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Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.154 )
日時: 2011/02/17 14:14
名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)

『接章』

【慟哭】。
後に【光加】と呼ばれる女性は、まだ【少女】だった頃から【ソレ】を目の当たりにしてきた。
何か大切なものを失い、泣き叫び、壊れていく者達。
その【大切なもの】には、人それぞれ多種多様な【思い】があった。
悪人でも、善人でも、その【思い】はとても大きく、激しく。
何より尊ぶべきものだっただろう。
たとえそれが、金などという俗物的な物に宿る思いであっても。
たとえそれが、恋人などという美しい物に宿る思いであっても。
善悪関係なく、【大切に思う心】は尊重するべきなのだろう。
だから、まだ【少女】だった女性は【ソレ】が無くなったり、壊れたりするのが嫌いだった。
何時までもそこに有ってほしいと願った。
例え【ソレ】を奪う側に、自分が立っていたとしても。
自分も【ソレ】を守る側に立ちたいと、常に願っていた。
だが、まだ【少女】だった【光加】は見てしまう。
恐らく世界で一番の【叫び】を。
世界で一番の【悲しみ】を。
世界で一番の【苦しみ】を。
世界で一番の【悲壮】を。
そして、世界で一番の、

【慟哭】を……。






「———ッ!———ッ!!———ッ!!!!!!」

声が聞こえる。
本当に大きな声。
悲しく、激しく、叫ぶ声。
声の方を【少女】は見る。
一人の男が、一人の女を抱き抱え泣き叫んでいる。
女はぐったりと横たわっていて、腹部には大きな風穴があいていた。
その所為で、地面も女の服も、そして抱き抱える男の服も、真っ赤に染まっていた。
きっと銃に撃たれたんだろう。
【予定の場所】に来ないと思っていたら、撃たれていたのだから。
倒れているのは当然。
地面に血が広がるのは必然。
もうすぐ彼女が死ぬのは、【当然】だろうか?【必然】だろうか?もしくは【自然】なのかもしれない……。

「シルフィ!早く救急車を!!」

男が【少女】の方を向いて何か言っている。
そうだ、救急車だ、救急車を呼ばねばならない。
だが、だがだがだが、一体全体【少女】は……。

「どこに……、どこに助けを求めればいいの?」

そうだ、【少女】も【男】も【女】も。
人に助けを乞える立場ではない。
そういう資格は彼女達には無いのだ。
と、そこで【女】は弱々しく、そして小さく言葉を発した。

「もう……大丈夫だ……よ?兄……ちゃんは……心配……性……なん……だから……」
「おい!無理するな!今助けてやる、すぐに、すぐに助けてやるからな!」

【男】は叫ぶ、【女】を救いたいがために。
いや、【兄】は叫ぶ、【妹】を救いたいがために。

「私……幸せだった……よ?兄ちゃんと……一緒にいれ……て。シル姉と……出会え……て」
「やめろ、やめろやめろやめろっ!!待ってくれ!そんな最後みたいなこと言わないでくれ!!」
「だから……私は……私はね……?」

少女は最後の力を振り絞るように、【兄】の背中に腕を回し、優しく抱きしめながら。
【少女】に向かって微笑みかける。
そして、小さく口を開いて呟いた。

「              」

静かに。
本当に静かに【妹】の命は消えた。
この世で最も優しき【悪人】の命が消えた。
【少女】にとっての【義妹】が。
【兄】にとっての【妹】の命が。
この世から消えた。
【兄】は泣きながら、【妹】を強く。強く強く抱きしめながら。

【慟哭】する。


「みかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」











後にも先にも、【少女】が【兄】の【慟哭】を聞いたのはこの一回きりだった。
恐らくこれからも一生ないだろう。
いや、あってはならないだろう。
その為に【少女】は。いや、【光加】は今を生きているのだから……。










私は借り物。
私は創りもの
人の不幸を嘆く事は有っても、幸福にはしてあげられない。
唯の【機械人形】。
死を傍観して、生を搾取する。
唯の【殺人人形】。
止まらない。
悲鳴が止まらない。
悲しみが止まらない。
悲壮が止まらない。
何時止まるのか?
どこで止まるのか?
終わりは来るのか来ないのか?
始まりは来るのか来ないのか?
私は何時だって【悪人】だ。
私は何時だって【人形】だ。
だから、私は【仮面】を被る。
人を殺して【仮面】を被る。
機械的に生きるために、
人形のように生きるために。
私は【仮面】を被っていていく……。
それが、それこそが。
私にとっての、【兄妹】に対する。


贖罪だ……。