうかねぇ〜」
美浜は歩く。
パッカパッカとスリッパを鳴らして。
患者の命を救う意思と共に。
仲間の命を消す算段を立てながら……。
奪う人間。
守る人間。
人を殺す、壊す、終わらせる人間。
人を守る、救う、助け続ける人間。
彼等は皆唯の【狂人】
差別なく、分別なく人の命を守る【便利屋】
差別を作り、分別を弁え人の命を奪う【殺し屋】
差別を作り、分別を弁え人の命を守る【少年】
差別なく、分別なく人の命を奪う【殺戮者】
差別も分別も忘れて、唯機械的に生きる【仮面人形】
差別も分別も理解して、壊して生き続ける【破壊者】
生と死。両方を相手に与えて、相手から奪う【医者】
そして、狂人たちに巻き込まれて、唯奪われるだけの【少女】。
彼女は人から何も奪えず。
彼女は人を守る事も出来ず。
唯々奪われるだけだ。
だが、彼女は【狂人】ではない。
人が傷つけば泣いて。
人が泣いていれば胸が痛む。
そんな優しい【少女】だ。
【父】を思う優しい。優しい優しい【少女】だ。
嘲笑う。
そんな【優しき少女】を嘲笑う様に【物語】は進んでいく。
【奪う人間と守る人間】。そして【奪われる人間】。
少年と少女、青年と壮年、美人に美女。
全てを巻き込んで【物語】は進んでいく。
巻き込まれる人間を、嘲笑って奈落の底に突き落としていくかのように。
【優しき物語】は暗闇へと、突き進んでいく。
———————第二章『奪う人間と守る人間』了