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Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.158 )
日時: 2011/07/10 00:58
名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)

第三章『霞み堕ちていく優しき想い』———《辿りつく少年少女》1/2


豪華な椅子。
豪華な机。
豪華な壁紙。
豪華な置物。
総合すると豪華な部屋と言う事になる。
その空間は、【便利屋】の少年にとっては余りに煌びやか過ぎる空間の為、居心地の悪い場所であった。
それもそうだろう。
普段彼が過ごしている【事務所】は、お世辞にも豪華絢爛とは言い難い場所なのだから。
「まあ、そんなに堅くならないでください終夜さん」
「え、あ、はい。すみません」
そんなゴージャスなオーラを放つ、終夜にとっての異空間で、目の前に座る男が優しげな声を少年にかけてくる。
【志島・井出見組】の組長。つまり【組織】のナンバーワン。荒くれ者の頂上。外道共の纏め役。

志島健吾(しじま けんご)。

この男に睨まれたら、終夜などいくら【便利屋】とはいえ、一瞬で首と胴体がオサラバする事だろう。
それほどまでの力と、権力を持った男。それが健吾だ。
最も、彼が自分をその様な攻撃対象に定められる事は、ほぼ無いと終夜は思っている。
【便利屋】とは、依頼主の絶対的な味方だ。
しかし依頼主の味方でも、依頼主の敵は【便利屋】にとっての敵……という訳ではない。
その【敵】である相手も、彼らの【依頼主】になる可能性は十分存在するし、実際そうなる事は今まで何度もあった。
誰にとっても味方であり、誰にとっても邪魔者となる可能性がある、そういう矛盾した【仕事】なのだ。
つまり始めから【仲間】とは思われていない。
適当なときに頼り、適当なときに排除する。
そういう一つの【形】。
それを保っているのが【便利屋】。つまり、祠堂鍵谷と霧島終夜の【生き方】だ。

「ははは。謝られても困るのですが。あなたには祠堂さんと同様、何時もお世話になっていますし。私ども一同、感謝しているのです。ですので、そう畏まらないで頂きたい」
「善処します」
二コリと笑いながら終夜は健吾の気遣いに応える。
最も心の中では。

(緊張しない様に出来る訳ないだろう!? 怖すぎるわこの人! なんで顔にでっかい傷あるんだよ! 直視できねえよ!)

と失礼な事を考えていたのだが、心の内の声など一切表情に出すことなく、少年はにこやかな笑顔を浮かべる。
内面と外面の使い分けが同時にできなければ、【便利屋】という仕事をこなす事は出来ない。
正確には、彼の様なグレーゾーンか、完璧にブラックな領分にも手を突っ込んでいる人間にとっては。なのだが……。
「えーと、それで。今回こちらに尋ねてきたのは、何か聞きたい事があるからでしたかな?」
対する健吾も、柔和な笑みを浮かべつつ、話を進める。
最も笑みを浮かべているといっても。目は鋭く、何もかもを視線だけで威圧するような錯覚さえも思わせるので、全く柔和な雰囲気にはならないのだが……。
そんな生粋のヤクザに、終夜はなるだけ平静を保ちつつ、質問したい事を並べ立てる事にした。

一つ、最近この【市】で警察の目に触れない殺人は起こらなかったか?
二つ、進藤卓也という人間を知らないか?
三つ、祠堂鍵谷がどこにいるか知らないか?

そうした内容の質問を、彼は一気に並びたてた。
「そう、ですねぇ。成程。あなたが来た理由はそうでしたか……」
と、終夜の話を黙って聞いていた健吾は、話を聞き終わった後。
小さなため息の後、ポツリと少年に聞こえるか聞こえないかの音量で呟いた。
その表情から笑みは消え、何か考え事をしている——というよりは困った状況になった。と言った様な表情を作った。
「何か知っているんですか? 差し支えなければお教えいただきたいのですが」
「ふむ……。ああ、そうそう。祠堂さんには今こちらから依頼をしているので、連絡が取り辛いだけだと思います」
「そうなんですか……」
聞きたい情報の内、最も優先度の低い情報だけ手に入る。
だが、今本当に欲しいのはその情報じゃない。
終夜の勘だが、恐らく健吾は彼が最も必要とする情報を【知っている】。
質問した事の全てではないだろうが、何かをつかんでいる可能性が高い。
【市】の状況が全く分からない現在の状況で、無償で頼れる存在は、祠堂の協力が得られないとはっきり分かった今、この恐怖の権化のような男しかいない。
ならばどんな些細な事でも、聞いておきたいのが彼の心情だった。
だが同時に、思う。
彼の口から発せられる【情報】。
それについて、どこか胸の奥に暗い感情が渦巻く。

(嫌な予感がする……。何か、聞いちゃいけないような、聞いたら何かが壊れてしまうような、そんな気が……)

目の前の、自分たちには色々良くしてくれる人間が、自分の質問に応えるのを渋っている。
そこに何か言いようのない【不安】が、少年の心を侵し始めていた。
そして、その感情は全くもって——



——正しいものである事を、終夜は理解してしまう事になる。