ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.85 )
- 日時: 2010/11/14 22:52
- 名前: トレモロ (ID: DTrz5f5c)
第二章『奪う人間と守る人間』———《血みどろ小道》2/2
「ああ、もう近くです。ここらへんに美味しい料理を出す店が在りましてね。そこの常連をやってまして」
「へぇ〜、そうなんですか。私はあまり外食はしないので」
「自炊ですか?」
「ええ、自炊です。それなりに腕は在るんですよ?」
「ハハっ、それは是非一度ごちそうになってみたいものです」
そんな和やかな会話をする、【便利屋】と【殺し屋】。
そのまま、歩いている道を左に曲がり、あと数百メートルで目的地に着く位置にまで来たと祠堂が思った瞬間。
【面倒事】は姿を現した。
ガチャリ。
祠堂にとっても木地見にとっても聞きなれた音が耳に入ってくる。
「……。【便利屋】さん。どうやら昼食は後回しになりそうです」
「そうですね〜」
ガチャリ、カチャカチャ。ガチャリッ。
さらに連続して、金属音が鈍く辺りに響く。
その音の正体は黒光りする物体。真っ当に生きていれば合う事なぞ滅多に。いや、一生無いであろう【武器】。
銃だ。
【殺し屋】と【便利屋】を取り囲む人、人、人。
黒いダークスーツを身にまとった、明らかに【堅気】では無い、銃を持った男たち。
銃の種類は皆小型の拳銃で、銃身にはサプレッサー(銃の音を消す機材)が付いている。
恐らく、街中で発砲して目立ちたくないがためであろう。
もっとも、彼らのいる道は、せまい路地の小道で、周りには人通りが無いことから、意味は無いかもしれないのだが……。
と、そんな状況になりながらも木地見はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「さて、あなた達は何なんです———」
「黙れ」
木地見の言葉を遮る黒服の男。先頭で銃口を木地見に向けている男は、ゆっくりと重い調子で言葉を紡ぐ。
「私たちは只お前を殺しに来ただけだ。後ろの男については何も言われてないが、まあ、殺して問題ないだろう。とにかく、貴様に発言権は無い。大人しく死———」
居丈高に言葉を紡いでいた男の言葉が、突然止まる。
そして、右手で構えていた銃が地面に落ちた。
「おい?どうした?」
後ろに控えていた黒服の一人が不審に思い、先頭の黒服の肩を揺さぶる。
すると、揺さぶった衝撃で、先頭の黒服の頭がずれ落ちた。
ずれ落ちた。
「……あ?」
ベシャリと言う音と共に、落下する【頭】。
ドウッ、という音と共に倒れる【体】。
赤い断面から、流れ出てくる大量の【血】
黒服の男たちは状況に着いていけない。
何が起こったのか、頭が理解してくれない。
だが、その事象を真正面から眺めていた祠堂は何が起こったか理解していた。
簡単な事だ。
木地見が、長いコート中から、これまた長いナイフ。いや、最早ナイフなどでは無く【刀】と言える代物を出して。目の前の男の首と頭を切断しただけだ。
ただし、それを常人には見えないスピードで。
「あらら、折角頭が落ちないように、丁寧に斬ったのに、余計な事してくれましたね?」
笑いながら、木地見は言う。
隣に立っていた祠堂はその笑い顔が、先程の笑顔と違い。どこか、生々しい妖艶な笑みであると悟った。
しかしながらこの時の祠堂の感情は、先程木地見の笑顔を見たときと寸分違わず。
———妖艶な笑みも、美人を引き立てるなぁ〜。
という呑気な感想だった。
そんな彼の心情など全く知らずに、木地見は血が付いた刀を上にあげて構える。
そこで、ようやく黒服たちは、自分の仲間に起こった事を理解して。
震えあがった。
彼らの頭の中に浮かんだ単語は、純粋な【恐怖】。
———この人間の前に立ったら殺される!
という感情だけだった。
自分たちが殺そうと思っていた人間に、今まで感じた事のない恐怖を覚える黒服たちを余所に。
木地見は妖艶な笑みを広げながら、頬を赤く上気させ始めていた。
「あなた達。殺し屋を殺しに来たのですから、殺される覚悟はおありですよね?」
彼女にとっては挑発の一言。
だが、黒服にとっては死刑宣告。
「ひ、ひぎゃああああああああ!!!」
その言葉に恐怖のリミッタ—が限界に達したのか。拳銃を捨てて、逃げようとする黒服仲間の一人。
だが。
「駄目ですよ。仲間を見捨てては」
逃げようとした男は、走りだした瞬間こける。
「あ、が、ががあがあががが」
それはそうだろう。
彼は足首から先が既に【切断】されていたのだから。
何時の間に斬られていたのかは、黒服たちには分からない。
だが、確かに男の右足は途中から喪失していた。
足首の肉の断面から行き良いよく血が噴出している。
「【悪党】なら【悪党】なりに、モラルを持って行動してください。でないと命を落としますよ?」
そう言いながら、こけた男の頭に刀を【差しこむ】木地見。
「ッグ———」
「ま、逃げなくても命を落とす事になりますけどね」
短く人生最後の言葉を発しながら、男は絶命する。
最早誰も逃げなかった。逃げられなかった。
只々目の前で起こる【殺し】の光景に、硬直するばかりだった。
「さあさあ。折角銃を持って来たんだから、私を殺す努力をしなさいな。じゃないとつまらないでしょう?」
どこまでも愉悦に浸った顔で言う木地見。
心底今の状況が愉しいとでもいうかのように、彼女は笑っていた。
実際彼女は愉しかった。
図らずとも人を殺す事が出来て。
殺しても何の問題も無い者たちが現れて。
彼女は嬉しかった。
そして、その喜びを表現するために彼女は刀を振る。
哀れな【獲物】達に人生の終わりをプレゼントするために。
残酷に相手に死を送りつける為に。
彼女は相手を切り刻む。
【殺し屋】は言葉を発する。
相手が最後に聞く事になる言語を送りつける。
それが殺しを始める前の、神聖な儀式とでもいうかのように、言の葉を紡ぐ。
「恨まないでくださいね」
ゆっくりと。どこかやさしく、慈しむように、愛でるように、
言った。
「これが私のお仕事なんです」