ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.84 )
- 日時: 2010/11/14 22:38
- 名前: トレモロ (ID: DTrz5f5c)
第二章『奪う人間と守る人間』———《血みどろ小道》1/2
祠堂鍵谷は【便利屋】だ。
あまりに漠然とした職業名だが、実際やっている事は不明瞭であり。どんな仕事でも引き受ける、節操の無い仕事と言える。
そういう仕事の所為で顧客も様々な種類の人間がおり。わりかし繁盛していると言えるかもしれない。もっとも、祠堂の金遣いは荒いので、すぐに赤字経営になってしまうのが常だったが……。
そんな彼の事務所。『祠堂雑事専門事務所』の場所は、この【市】の中にある【町】と【街】の中間に位置している。
何故同じ【まち】と言う言葉が字面だけで区別されているのか。そこにはちゃんと意味が在る。
彼らの住む【市】は地図上の上と下によって、建造物やそこに暮らしている身分にかなり違いがある。
上に行けばいくほど都市に構造が近く、一般的に【街】と言われる。
逆に下に行けばいくほど【町】と言われ若干田舎っぽくなる。
もちろん正式には一つの【市】なので関係ないが、そういう風に区切られているのが現状だ。それが親しみによってなのか差別によってなのかはそれぞれの見解によって違うことなのだが……。
彼が事務所を構えている所は若干【町】寄りではあるが、限りなく中間地点だ。これは【街】と【町】。両方から客が来るのを狙っての事だ。
実際彼に依頼を持ってくるのは、学生や普通のサラリーマン。富豪に貧乏人。近所の奥さんに極みつけは小さな子供まで。実に様々な人間を常連も含め顧客としている。
そう、様々な人間だ。
つまり、その中には一般人ではなく【そっちの道の人】からの依頼も当然ある。
この【市】は治安が悪い。古くから【組織】と言う名の【悪】が巣食っているため、警察関係の力が弱いのだ。
寧ろ、彼ら【警察】の人間が【組織】を頼る事も多々ある。
もっとも、それを良しとしない警察関係者も多数いるのだが……。
結局何が言いたいかと言うと。【便利屋】はそういう【組織】から金を受け取り仕事をする。法を侵した存在でもある。ということを言いたいのだ。
彼は受けた仕事は遂行する。受けた以上は達成する。
それが【悪事】であれ、【善事】でありお構いなしに、彼は完璧にこなしてきた。
それは今までも、これからも変わらないだろう。
だが、彼にも【面倒】だと思う仕事はいくつもある。
例えば、金持ちの女からの飼い猫の捜索や。近所の子供のゲームを代わりにクリアしてやる等の【面倒な善事】。
もしくは、殺しの仕事に、死体の処理等の【面倒な悪事】。
そして、今回の彼の仕事はその中でも特に【面倒】な【悪事】だった。
その仕事は。
「で、【便利屋】さん。これからどこに?」
「そうですね〜。どこか安全な所に心当たりは?」
「ないです」
「そうですか〜……」
殺し屋の護衛だ。
———あ〜、殺し屋の護衛って有り得ないよな……。しかも女。ますます有り得ない……。
心中でため息をつきながら、ヘラリとした軽薄な笑みを受けべて自分の【護衛対象】と会話する祠堂。
それに対し【護衛対象】であり、【殺し屋】でもある女は答える。
「そういうのは【便利屋】さんが用意してくれるんじゃないですか?」
「ハハハ、そうですね〜。その通りです」
祠堂は言葉を返しながら横に居る女———木地見輪禍に目を向ける。
黒く長い髪を一つに束ねており、顔はかなりの美人だ。
どこか鋭い雰囲気を持っているが、その空気が美しいポーニーテールの髪型と相まって、どこか現実離れしている美しさを感じさせる。
服装は、裾の長い真っ黒なコートを着ており、下も上同様黒い服。
全身を黒で染め上げている所為で。浮世離れした顔と合わさって、厭でも人目に着く存在だった。
もっとも、彼女の職業を考えると。目立つ格好はご法度な気がしないでもないが……。
「じゃあ安全……。かどうかは微妙ですけど。昼食をとるのに最適な場所に行きましょうか?」
「いいですね。少しお腹がすいてきていました」
ふふっ、っと上品に笑いながら祠堂の言葉に同意する【殺し屋】。
一見可愛らしい女性の仕草だが、祠堂はどこか違和感を感じる。
そう、彼女は【殺し屋】だ。人を殺す事を生業とする外道だ。そんな彼女が裏表無く笑っている。
人を殺しても笑える。
それがどんなに異様な事か……。
戦場から帰ってきた兵士は、毎晩夜に自分の殺してきた者の顔を思い出しうなされる事もあるという。
だが、彼女は戦場の兵士とは違い、殺しをすることを強制されていたり、義務感で殺人を侵している訳ではない。
つまり【殺す】事を良しとしている。それを自分の生き方だと割り切っている。
その事実は彼女が【異常】だという事を大いに肯定していた。
しかし、祠堂にとってそんな違和感ははっきり言ってどうでもよかった。
今も。
———美人が笑うともっと美人になるなぁ〜。
という、呑気な事を考えているだけだ。
それも仕様が無い事なのかもしれない。
彼だって【依頼】があればどんな汚い事もする。【異常者】の一員なのだから。
そんな彼に、【異常】を見せたって。違和感を感じこそすれ、『へぇ〜、そうなのかー』の一言で済まされてしまう。
もっとも、祠堂の場合はただ単に主義主張が無いので、それについて何か彼女に言う気が無かっただけなのかもしれないが……。